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187 恋人。


「夜空が綺麗だぜ……」


 公園で姫華ひめかと別れた久遠は、中二病的な台詞をつぶやきながら夜道をふらふらと歩いてた。そして、ふと足止めて夜空を見上げると、虚空に向けて殴りつけるように拳を突き出した。

 

「男には決断をしなきゃいけない時があるってな……」


 ゆっくりとその拳を天に向けて突き上げると、星をその手に掴むかのようにゆっくりと握りしめる。近くを歩いていたカップルが、その様子を見て『キモーイ』『うわっ、やべぇ奴だアイツ』と久遠に聞こえるボリュームで言うと、その場を足早に去っていった。


「……」


 カッコイイ中二病台詞と言うものは、誰もいないのを見計らって言わないと、とんでもない大火傷をしてしまうということを、久遠は失念していたのだ。

 気恥ずかしさでいっぱいになった久遠は、突き上げていた腕を下ろすと、重いため息とともにその手のひらで顔を隠すのだった。

 

 ※※※※


「到着」


 家の前まで辿り着いた久遠が門を開けようとした時、激しいエンジン音が後方から鳴り響くのを耳にした。


「え?」


 ドップラー効果で甲高いクラクション音が鳴ったかと思うと、砂塵を挙げて超高級車がブレーキ痕をつけながら久遠の真後ろに停車した。久遠とその車の距離、わずか数センチ。


「し、死ぬかと思った……」


 久遠は思わず腰を抜かしてその場にへたり込んでしまう。ショックのあまり膀胱がゆるみかけてしまったが、なんとかお漏らしだけは避けることが出来た。


 ――あ、あれか、カッコイイ台詞を言ったせいで、死亡フラグが立っちまったのか……。


「神住様ァァァァァァ!」


 超高級車の後部ドアが開き、そこから飛び出してきたのは……セレスである。

 ジャンプ一番で久遠の元へ着地すると、即座に首根っこをひっ捕まえては、強引に立たせる。そして、涙混じりの表情で睨みつけた。


「神住様! 今日は一体全体誰と何処に行っていらっしゃったのかしら! お答え頂きたいですわ!」


 セレスの問いかけに、久遠は返事をしなかった。いやさ、返事をすることが出来なかった。正確に言えば、返事をするどころか、呼吸することすら出気ない状態にされてしまっていたのだ。現在久遠の置かれている状態は、完全に首の気管を締め付けられており、絞め落とされる寸前なのだ。そして、セレスがそれに気がついたのは、久遠が落ちる寸前、酸欠状態で顔が真っ青になった時だった……。


「あ、あらあらあら……」


 大慌てで首を締め付けていた腕の力を抜く。すると、まるで糸の切れた人形のように、久遠の身体は、左右に揺れながらバタンと倒れかけた。

 地面に倒れる既の所で、セレスが久遠の身体を支える。そしてゆっくりと身体を倒して、上半身を抱える形で地面に座り込んだ。


「だ、大丈夫ですの? だ、誰がこんなことをっ!」


 セレスは周囲を見渡しては、キッと睨みつける。

 勿論、誰も彼もなくセレス本人の仕業に間違いないのだが、なんとかしてごまかそうと必死になって犯人をでっち上げようとした。


「あ、あなたですわね! 神住様をこんな目に合わせたのは!!」


 セレスがでっち上げた犯人は、その場を偶然通りかかった野良猫だった。


「にゃー?」

 

 野良猫は首を傾げると、興味なさげにその場を通り過ぎていった。


「き、今日は寛大なわたくしが見逃して差し上げますわ! 正義は勝つのですわ!」


 正確に言えば、正義どころか悪そのものが今ここに居て、何食わぬ顔で久遠を介抱しているわけなのだが……。

 久遠の顔色は、赤みががったものへと変化しつつあったが、未だ意識は戻ってきては居なかった。


「こうなったら……人工呼吸しかありませんわ……。これは命を救うため! 決してふしだらな気持ちからではありませんのよ! ええ、そうですとも、そうですとも!」


 セレスは鼻息荒くし、おもむろに顔を久遠に向けて近づける。お互いの鼻息が触れ合う所まで接近した時。


「う、うぅ……」


 久遠が低い唸り声を上げた。その声を聞いて、セレスはビクッと身体を仰け反らせて顔を離す。


「あれ……。俺なんでこんな所で寝てるんだ……。って、セレス?!」


「お、目をお覚ましになりましたか?」


 久遠は自分がセレスの腕の中に居ることを知ると、狼狽しつつ自力で立ち上がった。


「何がどうなってんだ……。俺は確か家に帰るところで……後から車の音がしてそれで……」


 と、久遠が自分の記憶を辿って真実を導き出そうとするのを


「あれですわ! あれですのよ! 神住様を狙う悪の組織があらわれて、襲いかかってきたのですわ! そ、それを偶然通りかかったわたくしがお助けしたというわけですのよ! う、嘘じゃありませんわ! 本当ですわ! 神に誓っ……うことは出来ませんけれども、本当ですのよ!!」


