55 ゴスロリ忍者の最強装備!
「あらあらあら、お写真はご遠慮願いますわ」
セレスは、まるで芸能人のマネジャーのように振る舞っては、スマホなどで写真を撮りまくる学生の群れに言葉を投げかけていた。だがその言葉も虚しく、アチラコチラでシャッター音が洪水のように押し寄せてきていた。
「あらまぁ、七桜璃は大人気ですわね」
まるで自分のことのように、嬉しそうにするセレスだったが、当の忍者は困惑を極めていた。
「や、やめてください……。ボ、ボクはそういうのは……」
ゴスロリ衣装の袖で顔を隠すようにして、必至で顔を背けてみせるも、むしろその照れているさまが、取り巻いている学生たちの萌え心に火を付けてしまったようで、この場は熱気は更に勢いを増してきだしていた。実際、俺も男の子だ知りつつもグッと来てしまっている。
「はぁ……。死にたい……」
忍者はガックリと肩を落として、深い深いため息をつく。出来ることならば、地面に伏してしまいたい、いやそれどころか土遁の術を使って地面の下にでも埋まってしまいたい気分だろうが、衣装を汚さない様に気を使っているのが、忍者の良い所だろう。
よく見ると、忍者は先日の時よりも、目鼻立ちがくっきりとしていて、更に頬には薄っすらと紅がさされているように見えた。これは、きっとのあのメイド三人娘によるものだろう。あのメイド達が嬉しそうにメイクを施す姿と、悲鳴を上げながら逃げ惑う忍者の姿が、安易に想像出来てしまう。
「あらあら、神住様」
セレスは人集りの中から俺の姿を見つけ出したようだ。小刻みにジャンプを繰り返しては、まるで子供のように楽しげに俺に向かって手を振ってくる。金髪ツインテールがこれまた嬉しそうにピョコピョコと犬の尻尾のように飛び跳ねていた。
手をふられた相手は誰なのかと、一瞬こちらに人の視線が集中する。
「お、おう」
突如として向けられた視線に、俺は身体を萎縮させてしまう。だが、既に作戦は始まっているんだ。あの忍者だって嫌々だろうにこの場に来てくれている、それを無駄にする訳にはいかない。
「おい、向日斑、こっちだ!」
俺は視線の中をかいくぐるようにして、セレスの元へと歩いて行く。
「お、おい。お前、もしかして知り合いなのか?」
この謎の騒ぎの群衆の一人と化していた向日斑は、慌てて俺の後をついてくる。
「あらあらあら、どうやらあれがターゲットのゴリラさんですわね。本当に何処からどう見ても紛うことなきゴリラですわね……。ブラッドお願い」
「承知致しました。お嬢様」
音もなく何処からともなく現れた老紳士と三人のメイドは、目にも留まらぬ速さで群集を解散させていく。
「はいはーい、うちのシュラウドちゃんは見世物じゃないんだからね。ってか、あたしんだかんね!」
「馬鹿言ってないで、お仕事しなさい。それに……シュラウドはあんたのじゃないからね」
「有象無象をお掃除お掃除なのですよー」
三人のメイド達は、まるで人間をゴミのように見立ててお掃除だとばかりに、ほんの数分で跡形残さずに綺麗さっぱりと片付けてしまう。その様子を見て、老紳士ブラッドはフムフムとカイゼル髭を撫でながら満足そうに頷いた。
気がつけば、校門前には、俺と向日斑、そしてセレスと忍者の四人を残すだけとなっていた。
「ウホ? ウホウホ? 一体何がどうなってるんだ……?」
向日斑の頭の上には大きな大きなクエスチョンマークが浮かび上がっていた。
「お嬢様、わたくしめはここで失礼させていただきます」
「良い手並みでしたわよ、ブラッド」
「お褒めに預かり恐悦至極にぞんします。それでは……」
老紳士ブラッドとメイド三人娘は深々と頭を下げると、ましても音も無く姿を消し去っていった。
「神住……。俺はなにか夢でも見ているのか……」
向日斑はめまぐるしく変化していく状況についていけずに、目をパチクリさせていた。どうしていいのかわからずに、下手をすると四本足になってジャングルへと駆け出して行ってしまいそうな程だった。
「落ち着け向日斑……。むしろ夢を見るのはこれからだぜ……」
※※※※
「こ、ここは一体何処なんだ……」
