43 馬鹿って言ったほうが馬鹿。
「いやぁ、見応えのある試合でしたねぇ、常連の田中さん」
「はい、手に汗握る戦いでした。女子高生同士のガチバトル、これに燃えずして、なんに燃えるというのか! まさに、燃えと萌えの融合ですよ!」
「また後日の再戦に期待致しましょう。実況は、ファミレス店長佐々木と」
「常連の田中でお送りいたしました」
「それではごきげんよう」
ファミレス店長佐々木は店内に戻っていくと、何事もなかったかのように通常業務へと復帰していた。常連客の田中は、これまた何事もなかったかのように、店内でドリンクバーを飲んでいた。
そして、周囲を埋めていた高校生たちは……。
「いやぁ、いいもん見れたわ」
「どっちも強かったよな」
「俺、最後に出てきた少年が可愛かったんだが……」
「ショタ好き乙!」
等など、口々に楽しげに言い合っては帰路へとついていった。
そして、俺たちはといえば……。
「ちーちゃん、大丈夫?」
「ああ、姫、平気だよ。ほら、全然平気」
冴草契は、桜木さんはその場で軽やかに屈伸をしてみせる。
「良かったぁ。でも、喧嘩なんかしちゃ駄目だよ?」
「わ、わかってるよ。もうしない、絶対にしないよ」
そんなに気安く約束をして良いのか? 確実に金剛院セレスはリベンジマッチを挑んでくるぞ……。
「ところでこれからどうするんだ?」
俺は未だに今日集まることになった理由を知らない。いや、本当は知っていなければならないのだけれど……。何故ならば、集まる理由は桜木さんが俺に電波で送ってきていることになっているからだ。冴草契のやつ、そういう細かいこともメールで教えてくれないと困るってぇの!
「はぁ……。今日は、次の秘密結社FNPの活動計画を考えようと思っていたのに……」
桜木さんが溜息を一つ吐き出しながら、残念そうに呟いた。
なるほど、今日の予定はそういうことになっていたのか。ところで秘密結社FNPってなんだっけ? ああ、俺が勢いで作ったやつだわー。やらかしたやつだわー。自然消滅してほしいと願ってやまないやつだわー。
「アイツのせいで無駄な時間を過ごしちゃったから……。姫、時間大丈夫?」
「うーん……。残念だけど、今日はもう解散にしよっか?」
桜木さんは手首の時計を見てから、さも悔しそうにして言った。
どうやら桜木さんは時間に余裕が無いらしい。門限でもあったりするのだろうか。
こうして、桜木さんの決定により、俺たちは解散することになり、各自家路へとということになったのだが……。
帰り際に放ったある一言が、もう一悶着を巻き起こしたのだ。
「ちーちゃん、そう言えば、あの金剛院さんがいっていた。ちーちゃんの想い人ってなんなの?」
この一言に、冴草契の顔色がみるみるうちに青ざめていくのが、傍目からはっきりとわかった。チラチラと横目で、俺に対して助けを求めるような合図を送ってくるのだが、俺は気がつかないふりをしてやり過ごす。そんな俺に、冴草契は『チッ』と小さく舌打ちをしてみせた。
「ねーねー? ちーちゃん、想い人ってなあに?」
桜木さんの追及は止まることなく続けられた。
冴草契の顔色が、青から赤へと変化していく。まるで信号機のようだ。
先ほどまで激しいバトルを繰りやってのけた女とは思えないくらいに、冴草契は困惑の極みに達している。きっと、金剛院セレスとの戦いよりも、桜木さんからの言葉は強烈なダメージを与えているに違いない。
「な、な、な、ななななな、なんのことかなー。わ、わたしにはさっぱりわからないんだけどなー」
動揺しているとはこういうことだ! と言わんばかりの見事な動揺ってぷりだった。
「そ、そうだ! もしかしたら、か、神住ならわかるのかなぁ〜?」
「な!? なんで俺なんだよ!」
こんな突然のキラーパスをキチンとトラップしてゴールを決められるような器用な男であるはずがない。
「神住さんは、知ってるんですか?」
