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53 心の闇を照らす瞳。


 俺は、駐車場での馬鹿騒ぎを撤収させてファミレスの中へ戻ることを提案した。


「わたくしは、お車のほうで待機させていただきます」


 老紳士のブラッドさんは、手を振って俺たちを見送ってくれた。

 その傍らには、何かを成し遂げた達成感と、己の欲求を満たした満足感で、頬を上気させているメイド三人が、ペコリとお辞儀をしていた。

 どうやら、この三人にとって、忍者は良い玩具だったようだ……。


 ファミレスに一歩足を踏み入れると、店内の客、店員からの視線全てをゴスロリ忍者が独占してしまう。忍者が一歩歩くだけで『おぉ……』と、店内から感嘆の吐息が漏れる音が三百六十度から聞こえてくるほどだ。

 当のゴスロリ忍者はといえば、額を抑えては頭痛に苦しむように表情を歪めていた。

 が、こう苦しそうなゴスロリ少女というものは、それはそれで趣があって萌えるものなのだと、新たに認識するのだった。


「あははっ、ゴスロリちゃん大人気だよー」


 花梨かりんは、この状況をみて楽しんでいた。本当ならば、この花梨が店内の視線を一手に引き受けたとしてもおかしくないくらいの美少女であるのだが、ゴスロリ衣装にボーイッシュで低身長、しかも暗く憂いのある表情を携えている。と、ここまで属性が揃ってしまうと、花梨の魅力ですら一歩及ばないようだ。

 そんな萌え属性テンコ盛りの忍者であったが……


「死にたい……」


 さっきから、死にたい以外の言葉を口にしていない気がするが、これも萌ポイントということにしておこう。


 兎に角、最初のメンバーに新たに花梨を交えて、俺たちはファミレスのテーブルに着いた。

 何故か、花梨は当然のように俺の隣に座っていた。


「という訳で、この『ゴリラ補完計画』は、実行の目処が立った!」


 俺の言葉に、一同の視線が注がれ、しっかりと耳を傾ける。

――訳はなかった……。


「あらあらあら、そう言えばそんなことも言っていましたわね。七桜璃なおりが可愛すぎて完全に失念していましたわ」


「七桜璃ちゃんの可愛さは、記憶を一時的に喪失させる力を持っているよー! これはもう超能力と言っていいよー」


「ふ、ふん。ゴスロリ衣装が可愛いだけなんだからね! ひめに褒められてても全然羨ましくなんて無いんだからね!」


「うん? ねーねー。みんな何の話をしてるのー? 花梨にも教えてよ~」


「死にたい……」


 こんな有り様だった。

 

「お前ら、完全に最初の目的を忘れちゃってるだろ! そうじゃないだろ、な?」


「えっとー、花梨は本当になんにも知らないんだけどー」


 横に居た花梨が、ぷくーっと頬をふくらませる。


「あ、花梨はちょっと今は待っててくれ」


「えー! しょうがないな~」


 予想に反して、花梨は思いのほか聞き分けがよく、大人しくドリンクバーのコーラを美味しそうにすすっていた。

 

「はいはい、わかりましたわ。この可愛らしい七桜璃を、ゴリラの生贄……もとい花嫁にすれば良いのでしょ?」


「まぁ、大まかに言えばそういうことになるな……」


「このゴスロリが、ゴリラのもとに行けば……姫との間に距離ができる。さらに、あの邪魔なゴリラも姫と引き剥がすことが出来る……。これは邪魔者が一気に消えてくれて一石二鳥じゃないか……。はい! わたしは大賛成だよ!」


 冴草契さえぐさちぎりは、元気よく手を上げた。


冴草契さえぐさちぎりさん……。そういう事は心の中の声で言ってください。邪心が駄々漏れです」


「なっ!? わたしとしたことが……」


 冴草契は慌てて口を隠してみせたが、時既に遅しだ。

 けれど、救いなのは、桜木さくらぎさんが、まるでこの発言を理解していないことだった。まぁ、忍者の可愛さに全ての集中力が注がれているからなんだけどな。言葉すら耳にしてもらっていない、冴草契マジかわいそう。

 

「ふむふむー」

 