 セレスは勢いと強引さで無理矢理に押しとどめさせようとした。


「そ、そうか……。そこまで必死に言うのなら、そういう事にしとくよ……」


 悪の組織ってなんだよ! と、突っ込むべきところが多かったが、泣く子とセレスには勝てないことはわかっていたので、敢えて反論しないことにしておいた。


「ふぅ、良かったですわ……。それよりも……」


 セレスはまじまじと久遠の心の奥底を覗きこむように見つめる。

 

「今日は、誰と何処にお出かけでしたんですの!」


 質問という名の、ストレートパンチが久遠のボディにヒットした。おもわずそのダメージによろけてしまいそうになったが、両足を踏ん張りなんとか体勢を維持する。

 

「俺は……、俺は今日、桜木さんと水族館でデートをしてきた!」


 真正面から足を止めての打ち合い。今度は久遠の言葉が、セレスの顎に命中しては、強烈に脳を揺らす。その言葉に気を失ってしまいそうになるセレスだったが、奥歯をギュッと噛みしめて、意識を保った。

 

「わ、わたくしという、恋人(仮)がいるというのに、どうしてそんなことをなさるんですの……」


「それだよ」


「どれですの!」


「その、恋人(仮)っての、もう無しにしないか?」


「え……」


 その言葉が心臓を的確に捉える。セレスの心臓はその刹那鼓動するのをやめてしまいそうになった。たった一言で、生きる意味を失ってしまったのだ。一言が心を殺したのだ。

 セレスは自分が今何処にいるのかすらわからなくなった。何処が上で何処が下なのかもわからなくなり、まるで宇宙空間に放り出されたかのような虚無感を味わっていた。

 そして、ゆっくりと膝から崩れ落ちてその場にばたりと倒れ……かけたところを、久遠の両手がつなぎ留めた。


「話を最後まで聞けよ!」


「嫌ですわ! そんな言葉聞きたくありませんわ! 耳は今日もうお休みですの! 日曜日なのですの! 明日は祭日でお休みで、次は振替休日、ずーっとずーっとおやすみですの!」


 ボロボロと大粒の涙が止めどなくこぼれ落ちた。掴まれた久遠の腕を振りきって、この場から走り去りたかった。けれど、力が入らなかった。今ならばセレスは、さっきの野良猫にすら力が劣るに違いない。

 そんな無力なセレスの身体を、久遠が強く抱きしめる。強く強く、力の手加減でも出来ていないほどに抱きしめる。


「痛い……痛い、痛い、痛いですわ!! 心も身体も痛いですわ! バカバカバカバカバカバカバカッ!」


「無理にでも最後まで聞いてもらう。俺が言いたいのは、あれだ。その……えぇい、神住久遠、こんな所で迷ってどうする! 俺が言いたいのは、恋人(仮)を無しにして、恋人になろう! って事なんだよ!」


「ふぇ……。恋人(仮)を無しにして……小人になるんですの?」


 セレスの頭の中に、親指サイズになった久遠と自分がチョコチョコと歩いている姿が浮かんだ。


「ちげぇよ! 小人じゃねえよ! こ・い・び・と!!」


「それは、それは、その、あの……どういう事ですの?」


 セレスの頭はプシュプシュと煙を上げてオーバーヒートしてしまっていて、まともな思考ができるレベルではなくなっていた。


「俺、神住久遠は、金剛院セレスのことが好きだから、きちんと恋人になって付き合いたいってことだよ! ……あぁぁぁぁぁ、恥ずかしい! なんだ、なんだこれ、顔から火が出るわ、足が震えるわ……。なんだ、これぇぇぇぇ!!」


 言葉を言い放った久遠は、身体が全身麻酔をかけられたかのように、自分の思うようにならない感覚を感じていた。けれど、満足感だけは感じ取ることが出来た。生まれて初めて、自分で、自分の気持を、もう穴にでも潜りたくなるような気持ちを、面と向かって相手に伝えることが出来たのだ。


「まだ……わたくし、まだ良くわかりませんわ……。だから……その……行動で示して欲しいんですの……」


 その刹那、セレスの唇に熱いものが当たる。それが何であるのか、セレスは目を閉じていたので見ることは出来なかったが、わかっていた。

 いままで無重力状態だった身体に力が戻ってくる。今ならば、冴草契さえぐさちぎりに勝つどころか、太陽だって、宇宙だって破壊できそうだ、とセレスは思った。

 そう、この唇を通して太陽よりも熱いエネルギーが心の中に染みこんできては、幸せという名の物質を体中のいたるところに生み出してくれている。

 長いキスを終えた二人は、お互い林檎のように真っ赤になった顔を見合う。


「わたくし、幸せですわ……」


「俺は、なんて言ったら良いのかわかんねぇ。あぁ恥ずかしい! 世の中のカップルってやつは、こんな恥ずかしいことを言い合ってるのかよ……。すげぇよ! カップルすげえよ! 尊敬するよ! そこらのファンタジー世界の勇者よりすげぇよ!」


 久遠は頭をかきむしる。どうして良いのかわからずに、その場で無意味に足踏みをする。

 そんな久遠に、今度はセレスから唇を近づける。

 今度は短いキス。


「なんでも良いですの。わたくしたちは、きっといま世界で一番幸せですのよ」


「そうか……。もう俺の頭はまともに考えられないから、そういう事で……うん、きっといいんだな」


 三回目のキスは、二人同時に、ゆっくりと感触を確かめ合うように……長く長く続けたのだった。


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