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46 女三人集まればかしましい。忍者はカッコイイ。



 翌日の朝、俺は寝不足のせいか、どんよりぼんやりとした頭と身体を引きずるようにして登校する。

 俺としたことが、男のことを考えて眠れないとか……。おっと、言葉だけを聞いたらとんだホモ野郎だ。

 自転車をフラフラと蛇行運転させながら、俺は学校へと向かう。

 人間寝るとテンションが下がるもので、昨日の俺のやる気は既に半分以下にまで落ちていた。睡眠ってのは頭をリセットしてくれる効果があるらしいが、それも良し悪しだなと思う。

 徹夜をして、ハイテンションのまま乗り切るのがいいのか。しっかり睡眠をとって、冷静に判断するのがいいのか。これはきっとケースバイケースだろう。

 兎に角、賽は既に投げられた。

 転がったダイスは目は果たして……。



 ※※※※

 

 俺は始業時間ぎりぎりに教室に滑り込んだ。


「おう、今日は遅いな」


 俺の寝坊の原因を作った張本人が、何くわぬ顔で朝の挨拶をする。


「ヒーローは遅れてやってくるって相場が決まってんだ」


 俺は意味不明な台詞を目一杯カッコつけて言ってみる。どうやら、俺の頭はまだ幾らか眠っているようだ。そんな寝ぼけた頭でも、自然と視線は向日斑むこうぶちの膝へと注がれる。


「なるほど、ヒーロってのは時間にルーズなんだな。ヒーローがそんなんでいいのか?」


 昨日の出来事に触れることなく、俺の意味不明な台詞に至って普通に言葉を返す。このやり取りは、いつも通りのゴリラだった。


「あれだ、ヒーローってのは悪の秘密結社と単体で戦っちゃうような馬鹿だからな。そんなもんなんだろ」


「馬鹿なのは、朝からそんなこと言ってるお前だろ」


 ガハハハと、向日斑は豪快に笑って捨てる。

 俺がその言葉にカウンターの言葉をぶつけようとした時、教室に教師が入ってきた。どうやら、いつの間にか始業のチャイムは鳴っていたらしい。


「馬鹿って言ったほうが馬鹿だからな」


 と俺は苦しい捨て台詞を残して、自分の席に着くと、机の上に一限目の教科の教科書とノートを広げた。

 一限目の授業は古典だった。

 眠い頭に、教師が読み上げる教科書の文章はまるで子守唄のようで、俺を眠りの世界へと誘ってくれる。俺は必至に教師の放つ睡眠魔法をレジストし続けた。こんなことなら、対睡眠魔法防御薬を飲んでくるんだった。ああ、ちなみにそれはリポビ◯ンDとかの事な。

 俺はまどろみの中に片足を突っ込んだ状態で、向日斑の膝のことを考えた。

 今朝の雰囲気からは、膝を痛めている素振りはまるでなかった。もしかすると、本当に大したことはなかった……。なんてことがあるわけがない。あいつの性格から察するに、痛いとしても笑い飛ばして誤魔化し続けるに違いないのだ。

 はぁ、何でこんなに俺はゴリラのことを心配しているんだ。俺は動物園の飼育委員か! 

 


 授業の半分以上を睡眠時間に費やして、俺の今日の学校生活は終わりを告げ放課後になっていた。

 これだけ授業中に居眠りをしていたのに、教師にまるで気がつかれない俺ってばまさに隠密上手。というか影が薄い……。

 

「……」


 向日斑が何も言わないで席を立つ。

 きっと、部活に行こうとしているのだろう。

 何時もならば、部活に行ってくるわー。とかの一言があるのだが、今日は何も言葉を発することはない。きっと、そう言えば俺が止めると思っているからだろう。

 そそくさと足早に教室から出て行く向日斑の姿は、ゴリラというよりもチンパンジーといった感じだ。

 やましい事はなければ、もっと堂々としていればいいのだ。やましい事があるから、コソコソとせざるをえないのだ。らしくないのだ。

 

