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26 美味しそうに食べる女の子は可愛い。


「安心してよ、花梨は何も見なかったし、何も聞かなかった……事にしておくからさ」


「……」


 俺は何も言わずに起き上がると、買ってきたケーキをテーブルの上に並べた。


「わ、わぁい、ケーキ美味しそうだなー。嬉しいなー」


 花梨が必死になって、場の空気を和ませようとしているのがわかる。そして、その行動が俺の心にできたひび割れを大きくさせる。中学生に気を使われる高校生って……。


「……」


 俺は無言で花梨にフォークを手渡す。

 花梨も無言でフォークを受け取る。

 しばし沈黙の時間が流れた……。


「ぶーっ! 辛気臭いのなし! こんなのらしくない! 花梨も嫌だし、久遠も嫌でしょ! イイじゃん! パソコンの中に何が入っていても! そんなの花梨は全然気に……少しは気にするかもだけど、それでどうこう思ったりは……少しはするかもだけど……。えぇい! もぉ、男が細かいことでうじうじ悩むなっ!」


 花梨はテーブルを両手で叩きつけた。テーブルに置かれたケーキが、その衝撃で一瞬宙を舞った。

 花梨の言っていることは、矛盾だらけだった。結局のところ、花梨は気にしているのだ。悩んでも居るんだろう。なのに俺には悩むなという。だが、矛盾のないことがある。こいつは、俺を励まそうとしている。これだけはゆるぎのない事実だ。

 だったらどうする?

 歳下の可愛い女の子が俺を励ましているんだぜ?

 なら、どうするかなんて考えるまでもないだろ?

 俺は男の子なんだぜ?


「ウォォォ!!」


 俺は膝をパーンと心地よい音を立てて叩くと、そのまま雄叫びを上げながら勢い良く立ち上がった。そして、おらに元気を分けてくれーと言わんばかりに、両手を天井に向けてかざした。


「よし! もう気にしねえ。俺の性癖とか知られても別に全然問題ないし! 全然今涙目でもないしー! むしろ、性癖を知られて興奮しちゃうくらいだしー!」


 最後の一言は確実に余計だったが、実は本当なので仕方ない。

 

「よぉし! それでこそ久遠だ! さぁ一緒にケーキ食べよっ」


「よし、食うか!」


 こうして《俺のパソコンの中の恥ずかしいデータ見られちゃった事件》は終焉を迎えたのだった。

 


 

「やっぱ、ケーキはイチゴショートだよねっ」


 花梨はがっつくようにケーキにフォークを走らせる。欲張って口の大きさ以上のケーキをねじ込んだために、頬に生クリームが付着したが、花梨はそんなものは一切気にかけずにケーキに無我夢中だ。その頬に付着した生クリームが、花梨の端正な顔にアクセントとなって、さらに魅惑度をアップさせていた。

 

「確かに、ケーキ一個じゃ足りなかったな……」


 花梨はすでに一個目のケーキを食べ終えており、二個目のケーキに取り掛かろうとしていたところだったが、ケーキに飛びかかるフォークのスピードは一向に衰えを見せてはいなかった。頬についた生クリームは倍増していた。もはや、魅惑でも何でも無く、ただのヤンチャな子供だ。

 俺もいくらか小腹は減っていたのだ。久々にケーキを食した。うん、うまい。ってか、ケーキってのは普通美味いよな。よく漫画でまずいケーキってのがあるが、塩と砂糖を間違えでもしない限り、そうそうまずいケーキって出来ないんじゃないのか? あ、漫画だとたいてい塩と砂糖間違ってるんだっけか……。

 そんな事を考えている内に、俺もケーキを完食していた。

 目の前では、生クリームだらけの顔になった花梨が二個目のケーキを平らげて満足そうにしていた。

 

「ほっぺた、生クリームついてるぞ」


「え? あ、ホントだー」


 花梨は頬を手で触って生クリームがついてるのを確認すると、それを手にとって美味しそうに舐めた。

 

「おいしー」


 こいつ、甘いモノなら何でも喜ぶんじゃないだろうか、蟻みたいなやつだな……。

 

「ごちそうさまでしたー」


「はい、ごちそうさま」


 俺は花梨に釣られるように、行儀よく手を合わせてごちそうさまを言う。

 きっと、向日斑むこうぶち家では、毎回きちんとごちそうさまを言っているのだろう。俺とは違い、礼儀正しい一家だ。


 ケーキを食べたあとは、俺のお勧め漫画を花梨に読ませてみたり。漫画に出てくる技を、二人で試しにやってみたりという楽し時間を過ごした。

 花梨は初めて見た技でも、その動きを見事に再現してやってのけた。


「ツインバスターシュトルム!」

 

