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04 嘘が悪いわけではない。

「ああ、あれね。あのビビビッってビビビビってるやつね。よくしてるよね、ビビってビビビビ」


 俺は何を言っているんだろうか、自分自身よくわからない。このままだと、語尾に『そうビビ』ってつけてしまいかねない。


「はい、そうなんです。それなんです!!」

 

 俺の奇言に対して上半身を乗り出して満面の笑みで答える桜木姫華さくらぎひめかは、背の小さい子が背伸びしてるみたいでなんだか可愛らしかった。

 ってか『それなんです』の『それ』って『どれ』だよ!!

 相手が可愛い女の子、しかも先ほど名前を聞いたばかりの相手では、強い突っ込みを入れるわけにも行かず、俺は思案にくれた。


「あの時、あの渡り廊下で、私の電波テレパシーに答えてくれたでしょ?」


「あの時、あの渡り廊下で、私の電波テレパシーに答えた……」


 俺はオウム返しのように、桜木姫華の言葉を繰り返してしまった。

 

「わたし凄く悩んでいて、どうしたら良いかわからなくなって……。誰かに助けを求めていたんです。そしたら、あの……か、神住さんが『大丈夫、きっと大丈夫』って答えてくれたんです」


 言葉を一つ言う度に、顔が茹でダコのように真っ赤に変化していく様がはっきりとわかった。


「それが、凄く嬉しくて……。あ、嬉しいっていうのは二つあって、一つは私に優しい言葉をくれたことと、もう一つが私の電波テレパシーを受信してくれる人が居たことで……」


 何かが吹っ切れたのか、それとも顔が完全に真っ赤になってしまったので、もう怖いものなど無くなってしまったのか、桜木姫華は饒舌に言葉を続けた。


「わたし、わたしっ、おかしな子なんです!!」

 

 と、言い切った後で


「あ……ちょっとだけ、ちょっとだけおかしな子なんです」


 と訂正を入れた。


「あ、あの、おかしいというか、あのその……ちょ、超能力。超能力が使えたらなぁ~って思っててですね……。あはははは、おかしいですか? おかしいですよね? 私、もう高校生ですもんね、高校生が超能力ってね。え、えへへっ。でも、あの、その……誰かに受信してもらいたくて、あの渡り廊下のところで何度も電波テレパシーを送っていたんです。ほら、ビビビッって! あ、あははは、ビビビッっておかしいですよね……。あぁ……やっぱり私変な子だ……」


 桜木姫華は視線をテーブルに落とす、言葉は尻すぼみになっていき止まってしまう。

 俺はこの熱弁をどう聞いていいれば良いかわからずに、コーラにストローで空気を吹き込んでブクブクさせていた。


「姫……」


 冴草契さえぐさちぎりは、沈黙を破って口を開いた。桜木姫華が喋りだしてからは、意図的に会話に入らないように、言葉を遮らないようにしていたように思えた。それなのに、今言葉をかけたのは、桜木姫華の目に涙が滲んでしまっているからだろう。

 俺の目にもそれは見えていたが、見ていないふりを決め込んでいた。

 女の涙にどう反応すれば良いかわかるほどに、俺は人生経験豊富ではない。

 この戸惑いの時間がどれほど立っただろうか。実際はほんの数秒だっただろうが、相対性理論により俺には数時間にも感じられた。あれだ、この空間だけ重力異常が起こっているに違いない。常人ならば、この高重力に押しつぶされてしまう。そんな中、高重力の空間を引き裂いて立ち上がったのは、誰であろう、桜木姫華その人であった。

 

「ううん!! 私変な子じゃない!」


 バンと勢い良くテーブルを叩く。その音に反応して周囲の客がなんだなんだとこちらに視線を向けた。それはそうだ。いきなり大声を上げてテーブルを叩くような女性が居て、その目の前には男が座っている。そうなれば、大抵の人は痴話喧嘩の修羅場だと思うだろう。まさか、超能力云々を語っているなどと、誰が思うだろうか。もし、それを見抜く奴が居たとしたら、そいつが超能力者に間違いない。

 周囲のお客の好奇の視線が集まる中、そんなものなどお構いなしに、桜木姫華は拳を握りしめて、何か頭の線が一本吹き飛んだかのように、怒涛の如き勢いで言葉を紡ぎだした。


「あるんです! 超能力はきっとあるんです! そして私の電波テレパシーは神住さんに届いたんだもん!! 不思議な力はちゃんとこの世界にあるんだもん。みんなが知らないだけなんだもん。知られて無くても実在してることって、この世の中にいっぱいあるもん! ネッシーだって、ヒバゴンだって、ツチノコだって、みんなが見つけられてないだけで本当は居るんだもん!」


 どうやら、エキサイトしすぎて何を言っているのか支離滅裂になってきているし、言い回しが小学生のようになってきている。そして言葉に乗せて発せられる熱い吐息が、俺の顔に掛かりそうで、なんか嬉しかった。いやいや、そんなことを考えてしまうのは、健全な男子高校生ならば仕方のない事だろう。


