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189 月夜の別れ。


 帰宅したセレスの車を待ち構えていたのは、執事衣装に身を包み、深々と頭を下げているブラッドと七桜璃なおりだった。

 車から降りたセレスの目に映った七桜璃の姿からは、ピリピリとした緊張感が感じ取れた。


「お嬢様おかえりなさいませ。どうやら色々上手くいかれたようでおめでとうございます」


 ブラッドは茶目っ気の入った表情で、セレスと久遠くおんとのラブシーンを、隠れて全て見ていたかの様な物言いをして見せる。しかし、何でもありの老紳士フラッドである、もはやこれくらいの事では、セレスは何も驚きはしなかった。セレスが驚くことになるのは、この後の七桜璃の一言である。


「お嬢様……暫くの間、このお屋敷を離れることを承知していただけないでしょうか!!」



 ※※※※


「ハァハァハァハァ……疲れた。本当に意味もなく疲れた……」


 恥ずかしさのあまり玄関から走りだした久遠は、近所の公園まで全力疾走を続けると、遂にはフラフラになり力尽きて、近くのベンチに腰を下ろした。

 ベンチの背もたれに全身の体重をかけると、身体中から流れ落ちる汗が、シャツとベンチを吸い付けてしまい不快感を倍増させた。

 夜の公園は静かだった。ポツポツと等間隔に設置された外灯が、まるでこれから進んでいく道を指し示しているかのように見えたりもしたが、それはただ久遠が未だに中二病だからに違いない。


「しかし、あれだな……。こんな静かな夜の公園だと……、こう、あれだ……忍者なんか出てきそうだな」


 その言葉に呼応するかのように、ベンチ横の木が小刻みに揺れた。

 なんだろうと、久遠が木の方を見上げようとした刹那。


「呼んだか?」


 木の茂みの中からひょっこりと顔出したのは……七桜璃だった。


「うぉっ!?」


 驚く久遠を他所に、七桜璃は華麗に着地を決める。そして忍者装束の懐から何かを取り出しすと、それを久遠に向けて投げつけた。

 思わず条件反射的に避けてしまいそうになったが、よくよく見るとそれはただのジュースのペットボトルだった。

 既の所でペットボトルをなんとかキャッチすると、少しばかり警戒しながらそのボトルのキャップを開けて、クンクンと臭いを嗅いで見る。


 ――ふ、普通のジュースみたいだな……。


 久遠を見る七桜璃の表情が『さっさと飲め!』と訴えてた。

 泣く子と忍者には勝てない。

 久遠はおもむろにそのジュースを喉に流し込む。


「美味い! 普通に美味い! さらになんだこれ、一気に汗が引いていく、それどころか、なんか体力まで回復してくる感じだぞ!」


 ぐったりとベンチにもたれ掛かっているだけだった身体に力が戻ってくる。久遠は立ち上がると、シャドーボクシングよろしく、ワンツーパンチの真似事などしてみせる。


「それはそうだ。これは金剛院こんごういんけ家特性のスタミナドリンクだからな。か、勘違いするなよ! たまたま持っていただけなんだからな! お前が疲れているのを見て、差し入れしたわけじゃないんだからな!!」


 顔を真赤にして、しどろもどろな口調で言う七桜璃は、わかりやすいツンデレそのものだった。

 

「ツンデレ忍者……これは良いものを見せてもらったぜ!!」


 久遠は親指を突き立てて、バッチグーのポーズを取る。


「だから、ボクはツンデレでも忍者でもない!! ――いや、それはもういい。今日はお前に二つ言わなければならないことがあるんだ!」


 勿体ぶった言い回しに、久遠はゴクリと唾を飲み込んだ。

 二つ! そう二つもこの愛くるしいツンデレ忍者から告白をされるわけなのだ。ドキドキしないわけはない。


「なるほど……一つは愛の告白か……」


「なんでそうなるんだ! それ以前に、ボクは男だぞ!」


「いやいや、愛の前には忍者だとか、性別だとかは超越してしまうだろ?」


「だろ? じゃない! それに、お前は今日セレスお嬢様と正式にお付き合いすることを決めたんだろうが!!」


「はっ!? そうだった……」


「忘れることなのか? それは忘れていいことなのか!! はぁ……いきなり心配になってきたよ……」


 七桜璃は、久遠との見当違いのやり取りに、その場にしゃがみ込んでしまいたくなるのを、必死になって踏みとどまった。

 

