176 夜這い。
三つのグループにわかれたみんなは、テントの中に入ると日中の疲れもあってかすぐに寝付い……たりはしなかった。
「おかしいよ!! なんでこのテントだけ四人もいるんだよー!」
頭にかぶっていた毛布を引剥して、花梨がおもむろに起き上がり叫ぶのだった。その声を耳元で浴びて嫌々ながら目を覚ましたのは、花梨の隣で寝ていたセレスだった。
「もぉ……五月蝿いですわね。夜更かしは美容の大敵なんですのよ……」
日中の姫華とのバトルもあってか、セレスはお疲れモードを絶賛発動中で、口に手を当てて大きなあくびを一つすると、半分閉じた瞼で煩わしそうに花梨を見つめた。
姫華と契は既に完全に眠りの中へと落ちているようで、スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「四人だろうが何人だろうが、構わないでしょうに……。別にそれほど狭いわけでもありませんわよ……。たった一日だけのことですしね……」
生粋のお嬢様であるセレスからしてみれば、むしろこんな狭い所で寝るほうが珍しくて楽しいのかもしれない。ただしそれは一日限りという制約付きではあるのだけれども。
「だってだって、お兄ちゃんと久遠は二人で一つのテントなんだよ!」
「あのゴリラの身体の大きさはゆうに女子の三人分くらいはありますわよ……」
「ぐぬぬぬ……」
花梨はテントで寝転がっている愛する兄の姿を想像して、確かに女の子三人分以上のスペースは取ってそうだ……と納得しかけてしまった。
「そ、そんなことより! お兄ちゃんと久遠が二人っきりで変なことでもあったらどうするのさ!」
「何を言ってらっしゃいますの……。二人は男同士ですわよ、そんなことあるはずが……」
と、そこまで言いかけて寝ぼけて淀んだままのセレス頭は、二人が半裸で絡み合っているシーンを想像してしまっていた。寝苦しそうに眠る久遠に、ハァハァと熱い吐息を耳元に吹きかけて、野獣のように遅良いかかるゴリラ……。低血圧であるセレスの頭と身体に血がたぎりだす。
「……これは、由々しき事態かもしれませんわね!!」
セレスはガバッと身体を起こすと、頬を上気させながら強く拳を握りしめた。
「く、食いついてきただとぉ……」
自分で餌を投げておきながら、まさかこれほどまでに率直に食いついてくるとは予想外だったらしく、花梨はすこしばかり身じろぎしたが、これを利用しない手はなかった。
「よぉし! 一緒にお兄ちゃんのテントに突撃しよう!」
「そうですわ! これは男同士という間違った愛を正すために仕方のない行動なのですわ!!」
こうしてまんまと花梨の策略に乗せられたセレスは、久遠のテントに向かうのだった。
抜き足差し足忍び足、お互い体術の達人である二人は、完全に足音を消して久遠達の居るテントへと向かった。
この時、セレスは気がついていない。
この行為が、世間一般に言うところの夜這いと呼ばれる行為であることを……。
そして、あと少しで久遠のテントという所で、花梨はあることに気がついて足を止めた。
「あれ……なんかおかしくない? 花梨達のテントには四人だったよね? 誰か一人足りていないような気が……」
花梨は小首をかしげて、喉に引っかかった小骨を取るように思い悩むのだが、興奮しきっているセレスはそんなことお構いなしで、はやる心と足をとめはしなかった。
「いけませんわ! 許せませんわ! あんな野生のゴリラと神住様がくんずほぐれつであんな事やこんな事なんて……。駄目ですわああああああああああああああ!!」
セレスの脳内に思い描く映像は、既に放送禁止コードに引っかかるレベルへと到達してしまっており、興奮のあまり口元からは大量のよだれが溢れ出ていた。
花梨の何気ない一言が、セレスの中に潜んでいたあらたなる趣味を目覚めさせてしまったのである。
「もぉ、仕方ないか……」
考えることをやめた花梨は、急いでセレスの後を追って久遠のテントへと向かう。
そこで待ち受けていたものは、くんずほぐれつで身体を絡め合う、久遠と向日斑……ではなかった。
「ねぇ、ボクと子作りをしようよ! さぁはやくぅ〜」
「や、やめろおお! 神住助けてくれェェェ!」
そこで待ち受けていた光景は、着物を着崩して胸元をはだけさせた花咲里が、向日斑の上にまたがって艶めかしく腰を動かすシーンだった。
その横で久遠は、鼻から血をドバドバと流しながら、これでもかというくらいだらしない表情を見せていた。
「そうだよ……。一人足りないって思ってたんだよ……」
そう、花梨が先程から引っかかっていたこととは、花咲里がどの点とグループにも所属していないということだったのだ。
「ってかぁ! 何やってんだよ! この変態ボクっ子がぁぁ!」
花梨の叫び声がテントに響くまで、向日斑、久遠、花咲里は二人が入ってきたことに気がついていなかった。それほどまでに、この状況は混沌だったのだ。
「なんだ、ブラコンオッパイ娘か。ボクは今いいところなんだから邪魔しないでくれないかな?」
「邪魔するに決まってんだろぉ!!」
花梨はまるで水泳の飛び込みのように、向日斑と花咲里の元へと自分の身を投げ出した。
「お兄ちゃんは花梨のものなのっ!」
そしてオッパイを向日斑の腕に押し付けながら、これがマーキングだとでも言うように、自分の持ち物だと主張するのだった。
「ふん、デカイだけが良いってもんじゃないんだよ!」
負けじと花咲里は、反対側の腕に小振りな自分のオッパイをギュッと押し付けてみせる。
「ウホォォォ! なんだ、何なんだこの展開はァァ! 俺はどうすれんばいいんだァァァ!」
向日斑は混乱していた。実の妹にオッパイを押し付けられ、愛する人の姉にもオッパイを押し付けられているこの状況……どう対処していいのかわかるはずもなかった。
そして、それを先程よりも大量の鼻血を流しながら、羨ましそうに見つめる久遠と、予想していた男同時の熱いくんずほぐれつを見ることが出来ずに、すこしばかり残念そうなセレス。
二人は暫くしてから、やっとお互いの存在を確認しあうと、
「うわぁっ!」
久遠はまるで幽霊でも見たかのように驚いて身体を仰け反らせた。
――セ、セレス! いつから居たんだ!? 俺の今世紀最高レベルにだらしなくいやらしい顔を見らててしまっていたのか!? もうお嫁に行けない!!
