175 神無島での最後の一夜。
浜風に揺らぐキャンプファイヤーの火を囲うように座りながら、久遠たち一行は歓談に花を咲かせていた。
セレスは姫華が契を呼びに行っている隙に、ちゃっかりと久遠の隣のポジションをゲットしていた。そしてことさら当てつけるように久遠に肩を寄せてみせると、姫華に向けてドヤ顔でアピールしてみせるのだった。姫華はそれに対して腹をたてるわけでもなく、ニッコリと笑みで返すと契と隣り合って腰を下ろした。
――最初はセレスさんって、綺麗で大人っぽい感じがしてたけど、こうしてみるとなんだか子供みたいで可愛いのかもっ……。
同じ男性を好きになることで、相手のことがよく見えるようになったのかもしれないと姫華は思った。ととすると、反対にセレスにも自分の内面がわかられてしまっているのだろうか? 何てことを想像して少し赤面したりもした。
「ねぇねぇ、ゴリ斑は火だいじょうぶなの? 本能的に怖かったりしないの?」
向日斑の背中に両手を回してコバンザメのようにまとわりついているのは、今やデレデレキャラへと変わった花咲里である。
「俺は文明人だ! あと、ゴリ斑じゃなくて、向日斑だからな!」
鼻息荒く答えてみせるも、海パン一丁の状態だと遠目には本物のゴリラと間違えられてしまいそうなのは事実であった。
「そうか、そうか、進化の途中なんだねー。そんなところも可愛いかも」
そう言って花咲里は子供をあやすように、向日斑の頭をヨシヨシと撫でてみせた。
「……もう好きにしてくれ」
向日斑は観念したかのようにうなだれては、大きなため息を一つついた。
「え? いいの? ボクの好きにしちゃっていい?」
ジュルリと、舌なめずりをする音が向日斑の背中越しに聞こえた。その音を発した舌先は、すぐさま向日斑の首元へと這わされる。
「ウホッ!?」
首筋に感じたヌチャっとした感覚に、向日斑は思わず声を上げる。
「なーにーをーやーってるんだよおおおおおおっ!」
愛しのお兄ちゃんの為にお肉を取りに行っていた花梨は、絡まるように背中から抱きしめながら首筋を爬虫類のように舐めまわす花咲里の姿を見て、一瞬で怒りのボルテージを最高潮にまで高めた、
その高められた怒りのボルテージを全て拳に集約させると、渾身の力を込めた突きを花咲里に向けて撃ち放つ。突きを放つために踏み込んだ花梨の足は、周囲の砂を吹き飛ばしはた迷惑な砂塵を巻き上げた。
超音速で迫るソニックブームが向日斑もろとも花咲里に襲い来る。が、花咲里はすんでの所で、向日斑の巨体もろとも異能の力を用いて空中へと浮遊して難なく回避してみせた。
しかし、その破壊力は周囲にしたセレスたちに襲いかかる。
「姫、危ない!」
契は発動した無敵百合パワーによって姫華を抱きかかえて回避することに成功する。
「お嬢様、こちらへ」
セレスはいつもの様に異空間から唐突に出現した執事長ブラッドによって助けられる。
「蛇紋様!」
褌一丁でキャンプファイヤーの前で仁王立ちをしていた蛇紋神羅は、マスターニンジャ真宙によって助けられた。
そして、我らが主人公、久遠はといえば……。
「へ?」
なすすべもなく花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》を全身に受けるはめになったのだった。
「神住様〜!」
真っ暗な海の中へと吹き飛ばされた久遠が、ブラッドの手によって回収されたのはその数分後だった。
「いやいや、またしてもいい絵が撮れましたぞ。うんうん」
ブラッドはビデオカメラを片手に満足そうに頷いていた。
その傍らで久遠は口から海水を吐き出しながら、目をぐるぐると回すのだった。
※※※※
バーベーキューを堪能し、お腹も膨れ上がった所で、赤炎東子がすっくと立ち上がると、皆を集合させては何故か体育座りをさせた。
「というわけで、本日を持ってこの別荘でのバカンスは終了となります」
赤炎東子はまるで教師のような口調で語った。
「いやいや! というわけって、どういうわけだよ!」
生と死の境目から復帰した久遠が即座にツッコミを入れる。
東子はコホンと小さく咳払いをすると、いまだに肉を食べ続けている青江虎道を指差してみせる。