「まぁ、一つは、それに近いといえば近いのだけれど……」


「近い? とすると……愛の告白ではなく……。結婚! まさかいきなりのプロポーズなのかっ!」


「アホかっ! 死ね! お前は今すぐに死ねっ!」


 七桜璃の両手のひらにクナイが握られる。スナップをきかせて投げられた二本のクナイは、久遠のTシャツを後ろの木に縫い付けては動きを封じ込める。

 

「出来ることならば、その戯言しか発しない口を縫い付けてしまいたいところだけど、今のところはそれで勘弁してやる!」


「ちょ、ちょっとしたお茶目じゃないですか……」


 てへへへっと笑って誤魔化そうとする久遠だったが、七桜璃はそんな言葉を耳に入れようとせずに、コホンと一つ咳払いをすると


神住久遠かみすみくおん!」


「あ、は、はい!」


 突然のフルネーム呼びに、久遠の背筋がぴんと伸びる(貼り付けられているので元から伸びているといえばそうなのだが……)


「絶対にお嬢様を泣かせるような真似をするんじゃないぞ! もしそんなことをすれば……命はないと思え!」


 七桜璃の手には新しいクナイが握られていた。そして、その刃から放たれる光が、今の言葉がハッタリではないことを意味していた。


「これがお前に言いたいことの一つ目だ。そして、二つ目……ボクは修行の旅に出るんだ」


「はぁ?」



 ※※※※


 久遠は木に磔になった状態のまま、七桜璃の話を聞いた。

 

「ボクはこの前の別荘の一件で、己の未熟さを知った。ボクはあまりにも無力だ。こんなことではお嬢様を守っていけやしない。だから……ボクは自分自身を鍛え直すために、ブラッド様と一緒に修行に旅に出ることを決めたんだ」


 別荘での一件。それは、《マスターニンジャ》禍神真宙かがみまひろと、《メイド三人娘》青江虎道あおえこみちとのバトルである。次元を超越した二人の戦いを目にした七桜璃は己の未熟さに恥じたのだ。

 

「修行の旅って……一体何処に行くんだよ?」


「ボクの……生まれ故郷」


「生まれ故郷? それって一体何処なんだ」


「知らない」


「それはどういう意味……」


「ボクは小さい頃にブラッド様に拾われたんだよ。そして金剛院家に養われることになったんだ」


「そ、そんな強烈な幼少期を生きていたのか……。流石は忍者……半端じゃねぇぜ」


 久遠は変なところを感心していた。


「それにブラッド様から教えてもらったんだけれど……。どうやら、ボクはこの世界の住人じゃないらしいんだ」


「な、なんだってええええええ! キタァァァァ! まさかの異世界設定キタァァァァ!」


 ポッポーっと、蒸気機関車の様に久遠の頭から蒸気が吹き上がる。


「そ、そこは盛り上がるところなのか?!」


「当たり前じゃねえか! 異世界ですよ? ドラゴンですよ? 勇者ですよ! 魔王ですよ? もうそれはもう大盛り上がりになること請け合いですよ!」


「そういうものなのか……」


「そういうもんだ!」


「まぁ話を続けると、ブラッド様が言うには、その異世界? とやらに通じる《ゲート》と言われるものがあるらしく、そこからボクの生まれ故郷に行くことが出来るらしいんだ」