「だから、電波テレパシーもちゃんとあるし、それを神住さんは受け取ってくれたんだもん! そうですよね、神住さん! 神住さんは私の電波テレパシー受け取ってくれたんですよね?」


 その言葉に、俺は即答できないでいた。

 桜木姫華は、ハァハァと息を切らせながら、俺に向かって返答を急かすように力強い視線送ってくる。俺はその視線を直視している風に見せながらも、実際は相手の目のほんの少し下の位置を見ていた。

 直視できない理由は明白である。

 俺は、桜木姫華から電波テレパシーなど受け取っていないからだ。あの時の渡り廊下で『大丈夫、きっと大丈夫』と言ったのも『俺は変な人じゃないです。ほんと大丈夫なんで! 通報とかやめてくださいね』と言う意味だ。桜木姫華の悩みに対して『大丈夫だから頑張れ』等とエールを送ったわけではない。

 だから、俺が取るべき行動は……。


『ごめんなさい。電波テレパシーなんてもらった覚え無いです。勘違いさせてごめんなさい』


 と、謝罪を込めて頭を下げてみせるのが正しいのだろう。

 そうすれば、この件は一件落着。俺は何事もなかったかのように岐路へと着く……。わけがないじゃないか!!

 俺は知っている。今彼女が桜木姫華がどんな気持ちでいるのか。鈍感で頭の回転が悪い俺でもわかってしまっている。彼女の求めているのは真実、嘘、そんなの関係なく、肯定の言葉なのだ。それ以外の返答など求めてはいないのだ。

 ならば、その期待に答えてやるのが正しいことなのではないだろうか? それがたとえ嘘だとしても……。

 嘘を付くことで、彼女が笑顔になるのならば、俺は嘘をつくべきではないのだろうか? いやいや、何を考えているんだ、彼女とはさっきあったばかり、何の関わりもありゃしない、そんな相手のためにどうして俺は後々面倒事になるだろう事がわかりきっているのに嘘をつかなければいけないんだ。

 彼女の笑顔のために、嘘をつく。

 それこそが、嘘なのだ……。

 俺が嘘をつきたいから、嘘をつく。これが正しいのだ。

 この女っ気のない男子校生活を一年続けた俺は、女の子との交流を喉から手が出るくらいに欲していた。そこにいまその交流のチャンスが舞い込んできているのだ。いくつかの問題ごとがあろうとも、それをふいにするなんて勿体無いじゃないか。

 そうさ、俺の純粋な欲望のために、嘘をつくんだ。そう、これが真実だ。

 彼女の笑顔のためなんて、カッコイイお題目を作り上げてみても、実際は私利私欲のためでしか無い。

 そうと決まれば、俺は自分の欲望に忠実に返事をしよう。


「あ、ああ、俺は君の電波テレパシーを受信したよ。うんうん、バッチリ届いてたよ」


 ああ、俺はもう後戻りの出来ない電車に飛び乗ってしまった。さらにその電車はきっとブレーキも故障しているに違いない。

 俺の言葉が空気を通じて、桜木姫華の耳に入るまで、一秒もかからないだろう。それなのに、桜木姫華はまるで言葉が届いていないかのように、呆けた顔をしたまま固まっていた。そして、固まっていた表情が、まるで真夏の日差しで溶けていく氷のように変化してく。


「よ……良かったぁ……。私の電波テレパシーちゃんと届いてたんだぁ……。私の心の声、聞いてもらえてたんだぁ……」


 ああ、そうか。どちらの返答をしても、彼女は泣いてしまうのだ。ただ、その泣く意味は百八十度違っているのだけれども。

 緊張感が解けて安堵したのか、桜木姫華は頬に涙を数滴つけたまま、椅子に深々と腰を下ろした。そしてそのまま、隣にいる冴草契に全体重を預けるように、肩からへたり込んでいった。


「ちーちゃん、わたし緊張したよぉ……。でも、良かったぁ〜。勇気出して聞いてよかったよぉ〜」


「そうだな、良かったな、姫」


 冴草契は、もたれかかった桜木姫華の身体を、ふんわりと包み込むように優しく腕で支えながら、子供にするように軽く頭を数度撫でた。母性あふれるシーンだった。そのシーンだけを切り抜いて見れば、もう腕力女などと呼ぼうとは思わなくなるだろう。

 と、俺が冴草契に対する評価を上方修正しかけたその時、俺は背筋になにか冷たいものが走るのを感じた。その正体は、冴草契から放たれる野生動物ですら一瞬で竦み上がらせるほどの攻撃的な視線と気配だった。

