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05 壁ドンはされるよりするほうがきっといい。

 しかし、トイレに呼び出されるというのは不良の定番である。

 どうして不良はトイレに陣取っているのだろうか? いつも下痢気味なのだろうか? 膀胱炎なのだろうか? 不良というのは、おもに健康不良のことを指すのだろうか……。うーむ、そう考えると不良の人が不憫に思えてくるから面白いものだ。

 しかし、今現在不憫な状況にいるのは、俺以外の何者でもない!

 冴草契さえぐさちぎりは、こちらに一切視線を向けること無く、スタスタと軽快なペースで歩いていく。俺はまるで付き従う下僕のように、そそくさと後ろを歩く。既に力関係が形成されつつあった。



 ファミレスのトイレは、奥まった所の突き当りに、男子用と女子用が隣り合う形であった。

 さて、トイレについてしまったら、することは一つしか無い。そう、排出物を出すことである。俺は、さも当然のようにトイレに入ろうとした。それを冴草契さえぐさちぎりの壁ドンが俺の道を塞いだのだ。


『な、なんだと……まさか、壁ドンをやる方ではなく、やられる方になるとは……』


 いや、これは壁ドンと呼ぶにはあまりにも威力が強すぎる。ファミレスの壁にひびの一つでも入っておかしくないほどの破壊力である。腰の入った右ストレートと呼ぶのが正解だろう。

 突き出された腕に追従するように、冴草契の顔が近づいてくる。ほのかに良い匂いがする。ああ、腕力女でも女の子、良い香りはするものなのだ。

 しかし、近い! 何だこの距離は、まるでキスでもするかのような……。って、キス!? 俺はキスされちゃうの!? 壁ドンだけでなく、キスもするほうじゃなくてされほうになっちゃうの!? どんだけ受け身なんだよ俺は! 受け身が得意なのは柔道だけで十分だ、やったこと無いけど! いやまぁ、出来ればこの腕力女よりも、妖精さんこと桜木姫華さくらぎひめかの方とキスしたいものだけれども、これはこれで、なんだ……悪くは……。

 なんてことを、ほんの一秒足らずの間に俺は思考していた。なんだ、学校の勉強では頭がまわらないのに、こういう時だけは頭は高速回転しやがる。あれか、あれなのか、走馬灯ってやつなのか? おいおい、それだと俺は死ぬことになるわけなんだが……。

 しかし、冴草契の唇が俺の唇と交わることはなかった。

 ただ、その唇はゆっくりと正確に、俺の目の前で動いてみせた。


「メアド教えろ……」


 そう艶やかな唇は俺に告げたのだった。


「え? は?」


 メアドとは、メールアドレスの略ですよね? それとも俺の知らない他の意味が『メアド』と言う言葉に存在しているのか? メキド・アトミック・ドラゴン!! 略して『メアド』って事は……。


『メキド・アトミック・ドラゴンの居場所を教えろ! わたしがヤツを倒す、素手でな!』


 そう言って、拳に暗黒魔界の炎を宿らせたとしても、似合っていそうなのが怖いところだ。


「ねぇ、聞いてんの?」


「ほわ?」


 『ほわ』って言葉を口に出したのは、生まれて初めてだったかもしれない。きっと『why』と言いたかったに違いない。


「ほわってなに、ほわって! どっかの部族の言葉なん? そうね、もうそういう事にしておくから。あんたんところ部族の言葉で『ほわ』は『はい、喜んで』って意味にしとくから、決定ね」


 いつの間にか、新しい部族と、新しい言葉が生まれてしまっているではないか……。面白いから、今度から肯定の意味を表すときは『ほわ』って言っていこうかな……。


「急いでよ! 姫を外で一人長い時間待たせておくわけにはいかないでしょ! 変に勘ぐられるのも嫌だし……」


 何を勘ぐられるのを心配しているのだろうか? 少しモジモジしているように見えなくもない。

 兎に角、冴草契が急かしていることはわかったので、俺はポケットからスマホを取り出すと、自分のメアドを表示させた画面にして相手に見せた。冴草契はその画面を見ながら、自分のスマホにアドレスを入力していく。

 冴草契がスマホをいじっている間、手持ち無沙汰な時間が発生する。まぁ、二人しかいない空間で、相手にスマホをいじられてしまっては、何をしていいのかわからなくなる。だから、俺は言葉をかけてみることにした。


「なぁ、なんで俺のメアドなんか聞くんだ?」


 これは至極当然な疑問だった。桜木姫華に聞かれるのならまだわかる。俺に対して興味があるどころか、敵視すらしているであろう冴草契が、俺のメールアドレスを知る意味がどこにあるのだろうか? もしや、桜木姫華に俺のメアドを聞き出すように頼まれているんだろうか? しかし、それだと『勘ぐられるのが嫌だ』と言う言葉が腑に落ちなくなる。


