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186 公園再び。


「見てください! アシカさんが、アシカさんが―!」


 アシカがステージ上でぴょんぴょん跳ねるのを見て、それに合わせるように姫華もぴょんぴょんと跳ねた。跳ねる時にスカートがふわりと捲れ上がる。

 久遠の視線は、アシカショーよりも、そのスカートの見えそうで見えない微妙な動きへと注がれていた。


 ――この見えそうで見ないというのは、男心をくすぐるギミックだなぁ……。


 姫華がステージに集中しているのを良い事に、久遠の視線と思考はスカートと、その中身へと向けられていた。これは健全な男子高校生ならば致し方無い事だと言えよう。

 ふわり、ふわり、ちらり、ちらり。

 絶えず不規則な動きで、余談を許せないその動き。もしかしたら、次のジャンプでは見えるのではないか……。そんな期待で胸を膨らませていた時。


「ほらほら、神住さん! アシカさんがウォッウォッって!」


 不意に姫華が振り向いた。


「ウォッ!?」


 久遠はアシカの鳴き声のような声を上げた。それと同時に、媛華のスカートへと向けられていた視線を、強引にステージ上のアシカへと向けたのだった。

 

「あはははっ、神住さんアシカさんの鳴き真似が上手いですねぇ〜」


「そ、そうだろ? 俺ってば、アシカの鳴き真似が得意なんだぜ! ウオッ! ウォッ! なんつってね!」


 無邪気に笑う姫華、引きつり笑いの久遠。全く両極端の二人が此処に居た。


「うわぁ、美味しそうにご褒美のお魚さん食べてる〜」


 ――俺もご褒美のパンチラが見たかった……。


「え? 今何か言いましたかぁ〜?」


「え、な、何にも言ってないぞ!」


 あまりにも絶妙なタイミングゆえに、心の中で呟いた言葉が、まさか本当に声に出ていたのではないかと、久遠は額からドバドバと冷や汗を流すのだった。



 ※※※※

 

「アシカさん可愛いかったですねぇ〜。でも、オットセイさんも可愛いし、ラッコさんも可愛いし、他にもいっぱい、いぃ〜っぱい可愛いですよねぇ〜」


 アシカのステージを堪能して満足度百二十パーセントの姫華は、今にもスキップしそうな浮かれた足取りで、たまに意味もなくターンなんかも決めながら久遠の横を歩いていた。

 

 ――この幼稚園児みたいに無邪気に浮かれちゃってる生物も可愛いけどな。


「ん? また、なにか言いましたかぁ〜?」


 姫華は、久遠の目の前にジャンプして片足で着地、そこからクルリとターンで顔を向き合わせる。そして、手を後で組んで顔を伺うように覗きこんだ。


「あ、あのさぁ、もしかして桜木さん、相手の心の中がわかるような能力に目覚めちゃったりした……?」


「えへへっ、そんなわけないじゃないですかぁ〜。ただの女の直感ですよ」


 『それだけじゃなく、神住さんはビックリするくらい思ってることが顔に出ちゃってるんですけどね』と、続けようとしたのだが、その言葉は口に出すのはやめておいた。

 

「なるほど、女の直感ってやつは恐ろしいもんだな……」


「えへへっ」


 そんなやり取りを続けながら、二人が歩いて行った先は……。


「うわぁぁ、海の中にいるみたいですよぉ〜」

 

 頭上、左右全てが覆われた巨大なトンネル型水槽だった。

 上を見上げると、まるで自分自身が海の中に飲み込まれてしまっているような気がして、久遠は思わず呼吸を止めてしまっていた。

 水槽の中には多種多様な魚たちが、元気よく泳ぎまわり、媛華の言うようにさながら小さな海を言った様相だ。

 時間を忘れるかの様に、二人は首が疲れ果てるまで、その小さな海を見つめ続けた。

 

「首がつかれたから、この場に寝そべって見上げていたいな……」


「そんな事したら、通行人の邪魔になっちゃいますよぉ。でも、その気持ちすっごくわかりますけどねっ」


 海は生命を生み出した母だというが、今まさにそんな気分を感じる久遠と姫華だった。

 

「うーむ、スキューバダイビングとかやってみたくなるな……」


 大海原の中に身を委ねて、お魚さんたちと戯れる。そんな自分の姿を妄想してみたのだが。よくよく考えて見れば、花梨の必殺技にふっとばされて海をさまよったりしたわけで、ある意味では海と戯れてはいたのだが……。


「あ、いいですねぇ〜。それすごく楽しそう。セレスさんの別荘に行った時にやればよかったですね」


 何気ない姫華の言葉に、久遠の心がチクリと傷んだ。その言葉の中に『セレス』という名が含まれていたからだ。


「そ、そろそろ水族館も堪能したことだし、行くか?」


 罪悪感。そんなものを久遠は感じてしまったのかもしれない。海の中へと誘われていた心は、あっという間に地上へと舞い戻り、セレスの頬を膨らませて怒っている顔が脳裏を横切った。


