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58 因果応報。

 何かを成し遂げた後というものは、ご飯がすすむものだ。

 俺は母親から出された夕飯を目一杯胃の中に詰め込むと、満足そうに自室に戻った。

 部屋に戻った途端に、笑い声がこだました。誰の笑い声だ? 俺の笑い声だ。今日の出来事を思い出して、俺は笑い出してしまったのだ。

 

「やったよね? やっちゃったよね? 友人たちと協力して、友達を救っちゃったよ。これって、漫画みたいじゃね? カッコイイんじゃね?」


 近くにおいてあった枕を、サンドバックに見立ててパンチを繰り返しながら、俺は自分自身を褒め称えた。

自慢じゃないが、俺は褒めるところが限りなく少ない人間だ。だから、何かを成した時には褒めてあげないといけない。俺ってば褒めて伸びるタイプの子なんです!

 とは言え、カフェを出る前までは、忍者に対する罪悪感が残っていた。けれど、それは時間が経つに連れて薄れていき、達成感のみが増大していった。

 罪の気持ちが土ならば、時間は水だろう。時間が少なければ、それは泥として心にこびり付いたままだが、水の量が多ければ、それは傍目にはただの水としかわからないくらいに澄んでしまっているのだ。

 こうして、人は自分の罪を忘れて、成功したことのみを心に留める。そこに慢心という心の隙が生まれるのだ。

 いやさ、こんなのはさ、頭のなかじゃなんとでも思えるのよ。でも、悲しいかな思うだけなのよ。ああ、自分が慢心して調子に乗っちゃってるなー、なんてわかっていても、どうにも変わりはしないのだ。むしろ理解したままやっちゃってるぶんタチが悪いといえるかもしれない。


「まぁいいじゃん。たまにはさ、良い気分に浸らさせてくれてもさ……」


 自分にとって都合の悪いことは全部頭の隅に追いやって、俺はベッドに横になった。


「ああ、花梨かりんに連絡しとかないと……。向日斑むこうぶちも放置して帰っちゃったからそれの連絡も……。まぁいいか、明日でいいや。向日斑には学校であった時に適当に話しとけばいいや……」


 全部明日やればいい。今日出来る事なんて明日にやればいい。明日できなかったら、その時考えよう。

 

 こうして、俺は自分自身を褒め称えたまま、次の日を迎えるのである。




 ※※※※


神住かみすみ! 昨日の出来事は夢じゃないよな?」


 朝、クラスに入るやいなや、俺は鼻息の荒いゴリラに捕まってしまった。どうやら俺は、教室ではなく、ジャングルに迷い込んでしまったらしい。


「ふわぁ〜……。参ったな、俺の自転車って海を渡って南米にまで到達できるんだなぁ……」


 俺は大きなあくびを一つして、自分でもよくわからないことを呟いていた。どうも、俺の脳みそはまだ起きてくれていないらしい。


「お前が夢見心地でどうするんだ! 昨日、七桜璃なおりさんに告白されたことは夢じゃないんだよな? あの後、カフェに戻ったら誰もいなくてさ、あれ……。もしかして俺は狸か狐にでも化かされたんじゃないのか? って思ったんだよ」


 ――うん、狸と狐には化かされてない。実は俺が化かしたんだからな。

 なんて事を言えるはずもなく。


「現実だよ! げ・ん・じ・つ! あの後、あの二人は用事があるからって言うんで、すぐ帰っちまっただけだよ。俺もちょいと用事があったんで、悪いけど先に帰らさせてもらった」


 よく口からポンポンと嘘が出るものだと、自分で自分に感心した。


「そうか……。なら、俺は本当にあの七桜璃さんに告白されたんだな? それでいいんだな?」


「うんうん。おめでとうな」


「うぉぉぉぉ! ウホー! ウホウホウホ!」


 向日斑は喜びのダンスを舞い踊った。何処からともなくコンガの音が聞こえてきた。きっとジャングルの仲間が祝福しているに違いない。気が付くと、クラスメイト全員が、そのリズムに合わせて踊りを踊っているではないか、本当にここは教室ではなくジャングルへと変化してしまっているようだ。