 それは桜木姫華には感付かれないように、角度を計算して俺に向けて放たれていた。

 その時、俺は察したのだ。

 ああ、きっと、この冴草契は俺の嘘に気がついている。

 この俺が、電波テレパシーなど受信していないことを。そして、これを利用して桜木姫華に接近しようとしていることも。けれど、冴草契もわかっているのだ。桜木姫華が望んでいた答えが何であるかを……。電波テレパシーが無いと知れば桜木姫華は悲観にくれるということを……。だから、あえてここで俺の嘘を見抜かないでいてくれているのだ。


「なぁ、姫。今日はそろそろ帰ろう。お前、なんかもういっぱいいっぱいみたいだし」


 確かに桜木姫華は既に満身創痍だ。

 小さい身体の中にある力を全部放出しきって、今や抜け殻状態だ。水がなくなってしなびた花のようだ。

 

「うん、そうだねぇ……。私なんだか疲れちゃった。もう眠ってもいいかなパトラッシュ……」


「誰がパトラッシュだ! ってか、寝るな! 家までおぶって行くとか私は嫌だぞ!」


「えへへへ、冗談だよー。ちーちゃんに突っ込んでもらっちゃったー、えっへへ」


 二人は息のあったやりとりを繰り広げる。きっと、付き合いが長いのだろう。こういう仲の良い女同士のやりとりというものは、遠目で見ていても微笑ましいものだ。まぁ、可愛い女の子の場合に限る! と限定させてもらうわけだが。おっと、それでは俺は冴草契のことも、可愛いと認識してしまっているわけではないか。……まぁ、スポーティーで引き締まったボディをしていて、顔立ちは……悪くないのだから、性格行動云々をさておけば、可愛いというカテゴリーに分類してもおかしくはないだろう。

 そう考えると、俺は可愛い女の子二人と一緒にお茶をしたわけか……。うーむ、この貴重な空間の空気を、記念に胸いっぱいに吸っておこう。俺は大きく大きく深呼吸を三回ほどしたのだった。



 こうしてひとまず一件落着の形となった俺達はテーブルを立ち、さっさと会計を済ませた。あ、勿論俺はおごりはしなかった。割り勘だ割り勘! いや、こういう時は格好つけて『俺が出すよ』等といえば良いのかもしれないが、俺のお財布の中身はその台詞を許してくれるほどに潤沢ではなかったのだ。


「あ、ちょっと御手洗に行ってくるから、店の外で待ってて」


 と、会計を済ませた後で、冴草契は桜木姫華に声をかけた。

 おいおい、ここに素敵な男子が居るというのに、御手洗いとか……。花を摘みに行くとか、ほかに言い方があるだろうに。とは言え、俺は『おしっこしてくるわ』とか『うんこしてくるわ』と、大か小かすら相手に知らせてしまうような男なので、人に言える筋合いではなかった。

 トイレに向かう冴草契が、俺の前を通り過ぎようとした時に、俺の腹部に強烈な痛みが走った。そう、この女、この腕力女あらため、暴力女は、すれ違いざまに俺の腹に強烈な掌底を叩き込んでいたのだ。


「ウッ!!」


 俺は痛みを言葉に出すことが出来なかった。いや、これは計算だ。冴草契の恐るべき計算に違いない。痛みを言葉に乗せることができていれば、それは自然と桜木姫華の耳に入るだろう。そうすれば『どうしたの?』なんてことになり『桜木もーん、このジャイアンが僕をいじめるんだー』と告げ口をすることも可能だった。だが、この腹部へ掌底は俺の言葉を封じてしまったのだ。


「お前も来い……」


 俺の耳の側で、ドスの利いた声が響く。

 お前も来いとは、女子トイレに来いということですか? あ、はい、わかっています。そんなわけないですよね。ついてこいってことですよね。それはつまり、桜木姫華には聞かれたくない話があるって事ですよね。

 勿論、この要求を断る権利など俺にはなかった。もし断ったならば、俺の身体が五体不満足になる未来が待ち受けていることが、安易に想像できるからだ。


「あ、ああ、俺もちょっとトイレに行ってこようかなぁ。うわぁ、おしっこ漏れちゃいそうだー」


 この台詞は半分本当だった。恐怖で俺はおしっこを漏らしそうになっていたからだ。


「もう、神住さんってば、面白い人ですね〜」


 桜木姫華は俺の心中など何一つ知りもせずに嬉しそうに笑った。うん、普通に可愛い。出来ることならば、このままこの笑顔を家に持ち帰りたいものだ。その為には、この腕力女をどうにかしなければいけないわけなのだが、どうにか出るかといえば絶対に無理だ!! それだけは胸を張って言える。もしここに、ゴリラ……もとい向日斑むこうぶちがいてくれれば、腕力女対ゴリラという夢のドリームマッチが見れたかもしれないのだが、今居ない奴をあてにしても仕方のない事だった。


「じゃ、わたしは外で待ってるよー」


 桜木姫華はチョコチョコと歩いて、店の外へと向かっていった。

 こうして取り残された俺と冴草契は、トイレという名の墓場へと向かうことになってしまったのだ。


 

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