33 クマさんパンツだ、ワッショイワッショイ。
「金剛院セレス、いざ尋常に参りますわ」
「冴草契、アンタをぶっ飛ばしてやるわ」
一人は優雅な笑みを浮かべたまま、一人は燃えたぎる憤怒の表情で、二人は各々の名乗り台詞を上げる。
冴草契は、身体の半身を隠すようにして、胸の前に手を置く。半身の構えというやつだ。
金剛院セレスは、膝から下を脱力するような感じで、小刻みなステップでリズムをとっていた。
先に動いたのは冴草契だった。
一直線に間合いを詰めた冴草契は、強く地面を踏み込んで金剛院セレスに向かって直突きを放つ。それを金剛院セレスは受けるようとせずに、既の所で身体を反らして回避してみせる。そして、その反りの反動を利用して、金剛院セレスは左右のコンビネーションを恐ろしい速さで冴草契の胸元に叩き込んだ。見事に命中したかに見えたが、それらは鉄壁の廻し受けによって払いのけられた。初撃を撃ちあいあった二人は、間合いを測り直すべく、数メートルの距離をとった。
お互いの動きは五分のように見えたが、金剛院セレスはドレス姿だ。あんなヒラヒラした格好で、よくもあれだけ素早く動けるものだと、俺は感嘆した。
「わたくしのコンビネーションをお避けになるとは、流石ですわね」
「そっちこそ、そんな格好でよくもまぁ動けるもんね、感心するわ」
お互いがお互いに賛辞の言葉を贈り合う。両者が共に相手の技量を認め合っているということだろうか。なんて言うか、カッコイイ、憧れる。俺はといえば、木陰から実況要員に徹しているっていうのに……。
「あら、ドレスは淑女として当然の正装ですってよ。わたくしには、貴方のような男みたいなみすぼらしい格好は到底できませんもの。どこのユニ◯ロでお買い求めになりましたの?」
金剛院セレスは、冴草契の服装を蔑むような嘲笑を浮かべた。
「……やっぱ、わたしアンタのこと嫌いだわ」
「あらあら、わたくしもそれに関しては同意見ですわ」
舌戦はこれにて終了。
二人はまたしても至近距離での手わざの応酬を始める。
一撃の重さでは冴草契が圧倒し、手技の数では金剛院セレスが圧倒していた。
その攻撃の重さ、威力を理解しているからこそ、金剛院セレスは冴草契の攻撃を出来る限り受けようとせずに、柔軟な身体を利用してスウェイバックと、リズミカルな足さばきで回避を続けていた。あの腕力女の攻撃はたとえきっちりガードしたとしても、ダメージを受けることは必至であることは、この俺が身を持ってわかっていた。まもとに腹に食らったならば、一発でうずくまってゲロを吐くこと請け合いのえげつない打撃なのだ。
かたや金剛院セレスの打撃はスピードとコンビネーションに長けていた。一撃一撃を叩き込むのではなく、一度に数発の連撃を叩き込むことに特化していた。それは、己の非力さを理解してのことなのか、自身の美学のよるものなのか。膨大な手数の前に、冴草契の防御は幾度と無く抜かれては身体にダメージを負っていた。
もしこれがボクシングの試合ならば、ポイントで金剛院セレスの勝利は揺るがないところだろう。
しかしこれは一発で相手を倒すことのできるバズーカ砲と、小口径の拳銃での戦いのようなものだ。つまり、バズーカの一発のヒットで、先頭の形勢は一挙に逆転、それどころか決着すらついてしまうのである。
そんな手に汗握る戦いの中で、俺は一つのことに気がついていた。
「これだけ激しく動いているというのに……。二人ともオッパイがまつたく揺れない……」
そうなのだ! 両名は悲しいくらいに大平原なお胸をしていらっしゃるのだ。
天は二物を与えずというように、天は彼女らに豊満なオッパイを与えてはくれなかったのだ。
「聞こえましたわよ! わたくしは小さくても、とても良い形をしているんですの! 微、微乳ではなく、美乳なんですのよ!」
金剛院セレスは足を止めて、俺に向かって叫んだ。どうやら、彼女はオッパイに幾らかのコンプレックスを持っているようである。完璧なお嬢様にも弱点というものはあるのだ。
だが、この俺へのツッコミが災いした。
今まで動かし続けていた足さばきを止めてしまったのだ。そして、その隙を見逃す冴草契ではなかった。
勝機とばかりに、今までにないほどの速度と重さで、正拳突きを真正面から胸元へと叩き込んだのだ。その攻撃を金剛院セレスを避ける事はできず、遂にガード越しではあるにしても、自身の身体へのヒットを許してしまったのだ。