 コーラーを全て飲み干してしまった花梨は、ストローを口に加えながら、何かわかったように頷いていた。


「あのさーもしかしてー……。ううん、もしかしなくてもー、ゴリラってお兄ちゃんのことだよねぇ?」


 その言葉に俺の身体が一瞬硬直する。


「うっ!? そ、そうか? 俺は動物園の話をしていたんだけれどな……」


久遠くおんってさー。嘘とかつくの下手っぴだよねー。すぐわかっちゃうもん」


 花梨は俺の鼻の頭を人差し指で軽く突っついた。


「でも、そう言うところ、花梨はきらいじゃないよ」


 花梨は再度俺の鼻の頭を指先で弾く。

 花梨の目を見ていると、全てが見透かされてしまっているように思えてならない。


「うん、花梨はね、久遠にお願いしたんだから、全部久遠にお任せするの。その結果がどうなっても、花梨は怒ったりはしないよ。花梨が自分で選んで、頼んだもんだもん。あのね、花梨は割と人を見る目はある方なんだよ?」


 口調は本当に子供っぽいものだった。けれど、言葉に含まれている成分は、鉄なんかよりもずっと重い比重で出来ているように思えた。そして、他人を信頼する心は、俺にとっては眩しすぎるものだった。

 ふとした会話で、唐突に思い知らされるのだ。

 自分が今まで、友達という存在が居なかったということを……。

 そう、俺はきっと他人を簡単に信用したりなんか出来ない。言葉では言ってのけても、心の奥底では本当に信頼できているのかどうか、自分自身わかっていない。

 きっと、花梨は光で、俺は闇なのだ。

 強い光に、闇である俺はくっきりと姿を映し出されてしまう。その姿を今俺は見せつけられてしまっているような気がした。

 俺は露骨に表情を曇らしてしまう。

 今日の出来事全てが、俺のやらかしてしまったことがフラッシュバックしては、全部自分勝手で無意味なことなのではないのか、自己欺瞞によって引きおこしたことではないのかと俺を苦しめる。ああ、こんな事になるのならば、一人でいればよかった。一人ならば、周りとの関係に頭を悩ます苦労などしないですむのに……。いけない、沈んでいく、自分の心が汚泥のようなドロドロとした深い闇の中に沈んでいく……。

 汚泥の中でもがく俺の前に、一つの強い光が現れた……。

 俺の目の前に、花梨の顔があった。

 鼻の頭が、俺の鼻の頭に触れてるほどに、花梨の顔は接近していた。

 俺は慌てて、顔を背けようとするが、花梨は両手を添えてそれを阻止してみせる。


「はい! 今のは久遠の悪いところ! 久遠はね、考え過ぎなんだよ。もっとね、こう身体を動かしちゃえばいいんだよ? そんでね、何で動いたのかは後で考えればオッケーなんだよ」


 この十四歳の少女は、どれだけ俺のことを理解してくれているのだろうか? まるで、俺の心の奥底を見透かされているようだった。ああ、もしこいつが詐欺師だったならば、俺は簡単に喜んで全財産を投げ出してしまっていることだろう。

 今の俺は花梨の瞳から目を離すことができないでいる。

 

「こ、コホン! コホンコホン、ゲフフフン! グホホホン!」


 ありえないようなわざとらしい咳払いが、俺と花梨を、現実世界へと引き戻した。


「な、な、何をやっていらっしゃるんですの! こ、公然の門前で、そのように顔を近づけたりなどして……。は、破廉恥極まりないですわ!」


 セレスは、恥ずかしさとも怒りともつかない微妙な表情のまま、口元をひくつかさせてる。金髪ツインテールが、もどかしそうに右に左にと微妙に揺れ動いては、セレスの心の中を表しているようだった。

 

「あ、そう、二人はそういうことなんだ。ふーん、そうなの……。別にわたしにはどうでもいいんだけどね……。ふーん、ふーん。ふぅぅ〜ん!!」


 何をどういうことだと理解したのか、冴草契は腕組をしては不満気に『ふーん』を繰り返していた。


「……神住かみすみさん、あ、あれですね。至近距離での電波テレパシーに挑戦していたんですよね? そうですよね? きっと、そう! わたしはそうだと信じていますから!」


 何がなんだかわからないが、桜木さんはそう信じているようだった。瞳が大きく見開かれては、とても動揺しているようにみえるのは気のせいだろうか?


「殺したい……」


 ゴスロリ忍者は、微妙に言葉が変化していた。

 

「へへへっ、そんじゃ久遠は話を進めるのだっ! 花梨は横で見てるからー」


 花梨は俺の背中をバシッと勢い良く叩いては、俺に気合を注入してくれた。


「お、おう。作戦を決行する! 時間は明日の放課後、詳しいプランは追って連絡をする!」


 こうして、俺たち秘密結社FNPは、初めてのミッションに挑むことになったのだ。

 哀れ忍者、お前の犠牲は無駄にはしない……。


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