42 エッチとスケベは意味が違うと、みゆきって漫画で教わった。
「ちーちゃんの所に戻りましょう」
桜木さんは、いまだご立腹のようで、頬を膨らませ口元を尖らせたままだ。そして、俺との距離を三メートルほど開けると、ファミレスに向かい歩き出した。歩調はいくらか早足だった。
俺は慌ててその後についていく。
「いやあのね、わざとじゃ無いんだよ?」
「そうですね」
こちらを気にする素振りもなく、まるで無感情に桜木さんは答えた。
「偶然なんだよ? 本当だよ?」
「そうですね」
心なしか、歩くスピードがアップしているように思えた。
「なんて言うかさ、ふと目に入ってしまったというか……。見る気はなかったんだよ?」
「そうですよね。そんなもの見たくないですよね」
口調は以前として平坦だが、言葉の節々に怒りのようなものが感じられる気がするのは気のせいだろうか? そして、歩くスピードはグングンアップしていき、もはや競歩のレベルへと変化していた。俺は離されまいと必至に歩調を合わせる。
「いや、その、見たい、見たくないで言うと……見、見たい……かな?」
「いいんですよ。わたしのパンツなんて見ても良いことなんて無いですもん」
口調は明らかに不機嫌になっていった。
「いやいや、良いことあるよ? むしろ良いことしか無いよ? ラッキーアイテムだよ?」
「……」
桜木さんは黙りこんでしまった。
俺はなんとかその場を和ませることでも言わないとマズイかなと思った刹那、桜木さんは突如急停止してこちらを振り向いた。
キッとした目つきでこちらを見たと思ったら、ゆっくりと目を閉じて胸元で手を組み、祈るような素振りを始めだした。
「あれ? ど、どうしちゃったの?」
俺の問に答えたのは、数秒後だった。
桜木さんは、ゆっくりと目を開けると、真剣な面持ちでこちらを見ては喋り始めた。
「ちーちゃんにはダメだって言われてたけど、いま神住さんに電波を送りました。わたしが今何を思ったかわかりましたよね?」
「え、今? いま電波送ったの……?」
「はい」
困ったことになった。今までの電波は、全て冴草契の前情報があったからどうになっていたのだ。それなのに、今ここで電波を送られても、俺にわかるはずがない。だが、ここで嘘がバレる訳にはいかない。
俺はない脳みそをフル回転させた考えた。
そうだ、電波がなくても、持ち前の洞察力で相手が何を考えているかを論理的に推理すればいい! ……って、持ち前の洞察力? 論理的? えっと、俺そんなの持ち合わせた覚えねえよ。
「うーんと、ちょっと待ってね、いま電波にノイズが混ざって、上手く受信できていなかったから……。少し精度は落ちるかもしれないけど……」
俺は、もし間違えた時の為の保険を最初に打っておく。
そして、いかにも超能力を使っていますという風に、頭に指を二本当てて、うーんうーんと唸ってみせる。
まぁ唸りたいのは本当だ。だって、わかりゃしないんだもん。
こうなりゃ、破れかぶれだ! もし外れた時は……遠くに逃げよう。冴草契が追いかけてこない所に引っ越しをしよう。お母様ご迷惑をかけることになります。
俺は意を決して口を開いた。
「あれだ。桜木さんが、今俺に送った電波は……。『神住久遠のスケベ! グチグチ言い訳なんてしないでよ! ばーか、ばーか!』だな!」
これは漫画とかでパンツを見られた後、女の子がよく言いそうな台詞とかで、構成した答だった。引っ込み思案で、喋りベタな女の子ならば、人とのコミニュケーションよりも、漫画や小説などから思考回路を得ていると思ったからだ。うーん、俺ってば漫画脳!
