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27 他人に頼られるということを、嬉しい事だと感じることが出来た。


 花梨かりんは、背筋を凛と正し、足を正座に組みなおして俺の真向かいに座る。


「お兄ちゃんを、部活に戻らないようにしてもらいたいんだ」


向日斑むこうぶちを部活に……?」


「うん」


 俺は話が全くわからないでいた。

 向日斑が部活をやっていたことすら知らないからだ。

 確かに、あのガタイなら何か運動をやっている方が自然だろう。が、俺のは奴が漫画大好きっ子だということしか知らない。ああ、先日小動物大好きっ子だってことも知ったばかりだな。


「ごめん、話が全く見えてこないんで、よければ説明してくれるか?」


「え? そっか、お兄ちゃんの部活のこと知らないんだ……」


「残念ながらな。俺はあいつと出会ってまだ一ヶ月だからな」


「そなの?」


 花梨は驚いた顔を見せた。


「てっきり付き合い長いのかと思ってたよ。だって、すごく仲良さそうなんだもん」


 おいおい、あいつは誰とだって仲良さそうにするだろう……。こんな俺とでさえば……。と、言い返したかったがやめておいた。今自虐発言して何になるってんだ。


「うちのお兄ちゃん、去年まで柔道部だったんだよ。でもね、膝を痛めちゃって部活やめちゃったんだ」


「向日斑が膝を?」


 あいつが膝を痛めているなんて聞いたことがなかった。それどころか、体育の授業を普通に参加している。

そして、俺より圧倒的に成績が良い。


「嘘だろ? いつも元気いっぱいって感じだぞアイツ」


「まぁお兄ちゃんってば、基本ポテンシャルが常人を大きく上回ってる人だから、なんせゴリラ並だし」


 なるほど、膝を痛めていても体育の授業くらいならば、軽くこなしてみせるってわけか。さすがゴリラだぜ。


「本気出さなきゃ、膝は大丈夫なの。でもね、お兄ちゃんってば、部活ってなると、力加減が出来ない人でさ……」


「何となくわかるようなきがするわ」


 部活となれば個人技ではなくなる。部のため、先輩のため、なんてことになれば、アイツは加減なんてしないだろう。きっと、膝の痛みに耐えながら、全力でやるに違いない。


「膝はね、一、二年リハビリをしていけば、ちゃんと治るんだよ。だから、今は無理させたくないんだ」


「でもアイツ、自分から部活をやめたんだろ? なのに、なんで今になって戻るって話になってんだ?」


「あのね、部活の人たちが今、お兄ちゃんを部活に引き戻そうって躍起になってるらしいんだよ」

 

 俺の脳裏に、あの時の本屋での情景が浮かんだ。

 そうか、あの時のガタイの良い連中が、柔道部の奴らだったってわけか……。あれは、向日斑を柔道部に戻すために、説得していたところだったのか。


「なぁ、向日斑自身は、どう思ってるんだ? 部活に戻りたいって思ってるのか?」


「お兄ちゃんは、自分より周りのことを優先しちゃう人だから……。だから、お兄ちゃんの気持ち関係なく、頼まれたら受け入れちゃうんだよ……」


 そうだ。向日斑は他人のことを自分以上に気にかける。それは人として美徳と呼んで良い所だろう。それが、自分の身体に害になるとしても、きっと他人の利益を優先するのだろう。そこに残るのはなんなのだろうか? 自己犠牲に酔いしれるナルシスト? そんなたまなのかよアイツは。そんなアイツの姿は見たくないと思った。それは、すでに依頼を受けるに理由の一つとしてもいいのかもしれない。

 けれど、俺には……。


「一つ聞いていいか?」


「なに?」


「どうして、こんな事を俺に頼もうと思ったんだ?」


「うんと……」


 花梨はしばし言葉に詰まって考えこんでしまう。


「お、俺……」


 俺は震えるような声で語りだした。手には汗が滲んでいる。


「俺なんて、どこからどう見ても頼りになりそうにないし、身体つきだって人並だし、頭だってそんないいわけじゃない。人間関係なんて、ほとんど皆無ってな感じなんだぜ。しかも、昨日知り合ったばかりだろ。なのに何で俺なんだ? もっと、頼りになるやつなんて山ほどいるだろ……」


 いけねえ、少し涙ぐんでるかもしれねえ。何だ、何だ俺。けれど、これは全部真実なんだ。俺は人に頼られるほど、立派な人間じゃない。

 そうさ、今まで生きてきて、誰かに頼られたことなんて一度だってない。

 頼るということは、力の無い人間が、自分より力のある人間に言うべきものだと俺は思っていた。強い人間は、弱い人間に頼み事などしない。もしあったとするならなば、それは命令であって、頼みなどではないのだ。


「もぉ……。何で久遠くおんはそんなに自分のこと悪く言うのかな……。そんなこと無いよ、久遠!!」


 花梨の顔が、吐息が当たりそうになるほどに近づいては、そのまま言葉を続ける。


「ねぇ、久遠は体力もないだろうし、頭だってアレかもしれないし、友達だって全然いないかもだし、彼女なんてもってのほかって感じだけどさ……。それでもね花梨はね、久遠の事好きだよ?」


「え? は? あれ? それって……あの、その?!」


 俺は頭が真っ白になってしまう。そして、言葉の意味をストレートに捉えてしまった俺は、海老の逃避行動のように、瞬間的に後ろにのけぞって、花梨との距離をとった。勿論、頭は海老以下の知能指数になってしまっている。