「どこって、あれだカフェテラスだろ」
俺と向日渕、そしてセレスと忍者は向かい合うようにカフェのテーブルについていた。俺と向日斑の前にはコーヒーが置かれ、芳醇な良い香りを漂わせていた。
「いや、こんなお洒落な店、昨日までこんなところにあったか?」
向日斑は、まるで上京したばかりの田舎者のように、店内を落ち着きなく見渡した。シックな装飾に彩られた店内は、制服姿の男子高校生には不似合い極まりなかった。あちあこちらに置かれている調度品一つとっても、きっと目が飛び出そうになるくらいの値段がしていることだろう。
「……あ、あったんじゃないのかなぁ。お、俺たちこういう店には縁がないだろ? だから気がつかなかっただけなんだよ」
「そうか、それならいいんだが……。ここま昨日まで豚骨ラーメン屋だったような気が……」
向日渕の記憶は間違いではなかった。ここは確かに昨日まではラーメン屋だった。それが今は、高級カフェへと変化していた。これは金剛院家の恐るべし財力により突貫工事をおこなった結果であった。
『二人を引き合わせるお洒落な場所がないのならば、作ればいいのですわ』
そんなセレスの一言で、この店は突貫工事でついさっき誕生したばかりなのだ。
勿論貸切状態で、客は俺たちしか存在していなかった。俺たちが入店した後は、こっそりとクローズの看板が出されていたからだ。
店内には、何処から呼んできたのかオーケストラがクラッシックを奏でていた。
「やり過ぎじゃないのか……」
俺はこっそりセレスに耳打ちをした。
「そうかしら? これくらい普通ですわ」
どうやら、超金持ちの常識は一般人に図りかねるようだ。
忍者はといえば、緊張のせいか先ほどから顔を伏せたままプルプルと震えているようだった。
チクタクチクタクと、店内の壁に備え付けられた大きな年代物の柱時計が時を刻む。
その音に、俺の心は急かされてしまう。
――話を進めなけれな……。発案者の俺が黙っていちゃどうにもならない……。
向日斑は、正面を向いたまま、ゴリラの置物のように固まってしまっている。
花梨の言っていたことが本当ならば、ゴスロリ衣装の忍者は向日斑のストライクゾーンど真ん中という事になるわけなのだが……。果たして、このリアクションはどう取ればいいのだろうか?
「一つ貸しだからな……」
小さなつぶやきが、俺の耳にだけ届いたような気がした。
俺がハッと顔を声の方向に向けると、忍者が顔を伏せたまま席を立ち上がっていた。そして、ゆっくりゆっくりと、向日斑に向けて顔を上げていく。雪のような白い肌に、朱色が差し込んでは、ガラス細工の工芸品のような美しさを醸し出していた。
向日斑がゴクリと唾を飲み込む音が、俺の耳にも聞こえた。それどころか、正体を知っているはずの俺ですら唾を飲み込んでしまっていた。
スカートをフォルムの崩れを少し気にしつつ、ゴスロリ忍者は大きく深呼吸を一つすると、俺とセレスの顔を交互に見やった。
セレスが、何かを急かすようなサインを出す。俺は心の中ですまなそうに頭を下げていた。
俺とセレスを確認したゴスロリ忍者は、観念したかのように、その小さく艶やかな唇を開いた。
「ボ、ボク……あの、七桜璃って言います。はじめまして……。じ、実はボク……向日斑さんに興味があってそれで……お二人にお願いして、会わせてもらったんです……」
ゴスロリ忍者の声は、正体を知っている俺でも女の子だと思ってしまうレベルだった。いや、もとからボーイソプラノの美しい声はしていたのだが、女性の演技をすると、これ程までに完璧になるものかと、俺は感動すら覚えていた。さらに、言葉の節々に垣間見れる恥じらいが、乙女度合いを更にアップさせている。
「な、なぁ、神住よ……。いま、この超絶美少女は……もしかすると俺の名前を読んだりしなかったか……」
向日斑はコーヒーカップを片手に持って、口元まで持ち上げた状態でフリーズしていた。カップの中のコーヒーの水面が波立っていた。
「もしかしなくても、呼んだだろ」
「さらに聞くが、この俺に興味があるとか聞こえたんだが……」
「ああ、俺の耳にそう聞こえたぞ」
