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49 忍者は犠牲になったのだ……。


「メス? メスをあてがうとは、手術でもするのかしら?」


「そっちのメスじゃない! オスメスのメスだ」


 俺の脳裏に、向日斑むこうぶちをゴリラ人間に改造するシーンが思い浮かんだ。


「なるほど、そういう訳ですのね。わたくしわかりましたわ」


 セレスは、手をパムっと叩いてうんうんと頷きながら、さもわかったふりをしてみせた。


「絶対、コイツわかってないぞ……」


 冴草契さえぐさちぎりは、わざとセレスの耳に入るレベルの小声でつぶやいた。


「ちーちゃん、悪いよ……。そういう時は、全力でスルーしてあげるっていうのが、まなーってやつだよ。うわぁ、金剛院さんは頭がイイなー、すごいなー」


 桜木さくらぎさんはことさら大げさに褒め称えた。きっと百%善意からなのだろうが、それが相手にどうとられるか考えてなどいないのだろう。純粋さとは時として罪なのである。


「……この女、完全にわたくしを馬鹿にしていますわね。侮れませんわ……」


 セレスは、桜木さんを睨みつけるのだが、当の桜木さんはその意味などまるで理解せずに、それを笑みで返した。


「女三人集まればかしましい。とは言うが、女三人集まると話が全く進まねぇ……」


 俺は頭を抱えたが、今はそんなことをしている場合ではない。

 俺は三人の会話を静止させる。その場に訪れた静寂が、張り詰めたような感覚を感じさせた。それに真正面から向き合うように、俺は自分のプランを語りだした。


「メスっていうのは例えだ、実際は向日斑に彼女が出来れば良いんだよ! 彼女が出来れば、彼女に尽くすだろうし、頑張ろうって気にもなって生きがいになるだろ? そんでもって、その彼女が『膝の怪我を治して……』って懇願でもすれば、部活には復帰しないって寸法だ! どうだ? 名案だろ? グッドアイデアだろ?」


 俺は一息で一気に言い切った。俺は水が注がれているコップを手に取ると、クールダウンするために、喉に流し込んだ。冷たい水が、俺の心と身体を鎮めていくようだった。

 だが、俺のプランに対する反応は……。


「それが名案……なのか?」


「か、彼女……彼女さんかぁ……。えへへ」


「わたくし最初からわかっておりましたわ。ええ、わかっておりましたとも」


「……コロス」


 冴草契は疑いの眼差しを向けてくるし、桜木さんは彼女という言葉に何故か照れているようだった。セレスといえば、アホだった……。忍者はもう完全に除外した方がいいようだった。


「まぁ、百歩譲って、その案を使うとして……。誰がそのゴリラの彼女になるんだ?」


「……え?」


 冴草契の問に、俺はフリーズしてしまった。その答えは考えていなかったのだ。いや、本当は心の奥底のほうで答えは出していた。けれど、その答えを今この冴草契に伝えたならば、俺の命が危ういのだ。

 先日の、小動物ふれあいランドでの、向日斑態度から、アイツは少なからず桜木さんに好意を抱いているのではと俺は思ったのだ。つまり、ゴリラに差し出す花嫁候補とは……桜木姫華が適任ではないのかと……。

だが、そんな事を冴草契に向かっていったならば、今は人の形を保っている冴草契は、魔王へと変貌して俺を蹂躙するに違いない……。


「ま・さ・か、ひめを、使おうだなんて考えていないよな?」


「ギクッ」


 冴草契の地獄の最下層から響くような声が、俺の心胆を寒からしめる。さらに、魔眼の如き視線が、俺の身体を石のように硬直させた。

 

「え……。神住かみすみさん、そんなこと考えてたんですか……」


 桜木さんの悲しそうな声が俺の耳から入っては、聴神経を通じて心にダメージを与えた。


「いや、その、そんな事は……」


 俺は顔を伏せて言葉を濁すしかなかった。

 友達を助けるために、桜木さんを犠牲にする。

 犠牲なくして、手に入れられるものなど無い。そんな言葉は、漫画や小説でよく聞くものだ。

 だが、いざ現実となってみれば……。


「あらあらあら、よくわかりませんですけれども、桜木さん? でしたっけ。その方がゴリラさんの彼女になれば、全てが解決するわけなんですのね? 良かったじゃありませんか」


「良いわけ無いだろ! 少し黙ってろ!」


 冴草契の言葉には熱がこもってた。今までの馴れ合いの言葉ではなく、本気の怒りがこめられていた。それをセレスも感じ取ったのか、身動ぎしてしまいシュンとなって本当に黙りこんでしまった。

