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38 忍者はカッコイイけど怖い。

 

「すまん、俺はちょっと部活に顔を出してくるから」


 放課後、向日斑むこうぶちは急いで帰り支度をすますと俺に言葉をかけた。


「そうか、わかった。また明日な」


 俺はそれだけ言うと、向日斑が部活に向かうのを、何もせずにただ見送るだけだった。

 さて、俺は戦いのゴングが云々と言ったような気がするが、昼休みに燃え上がった炎は、五限目の授業中にはすでに弱火になり、さらには徐々に火力は落ちていき放課後にはすでに完全に鎮火して種火すら残っていなかった。

 現在の俺は、戦いのゴングがとか言っていたことを、糞恥ずかしがっているところだ。馬鹿じゃないの俺! 

 鉄は熱いうちに打てという言葉があるが、実際そのとおりなのだと痛感しているところだ。

 俺って瞬間的に燃え上がるくせに、消えるときもすぐなんだな……。良く言えば後に引きずらないなタイプ。悪く言えばすっげえ情緒不安定。

 まぁ明日だ! 明日こそは本気出す! もし、明日本気が出せなかった時は……明後日に本気を出す。

 後ろ向きなことを前向きに考える俺ってば、ほんとニート予備軍。


「はぁ、俺も帰るか……」


 帰り支度を始めている俺のスマホにメールが届いた。

 冴草契さえぐさちぎりからのメールだった。俺は金剛院こんごういんセレスからのメールでないことにホッと安堵の息をついた。

 メールの内容はいつもの通り、また例のファミレスの前での待ち合わせだ。

 今回は一体何の算段をするのだろうか? 秘密結社FNPとか。本当にアホなもん作っちまったからな……。誰だよ、こんな馬鹿なの作ったやつ……はい俺です、すみません。

 

「しゃあない、行くかな」


 仕方なく行ってあげるんだからね、とツンデレスタンスを取りながらも、俺の歩調は心なしか早足だった。 



 ※※※※


 自転車置き場で自転車を取り、それにまたがり校門を後にしようとして、俺は見てはいけない物を見てしまった。

 いや、きっと目の錯覚なのだろうと、俺は何度も目をこすりつけた。それでもそれは見えていた。

 俺の方を見て微笑んでいた。

 うん、これははっきりと見えるタイプの幻覚なんだと、自分を納得させると、何事もなかったかのように自転車を走らせる。


神住かみすみ様! どうして無視なさるんですの!」


 うむ、幻聴まで聞こえてきたよ。危ない危ない、俺ってば精神科に行ったほうがいいかもしれないな。

 俺は力いっぱい自転車のペダルを踏み込んだ。ケイデンスを最高まで上げるんだ!


「ちょっと、お待ちになってくださいまし! ……七桜璃なおり


「はい」


 何処からともなく現れた執事服に身を包んだ少年は、目にも留まらぬ俊敏な動きで俺の自転車の前に回りこんでは、俺の直進を妨げて自転車を停止させた。

 まさに、忍者だった。やっぱりカッケエ……。忍者カッケェ!

 

「どうしてわたくしを無視なさるのですか? こうして待っておりましたのに」


 そこに居たのは、アホっ子ストーカーこと、金剛院セレスだった。

 俺は観念したように自転車を降りると、重い足取りで仕方なく金剛院セレスと向き合った。執事はいつの間にか姿を消していた。ほんとに忍者だろアイツ!


「いや、無視したわけじゃないんだ。あまりも、美しい女性が立っていたので、俺はきっと夢でも見ているのではないかと、ついつい勘違いしてしまっていたのさ」


 歯の浮くような台詞とは、まさにこんな事を言うのに違いない。

 勿論、本心など欠片も含まれてはいなかった。金剛院セレスだと気がついたので、一目散に逃げようと思ったのだ。普通ならば、こんないかにも嘘丸出しの言葉に憤慨するところだろう。けれど、俺は知っている。こいつがアホな子だということを!


