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24 女の子は甘い物に弱い、そう思っていた時期が僕にもありました。


 俺の鼓膜を突き破りそうな程の花梨かりんの悲鳴は、止まること無く続いていた。こいつ、どんだけ肺活量あるんだよ……。

 俺はズリ落ちかけたパンツを抑えながら猛ダッシュで自室に向かって走りだした。そしてクローゼットの中から適当な服を取り出すと、超高速で着替えた。服のセンスなんて考えている時間は勿論皆無だ。今は一分一秒が惜しまれる。

 玄関に戻ってきた時には、どうにか花梨の悲鳴は収まっていたようだが、残響が未だにこだましているように思えた。


「ほ、ほらほら、もう服着てるから。なんもはみ出てないから?」


 俺はちゃんと着替えてきた事を、身振り素振りを加えて必至にアピールでするのだが、花梨は両手で顔を隠しており、こっちを見ようとはしない。そりゃそうだ、誰か好き好んで、俺のピーを見ようとするもんか。


「……ホント? ホントにホント?」


 しばらくの間があってから、花梨は泣きそうな声で、不安げに尋ねた。


「本当に本当だってば。俺に露出狂の趣味とかないから!」


 さっき少し興奮したという事実は伝えないでおこう。それが世界の平和というものだ。


「じゃ、もうそっち見てもいいの?」


「いい、いい。どんどん見ていいから」


 花梨は恐る恐る顔の前の手を開いていく。顔を覆っていた手を外しても、まだ目は閉じたままでプルプルと震えていた。


「怖いよぉー。怖いよぉー」


「怖くないよー。ぜんぜーん怖くないよー」


「ビックリするほど信用できないよぉー。変態さんだよー」


「変態じゃ……」


 『ない』と断言したかったが、女子中学生の前に、半裸で登場するというのが変態の仕業でなくて何であるというのだろうか……。


「……そんなには変態じゃないよ?」


 俺はつい正直に答えてしまった。


「うわぁん、久遠くおんは少し変態さんなんだぁ……」


 花梨はついにこちらに背を向けてしまう。

 馬鹿正直が仇になるとは正にこの事である。

 こうなっては、物事は平行線上から進みはしない。ならばどうする? 

一 誠心誠意謝り続ける。継続は力である。

二 こうなっては、いっそ開き直って変態として生きる。自分に正直に生きるのは良いことである。

三 物で釣る。女子中学生とは元来チョロいものである。


 俺の選んだ選択肢は……。


「ケーキ買ってきてあげるからこっち見てくれよー」


 三番だった。


「え? ケーキ?」


 ケーキの言葉に花梨の動きがピタリと止まる。


「そうそうケーキ」


「いちごのショートケーキかってきてくれる?」


 花梨はこちらを振り向く。けれどまだ目は閉じたままだ。


「うんうん、イチゴでもミカンでも乗ってるの買ってきてやるよ」


「二個でもいい?」


「お、おう。二個でもいいぞ」


「……ホント?」


 花梨はやっと目を開いて上目遣いでこっちを覗きこんだ。静かに開かれる瞼の中から現れる瞳に吸い込まれてしまいそうだった。こいつに頼まれたならば、ケーキ屋ごと買い取ってしまう奴すら居るかもしれない。


「久遠って良い変態さんだね!」


「そうだぞ、俺は良い変態さんだ!」


 こうして世に言う『玄関で半裸絶叫事件』は解決を迎えたのだった。

 めでたしめでたし、なのか?



 ※※※


「へぇ〜。ここが久遠の部屋かー」


 花梨は俺の部屋を物珍しそうにキョロキョロと眺める。

 なぜ俺は花梨を自室に入れてしまったのか?

 本当ならば、リビング辺りでくつろいでもらおうと思っていたのだ。

 けれど……。


「花梨、久遠の部屋がみたいな~」


 との猫なで声の一言が元凶だった。


「へ、部屋はちょっと……」


 俺は必至で抵抗した。なんの準備もできていない男子高校生の部屋に女子を入れるなんてとんでも無いことだ。ち◯毛とかがカーペットの上に落ちていたらどうする! パソコンの検索履歴も見られたらまずい。勿論フォルダーをクリックなどされたらもう僕生きていけない。


「じゃ、お兄ちゃんに久遠が玄関でやったこと話してもいいんだ〜?」


「それだけは勘弁してくだせぇ……」


 俺は年貢米を持っていかれる小作人の様に、肩を落として泣きじゃくるのだった。


「じゃ、久遠のお部屋に行こっかー」


 花梨はまるで俺の部屋が二階にあるのを知っているかのように階段を駆け上がっていく。リズミカルに駆け上がる姿を階段の下から眺めているだけで、自然とニヤけてしまう自分がいた。