「くっ」
今まで優美を湛えていた表情が、初めて苦痛で歪ませる。さらに、バランスを崩して身体を前のめりに倒してしまう。続いての、第二撃によってこの戦いは幕を閉じるかに思われた……。が、そうはなりはしなかった。
バランスを崩して倒れかけたのではなかったのだ。
金剛院セレスは、身体をそのまま倒れさせることで前方宙返りの形とし、その体制から蹴りを放ったのだ。
これは抜群のバランス感覚を誇る金剛院セレスだからこそ出来る蹴り技だった。
予期せぬ角度からの蹴りを避けるすべを冴草契は持ちあわせてはいなかった。その蹴りは見事に冴草契の肩口に命中したのだった。
その衝撃と痛みに、冴草契はその場に膝をついてしまう。
ここで、金剛院セレスが畳み掛ければ、これまた勝負の決着はついていただろう。だが、金剛院セレスも先ほどの正拳突きのダメージから回復してはいなかった。
お互い膝をついて、苦痛に顔を歪ませたまま動きを止めたのだ。
そして、俺は完全に解説役が板についてきていた。これは俺が日頃から格闘漫画を好んで読んできていた賜物に違いない。ありがとう、板垣◯介先生!
「う、うふふふふ、こ、このわたくしに足技を使わせるとは、流石はライバルといったところですわね。褒めて差し上げますわ」
「そんな無駄口をたたく暇があるんだったら、呼吸を整えた方がいいと思うけど」
金剛院セレスの呼吸は完全に乱れていた。上半身を揺さぶるほどに大きく激しい呼吸を繰り返していた。すでに表情を取り繕う余裕も失われているようだった。
「そして、そんなに激しい呼吸をしていても、オッパイはまったく揺れない……」
俺の視線はデフォルトでオッパイに向いてしまうようである。
そして、勿論この声は二人に届いていた。
「冴草契より先に、あの失礼な男を殺すべきかもしれませんわね……」
「それに関しては同意見ね……」
今までお互いに向けられていたはずの殺気が、全て俺の身体に突き刺さる。やめてください、そんな殺気を込めた視線を向けられては恐怖のあまり髪が抜け落ちて禿げてしまいます……。
俺は木の裏に隠れて、キューンと子犬のように可愛い鳴き声を上げた。
「さて、お遊びはおしまい。再開すると致しましょう」
金剛院セレスは立ち上がるとドレスに付いた土を払いのけた。
「へぇ、もういいの? 良かったらもう少しくらい呼吸を整える時間をあげてもいいけど?」
「あらあら、その失礼な物言いをする口を、聞けなくさせて差し上げましょうか?」
こうして戦いの第二ラウンドが幕を切って落とされたのだ。
いや、なんだこれ、俺はいつまで解説してればいいんだ。普通なら『やめろ! そんなことをして何になる!』とか言ってだな、戦いをやめさせるのがお約束だろう? まぁ、今俺が割って入ったらどうなるか、安易に想像がつくんだけどな。きっと、そこら辺にズタボロになった俺の身体が転がる事だろう。とは言え、流石に逃げ出すのは、男としての最後の安っぽいプライドが邪魔をしてできない。だから、ここで実況に徹するというのは正しい選択肢なのだ! うんうん。
戦いの第二幕は、一幕目とは間合いが違っていた。明らかに間合いが遠いのだ。
「うふふふふ、見せて差し上げますわ。わたくしの華麗なる足技の数々を……。前に戦った時とは違うということを!」
金剛院セレスは大きく一歩踏み出して後ろ回し蹴りを放つ。だが、そんな大技を食らってくれるほど冴草契の防御は甘くなかった。しかし、これは防御されるのを織り込み済みでの攻撃だった。なんと、その体制から金剛院セレスは地面に両手をつくと、逆さになった状態で蹴りの連撃を放ったのだ。
これには、冴草契も面食らってしまたが、攻撃は身体をかすめたところで運良くかわすことが出来た。
「あらまぁよく回避出来ましたわね。運の良いこと」
「なんなのその蹴り! そんなの空手にないでしょ!」
「ええ、そうですわ。これはカポエイラと言う格闘技の技なんですの。このわたくしがいつまでも空手などというものにこだわっているとお思いですの?」
金剛院セレスは上機嫌で得意気に言ってのけた。
確かに、このカポエイラの技は凄い。
何が凄いかって……。カポエイラの技をドレス姿でやると、おパンツが丸見えになら凄い!!