「ふむふむ。なるほど、すごくよくわかる話だ」


「わ、わかるのか? この突拍子もつかない非常識な話がよくわかっちゃうのか? 普通、ありえないとか思うところじゃないのか?」


 実際、七桜璃はこの話をブラッドから聞かされた時、理解するのにかなりの時間を要した。


「伊達に長年中二病を患っちゃいねぇんだよ!」


「それは威張るところなのか……」


「キタキタキタキタキタァァァ!! 俺の中二の魂が紅蓮の炎を吹き上げてきたぜェェェェッ!!」


 久遠は貼り付け状態になっていたTシャツを、亀が甲羅を脱ぎ捨てるかのように、キャスト・オフすると、猛然と七桜璃に向かって行く。その突進を七桜璃は相手の力を利用して、軽くいなしてみせる。

 久遠は勢い余ってその場に転倒して、背中をしこたま打ち付けた。

 が! それでも久遠の勢いは止まらなかった!


「異世界で修行……これほど俺の心をときめかせるフレーズがあるだろうか! いや無い! ぜぇぇぇったいに無いと断言できる! だから、俺もついていく!」


 頭の中に発生したエンドルフィンが痛みの感覚を打ち消しているのか、すぐさま立ち上がると、ランランと目を輝かせて、七桜璃ににじり寄る。

 さしもの七桜璃も、その鬼気迫る迫力に後ずさりそうになってしまう。


「いや、あの、異世界はとても危険なところでだな……」


「そんなのどんと来いだ!」


 久遠は自分の胸を拳でどんと殴りつけてみせる。


「お嬢様を残していけないだろ? お前はセレスお嬢様を愛しているんだろ!」


「確かに俺はセレスのことが大好きだ! でもな、俺はセレスといつも一緒に居る忍者、お前を含めてセレスのことが大好きなんだ! もう離して考えたりなんて出来やしないんだよ! こうなると、セレスと愛している=忍者を愛していると言えなくもないくらいだ!!」


 久遠が顔をずいっと近づける。その幼稚園児のような純粋な瞳に、七桜璃は思わず吸い込まれそうになってしまいそうなり、そして……思わず吹き出してしまう。


「ああ、そうだった。お前はそういう奴だったよ……」


 根負けしたように、七桜璃はニッコリと微笑む。


「ああ、俺はそういう奴さ。知ってるだろ?」


 久遠はあわせるように笑みを見せる。


「だから……力ずくだ!」


「ウゲッ!?」


 久遠は腹を抑えてのたうち回る。七桜璃が久遠のみぞおちに光速の拳を撃ち込んだのだ。いくらエンドルフィンで痛みを誤魔化しても、そのダメージは身体の芯まで響いては、久遠の足をふらつかせる。

 

「に、忍者……お前……」


「あははっ、知ってるだろ? ボクはそういう奴なんだよ?」


「ゲホッ……。し、知ってたけど、こういう良い感じのシーンで、いきなりくるとは……」


「大丈夫。ボクは強くなって帰ってくる。それこそ、お前の言う忍者のように強くね。だから……それまでお嬢様のこと……頼んだからね」


 ふらつき今にも倒れそうな久遠の身体を、小さな七桜璃が支える。そして、優しく抱きしめる。

 ふと、久遠の頬に何かこの世の中で一番柔らかい感触が……


「こ、これは挨拶みたいなもんなんだからな! 変な勘違いをしたら、ぶっ殺すんだからな!」


 七桜璃は久遠の身体を突き放す。久遠はバランスを崩して、その場に尻餅をつく。


「い、今のは……忍者のくちび……る……」


 久遠は頬に手を当てる。


「そうそう、ゴリラ人間の所に入り浸っている、姐さんのこともよろしく」


「あ、あぁ……」


「行ってきます」


「いってらっしゃい……」


 別れの言葉を交わすと、七桜璃の姿はまるで月の中に吸い込まれていったように消えてしまった。

 ポツリ取り残された久遠は、頬に手を当てたまま……。


「セレスのキスより……これは衝撃的だったかもしれん……」


 と、性別の壁を超えた恋愛を本気で考えだしてしまうのだった。



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