 きっと、セレスも冗談のつもりで言っただけなのだ。お茶目心はあっても、悪気はないのだろう。だから、本気で怒られてしまったことに動揺を隠せないでいるのだ。


「ちーちゃん。怖いよ……。落ち着こう? ね?」


「落ち着いていられるわけ無いじゃん! こいつは姫を利用しようとしたんだよ!」


「そんな事無いよね? ね、神住さん?」


 桜木さんの問いに、言葉を返すことが出来ない。目を合わせることが出来ない。顔を向けることが出来ない。その行動一つ一つが、問いの答えになってしまっているとしても……。

 

「正直に言うと、そんな事考えてた……。でも、実行したりなんかしないよ。きっと、そんなことをしても誰も幸せになんてならないから……」


 向日斑は喜ぶだろうか? 桜木さんは喜ぶだろうか?

 もし、この二人が相思相愛なのだとしたら、それは喜ばしいことなのかもしれない。

 けれど、今の桜木さんの言動表情から察するに、それはありえないようだった。


「あ、あの……。ちょっと良いかしら……」


 シュンとなって黙り込んでいたセレスが、物怖じしながら言葉を挟んだ。

 物怖じしているセレスの姿は、親に怒られてしょんぼりしている幼女のよう可愛らしかった。


「わ、わたくしに名案がありますわ。この子を使えばいいんですわ」


 この子と、その指名を受けたのは……。


「え? ボ、ボク? い、いえ、わ、わたくしですかお嬢様?」


 完全に話の輪から外れて、退屈そうにストローをいじっていた忍者は、不意を突かれてストローを弾き飛ばしてしまう。


「そうですわ。七桜璃、あなたなら適任だとわたくしは思うのです」


「ちょっと、ちょっと待って下さい。ボク、わ、わたくしは男ですよ? 良いですか、お嬢様、男は彼女にはなれないんですよ?」


「なるほど、その手があったか……」


 俺は思わず納得してしまう。


「え? そうなの? その手があるの? あ、でも、姫じゃないなら、わたしは別になんでもいいや」


「ふあぁ、七桜璃さんはとっても可愛いから、もしかしたら、それもありなのかも……。って、わたし何を想像しちゃってるんだろ、え、えへへっ」


 もしかすると、桜木さんはボーイズラブ的なものを想像しているのかもしれない。うーむ、相手がゴリラなだけに、異種族ラブのほうがあってるのかも……。

 

「皆さん、おかしいですよ! 男の人は、男の人を好きなったりなんかしないんですってば! ねぇ! 正気に戻ってくださいよ! お嬢様も何とか言ってください!」


 忍者の必至の嘆願は、全員からスルーという形で返されてしまう。

 心なしか、忍者の目に涙が滲んでいるようにみえる。


「そうですわ。今すぐに衣装合わせから始めましょう」


 セレスはスマホを取り出すと、どこぞに電話をかけては、話をきちんと取り付けたようだった。


「ふぅ、五分もすれば、衣装が到着いたしますわよ。楽しみですわー」


 セレスは満足そうに、衣装の到着を今か今かと待っていた。


「お、お嬢様! 楽しまなくていいんですよ? 楽しんじゃ駄目ですってば! ボクは、ボクはどうなるんですか!」


 忍者の叫びは悲痛を極めてきていた。

 ボクっ子忍者か……。

 向日斑のやつは、そういう特殊な趣味を持ち合わせていただろうか?

 それを確かめるために、向日斑を良く知る人物に確認を取るべきだと俺は思った。


「あ、もしもし、神住だけど。うん、そう、そこのファミレスなんだ。良かったらいますぐ来てくれないか?」

 

 俺の電話の相手は、向日斑を最も良く知る人物。

 そう、向日斑花梨むこうぶちかりんだ。

 花梨は、電話の説明で状況を察してくれたようで、今すぐ駆けつけるとの返事をくれた。


 そうそう。

 俺は確かさっき、犠牲なくして得るものが云々と言っていたような気がするが、それは忘れてくれ。

 忍者とは、犠牲になる宿命さだめに生まれた存在なのだ。なんかの忍者漫画にも書いてあったような気がする。


「うわぁ、嫌だー! 女の格好とか嫌だよー!」

 

 半狂乱状態の忍者は、何度となく俺の脇腹をクナイで突き回した。

 その度に俺は、のた打ち回りそうな痛みに襲われたが、これも何かを得るための犠牲なのだと、避けることなくすべての攻撃を喰らっては、必死に堪えるのだった。

 


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