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41 ばんざーい、君に会えてよかったー。

 桜木さくらぎさんの漕ぎだしたブランコは、どんどん加速しては高さを増していく。

 俺は大丈夫なのかと、心配そうに見守るだけだった。

 が、そんな俺の心配を他所に、更に桜木さんは立ち漕ぎポジションへとアグレッシブに変化しては、速度を限界まで上げていったのだ。俺の横でブランコが風を切る音が、ビュンビュンと唸りを上げてきえこてきた。そして、気が付くと桜木さんはブランコは、垂直の角度まで舞い上がってしまっているではないか!

 何なんだこいつ……。プロか? ブランコのプロなのか? 空中ブランコのプロってのはあると思うが、公園のブランコのプロは存在しないだろ……。

 俺は困惑していた。先ほどまで大人しかった桜木さんが、なぜ急に豹変してプロのブランコ乗りになってしまったのか? わからない、わかるはずがない。そもそもプロのブランコ乗り自体がわからない。

 そんなことを俺が考えている間に、ブランコは今まさに最高の速度と高さに達しようしていた。そして、最高点に達した瞬間……なんと桜木さんはブランコの上から、飛んだのだ!

 ああ、もはや何がなんだか分からない……。何でこんなことになっているのさっぱりだ……。

 けれど、一つだけわかっていることがある。

 空を舞う桜木さんの姿は、まるで本物の妖精フェアリーのようだ。俺の目には、彼女の背中からあるはずのない美しい二枚の羽が生えているように見えた……。

 そして、桜木さんは空中で半回転捻りを加えると、そのまま見事に土煙を上げて地面に着地を決めてみせた。

 俺がプロのブランコ審査員ならば十点満点の札を出したところだ。

 桜木さんは、着地を決めるとそのままその場にしゃがみ込んでしまう。

 そして、何度も同じ言葉を呪文のように繰り返しだしたのだ。


「かわいいって言われた……。かわいいって言われた……」


 そう繰り返しては、頬に手を当てて身体を左右に揺すっている。ふぅ~ふぅ~ふぅ~と、荒い息遣いも聞こえてくる。

 どうやら先ほどの行動は、桜木姫華さくらぎひめか流の照れ隠しの一つのようだったらしい。あんなアクロバティックな照れ隠し見たこと無い……。

 

「そ、そ、そもそも、神住かみすみさんが悪いんです。わ、わたしなんて全然かわいくないのに、なのに、あんな事言ったりして……」


 桜木さんはしゃがんだ状態のままで、器用にうさぎ跳びの要領でピョンピョンと跳ねまわっては、グルグルとその場で三百六十度回転を始めていた。

 なんなんだろうか、この可愛らしい動きをする生き物は……。うちに連れて帰って一生愛でていたい……。


「わーたーしーは、かわいくなんて無いんですからー! えい! えい! えい! えい!」


 えい! の掛け声に合わせて、左右の手で交互に、地面の土を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返えしていた。

 その土は、俺に向かって投げられたものではない。むしろ、逆方向に投げられたものだ。

 それどころか、桜木さんは俺にずっと背中を向けていて、正面を向いてはくれなかった。

 俺が桜木さんの正面に立とうとすると、桜木さんはしゃがんで顔を伏せたまま、ピョンと飛び跳ねて背を向けるのだ。

 

「なんで逃げるの?」


 俺は桜木さんの背中に向かって話しかける。


「に、逃げてなんて無いです。あ……。に、逃げてるのかも……。よ、よくわかんないです」


 背中が答えてくれた。


「あれかな、俺が桜木さんに、可愛いって言ったのが悪かったのかな?」


「悪くはないです。でも……わたしはかわいくなんて無いです」


 頑なに自分が可愛いということを否定し続ける。

 その理由が俺にはさっぱりわからなかった。もし俺が、女の子に『カッコイイよね』なんて言われたとしたら……。うん、罰ゲームで誰かに言わされてるじゃないかと思うな。俺のことをカッコイイとか言うとか絶対裏があるに違いない! あれ、俺もカッコイイって言われて素直に喜べないタイプじゃないか!

 なるほど、今までに言われ慣れてないことを急に言われても、素直に喜んだり出来なってことだ。

 それにしても、桜木さんは美人というタイプで無いけれども、小動物的な可愛らしさに満ち溢れていると思うのに、クラスメイトとかから、可愛いって言われたりしないのだろうか?