 花梨の手の中に、あるはずのない大剣が見えた。そして、それを高速に袈裟懸けに振り抜く、さらにその反動を利用して一回転した後、もう一激を加える二連撃の大技である。これは、シックススターストーリーズ、略称SSSスリーエスに出てくる技である。

 

「や、やべぇ……花梨まぢかっけえ……。これでコスプレなんてしたら、完全におまえ漫画のキャラそのものじゃねえか……」


 俺は感動すら覚えていた。あの漫画のワンシーンが今ここに完全再現されたのだ。俺には見えるはずのない衝撃波と、攻撃を食らって倒れる敵の姿が見えていた。


「えっへへー。照れるー」


 花梨は自分の後ろ頭をポンポンと二度軽く叩いた。


「ってか、この漫画、さっき始めて見たんだろ? よくすぐに技を真似できたもんだなぁ」


「うん? 花梨ね、見たものはだいたいすぐ真似できるんだよ。凄い? ね、凄い?」


 褒めて褒めてーとばかりに、大きなお目目をキラキラさせて、俺に詰め寄ってくる。


「え……。じゃ、まさか……。この前、冴草さえぐさを投げ飛ばしたやつとか、さっき俺を投げ飛ばした柔術っぽい技も道場で習ったとかじゃなく……」


「うん。なんかお兄ちゃんの持ってた格闘漫画に出てきてたから、それ真似しただけだよ」


「花梨……おまえ格闘技の経験とかは……」


「花梨はかよわい女の子だよー。そんなのあるわけ無いじゃん」


 花梨は屈託なくケタケタと笑った。


「天才じゃったか……」


 天は二物を与えずと言うのに、この花梨は類まれなる美貌と、常軌を逸した運動能力を兼ね備えてしまっているのだ。

 俺は感動するとともに、嫉妬の念が浮かび上がってきた。

 イケメンだったら。凄い運動能力があったら。そんな妄想をした回数は数知れず。なのに、こいつは妄想ではなく、実現させているのだ。

 もし、俺が花梨だったならば、人生というものは素晴らしいと断言できたはずだろう。


「どしたの、黙りこんじゃって」


「いや、なんでもない。花梨があんまりにもカッコイイから言葉を失っただけだよ」


「えへへ、だから照れるってばー」


 花梨はまた自分の後ろ頭を二回ポンポンと叩いた。どうやら、これが花梨の照れ隠しの仕草のようだった。

 花梨に嫉妬をしてもどうにもならないことはよくわかっている。それに、才能が有る奴にはそいつら特有の悩みがあることもわかっている。それでも、羨ましいと思ってしまう気持ちは止められはしないのだ。

 まぁ、一つ良いことがあるとするならば、花梨は本当に良い子だ。羨む才能を持っている奴が、俺の大嫌いなタイプだったら目も当てられない所だったぜ。

 

「じゃ、久遠。これと、これと、この漫画貸してねー」


 花梨は、俺の本棚から五、六冊の漫画を胸に抱えると、嬉しそうに言った。


「おういいぞ。持ってけ持ってけ」


 俺の漫画たちが、花梨の胸の谷間に挟まれていると考えると、それだけでもう大興奮である。返してもらう時には、まだぬくもりが残っていたりするのだろうか……。おらワクワクしてきたぞ!!


「やったー」


 花梨は本を抱えたまま、ピョンと垂直にジャンプして喜びを表現した。ジャンプにあわせて胸が揺れた。俺は笑顔になった。


 花梨は漫画を俺が渡した袋に詰め込むと、急に周りを気にしだしてモジモジと身を捩らせだした。

 なんだろうか、トイレか? トイレに行きたいのだろうか?


「あ、トイレなら一回の突き当りに……」


 俺は言い出せない花梨に気を使って、トイレに場所を教える。


「バカッ! トイレじゃないよ!」


 花梨は顔を真赤にして叫んだ。


「あのね……花梨ね……えっと……うぅぅ……」


 花梨はその場にしゃがみこむと、口元に手を当てて、落ち着きなく右に左に視線を泳がせた。


「なんだ、もっと漫画を借りたいなら別に構わないぞ」


「そうじゃなくてー! あのね、実はね、花梨が今日久遠の家に来たのは、お願いごとがあったからなんだ……」


 今までの天真爛漫さがどこに消えたのか、花梨の目が少し潤んでいるように見えた。この様子の変わり様、なにか大きな決心をしてここにやってきたのだろろうか?

 まさか……。

『花梨のお願いごとはね……。久遠の彼女にしてくださいっ!!』

 なんてことになるのか! なっちゃうのか! わぁいわぁいわぁい、久遠可愛い彼女大好きー!!

 しかし、俺のこんな脳内お花畑の妄想が当たるはずもなく……。


「実はね……お願いごとは、お兄ちゃんのことなんだ……」


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