 このような経緯があって、花梨を自室に招き入れるハメになってしまったのだ。




「なんだー。思ったより部屋キレイじゃん?」


 花梨は部屋をあらかた見回し終えると、残念そうに言った。

 そして、まるで自分の部屋であるかのように、俺のベッドの上に腰を下ろすと、両足をブラブラとさせる。それは花梨にとっては、なんの気のない動きだったが、俺はその生足の動きに生唾をゴクリと飲み込んでしまった。ああ、この女子の生足というものは、なんという見事な美術品なのだろうか、このふくらはぎからのラインがこれまたたまらない。今まで俺は女子といえば、オパーイ、オケーツの二つにばかり注目してきていた。ああ、俺は今までなんと愚鈍だったのか……。注目すべき点はほかにもあったのだ。さらにさらにだ! 花梨はスポーティなーサンダルで我が家にやってきた、つまりは今現在靴下を履いていない状態なのだ。そう足の指が十本全て露出してしまっているのだ。その指がフレキシブルに動くさまは、もう身悶えてしまうほどの衝撃を俺に与えてくれる、いや与えないわけがない! これは世の女子全てがこうなのか、それとも向日斑花梨むこうぶちかりんの足だけが全世界を震撼させるほどの破壊力を持っているのか! だとするならば、世界遺産に今すぐ登録しなければならない。そうだ! 今すぐにだ! って、今すぐに折れを踏め! 踏んづけてくれ! 踏んづけてグリグリしてくれ! そうそう、その指をこううねらせるようにしてだな……ハァハァハァハァ……あれ、俺何を考えてるんだ? 大丈夫だよな? これ心の声だよな? モノローグだよな? 

 俺は自分のベッドに女の子が座っているというシチュエーションと、この世界レベルの魅惑の足に、今にも噴火してしまいそうな熱いリビドーを抑えこむのに必至になって理性を総動員していた。

 鎮まれ、鎮まるんだ……。ここは歳上の男子として落ち着いた行動をだな……。でも、これって花梨の臭いとかがベッドについたりなんかして……おっとぉぉ、鎮まれ鎮まるんだぁ!! そういう事は、花梨が帰ってからゆっくりと思案すればいいことだァァァ!!

そんな俺の心の中など知る由もなく、花梨は少しつまらなそうにして、頬杖をついた。


「ちぇー、もっと散らかっててさー。エッチな本とかが床に落ちてるかと思ってたよー」


 不満たっぷりの花梨だったが、こいつは何もわかっていない! 甘い甘いのだ。今の御時世、エロアイテムはパソコンの中にデータとして収納されているものなのだ! デジタル時代に感謝感激雨あられ! それがわからないとは、ふふふふ、ボディは大人でもまだまだ子供だな。


「あ、あれだ!」


 花梨はあるものに気がついた。それは、テーブルの上にちょこんと置かれている俺のノートパソコンだ。


「久遠のパソコンみせてよー」


 花梨はベッドから立ち上がるとなんの躊躇もなくパソコンの電源を入れようと手を伸ばした。


「らめええええええ!!」


 俺は自分でも驚くほどの速度で花梨の伸ばした手を掴みとると、電源ボタンに触らせるのを阻止しすることに成功した。


「むー。手痛いんだけどぉ?」


「え? あ、ごめん」


 俺は慌てて強く握りしめていた花梨の手首を話す。なんて細い手首なんだろうか、こんな腕であの空手バカ一代女を手玉に取っていたとは想像もつかない。


「久遠にいきなり手を握られちゃったー。うわー、これもお兄ちゃんに報告しないとー」


 花梨は手首をわざとらしく擦りながら、口元を尖らせてジト目気味に言った。


「け、ケーキを今すぐ買ってくるから! だからさ! ね?」


 完全に俺は花梨に頭が上がらないでいる。いや、俺が女性相手に優位にたてたことがあるだろうか?


「ケーキだ、ケーキのこと忘れてたー。もう、仕方ないな〜、ケーキのためだからなぁ〜」


「じゃ、俺ひとっぱしりケーキ買ってくるわ」


「うん、花梨がお留守番しててあげる」


「漫画とか適当に読んで待っててくれよ。くれぐれもパソコンには触らないようにな!」


「わかったー。花梨漫画読んでおとなしく待ってるねー」


 花梨はまたベッドの上に腰掛けると、俺に向けてウィンクを一つして見せた。

 なんだ、やっぱり子供じゃないか、食べ物の誘惑には勝てないんだな、と俺は部屋を後にした。

 部屋を出るときに、ふと花梨が不敵な笑みを浮かべていたような気がしたが、それはきっと気のせいだと思うようにして……。

 


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