「よぉーし、良い感じに睡眠もとれたし……。いっちょやってみっか」


 俺は席を立つと背伸びを一つ。

 スマホのメールを確認して、いつものファミレスへと向かう。



 ※※※※



「……だから、なんでこうなってるの……。ねぇ、神住かみすみ、説明してもらえるかな?」


 冴草契さえぐさちぎりは、苦虫を噛み潰したような顔で俺に尋ねる。


「いやぁ、説明と言われても……。俺自身どうにもならなかったわけで……」


「そうですわ。神住様は何も悪くありませんですわ」


「そうね、悪いのは全部アンタだからね!」


「ちーちゃん、そんな言い方は悪いよぉー」


 今にも飛びかかりそうになっている冴草契を、桜木さくらぎさんは、まるで猛獣でもあやすかのようにして諌めていた。


 ファミレスのエントランスで顔を見わせている女子高生三人……と俺。そして、数歩下がった場所に忍者が控えていた。カッコイイよ忍者!

 まさに一触即発の状態がここにあった。



 はてさて、どうしてこんな事になったのか……。

 少し時間をさかのぼってみよう。


 秘密結社FNPの会合に参加するべく、俺がいつものように自転車に乗って校門を出ようとすると、そこに先日と同様に金剛院こんごういんセレスが現れたのだ。

 

「ごきげんようですわ、神住様」


 などと、優雅に手を振って待ち構える金剛院セレスを、まるで視界に入らなかったかのように華麗にスルーすると、俺は全速力で自転車を漕いだ。

 勿論、昨日の二の舞いを起こすまいと、リアキャリアに金剛院セレスが乗り込んでいないことはきちんと確認した。

 それなのに、それなのにだ……。

 俺がファミレスの駐輪場に自転車を止めようとすると……。


「酷いですわ、わたくしを無視なさるなんて」


 そこには、金剛院セレスの姿が既にあったのだ。

 

「わ、ワープ!? ワープしたのか!」


 最近のお嬢様というのは、物理法則を無視できるのだろうか?


「わぁぷ? なんですのそれ? わたくし存じ上げませんわ」


「ど、どうして俺の先回りが出来るんだ!」


「ああ、それでしたならば、七桜璃なおりが神住様にGPSを取り付け……。コホン、愛の電波テレパシーですわ」


 金剛院セレスは、咳払いを人した後に、頬に手を当てて上目づかいをして見せ、ことさら照れている素振りを強調した。その仕草はたしかに可愛らしい物だったが、今はそんなことはどうでもいい!

 一体いつの間に、俺にGPSをつけたんだ。あれか、あの時か! 忍者が俺に短刀を突きつけた時……。流石、忍者凄い、素早い、カッコイイ。おっと、今は忍者を絶賛している場合ではない。


「おい! 今、俺にGPSを取り付けたって言ったよな?」


「あら? あららら? 何のことなのか、わたくしさっぱりですわ。じーぴーえすってなんですの?」


 アメリカ人が良くやりそうな、腕を横に広げて『ワタシワカリマセーン』的なポーズを取る。


「とぼけても、無駄だぞ!」


 俺が更に強い言及をしようとした時に、背後に背筋も凍るような殺気を感じて言葉を止めた。

 俺の背後に物音一つ立てることなく、完全に気配を消して回り込んでいた陰が一つ……。そいつは、俺の脇腹に冷たい金属のようなものを押し当てていた。この感触は身に覚えがある。そう先日にも……。


「寿命を全うしたいのなら、お嬢様に、これ以上暴言を吐かない方がいい……」


 冷たい井戸の底の水面のような、抑揚のない声が耳元でささやかれて、俺は身震いしてしまう。

 この先日にも味わったこの感覚は、間違いなく忍者によるものだ。けれど、俺は一つの違和感に気がついた。俺の脇に当てられている刃物が、昨日とは形状が違うのだ。昨日は短刀のようなものだった。けれどこの独特な形状は……。