「あ!」


 花梨は自分の言葉を、頭の中で反芻して、やっと俺にどう伝わったのかということを理解したらしい。


「え、えっと、ち、違うよ! そういう好きじゃないよ! バカッ!」


 正直、それはわかっていた。わかっていても、女の子にあんなに近い状態で、下の名前を呼ばれて、好きだなんて言われたら、俺は狼狽してしまう。きっと、後ろに『ドッキリ』と書いた看板を持った男が見えていたとしても、狼狽してしまうし、赤面を止める術もありはしないだろう。


「でも、花梨は久遠のことを好きだって思っているよ。それは、体力がとか、頭がとか、友達がとか、そんなのとは関係ないところにあるんだよ。人の善し悪しって、そういう所で決まるんじゃないよ。そんな点数が簡単につくようなことで、決まるほど人間ってきっと簡単じゃないよ。……そんでね、花梨は久遠のこと好きだと思えた、頼りたいとも思ったよ。こんなこと言うと、虫がよすぎるって言われるけど、久遠なら何とかしてくれそうな気がするんだ」


 花梨は所々途切れさせながらも、自分の気持を胸の奥から吐き出すように言葉を連ねていった。


「うん、虫がよすぎるな」


 あっさりきっぱりと言ってのけた。


「やっぱそっかな、えへへ」


 花梨は困ったように笑った。そして、ゆっくりと顔を伏せてしまい少し身をよじる。


「でもいい!」


「え?」


「俺は、神住久遠かみすみくおんは、花梨の言葉で気分が良くなった。だから、今ならどんな願い事でも叶えてやるって気になってる! 七つの玉を集めなくても願いを聞いてやるんだ、出血大サービスってやつだぜ?」


 まただ、俺の中で変なスイッチが入ってしまっている。あの時と同じだ。あのファミレスの時と。

 俺はいつだって、待っている。こんなドラマチックな展開を。そう、待っているんだ。自分から行くわけではなくいつも待っているだけだ。


「久遠。いいの?」


「でもな……所詮俺なんだぜ? こんなどうしようもない俺なんだぜ? だから、任せろって言っても成功する確率なんて、殆ど無いんだぜ? どっかのドラゴンさんで言うならば、ほとんどの願い事が、俺の力を大きく上回ってて叶えられないんだぜ? それでも良いならって注釈付きだけどな」


 カッコ悪い。俺は今、予防線を、失敗した時の予防線を張ってしまっている。


「うん! 久遠にお願いするよ。花梨のお兄ちゃんを、部活に戻したりしないで!」


 そんなカッコ悪い俺を、曇りのない眼で真正面に見据えて、花梨は力のこもった言葉で俺に懇願する。

 断れるわけがないじゃないか。これを断ったら、きっと俺は男じゃない。


「わかった。契約成立だ。俺は、花梨の願い事を叶えるために……頑張る」


「ありがとー。久遠」


 花梨は俺の胸に向かって、飛びついてくる。

 俺はそれを受け止めそこねて、バランスを崩してその場に倒れてしまう。それは、正に花梨が俺の身体に覆いかぶさる形になる。俺と花梨の身体は完全に密着してしまい、俺の胸部に花梨の胸が密着しては弾力のある感触を伝えてくれた。俺の足には、花梨の太ももがむっちりと絡みついている。

 俺は腕を花梨の身体に回してしまいたい衝動に駆られたが、それを避けるように花梨は俊敏に立ち上がっては、体操選手が技を決めた時のようにポーズをとった。


「えへへ、そういうエッチなのは恋人同士になったらね!」


「そんな可能性があるのかよ」


「ん? どうかなー。もしかしたらあるかもよ?」


 直視できないほどの、眩しい笑顔が今ここにある。

 こいつは、わかっているんだろうか? この何気ない笑顔に、世界を救えるほどの可憐さを秘めているということを……。

 実際、今俺はこいつの願いを全力で叶えてやりたいと思ってしまっているのだ。

 


「またね、久遠」


「ああ、またな」


 こうして、タイフーンのようにやってきた向日斑花梨は夕日を背に帰っていった。

 難題を残して……。

 はてさて、啖呵を切ったのは良いがどうしたものか……。俺に友達がいるのならば、友達に相談するということも出来るだろうが、悲しいことに俺に友達は居ない。

 

「とにかく、夕飯でも食べてから考えるか、腹が減ってはなんとやらって言うからな……」


 俺は電子レンジに、この前のリベンジとばかりに冷凍チャーハンを突っ込んだ。

 もう二度とあんな食べ物と呼べないような状態のチャーハンを作るまいと心に誓って……。

 その時だ、俺のスマホにメールの着信が入ったのは。


『明日、二人で会ってくれないか。話があるんだ』


 飾り気のない言葉の羅列、これは冴草契さえぐさちぎりからのメールだった。

 ある一部分、これだけを抜かせばなんてことのない普通のメールだ。

 『二人で』とさえ書かれていなければ……。

 おかしい、ありえない、あの冴草契が、桜木姫華さくらぎひめかを交えないで会うなんてありえるわけがない。

 俺と、あの空手バカ一代が、二人っきり……。

 俺は背中に冷たいものを感じた……。


「すまない、花梨。俺は明日命を落とすかもしれない……」


 気が付くと、チャーハンはこの前と同じように、水分が完全に消え去っていた。


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