 朝っぱらからこの盛り上がりよう。

 これは、すべて向日斑が彼女をゲットしたことによるものだ。即ち、俺の嘘のせいだ。

 ここで初めて俺は、この後どうすればいいのかということに、頭を使わなければいけなくなったのだ……。



 ※※※※


 お昼休みになると、向日斑の質問攻めが開始された。


「なぁなぁ、七桜璃さんは何処に住んでいるんだ? 幾つなんだ? 外人なのか? ハーフなのか? 好きな食べ物は? バナナ好きかな?」


 などなど、質問はとどまることなく続けられた。

 俺はその質問に、全身全霊の力を持って、はぐらかし続けた。だって、俺はアイツの事なんてまるで知りはしないのだから……。知っているのは二つだけ、アイツが忍者だってことと、実は男だってことだ。この二つは向日斑に教える訳にはいかない……。もしかすると『男でも構わない!』とか言いかねないが、きっと忍者のほうが構うこと間違いないだろう。

 雪崩のような質問タイムに、俺はどこまで耐え切れることが出来るのかと、額に嫌な汗を流していた時、向日斑は教室の外からの訪問者に声をかけられた。

 

「ちょい待っててくれや」


 向日斑は、訪問者の待つ廊下へと向かっていった。

 これによって、ようやく俺は地獄の質問攻めから開放されたわけだ。

 向日斑は思いのほか早く戻ってきた。どうやら、訪問者さんの用事は短かったようだ。何故か、向日斑は首をひねって不思議そうにしている。


「あれだ、さっきのは柔道部の先輩なんだが、何故かお前の事を色々聞かれたぞ?」


「え? 俺が柔道部の人に? なんでだ?」


「さぁな? 俺にもさっぱりだ」


 この時、俺は想像力が欠如していた。ここ数日、ファミレス前、校門前と、あれだけの注目を浴びていたことも、すっかり忘れてしまっていた。


 


 ※※※※※


 放課後になって事件は起こった。


「よーし、俺は今日からは部活ではなく、愛に生きるぞ! それが俺の新し生き様なのだ!」


 向日斑はまたしてもスーパー向日斑になりそうな勢いだった。漫画とかでもよくあるが、愛の力ってやつは本当に凄いらしい。まぁ、その愛、実は無いんだけどね……あははは。


「そうかそうか、程々にしとけよ? お前が全力出すと、周りの色んなもんが壊れると思うから」


 もうあのカフェの惨状を繰り返してもらいたくないのだ。

 そうそう、あの突貫工事で作られたカフェは、その後も普通に営業しているようだ。気が向いたらまた寄ってみることにしよう。正直、ファミレスのコーヒーとは味の次元が三つは違っていたからな……。

 

「おっと、愛のために力みすぎて……。うんこが出てきそうだ……」


 向日斑がおしりの辺りを抑えながら、切なそうな表情を見せた。


「おい! おいおいおいおい! だから、バナナの食い過ぎだといつも言ってるだろ!」


「すまん、神住、俺はちょっと踏ん張ってくるので、先に校門の方に行っててくれ」


「言われるまでもない! 誰が、お前のうんこを待ってなどやるものか!」


 トイレへと駆けこむ向日斑を他所に、俺は自転車置き場から自転車を取ってくると、校門に……。

 向かえなかった。


 何故ならば、自転車置き場にはガタイの良い男たちが五、六人たむろして、俺を待ち構えていたからだ。

 俺はこのガタイの良い男たちに見覚えがあった。そう、あの時、あの本屋の駐輪場で俺はこいつらを見かけている。


「えっと、もしかすると、柔道部のみなさんですか……」


 俺は恐る恐る声をかけた。


「あ、わかってんのか? なら話は早いな。ちょっとこっちに来てもらえるか」


 ――嫌です!