「……」


 俺の問いかけは、沈黙という名の返答を持って返された。


「はい、返すから」


 メアドの入力が完了したのか、冴草契は俺にスマホを突っ返してきた。俺がスマホをポケットにしまおうとすると同時に、ピロピロリンとメール着信の音がなった。


「うん、間違ってないみたいだ」


 俺のメアドを入力し間違えていないかをチェックしたようだ。俺がスマホのメールを見ると、そこには『テスト』と味気ない三文字だけがメッセージ欄に表示されていた。


「じゃ、戻ろ。姫待ってるから」

「ほわ!」


 俺はすかさず先ほど誕生したばかりの俺の部族の言葉で返した。


「? 何いってんのあんた? 頭大丈夫? 馬鹿なこと言ってないで行くよ」


 おいおい、あんたがほんの少し前に、創りだした言葉じゃねぇか……。あまりにもノリが悪すぎやしませんかねぇ……。




 店の外の駐車場でポツンと一人待っていた桜木姫華は、冴草契の姿を見ると急ぎ足で駆け寄ってきた。


「お待ちどう様」


「待ってたよー。一人は寂しかったよ」


「はいはい、姫はさみしがりやのお子様だからね」


「むー、お子様じゃないよ! 高校生だよ! 二年生だよ!」


「小学二年生だよねぇ〜」


「もぉー! ちーちゃんのばかぁ〜!」


 桜木姫華は、冴草契の背中にポコポコという効果音が似合いそうなグルグルパンチをお見舞いする。

 

「あ、神住さん」


 途中で俺という存在を認識してくれたのか、ぐるぐるさせていた腕を止めて、隠すように後ろで手を組んだ。さすがに、初対面である俺の前で今の振る舞いは恥ずかしかったのだろう。


「お待たせ」


 その後に続ける言葉がなかった。だって、俺はこの二人の名前と年齢以外の情報を何一つとして知らないのだから、何を話せばいいのかなんてわかりはしない。ああ、そうだ。桜木姫華が電波テレパシー使いだってことだけは知っていたんだった。

 だから『お待たせ』の言葉と共に、精一杯の愛想笑いをするのが精一杯だったのだ。


 俺達は歩き出す。

 俺は自転車を引きながら、二人は普通に徒歩で。

 会話は無いわけではない。ただ、二人が喋っている言葉に、適当に相槌を打つだけなのを会話をしていると呼んで良いのならばだけれど。

 俺は確かに人の輪に溶けこむのが上手いわけではない。だがな、今の状況をよく見てみろよ。二人は見たところ親友と呼べるくらいの仲良し。その中にポツンと一人放り込まれてみろ、一体何を喋ればいいっていうんだよ。これが三人とも完全に初対面であったほうが、腹を探りあいながらでも会話ができるってもんだ。

だから、決して俺がコミニュケーション能力が低いわけではないのだ。ってかな、普通は気を使って、会話を振ってきたりするもんだろ? それなのに、俺を無視するかのように二人で会話を続けている。

 ああ、気まずい。

『ああ、俺の家こっちなんで』

 とか適当な事を言って、この場を去ってしまいたい。

 いや、考える前に行動するべきだ。そうだ、言おう、言ってしまおう。女の子との出会いが消えてしまうのはアレだけれど、まぁまだまだ高校二年生だ。後数回くらいはチャンスが有る……かもしれないだろう。

 

「あの、俺の家こっち……」


 と言いかけたところで。


「あ、私らバスなんで」

 

 冴草契の言葉で遮られた。

 確かに、ここはバス停。そうか、わざわざ学校前のバス停から乗らずに、ファミレスに行くためにここまで歩いてきてくれていたわけだ。なるほど、なるほど。

『早く言えよ!!』

 と、心の中でツッコミを入れたが、言葉にはしないでおいた。


 夕焼け空の下、フロントガラスに光を反射させながらバスがやってくる。バスの中には下校の学生たちでごった返しているように見えた。


「きょうはありがとうございました」


 桜木姫華がペコリと頭を下げる。勿論、横にいる冴草契は頭を下げるどころか会釈すらしない。

 俺は言葉もなくただ顔の横で、まるで天皇陛下がするように手をひらひらと振ってみせた。

 桜木姫華はいつまでも俺に視線と笑顔を向けたままの姿勢でバスに乗り込んでいく。そのせいで乗車口の階段でつまずきそうになっては、冴草契に肩を支えられていた。ドジっ子である。

 笑顔が幾らか苦笑いに変わりはしたが、それは未だ俺に向けられている。

 俺もそれを返すために、笑おうとするのだが、それをさせてくれない存在がいた。そう、冴草契である。桜木姫華の横に仁王立ちで般若の如き憤怒の形相でこっちを見ているのである。怖い子である。

 

 こうして、俺の長い放課後が終わった。

 俺は自転車にまたがると、家に向かって漕ぎだした。

 ああ、今日のこの出来事を明日ゴリラ……向日斑に話そう。そうだな、できるだけ脚色をして、俺が女の子二人にモテモテだったという話にしてしまおう。明らかに嘘と分かる話でも、あいつは羨ましがってくれるに違いない。

 俺は、明日向日斑に話す会話の流れを、脳内でプロット形式でまとめながら自転車を走らせたのだった。

 

  

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