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48 発案! 《ゴリラ補完計画》


 忍者は、いつの間にかソファーの上に正座をしていた。膝の上に置かれた両手がプルプルと小刻みに震えては、悲壮感をより一層演出していた。

 可哀想な忍者……。けれど、これは忍者のさだめなのだ。


「大丈夫か? 元気だせよ?」


 俺は励ますように、忍者の肩に手を置こうとした。

 が、その手は肩に触れることなく、瞬時に捻り上げられることになった。


「誰のせいだと思っているんだ……。ボクはボクは……忍者なんかじゃ……」


 明らかに声が上ずっていた。

 俺は捻り上げられた腕の痛みなどよりも、忍者の口から出たある言葉に興味を奪われていた。


「お前って素の時はボクっ子なんだな」


「……」


 その言葉に、忍者の顔から表情が消えていく。いや、それどころか、生気というものすら失っているように見えた。

 まるで死人のような面持ちになった忍者は『ククククク……』と表情は変えずに、口元を少しだけ動かして笑った。


「殺す、殺す、コロス、コロス、イツカカナラズコロス……。ククククク……」


 狂気に満ちた言葉が耳に入ったような気がしたが、俺はわざとあらぬ方向を見て、聞こえないふりをするした。少しばかりオシッコをちびったかもしれないと心配したが、どうやらギリギリセーフのようだった。

 うーん、このファミレス冷房効き過ぎなのかなぁ……。俺の身体はずっと震えっぱなしだし、冷や汗も止まらないわー。ってか、忍者さんがいれば今年の夏は冷房なしで乗り切れそうだわー。

 そんな俺と忍者のやり取りを、微笑ましく見ている存在が一人居た。


「あらあらあら、七桜璃ってば、神住かみすみ様と、いつの間にか仲良くなっていらしたのね」


 おいおい、この金髪ツインテールお馬鹿は状況をまるで理解してないよ。あんたの所の忍者は、俺の命を狙ってるんですよ?


「お嬢様のお言いつけとあらば、どのようなゴミ虫でも、わたくしは仲良く致します。……ゴミ虫以下ですけどねコレ……」


 勿論、後半の声は、金剛院こんごういんセレスの耳に届かないボリュームだった。けれど、何故か俺の耳にはしっかりと聞こえたのだ。あれか、声のベクトルを操作しているのか? 忍術なの? 忍法なのか? カッコイイけど、怖い!


「ところで、神住は話があるんじゃなかったの?」


「そうです。神住さん、今日みんなを集めたのはどうしてなんですか?」


「はっ! そうだった! すっかり忘れるところだった!」



 冴草契さえぐさちぎりと、桜木さくらぎさんの言葉に、俺は忘れかけていた本題を思い出した。

 

「あらあらあら、神住様は、ドジっ子でいらっしゃいますのね」


 言い返したいことは山のようにあったが、今何かを言えば横の忍者がクリティカルヒットで首をはねかねないのでやめておいた。

 俺は忍者に怯えながらも、ゆっくりと、しっかりと、言葉を紡ぎだした。


「今回、秘密結社FNPで取り組んでもらいたい議題。それは……《ゴリラ補完計画》だ!」


「ご、ゴリラ補完計画だと………」


「まさか、あの計画が……」


「動き出していらしたなんて……」


「……」


 三人の女子高生はゴクリとツバを飲み込んだ。忍者は興味なさげにしていた。俺はみんなのノリの良さに驚いていた。


「あ、あの、別にそこは乗ってくれなくてもいいから……。って、みんな知ってるの《ゴリラ補完計画》を!?」


 俺は一人一人に視線を送る。


「知るわけ無いじゃん。ってか、ゴリラって言葉に不快感を感じる」


 と、冴草契。


「知らないけど、こうしたほうが、雰囲気出るのかなぁーって思って……」


 と、桜木姫華。


「あらあらあら、アレですわよ、例のアレの保管のアレですわよ。ねぇ、神住様、あの有名なアレですわよね?」


 と、金剛院セレス。


「……コロス」


 と、忍者。


 気を使って合わせてくれたのが二人。アホな知ったかぶりが一人。殺し屋が一人。

 ここの面々の認識はこういった具合だった。

 

「コホン、《ゴリラ補完計画》とは、俺の、と、と、友達……。である所の、向日斑文鷹むこうぶちふみたかを、救うための計画だ! 概要を説明させてもらう」


 俺はこのメンバーに、向日斑の置かれている状況を説明した。

 俺の真剣な口調を察してか、ちゃちゃ一つ入れることなく、みんなは俺の言葉に耳を傾けてくれた。


「なるほど……。あのゴリラがね……」


「向日斑さん……。膝を痛めていたなんて気が付きませんでした……」


「えっと、誰ですの? そのむこうなんとかって人? 人なんですの? ゴリラなんですの? 人とゴリラの間に出来た新人類なんですの?」


「……コロス、カミスミコロス」


 俺は新メンバーの金髪ツインテール馬鹿と、忍者の言葉は全スルーすることを決めた。


 

