52 爆誕ゴスロリ忍者!
ワゴン車の中からは、最初の頃に聞こえていた、忍者の悲鳴のような叫び声はもう聞こえなくなっていた。どうやら、もう観念してしまったのか、新しい趣味に目覚めてしまったのか、まさか……恥を忍んで命を絶ったのか……。
そんな俺の心配など他所に、ワゴン車のドアは開き、そこから出てきたのは……。
白と黒を基調としたクラシカルなゴシックロリータ衣装に身を包んだ、フランス人形のような美少女だった。もし、このまま身動き一つしないでいれば、冗談抜きに、俺はこれを超高級な等身大のフランス人形だと思ってしまうかもしれない。それくらいに完成された芸術品のような美しさ可憐さを備えていたのだ。
その少女は、長いスカートから伸びた白いソックスに包まれた足で、一歩ずつ足元を確認するようにして、ゆっくりと、ゆっくりとこちらに向かってくる。
俺たちは言葉を発することができずに、まるでマネキンのように固まってしまっていた。
「ほう、これはこれは予想以上に見目麗しい姿ですな」
一番に言葉を発したのは、老紳士だった。
その言葉に、忍者の真っ白な肌が、朱色に染まりだしていくのが、目に見えて分かった。
「流石ですわ、流石わたくしの執事ですわ。いえ、いまはメイドと呼んだほうがよろしいのかしら? 見事な美しさですわ!」
「うわぁ、カメラ、カメラで写真を撮らないとだよぉ! あ、それよりも網膜にきちんと焼き付けておいたほうがいいのかなぁ……」
「くっ、たしかに可愛いけど……。そ、それでも姫にはかなわないんだからね! 調子に乗らないでよね!」
「うっわー。何この綺麗な子! 外人さん、外人さんなの? モデル? モデルさんなのかな?! お兄ちゃんにも見せてあげたいよー」
四人から浴びせられる賛美の言葉に、忍者はドレスの裾をギュッと握って、顔を伏せたまま固まってしまう。
先ほどまでの、執事服の忍者とは違い、その仕草も女の子のそれのように思えた。
外見が変わると、心の持ちようも変化してしまうのだろうか。それとも、元から素質があったのか?
「まさか、こんな可愛い子に、おちんち◯がついているなんて……」
俺の正直な心から出た言葉に、忍者は光速で反応した。
腹部に一発、脛に二発、合計三発を一瞬にして俺の身体に叩き込んだ。しかもこれは、俺が身体に受けた痛みで攻撃を判断しただけで、実際の忍者の動きはまるで見えはしなかった。忍者は神速を尊ぶというが、これほどまでとは……。しかも、ひらひらして動き難いゴスロリ衣装でのこのスピード、忍者ハンパねぇ!
忍者を心の中で賛美しながら、俺はあまりの痛みにその場にうずくまり悶え苦しんだ。だが、今の俺に助けの手を差し伸べるものどころか、視線を向けるものすらいない。何故ならば、みんなの視線は完全にゴスロリ忍者に釘付けになってしまっているからだ。
だが、忍者の容姿ではなく、動きに目を向けていたものが一人居た。
「うわぁ、スゴイスゴイ、今一瞬で三発の攻撃とかしちゃったよー。しかも、ちゃんと手加減してるし。この可愛い子、可愛いだけじゃなくて強いとか、まさにこれお兄ちゃんの好みど真ん中じゃん!」
なんと、あの神速の攻撃を、花梨は全て見えていたというのか?
いやいや、俺が今注目すべきはそこじゃない。花梨の言動だ!
