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39 自転車の二人乗りは校則違反です。


 お嬢様などという人種と、俺は今まで接したことがない。

 小さい頃から、俺とはまるで違う境遇で育ってきたに違いない。このアホっ子なのも、もしかすればそのせいなのかもしれない。家庭環境が人格を形成するっていうもんな。

 きっと、彼女にとっての常識と、俺にとっての常識は、まるで別のもので、考え方捉え方もすべてが違うのかもしれない。

 とすれば、お嬢様だけが通う学校に行くのは至極当然のことだろう。だって、一般庶民の学校に通ったならば、きっと考え方の差異で辛い思いをするに違いないからだ。

 

「なるほど、忍者をお供に連れているのも、お嬢様ならではの感性ってことか……」


 俺は納得した。


「あらあら、七桜璃なおりは忍者ではありませんわよ? 神住かみすみ様はそんなに忍者がお好きなのですか?」


「そりゃ好きだろ! だってカッコイイじゃん! 火遁の術とか、水遁の術とか、手裏剣とか、男の憧れる要素が詰まってるだろ!」


 俺は脳内に忍者の姿を思い浮かべて、そのあまりの格好良さに、ショーウィンドウのトランペットを欲しがる黒人の子供のように目を輝かせた。


「あの……。うちの七桜璃は、火遁の術も、水遁の術も、手裏剣も、使いませんけれど……」


「え? 使えないの? 本当に使えないの? 忍者なのに?」


「だから、忍者じゃありませんですってば……。その忍者に対する異様なこだわりは何処からきているのでしょう……」


「なるほど、正体は秘密にしておかなければならないんだな……。忍者の掟は厳しいからな……」


 死して屍拾う者なし。死ぬときは顔を切り裂いて正体を隠したりもするらしい。正体を知られたら結婚をしなければならいというのも、ラノベで読んだ気がする。


「もぉ、どう言えば七桜璃が忍者でないと信じてくれるんですの……。もう面倒なので忍者でいいような気すらしてきましたわ……」


 近くにあった木の上から、何かがずり落ちるような音がした。落ちた先に、少年のような姿が垣間見えたような気がしたのが、瞬時にその姿は音もなく消えた。きっと、少年のような猫か何かだろう。

 

 気が付くと、俺は結構な時間を金剛院こんごういんセレスと話し込んでしまっていた。まぁ会話の大半が忍者トークだったわけなのだが……。

 俺は時間を確認するためにスマホに目を向けると、知らないうちに新たなメールが着信していた。


『神住、何やってるの? 姫が待ってるんだけど? 急いできてくれないと、電波テレパシーが届いてないってことになっちゃうでしょ! 急いで、死ぬ気で急いで! 死ぬ気で急がないと殺すよ?』


 差出人を見るまでもなく、冴草契さえぐさちぎりのメールに間違いなかった。


「やべぇ……」


 俺の額に滝のような汗が流れ落ちる。

 

「あらあら、神住様、スマートフォンを見ていかが致しましたの? とてもお顔の色が優れないようですけれど?」


 金剛院セレスは、少し心配そうに俺の顔を覗き込んで、目をパチクリとさせた。長いまつげと、碧色の瞳がまるでフランス人形のようだ。


「あ、アレだよ。俺はメールをすると、アレがアレでアレレのアレッてるアレだからさ……」


「そうでしたわ。神住様はメールをすると、アレがアレな感じでアレしてしまうのでしたわね」


 どうやら、金剛院セレスは俺の嘘病気設定をちゃんと信じこんでくれているようで、本気で心配をしてくれているようだった。嘘をついたことに心が痛むが、本当にこの子がアホっ子で良かった。


「と言う訳で、アレがアレになってアレなので、俺はちょっと忙しいから! ごめん、また今度な!」


 俺は金剛院セレスに雑な別れの挨拶をすると、急いで自転車にまたがり脇目もふらずに全速力でペダルを漕ぎだした。心なしかいつもよりペダルが重いような気がした。これが死のプレッシャーというやつなのだろうか。

 ファミレスまでは自転車を全速力で漕げば、ほんの数分で着く距離だ。急げ、急ぐんだ! 何故ならば俺の命がかかっている。

 道中、何故か下校途中の生徒たちが、俺の自転車に好奇の眼差しを向けてきていたが、今の俺にはそんなことを気にする余裕などなかった。


「つ、着いた……」


 息も絶え絶えになりながら、俺はファミレスに到着した。

 俺の視線の先には、冴草契と桜木姫華さくらぎひめかが待ち構えてくれていた。


「よお、少し遅れてごめん」


 と、俺は呼吸を整えながら、至って普通に挨拶を交わしたはずなのに……。冴草契の様子が明らかにおかしかった。殺気を放った視線を俺に向けてぶつけてきている。あれ? そんなに遅れてはないはずなんだがな……。それどこか、桜木姫華の様子もいつもと違って、なにかオドオドしているように見えなくもない。


「あれ、どうしたんだ?」


 二人の様子のおかしさに、俺は尋ねずにはいられなかった。


「そうですわ。わたくしをお出迎えするならば、もっと笑顔で迎えてもらえたいものですわ」


 俺に呼応するように言葉を発する存在が、何故か俺の背後に一人いた。


「は?」


 反射的に、俺が振り返るとそこには……。


「はい」


 金剛院セレスがそこに立っているではないか! ワープか! 最近のお嬢様はワープくらいは嗜(

たしな)むものなのか?! それとも、忍者の力なのか!? 変わり身の術かなんかな!