「そんな訳でだ。向日斑を部活に復帰させないために、みんなの知恵を借りたいんだ。みんなに関係ないことだってのは重々承知している。でも、俺に力を貸してくれないか……」


 俺は深々と頭を下げた。伏せた顔を上げるのが怖い。

 もし俺が逆の立場だったら、面倒臭いの言葉ひとつで一蹴してしまっているだろう。それなのに、協力を頼もうなんて、虫がいいにも程が有る。しかも、この四人とは知り合ってまだ間もないのだ。向日斑と面識もない人も、向日斑を嫌っている奴もいるのだ。

 俺は恐る恐ると顔を上げる……。

 俺の瞳に一番に飛び込んできたのは、桜木さんの暖かく優しげな表情だった。


「水臭いですよ、神住さん。わたしたちは秘密結社FNPのメンバーじゃないですか。未来に新しい力を伝えていくんですよ。お友達一人救えなくてどうするんですか。ね、ちーちゃん」


「……ひめがそう言うんなら……。でも、どうすればいいのか、わたしにはチンプンカンプンだぞ」


 冴草契が面倒くさそうに、後ろ髪を撫でながら言う。


「二人共ありがとう」


 俺は再度頭を下げる。


「ありがとうとか、そういうのいらないから! 気持ち悪い!」


「でも、どうすればいいんでしょう……」


 俺たち三人は黙りこんでしまう。

 その様子を見ていた金髪ツインテール馬鹿が、勝ち誇ったかのような表情を浮かべては、話を振ってほしそうにチラチラと視線を投げかけてくる。

 俺はそれを、出来る限りの無視し続けたが、あまりにも鬱陶しいので、仕方なく声をかけることにした。


「えっと、金剛院さんは、何か案があるの?」


「あらあら、金剛院さんだなんて、他人行儀ですわ。セレスとお呼びくださいませ」


「……金剛院さんは、何か案があるのかなぁ?」


「セ・レ・ス! とお呼びくださいまし」


「……こんごういんさんは」


 ここで、俺の脇腹が悲鳴を上げる。忍者だ、忍者が俺の脇腹にクナイを突き刺している。正確には、突き刺さってはいない。ツンツンツンと突いているだけだ。けれど、それは次第に力を増していき、このまま俺がセレスと呼ばなければどうなるのかは明白だった。

 俺は忍者の顔色をうかがう。

 そこには、満面の笑顔の忍者がいた。嬉しそうだった。そうか、そんなに嬉しいか、俺の脇腹をクナイで突くのは……。怖い、怖い忍者……。


「せ、セレスは何か案があるのかな?」


 その言葉に、セレスは満足そうに微笑む。金髪ツインテールも嬉しそうにピョコピョコ跳ねまわっていた。


「コホン、このわたくしが見つけ出した解決方法、それは……お金ですわ」


「は?」


 俺、冴草契、桜木姫華の三人は、意味がわからずに眉をひそめた。


「わかりませんですの? 要するに、そのむこうゴリラさんに、お金を握らせればいいんですのよ。そうですわね、庶民相手ですから……百万円も握らせて、部活に戻らなければそれを差し上げますわ、と言えばい良いのです。それで万事解決ですわ」


「流石です、お嬢様。一般庶民には思いつくことの出来ない解決方法です」


「あらあらあら、七桜璃、もっと褒めてもいいのですわよ。おーほほほほ」


 盛り上がる二人と相反するように、俺と、冴草契、桜木姫華は口をあんぐりと開いたまま固まってしまっていた。

 これが、庶民とお嬢様の嗜好の差というやつなのか。それとも、ただこいつがアホっ子過ぎるだけなのか……。

 とは言え、これは普通の人間が相手ならば、後味の良い悪いと抜きにすれば高確率で成功する方法だ。だが、相手は向日斑なのだ。あいつは金で動くような男ではない。ゴリラに百万円をあげたところで、何の興味を示さないのと同じことなのだ。

 まてよ……。ならば、ゴリラの喜ぶものならどうだろう……。百万円分のバナナ……。これなら心は揺れるかもしれない。けれど、あいつの求めているものは、何かにひたむきに打ち込める場所、誰かの期待に応えること……。それはきっと物ではない……。ならば何か……。男のゴリラが、雄ゴリラが求めてやまないものは……。


「メス……。メスをあてがえば……」


 俺の脳内にコロンブスの卵的発想が舞い降りた瞬間だった。



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