「おい、花梨」
俺は忍者に触りたくてウズウズしていた花梨を呼び止めた。
「なになに? 花梨は、この子をナデナデしたい衝動を抑えるのに必至なんですけどー」
よく見ると、それはセレス、桜木さんも同様だった。
二人は、ゴスロリ忍者をキャッキャッ言いながらはやし立てては、好奇心テンコ盛りでゴスロリ衣装に触れてみては、さらにキャッキャッと声を上げていた。あわよくば、頭を撫でたりしようしていた。が、忍者の光速回避に阻まれているようだった。
どうやら、ゴスロリ忍者という可愛らしいものによって、この二人の打ち解けあっているようだった。
「七桜璃、可愛いわよ。可愛いわよ、七桜璃。流石わたくしの執事……。いえ、メイドと呼ぶべきですわ!」
「七桜璃ちゃん、かわいいー! お家に持って帰りたい! そして一緒にお風呂とか入りたいよー!」
「ああ、いいですわね。でも、お風呂に入るとこの衣装を脱ぐことになってしまいますわ。……いいですわ、今日はこの衣装のままお風呂に入りましょう!」
「シャワーで濡れるゴスロリの七桜璃ちゃん……。ずるい! セレスさんずるいよぉ!」
こんな感じで、二人は当初の目的など完全に忘れて、ゴスロリ忍者を玩具にして遊んでいた。
そして、当の忍者といえば……。
「殺して……。誰か僕を殺して……」
そんな忍者の悲痛なつぶやきなど、この二人の耳に入るはずがなかった。むしろ、その格好でそんなこと言われたら、余計に萌えてしまう……。哀れ忍者、恨むなら自分の可愛さを恨むのだ。
俺は忍者に向かって合掌した。
おっと、そんなことをしている場合ではない、今は花梨から話を聞き出さなければならない。
「なぁ、花梨。さっき、この子はお兄ちゃんの好みど真ん中って言ったよな?」
「うんうん。言ったよー。それがどうかしたの?」
「このにんじ……。この子が、もし向日斑に好きだって告白したら、どうなると思う?」
「えー!? そんなことになったら、お兄ちゃんウホウホ言いながらドラミングを始めちゃうよ? さらに喜びの宴として三日三晩踊り続けちゃうんじゃないかな?」
考えるまでもなく、花梨は即答をした。
「いける……。これならいける!」
俺は小さくガッツポーズを決めた。
「いける? 何が行けるの?」
花梨は不思議そうにその様子を覗きこんでいた。
「いやいや、こっちの話こっちの話」
「そっか、なら花梨もみんなと一緒にゴスロリ美少女で遊んできて良いー?」
「おう、いいぞ! 存分に遊んでこい!」
「わぁーい」
花梨は猛スピードで忍者のもとに駆けつけては、セレス、桜木さんに混じってキャッキャウフフタイムを繰り広げていた。忍者はといえば……廃人一歩手前といった所の表情で、本物の人形のように固まったまま動けなくなってしまっていた。
「姫、あんなに夢中になって……。敵だ……。アイツもわたしにとって敵だ! くそっ!」
冴草契は唇を強く噛み締めて、嫉妬の視線と、殺意の波動を忍者に向けた。
「わ、わたしだって、あの衣装を着れば……」
冴草契は、忍者のゴスロリ衣装を恨めしそうにして見つめていた。
「いやいやいや、お前があの衣装を着たら、ドン引きされるだけ……」
そこまで言いかけて、俺は慌てて口をふさいだ。
だが時既に遅し、俺の横に居た女子高生は、すでに女子高生ではなく、一匹の修羅へと変化していた。
どうやら、最近俺は、本音と建前の使い分けができなくなってきているようだ。これは、このメンバーの中では致命傷になる。実際、今俺の命は風前の灯だ。
「そうか、そうか、本当の敵はここに居たんだったな……」
冴草契は、肩幅まで足を開くと、腰を少し落とす。
「待て! 待つんだ! 話せば分かる!」
「問答無用!」
引き絞られた弦が弾けるように、拳が弓矢の如き速度で俺の腹部へと放たれる。俺はその衝撃で後ろへと吹き飛ばされる。が、慣れてきたのか、上手く受け身を取ることに成功した。こんなことに慣れてしまっている自分が怖い……。
冴草契は、ふぅ〜と息を吐き出すと、残心の満足気な笑みを浮かべていた。
どうやら、俺はストレス発散のサンドバックのような扱いになってしまってきているようだ……。
「いやはや、本当に若いというのは素晴らしいことですな。羨ましい、羨ましい」
老紳士が、カイゼル髭を撫でながら微笑ましくこちらを見ていた。
「えっと、今の俺の姿を見てもそう言えるんですかねぇ……」
俺は今、無残にもアスファルトの地面にキスをしている状態だ。
「はい、羨ましいでございますよ」
そう言って、老紳士は倒れた俺の身体に手を差し伸べて、軽々と引き上げてくれた。
「歳を取れば、こう言った触れ合いというものは出来なくなって、言葉だけの狡猾なやり取りが増えるのですよ。だからこそ、こんな真っ正直なやり取りを見ていると、心がほっこりと致します」
「そんなもんなんですかねぇ……」
「貴方も、歳を取ればわかりますよ……」
老紳士は何処か淋しげだった。
大人になるということは、そういう事なのだろうか? まだまだ子供な俺にはまるでわからない。
きっと、ゴスロリ忍者を囲んでいる連中は俺以上にわかっていないことだろう。




