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185 似ている二人。


 時間は午後二時前、お昼のピークを過ぎていることもあって、フードコーナーはそれほど混雑はしていなかった。

 向い合ってテーブル席に座った二人は、大した会話もかわさずにメニューを見つめ続けていたのだ。

 

神住かみすみさん、何を頼みますかぁ?」


 姫華ひめかは、メニューとにらめっこしていた顔を上げて、やっとのこと緊張の溶けた表情で久遠くおんに尋ねた。


「ん、そうだなぁ……。カレー……、いやさ、トンカツ定食というものも……。とは言え、ハンバーグも捨てきれないわけで……」


 眉間にしわを寄せて本気で悩み続ける久遠を見て、姫華はまるで子供みたいだなぁと思いつつも、そこがきっとこの人の良い所に違いないと、勝手に納得するのだった。


「カツカレーなら、トンカツとカレーを一度に食べられますよ?」


 メニューの端から顔をちょこんと出して、控えめな感じで媛華は言ってみた。


「それだっ! 桜木さくらぎさんは天才だな!」


 これはお世辞でも何でも無く、本心からの言葉だった。つまるところ、久遠は馬鹿なのである。



 ※※※※


「はぁ……。向こうは楽しくお食事タイムだというのに−。こっちときたら、トホホタイムなのですよー」


 里里りりは、わざとらしくオーバーに肩を落として見せてみた。


「な、な、なんなんですの! 向い合って楽しく愉快にお食事だなんてぇェェェ! 神が許しても、この金剛院こんごういんセレスが許しませんわ!」


 ドレスの裾を破れんばかりの力で引っ張りながら、セレスは奥歯がすり減るくらいに強く噛み締めていた。きっと奥歯には、虫が挟まっているに違いない、そう苦虫が……。

 

 ――お嬢様は、今悪魔そのものの表情をしているにちがいないのですよー。


 お互い光学迷彩を着込んでいるために、伝わるのは無線機を介しての音声のみで、表情を確認することなど出来はしないのに、里里にはセレスの表情が手に取るように分かった。


「お嬢様、里里もそろそろエネルギー補給をおこないたいのですけれどー」


 里里のお腹は、可愛らしい音を上げて、エネルギー不足を告げてみせた。


「はァァァァァッ? こちとら怒りのパワーで、エネルギーが溢れ上がってますのよぉォォ! ゆっくりお食事などしている暇などありはしませんわあああああああ!」


 鬼気迫る絶叫に、里里は思わず無線機を耳から離した。とは言え、このような返答が来るのは既に織り込み済みで、次に行うべき行動は決定されていた。


「お嬢様、知っておりますか?」


「なんですの!」


「泣く子と、腹減り天才科学者には勝てないのですよ−」


「何を分けのわからないことを! 今はそんなことを言っている場合……」


 と、ここまで言いかけてセレスの言葉は途切れた。

 何故か? それは、里里が『お嬢様に外傷を与えずに気絶させるマシーン』を使用したからである。

 説明しよう!

 メイド三人娘の一人、黄影里里おういえりりは、いつもダブダブの白衣を身につけており。そのだぶついた白衣の袖口には数々のビックリドッキリメカが隠されているのだ!


「むふふふっ、こんな事もあろうかと、持って来ておいて良かったのですよ―」

 

 ニンマリとした笑みを浮かべると、次は『お嬢様を抱きかかえて、人気のない場所に運ぶマシーン』を取り出して、人気のない場所へと移動するのだった。


「ふぅ、取り敢えずは小休止、小休止。エネルギー補給にはチョコレートなのですよー」


 どっこいしょと、その場に座り込むと、白衣のポケットからチョコレートを取り出して、おもむろに口に運ぶ。パリンっという景気の良い音がしてチョコレートは破片を飛び散らせながらも、里里の口の中へと吸い込まれていく。

 里々はチョコレートを頬張りながら光学迷彩を脱ぎ捨てると、それと一緒にセレスのも脱がせてしまう。そこには、スヤスヤと穏やかな表情で寝息を立てるセレスの姿があった。


「むふっ、お嬢様はこうしていると、本当に可愛らしいですー。思わず撫でてしまいたくなるくらい……」


 と言いながらも、すでに里里はセレスの頭を撫でていた。

 