「な、な、な、なんでお前が、こ、こ、ここに居るんだ!」


 俺は驚きを隠すことも出来ずに、足はガクガク、指はプルプル、声はどもりっぱなしという、全身全霊で驚きを表しながら、金剛院セレスに尋ねた。


「何故と申されましても、わたくしはずっと神住様のお側におりましたですわ」


 何を当然のことを聞くのかと、むしろ金剛院セレスのほうが不思議がっているようだった。


「ず、ずっとってことは……」


「はい。自転車からずっとですわ」

 

 満面の笑顔を金剛院セレスは俺に向けてくれる。

 謎が解けた。ペダルがどうして重かったのか。周囲から好奇の眼差しで見られていたのか。それは、この金剛院セレスが俺の自転車のリアキャリアに乗っていたからだ! いわゆる、女の子とラブラブ二人乗りってやつを俺は知らず知らずのうちにおこなっていたのだ。


「神住ぃぃ……。お前はなんでこんな女を連れてきているのかなぁ〜。ちょっと駐車場の裏でお話したいんだけどぉ……」


 冴草契の言葉を訳してみよう。


『神住、お前よくもまぁこんなことをしでかしてくれたな。死にたいんだろ? 死にたいんだよな? じゃ、駐車場の裏で、遠慮無く死んでくれ』


 という意味になるので、俺は絶対に駐車場の裏に行ったりなんかしない。

 俺は足に根をはやしてでも、この場から動いてはたまるものか。


「あらあら、冴草さんじゃありませんこと。駐車場の裏に呼び出すなんて、泥棒猫のように、このわたくしから神住様を奪おうという魂胆ですのね。ああ、浅ましい庶民の考えですわ」


 この言葉に、冴草契のこめかみの辺りから、ピキッという何かがひび割れるような効果音が発せられた気がした。


「あははは、最近のお嬢様は、自転車二人乗りでファミレスにきたりなんかするんだ? わたくしたち庶民に合わせたりしないで、高級レストランに趣味の悪い外車で乗り付けてくればいいでしょ! ね、今すぐそうしなよ!」


 金剛院セレス、冴草契、この両者の間に紅蓮の炎が舞い上がって、周囲を焼き尽くそうとしていた。


「う、うぅぅ……」


 その闘志のオーラに当てられて、一番の被害を被っていたのは、桜木姫華だった。

 いつの間にか、俺の背中に隠れてプルプルと小動物のように震えては、小さな唸り声をあげていた。


「だ、大丈夫だよ。桜木さん。怖くないからさ」


 勿論、俺も怖いし、どこら辺が大丈夫なのかさっぱりわからない。これは、この場を取り繕うための、俺の適当な言葉だ。


「う、うん」

 

 桜木さんは小さく頷いた。

 そんな俺の言葉でも、少しは落ちつかせる効果があったのか、身体の震えは収まっているようだ。気が付くと、俺は制服の上着の裾をギュッと掴まれていた。

 どうやら、先日冴草契が言っていた、桜木姫華は極度の人見知りでコミニュケーションを取るのが下手であるという事は、本当のようだった。

 

「ここで会ったが百年目ですわ。冴草契! 先日の決闘に決着をつけさせてもらいますわ」


「嫌だ!」


「ふ、お逃げになりますのね。いいんですの? あなたの想い人の前でそんなみっともない姿をお晒になっても……うふふふふ」


「想い人?」


 桜木さんは冴草契の方を見て、不思議そうに小首を傾げる。


「うわーわーわーわーわーわー。なんでもない、ひめなんでもないから!」


 冴草契は、両手を頭上で左右に大きく振りながら、大声でこちらに向けて叫んだ。どうやら、あの腕の動きで、金剛院セレスの声を拡散させようとしているようだが、そんな効果があるわけがない。

 しかし、こんなに焦った冴草契を見たのは初めてだった。

 金剛院セレスが示す想い人とは、認めたくは無いけれどもきっと俺のことだろう。この先日の件で何故か勘違いしてしまっているようだからな……。

 とはいえ、冴草契が本当に思っている相手とは、この場にいる桜木姫華に他ならない。そんな状態で、勘違いでもされたならばと考えれば、パニックになるのは至極当然のことだろう。


「おーほほほほほ。何を慌てていらっしゃるのかしら。この前なんて、ご自分からおパンツをお見せになっていたほどのですのに」


「おパンツ?」


 またしても、桜木さんは不思議そうに小首を傾げた。


「うわあああーわーわーわーわーわーわーわーわーわーわ。殺してー。いっそわたしを殺してくれー」


 冴草契は完全に半狂乱状態へと突入していた。

 しゃがみ込んで亀のように身体を丸めて耳をふさいでは、視覚と聴覚を遮断して、現実逃避を図ろうとしていた。

 戦いが始まる前に、すでに冴草契は敗北してしまったのだ。



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