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34 大人おパンツ様だ、ドンチドンチキ!


 肩にかけられていた金剛院こんごういんセレスの腕は、指を這わせるようにして、いつの間にか俺の首元へと迫り寄っていた。そして、遂には俺の頬に金剛院セレスの両手が添えられる。

 金剛院セレスから放たれる甘い香水のような香りが、俺の鼻腔をくすぐっては、心拍数を急激に早めさせた。


「さぁ、婚姻の証として誓いの接吻を……」


 唇が、真っ赤な唇が迫ってくる。

 今俺の身体を束縛している力は、万力のような馬鹿力という訳でなく、普通の女の子のものだ。だから、俺が力を込めれば振り払うことは安易なことなのに……。俺の身体はこの状況に完全にパニックに陥っていて、金縛り状態になってしまっている。

 ――なんてことは、半分嘘だ。

 金剛院セレスはこの傲慢なお嬢様的性格が無ければ、普通に可愛らしい女子だ。そんな可愛らしい女子からキスを迫られて嫌がる道理などあろうわけがない! とは言え、俺にも自由意志ってのはあるわけで、やっぱりファーストキスはちゃんと好きになった相手としたいわけで……。こんな成り行きトラブル展開でファーストキスに至るってのは如何なものかと思う気持ちも存在してる。

 そんな訳で、この状態に流されてもいいと思う気持ちが半分……半分以上あるために、俺の身体は動いてくれないのだ。

 そうこうしているうちに、もう俺の唇は金剛院セレスの唇からの吐息を感じ取っている。

 金剛院セレスは瞳を閉じていた。

 俺も瞳を閉じると、そのまま時の流れに身をまかせて……。

 

「アンタ達なにやってんのよ!」


 俺と金剛院セレスの唇が吸引しあうのを、冴草契さえぐさちぎりは、両者にアイアンクローをかけてそのまま強引に引き離したのだ。


「い、イテェ! 顔がいてぇえ! ってか、いま目に指が入りかけてたから! 失明しちゃうから!」


「な、何をするんですの! わたくしの類まれなる美貌に傷がついてしまうじゃありませんの!」


 俺と金剛院セレスは、お互い顔を抑えながらうめき声をあげた。

 

「アンタ達が馬鹿なことするからいけないんでしょ! な、なんなのよ! いきなりキスとか……」


 冴草契はそっぽを向いて、その場にあった木に向かって下段蹴りを小刻みに繰り返していた。軽く蹴っているように見えても、その破壊力はギシギシと揺れる木々の動きで図り取れてしまう。


「だって、殿方に下着を見られてしまったんですもの。これはもうお嫁にしてもらうしかありませんですわ」


 金剛院セレスは、赤らんだ頬に手を当てて上目遣いで俺の方を見た。そして、一瞬俺と目が合うと、恥じらいを見せて顔を背けた。


「貴女のように、下着を見られても何ら恥じらいを持たないような、羞恥心皆無な人間ではありませんのよ」


 挑発的な言葉を


「な、何を! わ、わたしだって下着を見られたら恥ずかしいに決まってるでしょ!」


「あらあら、本当ですかしら?」


 二人は目から強烈な熱光線をだしあって、それを空中でぶつけあっては、火花を散らしていた。


「まぁまぁ、二人ともそんな言い争いなんてしなくても……」


 と、俺は近くのベンチに話しかけていた。

 当たり前だ! あんな凶暴な二人の間に割って入れるわけがない。何度も言うが、俺が自分が超かわいいのだ!

 ああ、あの二人がこのベンチのように物静かで居てくれたならば、どれだけ楽なことだろうか。

 俺がそんな現実逃避をしている間にも、二人の苛烈な攻防は更にヒートアップを続けていた。

 

「そうですのね、冴草契さんは、自分の彼氏がわたくしに取られてしまうのが悔しいのですわね」


「な、何を言ってるの! ソイツがわたしの彼氏なわけ無いでしょ!」


「あら、それならばどうして先刻はあのように身体を密着させていらしたのかしら?」


「そ、それは……」


 冴草契は黙らざるを得なかった。

 その話を説明するためには、自分がとある女性を愛しているということを話さなければならなくなるからだ。

 

「ほら、説明できないじゃありませんか。やっぱり、貴女は自分の彼氏が取られることに嫉妬していらっしゃるのね。まぁ無理もありませんわ、貴女のような野蛮な女性にはそうそう彼氏なんて出来やしませんものね。でも、もうそれもお終いですわ。あなたの彼氏は、もうわたくしのフィアンセになりましたから」


「え……。俺フィアンセになってたんだ」


 知らなかった。フィアンセというものは、ある日唐突になってしまうものなのだな。


「これからは、ずーっと二人きりで、愛の甘い蜜のような時間を過ごさせていただきますわ」


 金剛院セレスは。飛びつくように俺に抱きついてくると、胸元にのの字を書くように手を這わせた。

 