「大丈夫ですよー。こんな尾行なんてしなくても、お嬢様の恋心はきっと……」


 まるで子供を見守る母親のような視線を向けて、里里は片手でチョコレート、もう片方の手でセレスを愛で続けるのだった。



 ※※※※


 食事を終えた久遠と姫華は、ドリンクを飲みながら他愛もない雑談に花を咲かせていた。


「しかし、水族館なんてすごい久々にきてみたけど、中々楽しめるもんだよなぁ」


「中々じゃありませんよぉ! とっても、とぉ〜っても楽しいところです!」


「お、おう。そ、そうだな」


 動物推しをする時の、姫華の眼差しは有無を言わせない迫力があった。

 

「そう言えば、どうして桜木さんは、そんなにまで動物が好きなんだ?」


「え? 理由……ですか?」


 不意の質問に、姫華は腕を組んで考えこんでしまった。

 可愛いから、と言ってしまえばそれはきっと嘘ではないだろう。けれど、それは好きの本質とは違う気がして、姫華は悩んでしまったのだ。


「あ、いや、そんな考えこまなくても……。なんとなく聞いただけだからさ」


 まさかここまで真剣に悩まれるとは思わなかった久遠は、慌てて質問を有耶無耶にしようとしたのだが、その言葉は媛華の耳には入らず、スルーされてしまった。

 

 姫華は目の前の風景が消え去ってしまうほどに、このなんてことのない問いかけに頭を巡らせていた。

 どうして? 何故? ホワイ? 自分が動物をこんなにまで好きになったきっかけ……。

 それは昔の記憶へと遡る。

 多分それは……。本当の母親が亡くなってしまった時、人間を信じられなくなった時。家族を家族と思えなくなった時。人の心の中を考えるのが怖くなった時。人との接触を持たなくなってしまった時。

 動物ならば、きっと素直に、きっと偽ることなど無く、気持ちをぶつけてくれるのではないかと、思った時……。


 けれど、今の姫華ならわかる。

 人間も動物なのだということを……。

 人間も、偽ること無く気持ちをぶつけることができるのだということを……。

 みんなが、姫華を取り巻くみんながそれを教えてくれた。

 その一番のきっかけになってくれたのが……。今目の前で、困ったような顔をしている神住久遠かみすみくおんだ。

 胸の中の想いを、電波テレパシーなんて言葉で、誰かに届けたいと言いながらも、本当は誰にも届かないことをわかっていた。

 けれど、今の姫華ならわかる。わかるようになった。

 電波テレパシーは言葉に出してしまっても良いのだ。

 言葉でも、表情でも、身振り素振りでも、なんでもいいのだ。


 《届ける》


 それが大事なのだと、今の姫華にはわかる。

 姫華は一度目を閉じる。そして、すぅ〜っと息を吸い込む。そして、ゆっくりと息を吐くのと同時に目を開ける。

 一番最初に目に入る物、それは……。

 その人に、自分の電波テレパシー。思いを届けること。

 姫華はゆっくりとしっかりと、唇を動かし、機関に空気を送り。言葉を発する。


「神住さんが大好きです」


「ぐはっ!?」


 予想外の不意の返答に、久遠は飲みかけていたコーラを吹き出しかけてしまった。

 コホンコホンと、咳払いをして間をとると。正面に座った姫華を見る。そこには、真っ直ぐに前を見て何かをやり遂げた清々しい表情をした姫華がいた。

 この言葉に、どう返事をすればいいのか?

 久遠の脳内コンピューターは……完全に機能を停止してしまっていた。そう、姫華の言葉の強烈なパンチが、久遠のコンピューターを破壊してしまったのだ。


 ――まさか、ご飯終了後にいきなりこんな言葉が飛び出てくるとは……。予想外! 予想外すぎる!! 俺の脳みそは完全にお釈迦だ。だから、俺が出せる答えは、本能的で、それでいてシンプルな気持ちしかない!!



