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19 ファーストネームで呼び合うって糞恥ずかしいよね?

 俺は会話の流れを変えようとして、話題になりそうなものを必死で探した。

 そのさなか、俺の視線に向日斑むこうぶち巨体が飛び込んでくる。

 これだ! このゴリラこそ俺とこの向日斑妹との共通の会話に持って来いではないか!


「む、向日斑の奴は、あっちでなにしてやがんのかなぁ」


 サークル内にいる向日斑は、大量のチンチラが背中や肩に乗りまくられていた。そしてチンチラは向日斑の巨体をまるで遊戯施設のようにして飛び跳ねて遊んでいた。その横には、それを羨ましそうに見つめる桜木姫華さくらぎひめかの姿があった。これは、チンチラに囲まれてる向日斑を羨んでいるのか、チンチラみたいに向日斑の背中に乗って遊びたいと思っているのか、はたまたその両方なのか。


「お兄ちゃんってば、昔から動物にはすっごい好かれるんだよねぇ〜。人間の女の子にはからっきしなのに」


 向日斑花梨むこうぶちかりんは膝を抱えてため息を付いた。

 そう言えば、向日斑に彼女が居るという話は聞いたことがない。いやまぁ、さっきこの妹を彼女だと勘違いしたばかりなんだけどな。まぁ、普通の女子ならば、この向日斑のゴリラフェイスとゴリラボディに恐れをなして近づいてはこないだろうから、きっと彼女はいなかったに違いないと勝手な憶測を立てておく。


「花梨が妹じゃなかったら、お兄ちゃんと付き合ってあげるんだけどなぁ〜」


 今度は足を組み替えて胡座をかいた状態になっては、両膝をパタパタと翼のように動かして嬉しそうに言った。その度に艶かしい太ももが揺れて、俺の視線は釘付けになってしまう……。こんな魅力的な妹がいたら、俺ならば近親相姦の垣根を飛び越えて付き合ってしまうかもしれない。うーむ、向日斑はそんな誘惑に駆られることはないのだろうか? ゴリラだから女に対する美的感覚が違うのだろうか?

 兎に角、この妹は兄を溺愛しているようだ。向日斑が妹に激甘のように、この妹も兄に対して激甘なのだ。


「兄妹仲が良いんだな」


「ん? 普通じゃん? 喧嘩だってたまにするし」


 ふと二人の喧嘩風景が脳内に浮かんでくる。うむ、この兄妹がガチで喧嘩をしたら、一軒家くらい軽く倒壊するのではないだろうか……。親御さんのためにもこの兄妹の喧嘩が口喧嘩であることを祈ろう。アーメン。俺は思わずクリスチャンでもないのに十字を切っていた。


「向日斑家が崩れ落ちませんよう……」


「なにそれ! 今絶対失礼な想像してたっしょ! ぶーぶー!」


 口を尖らせて唇を震わせる姿は、まさに十四歳といった様子だ。

 一言も喋らないで、すました顔をしていれば、国民的美少女で通るっていうのに、勿体無いことだ。

 そう言えば、前に向日斑のやつが、妹と似ているって言われるとか言っていたが、血が繋がっていないどころか、別の種族じゃないかと思うくらいに似ていないではないか。


「うん、向日斑と妹さんはそう見ても全然似てないよなぁ……」


「ぶー! その妹さんって呼び方やめてよ。それに花梨かりんもお兄ちゃんも同じ名字だから紛らわしいよ!」


「そりゃそうか」


 向日斑花梨はしばし腕組みをして天を仰いで思案すると、ニヒヒと不敵な笑みを浮かべて、こちらを振り返る。


「よぉーし、特別に花梨かりんって下の名前で呼ぶことを許してしあげる。嬉しい? ねぇ嬉しいっしょ?」


「あ、そりゃどうも」


 俺はそっけなく返してみせるが、内心は飛び跳ねたいほどに嬉しかった。女子をファーストネームで呼ぶことなど今までに一度たりともなかったからである。


「んじゃ、早速呼んでみてよ」


「え?」


「だーかーらー。花梨って呼んでみてよ~」


 花梨は俺の肩に自分の肩をぶつけるようにする。体重が俺の身体にかかるのと服越しに肩からほのかに熱が伝わるのがはっきりと分かる。


「い、い、いやぁ、別に今呼ばんでもいいだろ」


 この距離だと、俺の心臓の鼓動を聞かれてしまっていないだろうか? 歳下の女の子、しかも友達の妹に、こんな恥ずかしい心臓のビートを聞かれたくなど無い。落ち着け落ち着くんだ俺。歳上としての威厳を見せねば……。


「もぉ今呼ばなきゃ駄目なの!」


 今度は肩だけではなく、身体全身を俺にぶつけてくる。なんなんですかこの子、年頃の男の子の敏感な心と身体をどうしてくれる気なんですか! 当たってんですよ! オパーイが!


