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35 さよなら公園、さよなら俺の記憶。


「ここは何処だ……」


 俺の視界に広がるのは、緑一色の広大な大草原だった。

 空には雲ひとつ無く、まるでペンキで塗りつぶしたような青色がどこまでもどこまでも続いていた。

 三百六十度何処を見ても風景に何ら特徴はなく、まるでファミコンゲームで同じマップが永久にループされているような感じだった。

 その世界に変化をもたらしたのは、一虫取り網を手にしたファンシーグッズのようにディフォルメのされた一匹のクマだった。

 クマさんは何処からともなく現れて、虫取り網を振り回しては


「おーほほほほほ」


 と、けたたましく笑った。

 クマさんは何かを追いかけているようだった。

 俺はクマさんが追いかけているものは何かと興味深く観察する。すると、クマさんの前方に一匹の真っ黒な蝶が飛んでいるではないか。


「なるほど、この蝶を捕まえようとしているんだな」


 俺はクマさんに協力しようと思い、その黒い蝶を捕獲しようと走りだした。

 走った、走った、走った、走った、転んだ、すっ転んだ、ゴロゴロゴロ転がり回った。

 その時、俺はわかったのだ。


「あ、こりゃ夢だわ」


 ……

 …………

 ………………


「うわっ! 意味不明な夢を見た……」


 俺が目を覚ましたのは、芝生の上だった。

 えっと、ここは何処だ? ああ、そう言えば俺は公園にきてたんだっけか。公園に何しに来てたんだ……。

 どうも頭がぼんやりとして、記憶があやふやになってしまっている。


「あ、やっと目を覚ました。だ、大丈夫?」


 俺の顔を覗き込むのは、冴草契さえぐさちぎりだ。うん、こいつが冴草契だってことはわかる。腕力女で、暴力女、そして空手バカ一代女だ。

 しかし、どうしてこいつは顔を赤らめているんだろうか? それに、なんだかそわそわしている。


「大丈夫かどうかって言われると、身体のあちこちが痛くてたまらない……」


 俺は背中のあたりを押さえた。あざの一つや二つは出来てそうな痛みを感じた。


「なぁ、何で俺はこんな怪我をして芝生の上に転がってるんだ……。どうも、頭を打ったか何かで、記憶がちょっと曖昧でさ……」


 俺は身体を起こして芝生の上に胡座をかいて座った。ケツが芝生でチクチクする。空を見上げると、夕焼け空が見えた。そうか、今は日暮れ時なのか……。俺はどれだけの時間眠っていたんだろう。


「そ、そうなんだ。記憶がねぇ、そうなんだー。――それは好都合だ……」


 冴草契は一瞬とんでもなく悪い顔をしたのを、俺は見逃さなかった。


「好都合ってなんだ?」


「え? え? な、何でもない何でもない、ほーんとに、何でもないよ? 気にしないでいいよ? 気にした殴るよ?」

 

 両手を必至にプルプルと左右に振っては、怪しさ満点に何もないことをアピールしてみせた。これは、確実に何かがあったことを証明している行動に他ならない。けれど、俺は殴られるのが嫌なので尋ねることはやめておいた。ただでさえ、ダメージを食らっている状態で、追加ダメージを食らうなんてたまったものではないからだ。

 

「ね、ねぇ? 何処らへんから記憶がないの?」


「うん? えっと、あの金剛院こんごういんセレスってお嬢様がやってきて……。なんか、お前と喧嘩になって……。それから、あれ……何故かクマと真っ黒な何かを見たようなきがするんだが……。思い出せねぇ……」


「良かった……」


 冴草契は安心したように、ほっと無い胸を胸をなでおろしていた。


「何が良かったんだ?」


「う、ううん。あ、あれよ、思ったよりちゃんと記憶が残ってて良かったな~って事だよ。それ以外のことなんて何もなかったから! ほんとに何もなかったよ? 何もなかったし、何も見てないよ? ホントだよ? ワタシウソツカナイヨ?」


 何故か後半は片言の日本語を喋る外国人のようになっていた。これは確実に何か嘘を付いているという証拠だ。だが、これもまた尋ね返したならば殴られることは必至なので、聞かないでおくことにした。


「ふぅ、ちょっと落ち着いたし、用事も無いのならそろそろ帰りたいんだけど?」


「う、うん。そうだね。こうこんな時間だもんね。帰ろうか」


 俺と冴草契は公園の出口に向かって歩き出した。

 公園はもう人影もまばらだった。きっと、家族連れの人たちはもう帰路についたのだろう。


「ね、ねぇ? わたしの告白は覚えてる?」


 冴草契はふと足を止めて、俺の顔を覗き込む。瞳が夕日を受けて赤く燃えているように見えた。綺麗だった。


「え……」


 告白という言葉に、俺は足を止めて、冴草契の顔をじっと見つめてしまう。けれど、すぐにそれは俺に対する愛の告白などではなく、冴草契が桜木姫華さくらぎひめかの事を愛してしまっているという告白を指しているのだと気がついた。


「ああ、それはちゃんと覚えてるよ。――覚えてないほうが良かったか?」


「ううん。覚えててもらったほうがいいよ。あれだけ勇気を出して告白したのに、忘れられてたら嫌だもん。それに、神住かみすみには協力してもらう約束もしたしね」


「そんなのもあったな……。忘れたことにしとけばよかった……」


「何言ってんのよ! ゴリ斑から、ひめを守ってもらうからね! 約束なんだからね! 約束破ったら……」


 その先の言葉は言わないでもわかった。基本何がどうなっても、俺は殴られる運命にあるのだ。

 はぁ……そんな運命嫌だなぁ……。

 せめて、この冴草契が俺好みのオッパイのでかい可愛い子ちゃんだったならば、手伝うこともやぶさかでないのに……。

 俺は無意識のうちに、冴草契の胸部に視線を集中させてしまっていた。


「……。神住、わたしの胸にそんなに興味があるの?」

 

 冴草契は胸を両手で覆い隠すようにして、俺の視線からガードした。


「いや、全く無い。インド人もビックリするくらいない。ってか、平らすぎて何処が胸なのかもわからない」


 俺は至って真顔で答えた。これが俺の本心、嘘偽りのない心からの気持ちだった。


「取り敢えず、殴っておくね」


 冴草契はニッコリと微笑んで拳を構えると、何の躊躇なくその拳を俺に向かって放った。

 が、これは俺も予想済みだったのだ。いつまでも、やすやすと殴られる俺様ではない!

 俺は飛んでくる拳の軌道を瞬時に計算すると、既のところで拳をヒラリと回避した……と思ったのだが、俺の身体能力では、想像通りに身体を操ることは出来ずに、もんどり打って前のめりに倒れかけてしまう。

 俺は倒れる身体を何とかして支えなければと、近くにあったものに必至で捕まった。

 それが何であったのか……。

 それは、冴草契のジーンズだったのだ。

 俺はそのまま体重をかけて……ジーンズをずり落とす形で、倒れゆく身体を支えたのだ。

 

「ふぅ、危なかったぜ……」


 尻餅をついた俺の目の前には、なにか黒いものが見えていた。

 三角形の黒い物体。それを見た時、俺の無くした記憶がフラッシュバックして蘇ってきた。


「うん、なにもかも思い出した。これは冴草契の大人おパンツだ!」


 記憶を取り戻し、顔を上げると、そこには修羅が居た。


「神住ぃ〜。生まれてから今までの記憶全部奪ってあげるわねぇ……うふふふふ」


 その後のことは覚えていない。

 気が付くと俺は家にたどり着いていたのだ。


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