俺の言葉に、桜木さんは少し考えこんでから、答えを出してくれた。
「……半分正解です。でも、半分は外れてます」
「半分当たっちゃってる!? ……こ、コホン。い、いやー半分も外しちゃったかー。あちゃーしくじったなぁー。いつもなら完全にわかるんだけどなぁー」
本当は半分あたったことの方に驚いているのだが、ここは的中を逃して悔しがっている風に見せておいたほうが都合が良い。
「それじゃ急ぎますよ。ちーちゃん待ってるかもしれないですから。エッチな神住さん」
一瞬、桜木さんの顔に笑顔が戻ったような気がした。
だが、即座に桜木さんは猛ダッシュで走りだしてしまったので、それを確かめる時間はなかったのだった。 俺は完全な答えが何であるのか考える暇もなく、桜木さんの後について走りだしたのだった。
※※※※
俺と桜木さんがファミレス前に戻ると、そこにはちょっとした人集りができていた。
俺たちは、その人集りをかき分けるようにして、中心地点に向かった。
そこには……。
「き、今日はこれくらいにしておいて差し上げますわ! お、覚えていらってしゃいませ!」
ふらつきながら何とか気合で直立の姿勢を保ちつつ、息も絶え絶えになりながら、悪役の定番の捨て台詞を放つ金剛院セレスの姿がそこにあった。激しい戦いの結果だろうか、制服の上着は着崩れて、胸元がはだけかけていたが、かわいそうな事に貧乳であるがゆえ、谷間はこれっぽっちも出来てはいなかった。
「うっさい! もう二度とアンタに会いたくなんて無いよ!」
言葉を返す冴草契も、金剛院セレスと同様に胸元が着崩れていたが、こちらも悲しい貧乳の性か……谷間の『た』の字も見えはしなかった。
バトルも引き分け、オッパイのサイズも引き分けと、この二人は良いライバルだと俺は思ったのだ。
「なんだかいま、とてもイライラさせる精神の波動を感じましたわ……」
「わたしもだ……。その波動は……」
二人の視線が同時に俺の姿を見つけたようだ。
「か、神住様! お戻りになっていらっしゃったのですわね」
金剛院セレスは、慌てて制服の着崩れと、髪の乱れを直そうとする。金髪ツインテールが、金剛院セレスの心情にシンクロしたかのように慌ただしくプルプルと揺れていた。
「あらあら、これ以上このようなお見苦しいお姿をお見せするわけにはまいりませんわ。本日はここまでにしておきます。後日また改めて、お会いさせていただきます。七桜璃!」
金剛院セレスが名を呼ぶと、何処からともなく七桜璃と言う名の忍者が現れては、足元にひざまずく。
俺はその様式美とも言わんばかりの一連の動きに、感動を覚えては、自然と口から言葉が出てしまう。
「忍者カッコイイ……」
そんな俺のつぶやきが耳に入ったのか、忍者は俺に殺気のこもった視線を向ける。一瞬にして、俺の背中にゾクゾクとした悪寒が走った……。
こんな小さなつぶやきも聞き逃さないとは……流石忍者だ! やっぱり忍者さんリスペクトっすわ!
「忍者さん、サイン欲しくなってきた……」
「あらあら、もういっその事、七桜璃は忍者ということに致しましょうかしら……」
「お、お嬢様!?」
南極の氷のようなクールな忍者に表情に、はじめて焦りの色が見えた。
「おーほほほほほ。それはさておき、返りますわよ、七桜璃」
「は、はい。お嬢様」
忍者は幾らか心がかき乱されたようだったが、二呼吸もすれば、いつもの能面のような表情へと戻っていった。
忍者は相手に感情を悟られてはいけないのだ!
金剛院セレスは、俺に向かって頭を下げて挨拶をすると、おずおずとした歩みでフェミレスの駐車場を後にした。その横にピッタリと護衛のように忍者がついて歩く。
が、忍者は一瞬俺の方を振り返った。
そして……。
「神住久遠……。お前だけは許さない……」
と、初めて感情のこもった言葉を俺に向かってぶつけたのだった。
俺には何が許さないのか、さっぱりわからなかった。
こうして、大騒動を巻き起こした金剛院セレスと忍者は、ファミレスから去っていったのだった。