「い、いや、その今はそんな時では……」


 そう、今の俺は下半身に血が回るのを抑えるのに全身全霊を注がなければならない時なのだ。それ以外に力を割く余裕など無い!


「えぇ〜? 何で駄目なの? ねぇねぇ〜」

 

 やめてください、ポヨンポヨンさせるのやめてください。僕が死んでしまいます。社会的に死んでしまいます。こんな所で、あんな感じに下半身がなってしまっては……。


「ねぇ、呼んでよ~」


 もうこうなったら、恥ずかしさなどもはやどうでもいい。呼べばいいんだろ? 呼んでやらぁ! 今はそんな時じゃねえんだよ!


「花梨!!」


 俺は半ばやけくそ気味に叫んだ。


「花梨、花梨、花梨、花梨、花梨、花梨、かりぃぃん!!」


「ちょ、ちょっと……。よ、呼び過ぎだからっ! は、恥ずかしくなっちゃうっしょ!!」


 頬に手を当てて顔を隠すようにして、花梨は密着させていた身体を引き離した。おかげさまで、俺の下半身は事なきを得ることが出来た。

 

「さ、最後に普通に一回だけ呼んでよ……」


「ん? 花梨」


「うん。良し」


 何が良しなのかさっぱりわからなかったが、花梨は満足そうにしていた。

 

「そうだー。そっちの名前聞いてなかった。なんて名前なの?」


神住かみすみ


「下の名前は〜?」


「まぁいいじゃないか」


「ぶー! 良くないし! 教えてくれないと、こうだぞぉ」


 花梨は俺の背後に回りこむと、両手で脇腹をくすぐりだした。が、このくすぐり攻撃は俺の脇腹が鈍いのか、花梨のくすぐりが下手くそなのか、俺は余裕で耐えることが出来た。が、問題は背後に回り込んだ花梨が俺の背中に密着させてくれているオパーイである! オパーイの感触再び! リベンジオブオパーイ!

 こうなってしまっては、俺の脇腹はなんら反応を示さなくても、別の部分が過剰に反応してしまうではないか、それはダメだ!


「言う! 言うから離れてくれ!」


「わぁい、花梨の勝利だー」

 

 花梨は立ち上がって喜んだ。


「俺の名前は神住……神住久遠かみすみくおんだ」


 恥ずかしい、どうして俺の親はこんな中性的なイケメンのような名前をつけたのか。つけたのならば、責任をもって本当に中性的なイケメンに育てて欲しかった!

 

久遠くおん? それどっかで聞いたことがあるなぁ……。あ、そうだー。お兄ちゃんが借りてきてた漫画に出てきてたキャラの名前だー」


「そ、その漫画は……俺が貸したやつ……」


「え? そうだったの? あれ面白かったよー。カッコイイ男のキャラいっぱい出てくるよねー」


 花梨は神妙な顔つきになって少し腰を落とす。そして大きく息を吸い込むと……。


「ソニックブレード!」


 右足を踏み込みながら左手をひねるよう高速に振り下ろす。風をきる音がビュンと聞こえてきそうだ。そして、こちら振り返って『どうだ!』とばかりに自慢気な表情を見せた。

 これは、俺の貸した漫画『シックススターストーリーズ』略称『SSS』に出てくるキャラクターの久遠が放つ技の一つである。高速で放たれた手刀がカマイタチとなって敵を斬り裂くのだ。実は俺もこっそり部屋で真似をしたことがある。今の花梨の動きは俺の動きなんかよりもずっと漫画に近いものだった。もしかしたら、こいつ修行したら本当にソニックブレードが撃てるようになるんじゃねえか……。


「えっへっへ、花梨カッコ良かったっしょ?」


「そ、そうだな。カッコイイな」


「もっと褒めていいよー」


 しかし、あれは完全に男の向け、しかも中二病全開な男向け漫画だというのに、こいつは『SSS』に相当ハマっていると見える。


「そっかー。あれ貸してくれてたの久遠だったのかー。そっか、そっかー。花梨と趣味合うかもねー?」


 『そっかー』の言葉に合わせてクルリクルリと花梨はその場で華麗にターンを決める。


「なら、今度また俺のおすすめ漫画かしてやるよ」


「ほんと? ありがとー」


「向日斑に今度渡しとくわ」


「あ、それより……。アドレス教えてよ?」


「メアドってこと?」


「そうそう。良かったら電話番号もー」


 俺はここで断ることを選択しなかった。もしここで断ろうものならば、またくすぐり攻撃という名の、オパーイ攻撃が来ることは必至だったからだ。

 俺はスマホを取り出すと、相手にメアドと電話番号を教える。

 花梨は嬉しそうに自分のスマホにそれを入力した。


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