「え? 何? わたし? わたしがどうしたの?」
リスのように頬袋いっぱいに肉を詰め込んで、唾を撒き散らしながら虎道はキョロキョロと首を左右へと振った。
「この馬鹿が、馬鹿力で別荘を壊してしまいましたので、今日を持ってバカンスは終了と相成ってしまったのです。今日一日は良しとするとしても、お嬢様方に野宿をさせるというわけには行きませんから」
「へへん、私のパワーが凄すぎたってことだな!」
「褒めてないから! 少しは反省しなさいよ、この格闘バカ!」
眼鏡のレンズ越しからでも伝わる冷酷非情な東子のドS睨みは、一般人であるならば瞬時に竦み上がってしまうほどのものなのだが(逆にドMには最高級のご褒美である)、鈍感マックス筋肉バカの虎道にはまるで効果がなかった。
「はぁ〜い、はいはいはい」
誰も目にも、虎道が反省しなど微塵もしていないことははっきりとわかった。と言うか、この女は今までの人生で反省を言うものをしたことがあるのかすら怪しいところである。
「今日で終わりとなると、なんだか感慨深いものがあるな……」
久遠は目を閉じると、この島にやってきてからの数日間を思い返してみた。
そして、脳裏に浮かび上がる出来事のほぼ百パーセントが、吹き飛ばされたり、ぶっ飛ばされたり、気を失ったりであることに思い当たってしまうのである。常人であるならば、一ダースは命を落としていてもおかしくない出来事を、久遠はこの数日で体験してのけたのだ。
――俺ってばよく生きていられたもんだなぁ……。
久遠は自分で自分の生命力に感心するのだった。
「とすると、今日は砂浜でテントってことか?」
と思ってみてみると、すでにテントは組み上げられてあった。誰にも気が付かれないうちに、七桜璃が設置しておいたのである。
「あらあらあら、それはそれで楽しそうですわね。かと言って、毎日それというのは耐え切れませんけれども……」
お嬢様にはふかふかとベッドのない生活など考えられないに違いなかった。
「一、二、三……。テントは三つあるようですけれども、人数分けはどう致しましょうかしら?」
ギロリとセレスが強い視線を姫華に向けた。
「はいはーい! わたしはお兄ちゃんと一緒のテントがいいでーす!!」
花梨はピョンピョンと小刻みに飛び跳ねて、たわわな胸を大きく揺らしながら、向日斑の腕を強く引っ張った。
「ボクも、ゴリ斑くんと同じテントにさせてもらうよ。まぁ、本当は二人っきりが一番なんだけどね。邪魔者が居るみたいだから……」
花咲里はそう言いながら、花梨が引っ張っているのと反対側の向日斑の手を引っ張りあげる。
「出来ることならば、ボクは子作りまで行きたいところなんだけどね」
花咲里は着物の胸元をわざとはだけさせて、あるのか無いのかわからないくらいの微妙なサイズの旨を強調してみせた。
「ふん、そんな貧乳でお兄ちゃんを誘惑できると思わないでよねっ!」
花梨は負けじと腕で胸を中央に持ち上げるようにして、たゆんたゆんと揺れる巨乳を強調させてみせる。
「ほぉ、ならばボクの美乳(微乳)と、その駄肉のどちらが素晴らしいか、今夜ゴリ斑に決めてもらうじゃないか」
「望むところだっ!」
二人は向日斑を挟んで強烈な火花を散らすのだった。
「俺はそんなこと望んでいないからなァァァァッ! そうだ1」
向日斑は野生バワー全開で二人の腕を振りほどくと、久遠の側へと逃げるように駆け寄った。
「お、俺は神住と一緒のテントに寝させてもらう! 男は男同士! そうだな神住!!」
「お、おう!?」
久遠はここまで追い詰められている向日斑を見るのは初めてだった。久遠にとって向日斑と言うものは、何があってもどっしりと構えていて、『ウホウホ』言いながらバナナを食べているものでしか無かったというのにこの慌てよう。なんやかんや言っても、向日斑も多感な男子高校生であり、女子のセックスアピールには免疫がないのだ。
とは言え、胸板の厚いゴリラのような男と一夜を共にするという事に、何かしらの身の危険を感じてしまう久遠だった。
そんなこんなでテントの割り振りは、『久遠と向日斑』『セレスと契と姫華と花梨』『神羅と真宙』のグループに分けられることになったのだった。