「あ、ありがとう……」


 久遠の口から飛び出てきたのは、飾りっけのない感謝の言葉だった。何故そんな言葉が出てきたのか、久遠自身もわかってはいない。

 今の久遠は、ただこの気恥ずかしさを誤魔化すために、頬をボリボリと掻いてみたり、ソワソワと体を揺すってみたりと、今にもこの場から逃げ出してしまいたい気持ちでいっぱいだった。だが、それが相手に対して、とんでもなく失礼なことであるというもの理解していた。だから、首の筋肉と眼球の筋肉を総動員して、真正面を見据え続けた。


「はい!」


 姫華は目を細めた。

 この返答の意味を、心の奥底で理解していた。

 今にも逃げ出してしまいたくなる身体を、鎖でぐるぐる巻きにして百万トンの重りをつけたイメージで、なんとかここに止めていた。

 

「わたしと神住さん、なんだか似てますよね……」


「そ、そうかなぁ……」


 わかっていた。久遠も感じていたのだ。姫華と自分が似ている。似たような考え方をしている。していた……と言うことを……。

 空想、妄想、そんな世界に逃げこみながら生きていた。目の前にある現実こそが、フェイク、嘘であると信じて生き続けてきた。それを覆す世界に足を踏み入れるきっかけになったのが、この桜木姫華さくらぎひめかだ。

 それから、久遠は知っていった。

 現実も、そんなに悪くなってことを……。

 現実と向き合ってみるのは、異世界を大冒険するのと、何ら遜色のないものなのだと……。


 静寂が不他理の周囲を覆い尽くした。時間という概念が消え去るほど、何もかもが止まってしまったような気がした。

 二人が向かい合って時が止まってしまうのも、悪くはないのかもしれない……と、二人が同時に感じている時、アナウンスの声がフードコーナーに鳴り響いた。


『後十分で、アシカのショーが始まります。ご覧になる方は、中央パフォーマンス広場までお越しくださいませ』


「アシカのショー!! 見なきゃ! 行かなきゃ!」


 静寂の空間を一気にぶち壊して、椅子を立ち上がったのは姫華だった。


「神住さん! 急がないと、アシカのショー始まっちゃいますよぉぉ!」


「お、おう……」


 姫華は戸惑う久遠の手を取ると、急かすように引っ張った。引っ張られた久遠は、少し前のめりにつんのめりながらも、着いて行く。さようならロマンチックなムード、おかえりなさい動物大好きっ子。

 大急ぎで食事の会計を終えると、中央パフォーマンス広場まで猛ダッシュ。



 ※※※※


「むふむふ、良かったですのよー。こんなシーンをお嬢様が見た日には、発狂して世界の一つや二つ滅ぼしかねないのですー」


 里里は未だチョコレートを頬張りながら、セレスを膝枕状態に置いては、超小型監視カメラから送られてくる、久遠と媛華の映像を見守っていた。

 そう、実は音声、映像ともに送ることのできる監視カメラは当然のように持っていたのだ。しかし、それはあまりにも二人に悪いだろうと、セレスにその存在を隠していたのだった。

 

「むにゃむにゃ、神住様ぁ……」


 里里の膝に頬をこすりつけながら、夢の世界の中に見を落としているセレスは寝言を呟いた。

 

「よーちよちよち、お嬢様には、わたしたちメイド三人娘がついているのですよ―。それに、七桜璃なおりも……。しかし、こんな大事な時に、七桜璃はなにをしているんでしょうかねぇー。そう言えば、こんな面白いシーンなのに、ブラッド様がカメラ片手に現れないのもの不思議不思議なのですよー」


 青春の恥ずかシーンがあれば、異空間からでもあらわれては、その光景をカメラにおさめる執事長ブラッドがこの場に居ないことに、里里は首をひねった。

 そして、それと同時に、お嬢様から片時も離れないでいた七桜璃の姿が消えていることも……。

 この二つから導き出される答えとは……と、天才的頭脳を誇る里々の脳はフル回転を始めた。


「むにゃむにゃ、もう食べられないのですわ―」


 が、このあまりにも可愛らしいお嬢様を前にしては、そんな考えは何処ぞに吹っ飛んでしまい、優しく金髪ツインテールを撫で続けるのだった。


 

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