184 ハイテンションデート!
「さ、さぁ〜て、出発ですよぉ〜」
まるで行進する壊れたおもちゃの兵隊のように、ギクシャクと右手と右足を同時に出して、姫華は駅に向かって歩き始めた。
――そうだよ、そうだよ、今からデートなんだよぉ……。
母親の荒々しい運転によって、上手い具合に頭からすっぽり抜け落ちてくれていた、初デートという緊張感が、いま舞い戻ってきては姫華の身体と心をガチガチに縛り付けてたのだ。
姫華が緊張していることは、久遠にもはっきりと見てわかった。だからといって、『おいおい緊張なんてしないでいいぜ』なんてスカした言葉をかける事ができるわけもなく。かけるべき言葉を頭のなかで模索しながら、無言で後を着いて行くことしか出来なかった。
こうして、二人は会話という会話もないままに、電車へと乗り込んだのだった。
※※※※
電車の中は、座席は全部埋まっており、二人は否応なしに立つことになる。
つり革を手にして横並びに並んでは、二人は顔を合わせることもせずに、ただ真正面のみを見ていた。
窓には代わり映えのしない街並みが映しだされるだけで、二人の会話のきっかけにもなりはしなかった。
――あ、あと五秒、後五秒したら、わたしから話しかける! ぜぇ〜ったいに話しかける! 一、二、三、よぉぉぉ……ん……。
と、五秒を数えるのを十回ほど繰り返したが、未だに姫華は言葉を発せないでいた。
はてはて、そんな姫華を他所に久遠はどうしているかといえば……。
――あと二つビルが通り過ぎたら、俺から話を振る! 一つ……ふた……いや、あれはビルってほどの高さじゃねえし……。
同じようなことをやっていた……。
やっとの思いで、話しかける決意を決めた二人なのだったが、それが偶然にも同時というタイミングで……。
「あのさ!」
「あの!」
二人は顔を見合わせたまま、次の言葉をつづ家ることができずにフリーズしてしまう。数秒して、気を取り直して次の言葉を発しようとするのだが……。
「えっとさ!」
「あのですね!」
これまた同時という。間が良いのか悪いのか……。こんなコントのようなやり取りを、更に二階ほど繰り返した後、流石にあきれるように久遠は笑い出してしまった。
「ど、どうしたんですかぁ?」
「いやさぁ、ここまでタイミング悪いと、もう笑うしかないないなぁってさ」
「た、確かに……。わたしたちって間が悪いんでしょうかぁ……」
両手でつり革にしがみつくようにしながら、しょんぼりと姫華は首をもたげてしまう。
「そんなんじゃなくてさ、なんか面白いなってだけで。しかし、こうして電車に乗ってると、初めて三人で出かけた時のことを思い出すな」
三人でのお出かけ、それは冴草契を交えての小動物ふれあいランドの事だ。
「はい、チンチラちゃんかわいかったですねぇ〜」
チンチラのことを思い浮かべる姫華の表情は、落ち込んでいたのが何処かに吹き飛んでいったかのように、微笑ましい物へと変化していった。
「俺はあそこで一番印象があったのはやっぱゴリラかな……」
「そうそうゴリラさん……って、それ向日斑さんじゃないですかぁ!」
さっきまであれだけ言葉が出てこなかった二人は、いつの間にか自然と会話ができるようになっていた。
そんな二人を遠巻きに見て、奥歯を強く噛みしめるのは、光学迷彩に身を包んだままの状態のセレスだった。
「な、な、な、な、なんですの! あの和やかな雰囲気は!」
「どうどうー」
真っ赤な布切れを見て興奮する闘牛をなだめるような声を発しながら、里里は今にも久遠たちに突っかかっていきそうなセレスを、小さな身体で押さえ込んでいた。
「肉体労働は専門外なのですよ……」
里里はため息を一つつくのだった。
※※※※
愛想笑いを繰り返す状態を続けながら、久遠と姫華は目的地へと到達した。
目の前には『○✕水族館』と書かれた大きな看板と、かわいらしいペンギンの大きなぬいぐるみが置かれていた。
久遠はそれを見て、『やっぱりか』と声に出しはしなかったが、表情におもいっきり出した。
「え? この場所、予想しちゃってましたかぁ?」
「まぁ、動物大好きな桜木さんのことだから、小動物ふれあいランドに、この前の動物園、そうすると残りは水族館かなぁって」
「う〜ん、動物つながりでわかっちゃいましたかぁ……」
渾身のクイズをあっさり正解されてしまった小学生のような表情で、姫華はちょっぴり頬を膨らませた。
そんな仕草を、久遠は素直にかわいらしいと思った。
不意に『そんな桜木さんの表情もかわいいね』等というキザったらしい台詞を口にしそうになったが、そんな言葉を一瞬でも思いつてしまった自分に心の中でパンチを食らわせた。
――やべぇ……。俺としたことが、なんてこと考えちまったんだ……。リア充か? スカしたリア充か? キモイキモイ、俺キモイ!!
