25 誰だって『ドラ◯もんが居てくれたら……』って思う場面はある。
俺は一抹の不安を抱きながらも、花梨を部屋に残して、近所の洋菓子屋に自転車で向かう。洋菓子屋までは、自転車を飛ばせば五分とかからない距離だ。
しかし、この今まで女友達ができたことのない俺が、女の子、しかもとびきりの美少女のためにケーキを買いに行くようになるとは……。これってもしかすると、異世界に召喚されるよりも低確率で発生するレアイベントかもしれない。そうすると、クリアして貰える報酬もかなりのレアアイテムと言う事に……。いやいや、クリアってなんだ? このイベントのクリア条件って一体なんだ? 花梨を満足させること? ……おいおいおいおいおいおい! いま満足って言葉からエロスを連想させただろう! な、何を考えているんだ俺! 俺は紳士だ! 変態紳士だ! それを忘れてはいけない!
「うおっ!」
そんな精神の葛藤のさなか、俺は自転車を電信柱にぶつけそうになって、慌ててブレーキをかけた。
既の所で、俺は電柱と衝突すること無く回避するに成功したのだった。
「余計なこと考えてないで、さっさとケーキ買ってこよう……」
俺は邪念をかなぐり捨てると、自転車を洋菓子屋に向けて飛ばした。
※※※
「合計千五十円になりますー」
洋菓子屋の店員に言われるままに、俺は財布の中からお金を取り出す。
三百五十円のケーキが三つで計千五十円なり。勿論、この内の二つは花梨のためのものだ。そしてひつとは勿論俺のためのもの。流石に目の前でケーキを食べられて、俺一人食べないわけにもいかないだろう。とは言え、貧乏高校生からすれば結構な出費となってしまった。
俺が少なくなった財布の中身に溜息を一つこぼしていた時、レジカウンターの奥で店長ぽい年配の男がレジの若い女店員に向かって何か言っているのが耳に入った。
「あのさ、ちょっとここのデータ入力なんだけど?」
「あ、これですかー。ちょっと待っててくださいねー」
どうやら、年配の男はパソコンの操作が苦手らしく、若い女店員に操作を聞いているようだ。ふむふむ、今どきの若者はパソコンが使えるのが当然ですからなー。
と、思った刹那、俺の背中に雷鳴が走った!!
「ぱ、ぱそこん……だと!?」
俺は慌てて洋菓子屋を飛び出ると、ケーキを自転車の籠に入れて、猛スピードでペダルを漕ぎだした。
俺は部屋を出るときに、花梨が見せたウィンクにどんな意味が込められていたのか、今はっきりと理解した。奴の狙いは、確実に俺のパソコンだ!俺がケーキを買いに行っている間に、俺のパソコンの中のアレな感じのデータを見ようとしていたのだ!
ファック、ファッキン、ファッキスト!
俺は自転車のタイヤが摩擦熱で発火しては、バックツーザフューチャーよろしく燃え上がりそうになるのではないかと思えるほどに、無我夢中でペダルを漕ぎ続けた。
キィィィ
耳に障る音を立てて、俺の自転車は我が家の前で急制動をかけて停止した。
もはや、自転車をきちんと停めている余裕など無い。俺はそこらに自転車を立てかけると、玄関のドアが吹き飛ぶほどの勢いで開け放つ。そして、ただいまを言うことなく、けたたましい音共に階段を駆け上がると、ノックも無しに部屋をドアを開けた。
「おかえりー久遠。早かったねぇい」
そこには、ベッドに腰掛けて漫画を読む花梨の姿があった。
パソコンは俺は出て行った時のままの状態で、電源入れられてなかった。
「よ、良かった……」
俺は思わずその場にへたり込んでしまう。
「どしたの? なんかすっごく疲れてるみたいだけど?」
「いや、まぁあれだな、人を疑うのは良くないよな、うんうん」
俺は花梨を疑ってしまったことを悔いた。
「あ、花梨。これケーキだから」
俺は手に持っていたケーキを花梨に差し出す。
「わぁい、ケーキだケーキだーっ。うっれしぃなー」
花梨はケーキの箱を手にすると、スキップして部屋中をかけだした。胸がプルンプルンと揺れた。
二周ほどスキップで部屋を駆けまわると、満足したのかケーキを中央にあるテーブルの上の置いた。
そして、真顔になってこちらを振り返ると、抑揚のない声でこういったのだった。
「久遠ってオッパイでっかい女の子が好きなんだねー」
「へ……」
俺の呼吸と心臓の鼓動が止まった。
「だって、パソコンの中に巨乳って名前のフォルダが……」
俺の中で何かが崩れていく音が鳴り響いた。
「うわあああああ、き、キサマぁ見たのか! 見たのかああ! いや、あれはちゃんとカモフラージュのために、BESTって名前のフォルダにしていたはずなのに……。普通ならばベストアルバムかなんかのデータが入っていると思ってくれると信じていたのに……」
「なるほど、BUSTとBESTをひっかけたんだぁ、久遠ってば頭良いのか悪いのかよくわかんないねー」
「ほ、ほかには見てないだろうな!」
俺の目はきっと血走っていることだろう。息遣いを際限なく荒いことだろう。だが、今はそんなことを気にしている場合ではないのだ!!