 クラスメイトが言わないとしても、あの冴草契さえぐさちぎりは、山のように桜木さんに可愛い可愛いと連呼しててよさ気なものなのに。


「冴草さんは、桜木さんのこと、可愛いって言ってくれたりするだろ?」


「それは、ちーちゃん優しいから。きっと、気を使ってくれてるんだよ」


 冴草契のは気遣いでも何でもなく、本心からだと教えてあげたかった。

 冴草契は、本当に桜木姫華のことを可愛いと思うだけでなく、愛しているのだと、教えてしまいたかった。

 けれど、そんな事をすれば、俺の命は冴草契の拳によって奪われてしまうことだろう。


「わたし駄目なんです。ちーちゃんが居ないと駄目な子なんです。一人になっちゃうと、なに喋って良いかもわからなくなるし、どうして良いのかわからないし……。もう高校生なのにね……。小さい子とおんなじだ……。えへへ、困っちゃうね」


 桜木さんは俺に背を向けたまま立ち上がると、視線を落として地面を向いたまま言葉を続けていた。


 冴草契は小さい頃から、ずっと桜木姫華を守ってきた。

 それは悪いことであるはずがない。

 けれど、冴草契の善意は、桜木姫華を自分一人では何も出来ない子だと思い込ませてしまったのだ。

 その思い込みは、呪縛となって桜木姫華を縛り付ける。

 悲しそうにうつむく姿は、弱々しい子供そのものだった……。

 冴草契以外の誰とも視線を合わせようとせずに、向かい合おうとせずに、自分の殻にこもる小さな子供……。

 俺は掛ける言葉もなくして、黙りこんでしまう。

 俺は桜木さんの背中を見つめている。桜木さんは地面を見つめている。

 もし、俺が本当に電波テレパシーを持ってて、桜木さんの心の中を読み取ることが出来たならば、気の利いた台詞の一つくらいは言ってのけられるのだろうか?

 まぁ、きっと俺のことだ、相手の気持がわかっても、わかってないない時と同じ行動しか取れないに違いない。

 踏み出す一歩がほしい。事態を打開する勇気がほしい。

 助走なんてなくて、勢いなんてつけなくても、静止した状態からいきなりジャンプするみたいな、そんな心の瞬発力がほしい。

 本当はわかっている。それはいつも俺の中にあるのだ。ただ、それは深い深い所に沈んでいて、いつも手が届かない。

 手が届かないからどうする?

 俺は心の中でカウントを数える。

 一、二、三……。

 悲しいかな、俺はいまだ助走なしでは走ることが出来ない。このカウントが助走だ。

 四、五、六……。

 やることはわかってる。言うべきこともわかっている。

 七、八、九……。

 さぁ、神住久遠かみすみくおん、お前はお前のできる事をやればいい。もうすぐ心の中のカウントは十になる。

 わかってるよな? いつものあれだよ? いつものあれをやって、後で好きなだけ後悔すればいい。枕に顔を埋めて足をバタバタさせればいい、いつだってそうだろ?


 さぁ


「十!」


 俺は最後の数字を口に出す。

 そして、俺は強烈なスライディングで地面を滑って、桜木姫華の正面へと回りこむと、地面に寝転んだ形で、桜木姫華と強引に視線を合わす。

 地べたに寝転がる俺を見て、桜木さんは驚きのあまり目をパチクリとさせた。

  

「え? え? 神住かみすみさん、なんで? なんでなの? なんで、そこに寝てるの? 汚いよ? 制服汚れちゃってるよ? 泥だらけだよ?」


「うん、泥だらけだ。だけど、おかげさまで、桜木さんの顔を見ることが出来た」


「そ、そんな事のために?」


「そうだ! そんなことのために、俺は泥だらけになってスライディングを決めたのだ! あっはっは、馬鹿だろ? 自分でもビックリするくらい馬鹿だと思っている」


「うん、馬鹿だよ」


 桜木さんはあっさりと言ってのけた。


「バカついでに言ってやる。さっき、桜木さんは自分のことを小さい子だとか言ったな。そんなのな! 俺のほうが小さい子だ! 知ってるか? 俺はな、カメハメ波って練習すれば撃てるんじゃないかって、いまでも部屋で練習しているんだぞ! はぁぁぁーとか言って気をためているんだぞ!」


「え?」


「それだけじゃないぞ! 人は飛ぶことを忘れただけで、実は飛ぶ能力が隠されているんだと、たまに部屋で飛ぶ練習もしていたりするぞ! ドスンドスン五月蝿いって、よく母親に怒らてるわ!」