久遠は大慌てで鼻血を拭き取ると、何事もなかったかのように、わざとらしく口笛を吹いてみせたりなんかした。
――い、いけませんわ! 男同時のくんずほぐれつを想像して、思わず口元からたれかけたよだれを見られていたかもしれませんわ! こうなったらお嫁にもらってもらうしかありませんわ! と言うか、もとよりそのつもりでしたわ!!
セレスは大慌てで口元に垂れかけていたよだれを拭うと、わざとらしく鼻歌を歌ってみせたりなんかするのだった。
そして、恥ずかしそうに二人は目を合わせると、照れ隠しのように笑い合うのだった。
このリアクションを見るに、二人は似た者同士のお似合いのカップルだといえよう。
そんな二人を他所に、向日斑のカオス状態は悪化の一途をたどっていた。
「えい! えい!」
「何を負けるものか! そりゃ! そりゃ!」
花梨と花咲里はお互い負けまいと、おのれのオッパイを向日斑におもいっきり密着させ続けていた。
柔らかな四つの球体の感触が、向日斑の脳に伝わっては、どうすればいいのかわからずに半分フリーズ状態へと陥ってしまっていた。
しかし、フリーズしたコンピューターというものは再起動をするものであり……。
向日斑の脳内では再起動に向けてのカウントダウンがスタートしていた。
十、九、八、七……。
そして、遂にカウントダウンが零になると、向日斑の脳は再起動されるではなく、暴走を始めたのだった。
「ウホホホホホホホホホオホホホホホホホホッッッッ!! ゴッホゴッホ!!」
向日斑は上に伸し掛かっている二人を払いのけると、おもむろに立ち上がり胸を叩きだした。いわゆるドラミングである。
そして奇声を上げると、そのままジャングルへと消えていったのだった……。
「あぁ、ボクの子作り計画が……。ブラコンのせいなんだからな!」
「なんだよ! この貧乳着物!」
「やるか!」
「やってやる!」
花梨と花咲里はそのままテントの外に飛び出しては、バトル開始させるのだった。
そして、取り残された久遠とセレスは……。
「えっと、あの、その……ですわ」
「うん、あの、その……だな」
二人っきりになった状況で、どうしていいのかわからずに恥ずかしげにするだけだった。
「え、えいっ! ですわ」
「ふわっ!?」
何を思ったか、セレスが不意に花梨や花咲里のように、自分の胸を久遠の腕に押し付けてみせる。
「どう……ですの? 嬉しい……ですの?」
「……」
久遠は答えなかった。答えはしなかったが、そのささやかな膨らみから伝わる感触を十二分に堪能するのだった。
「どっせいぃぃ!」
「はァァァァァッ!」
そんなラブコメモードの二人をさておき、テントの外では格闘モードがスタートするのだった。
※※※※
「うーむ、何だかしらんが外が騒がしいな!」
蛇紋神羅は、テントの外の音が気になって目をさましていた。そして、寝る時も何故かフンドシ一丁姿だった。
「少し様子を見てくるか……」
「お気をつけて下さいませ」
「あーはっはっはっは! 危険など早々転がっているものか! 禍神よ、そんな心配などいらぬから、お前は寝ていろ!」
「は、はい……」
と、真宙の忠告など聞き耳持たずでテントから一歩足を踏み出した瞬間……。
神羅の身体は宙を舞ってジャングルの中へと吹き飛ばされた。
花梨と花咲里の戦いのとばっちりを、ばっちりナイスタイミングで喰らったからに他ならなかった。危険というものは早々そこらに転がっていたりするので侮れない。
※※※※
この喧騒の最中、一人皆の元から離れて物思いに耽る人物がいた。
「はぁ……」
皆とは反対側の海岸で、海よりも深いため息を付くのは七桜璃である。
深い溜息の理由は、おのれの未熟さによるものだった。
神住久遠と、主である金剛院セレスに言われるがままに忍者の格好をさせられ、忍者の真似事をしてきた七桜璃だったが、本物の忍者を目の当たりにしてその圧倒的なまでの力に、己の力量を恥じていたのだった。
「忍者とはあんなに凄いものだったのか……」
忍者というものを甘く考えていた。まさか、あの虎道と五角以上に渡り合える存在が居るなど、予想だにしていなかったのだ。七桜璃も自分の力には些か自信はあったが、あの虎道に勝てると思ったことなど一度もなかったし、勝とうとすらすることすら無かった。最初から、あんなレベルを相手にするもは無理だ、と諦めてかかっていたのだ。
それなのに、それなのに……。
七桜璃は自分の努力のなさを恥じるしかなかった。
「ボクは、姉である花咲里にも勝てない……。このままじゃ、お嬢様を守っていくことも……」
しかし、七桜璃は強い子だった。
ため息を吐き出した後には、決意に燃える真っ赤な瞳が輝いていた。
「そうだ! 修行だ! 忍者といえば修行だと聞いたことがある!」
どこで聞きかじったのかわからない謎情報を真に受けて、七桜璃は修行を始めようと志すのだった。