「く、クナイだー! 忍者が主に壁を登るときや、穴を掘る時、更には手裏剣代わりとしても使ったと言われる装備だー!」


 俺は感激のあまり、クナイの特性を説明口調で語ってしまっていた。


「ええ、神住様が、七桜璃を忍者だ、忍者だ、と嬉しそうにお呼びになりますので、それらしくしてみたのですわ」


「さ、最高だ! 忍者はこうじゃなくっちゃいけない!」


 俺の身体は震えていた。これはクナイを突きつけられた恐怖からなどではない、喜びで震えているのだ。


「ぜ、全部お前のせいなんだからな! お前のせいで、こんなハメに……」


 冷静沈着を旨とするであるはずなのに、忍者は明らかに動揺の色を隠せないでいた。頬も心なしか赤みを帯びている。

 執事服を着たショートパンツの前髪パッツン美少年が、クナイを持って頬を赤らめる。

 なんというマニアックなシチューエーションであろうか。世のマニアな人間がいたら、狂喜乱舞して大粒の涙をこぼすことうけあいだ。

 マニアでない俺ですら、今の状況には感動すら覚えている。


 こうして、俺は、金剛院セレスそして忍者さんとの三人でファミレスのエントランスに向かうハズになってしまったのだ。


 それを見た、冴草契が絶句したのは言うまでもない。


 そして時間軸は元に戻る。


「アンタ自分で集まるように言っておいて、なに変なの連れ着てんのよ……」


「あらあら、変なのとは心外ですわ。もしろ、あなたのほうがお邪魔虫なのではありませんこと」


 二人は無い胸を突き合わせて、お互いを牽制しあっていた。


「ちーちゃん、ちーちゃん、仲良く、仲良くだよ?」


 あんな小さな身体で、二匹の凶暴な獣の中に割って入って仲裁をするとは、なんという勇気と慈愛に満ちた行動だろうか、桜木姫華は蒼き衣をまといて金色の野に降り立ちそうだぜ……。俺は思わず桜木さんに見惚れてしまいそうになる。


「か、神住さんも、見てないで止めてくださいよぉーもぉー!」


「あ、その発想はなかった……」


「なんでですかー! 唯一の男の人なんだから、頑張ってくださいよ~」


 その言葉を耳にして、少し離れた場所で過敏に反応する存在が一人。


「ちょっと待て……」


 忍者だった。


「まさか、僕のことを女の子に入れているんじゃないだろうな……」


 忍者はギロリと鋭い眼光で桜木さんを睨みつける。目で殺すとはこういう眼光のことを言うのかもしれない。


「え? え? え? お、女の子さんじゃないんですか……」


 桜木さんは怯えるよりも先に、びっくりしている様子だった。どうやら、桜木さんは忍者さんのことを女の子だと認識していたようだ。

 確かに、忍者さんは小柄な美少年だ。一見女の子に見えてもおかしくない。

 けれど、けれどだ!

 忍者さんに、オッパイは存在していない! あの冴草契でも、金剛院セレスでも、ほんのかすかではあるがオッパイはちゃんと存在しているのだ。それなのに、この忍者さんには全くオッパイがないのだ。それは即ち、男であるという証明にほかならない。


「僕は男だ! 間違わないでもらいたい」


「ご、ごめんなさい……。とっても可愛らしいお顔をしていたから……」


「……」


 この無言の間、どうやら忍者は照れているようだ。忍者といえど人間なのだ。


「あのお客様……そろそろお席にご案内してもよろしいでしょうか?」


 このやり取りを遠目で見ていたファミレスの店員は、ビクビクしながらも業務を遂行すべく言葉をかけてきた。なんと勇気のある店員だろうか。俺がバイトだったならば、確実に無視する。それどころか、こんな奴らが常連ならすぐさまバイトを辞めることだろう。

 しかしよく見てみよう。

 この案内を買って出た店員は良いとして、その背後でマイクを片手に、今にも実況を始めようとしている男がいるではないか……。更にその横には、常連客の田中さんが今か今かと待ち構えていた。

 ファミレス店長と常連客田中は、またも壮絶バトルが開始されるのを、今や遅しと待っていたのだ。

 よくよく耳を耳を澄ましてみれば。


「第二回戦のゴングが……今切って落とされるのでしょうか! 解説の田中さんどう思われますか?」


「いやぁ、今回は二対二のタッグバトルになるかもしれませんよ。これは胸が熱くなります」


 なんて事を小声で言い合っているではないか……。

 この二人の願いを叶えてやる訳にはいかない。


「あ、すみません。五名で案内お願いします」


 俺はあえて先人を切って、店員に申し出てみた。


「あ、はい。ご案内いたします」


 店員はホッと安堵の息をついて、俺たちをテーブルへと案内したのだ。

 冴草契と金剛院セレスは文句を言い合いながら、桜木さんは仲裁を続けながら、忍者は俺の命を狙いながら……。テーブルへと向かったのだった。

 

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