「知らない。全く知らない。知るはずがない。冴草さんのほうが知ってると思うよ?」
俺はこのパスを完全にスルーして、ボールをまた冴草契に戻す。目には目を歯には歯をだ。
「な、何だとぉ! わ、わたしは知らないってば、本当に知らないって。でもぉ……神住ならきっと知ってる。嘘ついて知らないふりしているだけだから」
ボールはまたしても俺の所に戻されてしまう。
「ファック! またかよ! また俺にふるのかよ!」
「うっさい! アンタが適当に当り障りのない答えを言えばいいでしょ!」
「そんなの思いつかねえよ! って、当り障りのないとか答えとか言うなよ! 明らかに不審に思われるだろ!」
「アンタがいつもみたいに、アレがアレでアレだからアレとか言えばいいのよ! 誤魔化すの得意でしょ!」
「だーかーらー! 誤魔化すとか本人言う前で言うなってば! 馬鹿なのか! お前は本当に馬鹿なのか! あれだな、可愛げのない馬鹿だな、良いとこ何もなしな馬鹿だな!」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだからね! だから、アンタのほうが馬鹿なの!」
「何時何分何秒に俺が馬鹿って言ったんだよ! 正確に答えろよ!」
「うわぁー、子供なの? アンタ子供なの? バーリア!」
「そっちこそ、子供だろ! 可愛げのない子供だろ! ほんと救いがないな! 可愛げない子供とか存在価値皆無だぞ!」
俺と冴草契の舌戦はヒートアップを続けていく。この誰も得をしない、足を止めて向い合っての言葉での不毛な殴り合いは果てることなく続いた。
「はぁはぁ……。こうなったら、もう拳で決着をつけるしかないようね……」
「上等だ! と言いたいところだが、嫌だ! だって、絶対負けるから!」
「男らしくないぞ!」
「お前こそ女らしくないぞ!」
俺たちのやり取りを見ているのに疲れたのか。桜木さんはしゃがみ込んで頬杖をついていた。
そして、何を思ったのか……。
「二人共とっても仲が良いんだねぇ」
なんて事を言ったりしたのだ。
桜木さんは、どうやらこのやり取りを、仲の良い男女の微笑ましいトークのように感じ取っていたようだ。
あれか、喧嘩するほど仲が良いってことなのか? 俺は今この馬鹿女を、本気でとっちめてやりたいと思ってしまっているわけなんだが!
「仲の良いところ悪いんだけどね、そろそろわたし本当に帰らないとマズイから……」
桜木さんはバツが悪そうに時計を指さした。
「ごめん姫、待たせちゃったね」
冴草契は、俺に向かってツバを吐きかける真似をすると、桜木さんの側へと駆け寄る。
「ううん。なんかねー、見てて楽しかったから良いよ。えへへ」
桜木さんの『えへへ』に先ほどまで鬼の形相で言い合っていた俺と冴草契も、釣られて表情が柔らかくなってしまう。桜木姫華の『えへへ』恐るべしだ。
「じゃ、姫、こんなアホ男はほっといてバス停に急ご」
冴草契は挑発するような視線を俺に向けて投げかけると、バス停に向かって走りだした。
「あ、待ってちーちゃん!」
それを追いかけようとした二歩ほどかけ出した桜木さんは、ふと足を止めてこちらを振り向いた。
そして、ささっと俺の横にやってきては、耳元に顔を近づけて小声で囁いた。
「ねー? もしかして、ちーちゃんの想い人って……。神住さんのことなの?」
「は? ないないないないないないないなあーい。ないから! そんなのあるわけ無いだろ、むしろあいつと俺とは敵同士だよ」
「そっかー。そうなんだー。ふーん、なんか安心した。それじゃ、またね」
桜木さんは、冴草契を追いかけて駆け出していく。
俺はその後ろ姿をただ見送るだけだった。
二人の姿が消えた後も、俺はファミレスの駐車場にぼーっと立ち尽くしていた。
桜木さんの別れ際の耳打ちの言葉を、考えてしまっていたからだ。
けれど、考えたところで答えは出やしないので、俺は自転車にまたり、夕焼け空の下ペダルを漕ぎだしのだった。