「うふふふふ、これでわたくしの勝利ですわ。恋の勝負でわたくしの完全勝利なのですわ。おーほほほほ」


 俺の胸の這わせていない方の手を口元にやり、お嬢様キャラ特有の高笑いをしてみせた。

 どうやら、下着を見られたことよりも、実のところは冴草契をへこませるために、俺という存在を利用しているようだ。


「そ、そんなこと許すわけ無いでしょ! そんなことになったら……」


 その後、言葉は続かなかった。

 だが、俺には何を言おうとしているのかは想像がついた。きっと、こいつが心配しているのは桜木姫華さくらぎひめかの事なのだ。桜木姫華、冴草契、そして俺。三人の秘密結社FNP。この関係が壊れてしまったら、一番悲しむのは桜木さんに違いない。冴草契はそうなることを恐れている。冴草契が全てにおいて優先すべきことは、桜木姫華の幸せ、笑顔なのだ。


「ほぉら、やっぱり、貴女はこの男のことが好きなのね。でも、もう遅いのですわ。わたくし下着を見られましたし、もうこれは結婚待ったなしなのですわ」


 ことさら金剛院セレスは俺を強く抱きしめ直した。これも、勝利アピールの一つなのだろう。俺はといえば、されるがままに身体を任せていた。だって、女の子の甘い匂いが僕の動きを封じちゃっているんだもん、仕方ないんだもん。てへっ。


「し、下着を見られたくらいで……。それなら!!」


 この時、冴草契の取った行動は、誰しもが想像し得なかった動きだった。

 冴草契は、何を思ったのか、おもむろにジーンズのボタンを外して、そのまま足首までずり下げると、その脱いだジーンズを投げ捨てたのだ。

 そうなると、どうなる?

 答えは。


『おパンツが丸見えになる』


 予想外にも、冴草契のおパンツは、黒! さらにサイドにはレースが施されている大人おパンツだったのだ。


「大人おパンツだ……」


 俺は思わず言葉に出してしまっていた。

 

「どうだ!」


 冴草契は腕を組んで自慢気に無い胸を張ってみせた。顔面からは火が吹き出ていた。今ならば、こいつの顔面で焼き肉が焼けることだろう。南極の氷だって軽々と溶かしてしまうだろう。実際、俺の身体もすでに熱くなってきている。


「お、お、おほほほ……。ち、ちょっと大人っぽい下着を身につけていたからといって、し、勝負に勝った気にならないでもらいたいですわァァ!!」


 金剛院セレスは驚愕していた。俺を抱きしめる腕からも力が失われていくのがわかる。言葉ではそう言いながら、心の中では敗北を認めてしまっているのだ。そう、おパンツ勝負での敗北を……。

 俺は言葉をかけてやりたかった。


『いやいや、あなたのクマさんお子様おパンツもそれはそれで良いものですよ』と。


 おパンツに貴賎など無いのだ。

 だが、そんなことを言ったならば、俺の身体がどうなるかは毎度の様によく理解していたので、俺は貝のように口を固く閉ざしておいた。


「こ、これで勝った気にならないでもらいたいですわ。こ、この勝負、下着を見られたという事では、五分と五分ですわ! 決着は次の時まで預けて差し上げますわ!」


 金剛院セレスは冴草契を指さして虚勢を張る。その指先がプルプルと震えているのを俺は見逃さなかった。


「その時まで、一時のお別れですわ。神住かみすみ様」

 金剛院セレスは俺を腕の中から解き放った。

 そして、優雅にドレスの裾をつかんでは、ニッコリと微笑んで別れの挨拶をしてみせる。


七桜璃なおり


 言葉を言い終わる前には、金剛院セレスの足元には、七桜璃と呼ばれる少年がかしずいていた。


「はい、お嬢様」


 七桜璃は、手に持っていた日傘を金剛院セレスに差し出す。

 それを受け取ると、頭上でクルリと一回転させて小首を傾げる。


「それでは、その時までごきげんよう」


 ゆっくりと手を振りながら、金剛院セレスと七桜璃は公園から去っていった。

 まるで台風のような女だった。

 いきなり現れて状況をゴッチャゴチャにして去っていった。

 だが、悪いことばかりでなかった。

 おパンツは見れるし、抱きしめられるし……。

 俺は抱きしめられた感触を反芻していた。女子に抱きしめられるなどということはそうそうあることではないのだ。うん、悪くなかった。これで、オッパイが大きければ最高だったのに……。

 そんな事を思って鼻の下を伸ばしていると、俺の太ももに激痛が走った。

 冴草契のローキックが命中したのだ。

 俺はその痛みに、ピョンピョンと蛙のように辺りを飛び跳ねる羽目になる。


「全部、アンタのせいなんだからね!」


 俺は冴草契に睨みつけられる。だが、俺は冴草契の視線になどまるで興味を向けずに、とある部分に視線を集中させていた。

 そう、いまだに全開でそのお姿をお晒になっている大人おパンツ様にである。


「あの、そろそろジーパン履いたほうがいいと思うんだけど……」


 俺は優しさでその言葉を言ったのだ。

 なのに……。


「ば、馬鹿っ!」


 今日の中で一番会心の蹴りが俺に命中した。俺の身体は吹き飛ばされてゴロゴロと転げまわり、またしても意識を失ったのだった。


 

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