「えー。どうかなー」
花梨は吹けもしない口笛を吹くマネをしてとぼけてみせる。
「俺の秘蔵の二次元獣耳少女画像集フォルダや、耳元でささやきエロボイス集フォルダなんかもみたんじゃないだろうなぁ!」
「え……」
「それどころか、まさか……俺の中学時代に書き記した……俺が異世界に転生して精霊王となって美少女だらけのハーレムを作り上げ、魔王をバッタバッタと倒していくという、あの黒歴史小説も読んだのか!」
「うわぁ……」
「くそっくそっ、俺のバカ! どうして、どうしてフォルダにパスワードを設定しておかなかったんだ! ど、ドラ◯もんが居てくれたならば、今すぐタイムマシンで過去に戻るものをォォォ!!」
俺はベッドに座り込むと、頭を抱えて唸りだした。もはや、俺を救えるのはドラ◯もんしかいなのだ。助けて藤子不二雄F先生!
「あ、あのね、久遠。実はね……」
花梨は、俺を慰めようとしているのか、肩に手を置こうとしてきた。が、俺はそれをはねのけるようとして、目測が狂ってしまった。
むにゅ
そんな効果音が聞こえたような気がした。
俺の手は、花梨の手をはねのけるのではなく、花梨の胸部、そうオパーイを触ってしまっていたのだ。
俺は手をおオパーイから離す前に偶然を装って二回ほど揉んでみた。Tシャツとブラという邪魔者がオパーイの感触を遠ざけているとはいえ、そこには確実にある少女の豊満なオパーイを確実に手の中で実感できた。
俺は先程までの地獄に突き落とされたような気持ちから、一気に急浮上して、天界へと登るような至福の快楽へと導かれていった。オパーイは世界の心を病んだ人を救う力あるのだ!!
そう思ったのもつかの間……。
俺の身体はベッドの上から一回転して床へと叩きつけら、大の字になって倒れこんでいた。
見上げるとそこには、頬を上気させて怒っている花梨の顔が見えた。
俺は何が起こったのか、さっぱりわからないでいたが。数秒後にやっと理解することができた。
ああ、俺は胸を触っていた腕を花梨に掴まれて、そのまま柔術の技かなんかでぶん投げられたのだ。
俺が偶然受け身をとったのか、痛くならないように投げてくれたのか、俺の身体にはさほど痛みはなかった。
「最後まで話しを聞きなさいよ! ってか、何おっぱい触ってんのよ! 馬鹿、変態!」
「へへへ、俺はどうせ変態ですよ……。おっぱい星人ですよ……」
俺は目一杯卑屈に笑った。いま、全日本卑屈選手権があったならば三位入賞は固いところだ。
「花梨は、久遠のパソコンなんてさわってないんだからね!」
「え……」
「花梨は最初、急に久遠の家に行ってびっくりさせてやろうって思ってたのに、久遠ってばあんな格好で出てきて花梨のほうがびっくりしちゃったじゃん? だから、今度こそお返ししてやろうと思って、パソコンの中身見ちゃったーって、嘘ついたの」
「う、うそ……」
「うん」
「で、でも巨乳フォルダがどうこうって……」
「あれは、昨日、久遠が花梨のおっぱいばっか見てたから、きっとそうなのかなぁーってカマかけただけだよ」
「そ、そうだったのか……」
「それなのに、久遠ってば、その後からも言わないでいいことをいっぱ言っちゃって……。花梨正直ドン引きだよ!!」
花梨は頬を赤らめてそっぽを向いた。
「お、俺は自爆していたのか……」
獣耳少女画好きなのも、耳元でささやきエロボイス好きなのも、黒歴史小説も、言わなくて良いことを俺は花梨に話してしまっていたというのか……。
俺はあまりの恥ずかしさに、大の字の状態のまま、まるで駄々をこねる幼児のように手足をバタバタをさせ続けたのだった。