 と、答えたかったが、言葉にはでなかった。

 俺は聖剣エクスカリバーをあつかうために、特訓をしたほどの豪の者のはず。このような三下など片手で余裕! それどころか、俺の腕から放たれるソニックブームで……と、心のなかで考えている内に、俺は校内でも一際人気のない場所へと連れて来られていた。


「えっ? あれ? いつの間にこんな所に!?」


「いやいやいや、お前、エクスなんとかがどうとかブツブツ言いながら自分でついてきたじゃねえか!」


 どうやら、現実逃避の妄想をしている間に、連れて来られた……。いや、自分の足でついてきたようだった。


「さぁて、ここならゆっくりお話ができるな」


 ドスの利いた声で、一人の男が地面にうんこ座りをする。そして、残りの五人が、俺を取り囲むようにして配置された。


「いえ、僕は急いでいるので……」


 と、言いかけたところで、一人の男が地面を蹴りつける。蹴り足が土を巻き上げては、俺の制服のズボンの裾にかかった。


「こっちは知ってんだよ! 向日斑が部活をやめたのは、お前の悪知恵のせいだってのことをよ!」


 言葉が尖った針にように俺の鼓膜と心に突き刺さる。何故、それを知っているのか……。いや、あの校門での騒ぎを遠巻きで見ていれば、事の発端が俺であることはわかってしまう。そして、人の良い向日斑のことだ、部活をやめるときに理由として、それに関することを話していたとしてもおかしくない。そして、最後の極めつけとして、お昼休みに俺という存在を確認したというわけだ。


「うちの部は、全国狙ってたんだよ! 向日斑には、期待がかかってたんだよ! それなのに、どうしてくれんだよ!」



「いや、あの、でも、向日斑は膝が……」


「はぁ? それがどうしたんだ! あいつはな根性で膝の痛みなんて吹き飛ばせる男だったんだよ! そうだよな?」


「ああ、あいつはゴリラだから、膝が痛くても唾つけときゃ治るだろ」


「ありえる。あいつならありえる」


「根性の塊みたいなもんだからな」


 柔道部員たちは笑っていた。

 普段ならば、俺も『あるある、野生のパワーだもんな』なんて事を、軽々しく言っては、一緒になって笑ったかもしれない。

 けれど、俺はみてしまっている。痛みで顔を歪める向日斑の姿を。それを本気で心配する花梨を……。だから、俺は笑うことは出来ない。こいつらを許すことが出来ない。向日斑は俺の友達で、花梨も俺の友達だ。

 ふつふつと俺の心に何かが沸き上がってくる。これはいつものあれだ。これでまた暴走してしまったら、きっと最悪の結果が待っていることだろう。それでも、それでも俺は……。

 

「笑ってんじゃねえよ! 糞が! お前らが、お前らが強くなればいいことだろ! 怪我人におんぶにだっこで全国に行って何が嬉しいんだよ! 恥の上塗りじゃねえか! そんなこともわからねえくらい、てめえらの脳みそは空っぽなのかよ!」


 口から唾を飛び出させるほどに、俺は怒りの言葉の弾丸を柔道部員たちに向けて発射した。

 やっちまった。きっと、このあと俺はボコられるだろう。昨日みたいに、手当してくれる老紳士ブラッドさんは居やしない、普通に病院に担ぎ込まれるかもしれないな……。


「て、てめぇ! よくも!」


 柔道部員たちは、こめかみに血管を浮かび上がらせるほど激昂して、一斉に俺に向かって殴りかかろうとした時、その時だ。


「あらあらあらら、神住様、わたくし良いタイミングで駆けつけましたかしら」


 俺の視線の先には、セレスが、金剛院こんごういんセレスが優雅にポーズを決めて立っていたのだ。 

 

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