「それ、ホントなの?」


「ああ、悲しいけど、本当なんだなこれが……」


 多分、一番悲しみに暮れているのは、その姿を目撃してしまった母親のほうだろう。バカ息子でごめんなさいお母様。


「神住さん、それは子供って言うより、中二病だと思うよ?」


「う、五月蝿い! 中二病ってのはな、いつまでも子供の心を忘れないってことなんだよ! 穢れを知らない清らかな心の持ち主ってことなんだよ!」


「じゃあ、子供でいいんだ?」


「うん? そ、そう言えばそういう事になるかもな? あれだ、大人ってのは汚いからな!」


「じゃ、わたしも子供でいいのかな?」


「そうだ! 子供バンザイだ」


「そっか、ばんざーいだ!」


 俺と桜木さんは二人でバンザイをした。勿論、俺は地面に寝転んだままでのバンザイだ。

 うむ、俺は地べたに寝転んで、何を言っているんだろう。何をやっているんだろう。まぁいいのだ。後悔は後で好きなだけすればいい。


「そっか、神住さんは、そんな心が清らかな子供だから、電波テレパシーが通じるんだね」


「お、おう。そうだな、きっとそうだな」


 通じてなどいないけれど、ここは嘘をついておく。これはきっと良い嘘だ。と、思うことにしておく。


「わたしも心が清らかな子供だから、電波テレパシーが出せるんだね?」


「そ、そうなんじゃないかな……」


「子供ばんざーいだね」


「おう、ばんざーい」


 桜木さんと俺はまたバンザイをした。

 目を合わせたままの状態で、俺と桜木さんは微笑んだ。お互いの微笑みをお互いで確認し合った。

 地面に寝転んで笑っている俺は、きっと間抜けな姿だろう。いや、バンザイをしている姿などは、間抜けを通り越して、キチ◯イレベルかもしれない。もし、今誰かに写真に撮られたら、きっと黒歴史に認定されること間違い無しだ。


「神住さんは、凄いね」


 桜木さんは、笑みを残したまま言った。 


「ん? 何が? 何が凄い? あれか、いきなり地面に寝そべるのが凄いのか? 凄いってより、頭おかしいって方があってると、我ながら思うけど……」


 俺は予想外の褒め言葉に、どう対処して良いのかさっぱりわからないでいた。


「ううん。そうじゃなくて……凄いよ」


「だから、何が凄いの?」


「わかんない」


「わかんないの?」


「うん。わかんない」


「なら仕方ないな、ばんざーい」


「うん、仕方ないよ。ばんざーい」


 ポンポンポンとキャッチボールをかわすように、テンポの良い言葉の掛け合いが続いた。

 俺は会話の内容なんてどうでもよくて、そのことが小気味良かった。

 俺は寝転んだ状態で、伸びを一つする。そして、流石にそろそろ起き上がろうと、身体を起こしかけて……ある事に気がついてしまったのだ。とんでもない事に……。


――あれ、これって……この青と白のストライプって……。おパンツ……だよな……。


 そうなのだ。

 桜木さんの目の前で寝転んだ状態だと、なんと制服のスカートの中が、ほんの少しではあるが見えてしまっているのだ!

 

――なんと、桜木さんは……縞パン派だったのか。冴草契は黒レースの大人おパンツ、金剛院こんごういんセレスは、クマさん子供おパンツ。そして、桜木さんは、しましまおパンツ……。期せずして、俺は三人全員のおパンツを目撃したことになってしまった。

 なんだろう、俺はおパンツの神に愛されてしまっているのだろうか……。おお、神よ、あなたのご加護に感謝いたします。

 

『オーパンツ』


 アーメンをもじって十字を切る真似をしてみせた。


「……神住さん、どうしたんですか?」

 

 俺の謎な動きに不審さを感じたのか、桜木さんが覗きこむようにして尋ねる。


「いや、あの、おパンツの神が……」


 またしても、俺は本当のことを口に出してしまってた。


「え? おパンツの神? それってなんですか?」


 と、そこまで言ったところで、桜木さんは俺の言葉の意味を理解した。理解してしまった。


「キャァァァァ!」

 

 桜木さんの悲鳴が公園にこだまする。

 気がついてしまった。気がつかれてしまった。俺がパンツを見ていたということを……。

 桜木さんは、小動物の如き俊敏な動きで俺から距離とり、スカートを必至になって両手でガードした。


「あの、その……ち、違うんですよ? こ、これは不可抗力ってやつでして……。見るため寝転んだのではなく、寝転んでしまったら、偶然見えてしまったっていうやつで……。あの、鶏が先か、ひよこが先かって、

アレと同じでですね、証明できないっていうかですね……」


「損しました!」


「え?」


「神住さんを褒めて損しました!!」


 桜木さんは、またしても視線をそらしてしまった。それどころか、ハムスターがひまわりの種を頬張っている時のように頬をぷくーっと膨らませておかんむりのご様子だ。

 先ほど、一時的に大幅上昇した俺の株価は、一気に大暴落を果たしたらしい……。



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