「そうか、ならあれだ。これは確実に夢だな。間違いない。これが現実であるはずがない……」
俺は即座に、向日斑の分厚い面の皮を全力でつねってやる。
「い、痛い……痛いぞ!? という事は、もしかするとこれは現実なのか!」
「もしかしなくても、現実だな」
「ウホーッ!」
野生のゴリラを上回るほどの歓喜の雄叫びが、店内狭しと響いては、クラッシックの演奏をかき消した。
「鬱陶しいゴリラだな……。死ね……」
ゴスロリ忍者は口元を隠してそう呟いたが、浮かれてしまっている向日斑にその言葉は届かなかった。どうやら、それを見越して悪態をついてみせたようだ。
だが、そこはゴスロリ忍者は良く出来たもので、すぐさま外面を取り繕ってみせた。
「そんなに喜んでくれるなんて、ボクも嬉しいです。えへへ」
ゴスロリ忍者は、とっておきの笑顔で向日斑に微笑みかける。
その笑顔の直撃をもらった向日斑は、まるで強烈なパンチをみぞおちに食らったように大きくのけぞって、椅子から転げ落ちそうになるのを、既ところで踏ん張って耐え切った。
「おいおい! 神住! えへへだってよ! えへへだよ? おいおいおいおいおいおいおい、テンション上がっちまって太陽まで届きそうだぞ!」
向日斑のテンションの上昇によって、隣にいる俺の周りの気温すら上昇させていた。正直、暑苦しくてたまったものではない。が、これは作戦の内だ、向日斑に話をあわせなければならない。
「そうだな、テンション上がるのもいいが、せいぜい月までにしとけ」
「わかった! 月位にしとくわ!」
言った本人がわかっていないというのに、向日斑は一体何をわかったのだろうか。もはや、俺と向日斑の会話は意味をなしてはいなかった。
「さぁ、そろそろ七桜璃……例の台詞で決めてしまいなさい」
セレスはこっそりとゴスロリ忍者の脇を突いてみせる。
「え? お嬢様……本当にアレをやるんですか? 本当に本当にアレをですか?」
「わたくしが、昨日一生懸命考えたましたのに……。それをアレ呼ばわりなんて……。七桜璃はそんな酷い子なんですの? わたくしは悲ししいですわ!」
「いえ……でも、アレはちょっと……。ボクには……」
必至で拒み続けるゴスロリ忍者に対して、セレスはわざとらしい泣き真似をしてはスルーした。もとより主従の関係である、悲しいかなゴスロリ忍者に選択権など存在しないのだ。
「そ、そんなぁ……」
ゴスロリ忍者の苦悩を他所に、何処からともなくメイドの一人が現れては、こっそりとあるものを手渡しした。震える手でゴスロリ忍者はそれを受け取ると、地獄の最下層から響くような重い重い溜息を床に向けて吐き出した。そして、嫌々ながらそれを装着したのだ。
それは……。
猫耳と猫尻尾だった!
ここに、猫耳ゴスロリ忍者が誕生したのだ!
そして、猫耳ゴスロリ忍者は意を決したかのように、セレスの考えた例の台詞を口にしたのだ。
「む、向日斑様、な、七桜璃は向日斑様と、お付き合いしたいニャン!」
手は猫の手、声は猫なで声、ニャンのところでは手でハートマークを作って見せている。そして、演技ではなく本気で照れている猫耳ゴスロリ忍者の表情が相乗効果を呼んで更に破壊力を増していた。
この攻撃に耐え切れる奴がこの世にいるのだろうか? いや、いないだろう! 俺は断言できる。こんなの食らったら一撃でKOされるに決まっているのだ。
「決まりましたわ! わたくしの考えた最高のシチュエーションが!」
セレスの金髪ツインテールは垂直に立ち上がっていた。これはセレスの気持ちの盛り上がりを表しているのに他ならないだろう。
「ぶっはぁぁぁ!」
向日斑はこの攻撃を食らって椅子もろとも吹き飛んだ! 吹き飛んで店内をゴロゴロゴロゴロと三周ばかり転げまわると、バク転から側転の連続技を経て立ち上がり、おもむろに拳を天高く突き上げた。
「我が一生に一片の悔いなしィィィ!!」
向日斑は、燃え尽きていた。真っ白になって燃え尽きていた。いや、萌え尽きていたといったほうが正しいのかもしれない。
こうして、『ゴリラ補完計画』の第一段階は成功を収めたのだ。