「ですね、時間もいい時間ですし」


 姫華も何かを察したのか、久遠の意見に賛同した。

 


 ※※※※


 水族館を出れば、外はもう夕焼け空。照りつける強い西日が二人の目を細めさせる。

 これといった出来事が起こるでもなく、二人は電車に乗って家路へと向かう。

 そんな電車の中で、姫華がポツリと呟いた。


「あの……。一箇所だけ寄りたい場所があるんです。良いですか?」




 ※※※※


 そしてセレス達はというと……。


「むにゃむにゃ……。いけませんわ、わたくしたちは清らかな関係ですわ……」


「むにゃむにゃ、そこで合体して変形なのですよ―」


 二人仲良く眠りこけていたのだった……。



 ※※※※


 

「えへへっ、この場所、久しぶりですよね」


 夕日が二人の影を、巨人のように長く伸ばす。伸びた影は、ジャングルジムの端っこにまで届いていた。

 ここは二人が初めて二人きりになった公園。

 それはほんの数ヶ月間の出来事なはずなのに、姫華には全てがとても懐かしく思えた。一つ一つ思い出していくかのように、ジャングルジム、シーソー、鉄棒、そんなものを順番に回っていくと、最後にブランコの前にやってきて足を止めた。

 久遠にとってこの公園で、一番最初の強烈な思いでといえば……姫華のパンチラである。そして、その次の強烈な出来事……それが告白。

 どちらも優劣つけがたい強烈無比な出来事であり、今から起こるであろう次のイベントにゴクリと唾を飲み込んだ。

 鈍感な久遠でも、流石に気がついていた。ここで、姫華が何をしようとしているのか。

 そんな久遠の心の中を見透かしたように……。


「ブランコ乗りましょう?」


 と、姫華が声をかけた。

 二人が並んでブランコに腰を下ろすと、キィーコ、キィーコという、錆びついた鎖の軋む音だけがその空間を包み込んだ。

 二人はブランコを漕ぐわけでもなく、お互い正面を見据えたまま固まってしまっていた。

 どこかで犬の鳴き声が聞こえた。夕飯の支度に向かう主婦の自転車が公園の前を通り過ぎるのが見える。夕日の明かりは力を弱め、一番星が空に輝きだそうとした時。


「神住さん……」


 姫華は言葉を紡ぎだした。




 ※※※※


「お客さんもう閉館時間だよ?。そんなとこで寝ちゃってたらダメでしょうが!」


 モップを片手に持った掃除のおばさんが、何やってんだろうねこの子たちは……といった顔で声をかけた。


「むにゃむにゃ……って、あら、あららららら!? はっ! 一体わたくしは何を?!」


 掃除のおばさんの言葉に、ようやく目を覚ましたセレスだった……が、状況はまるでつかめていなかった。


「まぁ、起きてくれたんなら良いけど、閉館時間だからね、早く帰ってちょうだいね」


 セレスが目を覚ましたのを確認すると、おばさんは床にモップをかけながら、何処ぞに行ってしまった。

 

「確かわたくしは……デートの尾行をしていて……。って!!」


 セレスは自分の太腿を枕にして眠っている里里に気がついた。

 

「えぇい!」


 セレスは勢い良く立ち上がって、里里を太腿の上からずり落とした。

 思いの外勢い良くずり落ちた里里は、ゴロゴゴロンと三回転ほど転がって、壁にぶつかって止まった、

 

「むぎゅー」


 目を漫画のようにバッテンマークにして、イタタタと腰を抑えながら里里は目を覚ました。

 

「どういうことなんですの! どうしてわたくしたちは、こんなところで寝ていたんですの!」


 セレスの声は、誰もいなくなった水族館の中を響き渡った。


「……」


 里里は上手く返す言葉を考えていた。

 そして、里里はセレスのある特徴を思い出した。


「それはですねー。アレがアレな感じで、アレをしてきたのでー。里里とお嬢様はアレをアレしてしまうために、眠ってしまうしか無かったんです、何せアレですからー。本当にもうアレなのですよー」


「……」


 セレスはこの里里の意味の分からない言い訳を聞いて、黙りこんでしまった。


 ――しまったのですー。流石にいくらお嬢様とはいえ、ここまでアレな言い訳が通用するはずは……


「それなら仕方ないですわね」


 ――あったのですよー!!


 里里は自分の仕えるお嬢様が、お馬鹿であることに将来の不安を感じながらも、この場をなんとか乗りきれたことに、安堵の息をつくのだった。

 


 

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