久遠は頭をブルンブルンと、耳の穴から脳みそが出るくらいに強烈に振り回した。さらに、自分の脳天を近くにあった柱に打ち付けようとしたのだが、そこを姫華に押さえつけられることになった。
「ど、どうしちゃったんですか、神住さん!?」
姫華が驚くのは無理も無い。デートの最中に、柱に頭を打ち付けだしたら、主に《頭がどうかしちゃった》と思うのが普通なのだ。
「いや、あの、その……」
まさか、かわいいって言葉を言いかけたのが、クソ恥ずかしくて暴れてた。などと正直に言えるはずもなく……。
「柱に……アレだ! アレがいてね! アレがいたから、アレしなきゃいけないかなぁって……アレしちゃってたわけなんだよね。あ、あははははは……」
毎度のことながら、《アレ》が何のことであるか、久遠自身わかっているはずもなかった。
「そうなんですかぁ、アレが居たんですか……。もう夏ですからねぇ〜。それじゃ仕方ありませんね」
姫華は何事もなかったかのようにニッコリと笑った。
その言葉を聞いて、久遠はニッコリと笑い返そうとして、口元が引きつった。
――何! この子、アレを知ってるの!? 言った本人がわからないのに、知っちゃってるの!? 知りたい! アレが何なのか知りたい! しかし、聞けるわけもない!!
「さぁ、アレも片付いたわけですし、水族館にゴーですよぉ〜」
小走りに水族館の入館ゲートに向かっていく姫華。
アレってなんだよ!! と、喉から言葉が出そうになるのを、必死で押さえ込みながら、それに着いて行く久遠なのだった。
そして、その二人に続くようにして、水族館に入るのは、光学迷彩で姿を消した、セレスと、里里。
先程から、こいつら姿が消えているのをいいことに、電車をタダ乗りしたり、水族館にタダで入ってんじゃねえか? とお思いの方もいるだろう。ところがぎっちょん、この水族館も、そして鉄道すらも、金剛院財閥によるものなので、別に無料でも問題ないのである!!
※※※※
「ほら、ほら、こっちクラゲさんですよぉ〜。プカプカしててかわいい〜」
水族館に入ってからというもの、あの緊張でガチガチだった姫華はどこかに消えてしまい、ランランと目を輝かせては、所狭しと駆けまわる小学生へと変わっていた。
水槽のガラスに顔がひっついてしまうくらいに近づけて、ゆらゆらと水中を漂うクラゲを、ただただ目で追い続けては、うっとりして口元を緩ませる。
姫華はガラス一枚隔てた先にいるクラゲを、指先でプニプニと突付いてみたいという衝動に駆られたが、ガラスに触れないでくださいという注意書きをきっちりと守って、数ミリの空間を開けて眺め続けえいた。
「クラゲか……。確かベニクラゲってのが、不老不死で永遠に生きるんだっけか?」
「わぁ、神住さん良く知ってますねぇ〜」
「い、いや、まぁな……」
純粋な目で尊敬の眼差しを向けられて、久遠は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。このベニクラゲの知識も、『ふふふ、この無限に再生する細胞……。我の不老不死に役立つのではないか……』等と、中二病真っ盛りな時に妄想して楽しんでいたからこその知識であったのだ。
「ふぅ、クラゲさんは満喫できましたぁ。次ですよ、次!!」
クラゲを思う存分堪能し尽くした姫華は、まるで久遠のことなど眼中にないように、次の水槽へとドンドン進んでいく。どうやら、生来の動物好きの血が騒ぎすぎて、デートであることを完全に失念してしまっている様子だ。
「タコさんだぁ!」
「イカさんだぁ!」
「マグロさんだぁ!」
「フグさんだぁ!」
等と、水槽の前に行っては一喜一憂する姫華を見て、久遠は『まるでサンダーの魔法唱えてるみたいだ』と心のなかで思ったりしたが、口に出そうとは夢にも思わなかった。
「はぁはぁ、なんだか少し疲れちゃいましたねぇ」
姫華は肩で息をしていた。額には薄っすらと汗が滲んで見える。水族館に入ってからというもの、ハイテンションを持続させいるのだから、疲れるのも無理は無い。
そしてハイテンションの人間と共に行動している久遠も、いつの間にかつられて疲労していた。
「まさか、水族館でこんなに体力を使うとは思わなかった……」
水族館ではなく、アスレチックジムにでも行ったかのような疲労感が、久遠の身体を襲っていた。何事も全力で楽しむのには体力が必要なのだと、この時初めて知るのだった。
そして、まるで何かを知らせるかのように……。
「ぐぅ〜」
と、二人のお腹が同時に可愛らしい悲鳴を上げた。
「ご飯にするか?」
久遠の問いかけに、姫華は『はい! お腹ぺこぺこです!』と答えていいものだろうかと思案した。とは言え、誤魔化しきれない程の、お腹の音を鳴らしてておいて、お腹が空いてないです! と言いはるのには無理がある。それに、このままお腹が空いているのを隠していたら、きっと姫華のお腹は大合唱を奏でるに違いないだろう。
思案の時間約二十秒。
「はい、ご飯にしましょう!」
姫華は赤面しつつも、自分の欲求に素直に答えたのだった。
「そんじゃ、フードコーナーにでも向かうか」
「了解です!」
胃袋の要求に従うように、二人は少し急ぎ足で、フードコーナーへと向かうのだった。
※※※※
「……楽しそうですわね」
ジト目とはこれだ! と言わんばかりの目付きで、セレスはサメ居るの水槽にベットリと頬を貼り付けながら、恨めしそうに呟いた。その怨念じみた気迫に、水槽の中のサメは脱兎の如く端の方まで逃げてしまっていた。
「それに引き換え、お嬢様は苦しそうなのですねー」
「恋とは、愛とは、こうも苦しいものなのですわね……。でも、わたくし信じておりますわ! 神住様が愛しているのは、わたくしだけだと!!」
些か自分に酔いながら、セレスは熱い口調で語ってみせた。
里里はその様子を見ながら『愛や恋のエネルギーで発電とか出来ないでしょうかねー』等と、割とどうでもいいことを考えていたのだった。