「あらあら、安心してくださいまし。わたくしは夢でも幻でもなく、現実の存在ですわ。確かに、現実離れした美貌を誇っているかもしれませんですけれど、うふふふふ」


 案の定、アホな子は簡単に騙されてくれた。

 金剛院セレスは、金髪ツインテールをピョコピョコと上下させていた。どうやらこれが、金剛院セレスの喜びを表す動きらしい。まるで犬の尻尾みたいだな……。

 俺がツインテールの動きに興味を示しているうちに、金剛院セレスが見慣れない制服を着ていることに気がついた。まるでどこぞのアニメにでも出てきそうな、ごちゃごちゃしたデザインと色彩の制服だった。

 

「あら、そんなにわたくしの身体を見つめられるなんて……。恥ずかしいですわ。確かに、わたくしは魅惑のワガママボディですけれども……」


 金剛院セレスは頬を赤らめて、モジモジと身体をくねらせる。

 俺は無意識の内にジロジロと制服を凝視してしまっていたようで、その視線は金剛院に気がつかれてしまっていたのだ。


「いや、そのつるぺたボディには欠片も興味がないので」


 おっと、つい本音が口からこぼれ落ちてしまった。

 その刹那、俺の喉元に冷たい感触が……。目をやるとそこにはキラキラ光るも硬い物体が突きつけられている。なんだろうこれ? あれ、これってひょっとすると短剣っていうんじゃないかな……。ファンタジー的に言えばダガーかなぁ……。


「お嬢様を侮辱する事は許しません……」


 声変わりをしていないボーイソプラノの声だった。その声は感情など微塵も感じさせない無機質なもので、漫画などでに出てくる暗殺者アサシンをイメージさせた。

 

「おやめなさい、七桜璃。神住様に失礼ですわ。きっと、神住様は照れ隠しでそのようなことを言ったのに違いありませんわ」


「そ、そうだよ。あ、あまりにも素敵すぎて、つい恥ずかしくなって心にもないことを……うん、そうだよ、あ、あはははは」


 ほんの少し、こいつが手首を動かせば俺の喉は容易く掻き切られてしまうことだろう。


「お嬢様、この男は嘘をついております」

 

 アホっ子と違い忍者に嘘は通じない。七桜璃は更に強く俺の首元に短剣を押し当てた。


「七桜璃! わたくしの言うことが聞けないの?」


「……」


 金剛院セレスの叱咤に、七桜璃は言葉もなく姿を消した。どうやら、俺の命は助かったようだ。これから金剛院を相手にするときは、言葉を選んで発言しなければならない……。ちょっとした言葉のチョイスミスが死を招きかねない。

 これって、冴草契よりひどいんじゃねえの? アイツは一応素手だし、音も立てずに現れたりもしないし……。

 

「あ、あれだ。本音を言うと、見たこと無い制服を着ているなぁと思ってさ」


 これは本当に本音だった。嘘などつこうものならば、またあの忍者が何処からやってくるかわからない。


「あらあら、これはわたくしの通う高校の制服ですわ。私立金剛院学園と言うんですのよ」


 金剛院セレスはクルリと一回転してみせた。スカートがまるで花のようにひらいて優雅に見えた。


「ああ、あれか! あの見晴らしの良い高台にあるお嬢様学校! そこに通うのは選りすぐられたセレブなお嬢様ばかりだという……」

 

 庶民の俺にはまるで縁がない高校だったので存在を完全に忘れていた。まさに、噂だけは聞いたことがあるレベルの学校、それが私立金剛院学園だ。俺の中学のクラスメイトでそこに通っている奴は一人も居やしない。


「って、金剛院学園って……」


「そうですわ、お父様の学園ですわ」


 お嬢様オブお嬢様。これこそがこの金剛院セレスなのだと改めて思い知った。

 

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