そうなのだ! ドレス姿で逆立ちになることによって、重力に導かれてドレスのスカートは隠すべき部分を隠せなくなってしまう。それによって、綺麗なおみ足とおパンツがその姿を露わにしてしまうのだ!!
どうやら、この事に金剛院セレスはまるで気がつていないようだった。
しかし、俺は見た。はっきりと見たのだ。金剛院セレスがなんと、クマさんパンツを履いているということを……。ほぉほぉ、お嬢様はかわいいパンツがお好みなんだな、うんうん、メモしておこう。
俺がおパンツメモをとっていることなど露も知らずに、金剛院セレスはカポエイラの技を連発する。それらは確実に冴草契にダメージを与えていったが。その度に、クマさんパンツは俺に向かって微笑みかけてくれるのだ。
俺は迷った。
言うべきか、言わざるべきか……それが問題だ。
金剛院セレスが三度目の攻撃に入ろうとした時に、俺は遂に辛抱しきれずに言ってしまった。
「あの、それやると、おパンツが丸見えなんですけど……」
俺の声に、金剛院セレスの動きがピタリと止まった。
偶然にも、逆立ち状態になった時に止まってしまった。
つまり、おパンツ丸見え状態で、金剛院セレスは静止したのだ。
「あ、今現在も見えちゃってます。かわいいクマさんが見えています」
俺はさっきまでの癖で、ついつい実況してしまった。
金剛院セレスは無言で逆立ちをやると、俯向いたままで、俺の方に向かって凄い勢いで歩み寄ってきた。
俺は思わず、逃げ出しそうになったが、それよりも早く金剛院セレスは俺の眼前にやってきたのだ。
「み、見ましたの?」
「は……」
「わ、わたくしの下着をみましたの……?」
「え、あ、はい。見させていただきました。クマさんパンツありがとうございます」
何故か俺は感謝の言葉を述べていた。
「もう……。もう……お嫁に行けませんわァァァァァ!」
金剛院セレスはその場にしゃがみこむと、まるで子供のように周りも気にせずに大声で泣きだしたのだ。
これには、冴草契も茫然自失でその場から動けずにフリーズ状態だった。
俺は女の子を泣かしてしまったことになる。つまりは、女泣かせだ。やべぇなんかカッコイイ……。と、言ってる場合じゃない!
俺はなんとかして、泣き止まさせなければならない。慰めなければならない。しかし、こんな状況で何をどうすれば良いのか……わかるはずがない。
俺はどうしていいかわからないまま、自分も腰を落としてしゃがみ込んでいる金剛院セレスを見つめる。鼻水をすすりながら、瞳を涙でいっぱいにしてべそをかく姿は、もはや威厳のある優雅なお嬢様のそれではなかった。けれど、この時俺は、はじめてこの女性を可愛いと思ったのだ。
「ごめんなさい。いや、悪気があったわけじゃなくて、ついつい見えちゃっててですね……」
「責任……」
「え?」
金剛院セレスは俺の肩を掴んだ。
そして、金剛院セレスは自分の身体を俺の目の高さまで引き起こすと、涙でいっぱいの瞳で俺を見つめてこう言ったのだ。
「責任をとって結婚してもらいます!!」




