18 オッパイが嫌いな男子なんて居ません!
「とにかく、お兄ちゃんにいきなり殴りかかってきた暴力女だけは許せないんだから! いきなり殴りかかるとかありえないっしょ!」
向日斑の妹の花梨は、冴草契に向け指をさして激昂した。
確かにいきなり殴りかかるとかほんとありえない。今まで俺が何度その目にあったことか……。ホントやめてください死んでしまいます。
「そ、それは――ごめんなさい」
冴草契は潔く自分の非を認めて頭を深々と下げた。こういうところがこの女の良い所だと言える。
「でも、てっきり野生のゴリラだと……いやっ、な、なんでもない!」
冴草契は、途中で失言だと気がついたのか、ハッとして思わず両手で口をふさいだ。が、時すでに遅しである。余計な一言が多い。こういうところが女の悪いところだと言える。
「はぁ〜? 失礼にも程が有るんじゃない? うちのお兄ちゃんのどこがゴリラに似てるっていうのよ! 顔と体型とウホウホ言うところと、バナナが大好物なことと、人間離れした運動能力と、優しいところと、その他諸々以外は、全然ゴリラなんかに似てないんだからね!」
妹のこのなんのフォーローにもなっていない熱弁を横で聞かされている向日斑文鷹の内心やいかに……。あの大男がいくらか小さく縮こまっているようにみえるのは気のせいだろうか。
「もはや、遺伝子以外はゴリラなんじゃないの……」
「ばかっ! うちのお兄ちゃんはすでにゴリラなんて超越してるんだからねっ! そう超ゴリラ人なんだから! ね、お兄ちゃん」
向日斑花梨は、後ろ手を組んで右足を軸にクルリと華麗に一回転を決める。そして向日斑の方を向くとキラリンという効果音が聞こえてきそうな最高の笑顔を見せた。
「すまん花梨……。一つも褒められている気がしないんだが……。そこは喜ぶべきとろこなのか?」
「あったりまえじゃん! カッコイイじゃん! なんか金髪になってオーラとか出しそうだもん! ってか、お兄ちゃんなら出せるんじゃない? うん、きっと出せるよ! ねぇ、出してみてー出してみてー」
向日斑花梨は分身でもしそうな勢いで、兄を中心にしてぴょんぴょんと軽やかなステップを見せた。
「そ、そうか? カッコイイのか? なら、いっちょやってみっかー!」
向日斑は気合を入れて、ウォォォォと唸りだしている。どうやらこの男は妹に激甘のようだった。こいつ、妹が『お兄ちゃん月を見て大猿に変身してー』って言ったら、本当にやりそうで怖い。今のうちに月を壊しておいたほうがいいかもしれない。
仲の良い兄妹、それは一人っ子である俺にはよくわからないものだ。それどころか、俺は血縁者ってものに対して愛情とかそういうものがよくわからない。血がつながっていると、なんで信頼しあわないといけないんだ? 血液にそんな力でもあるのか? 赤血球、白血球、血小板とか、そんなもんがなにをするってんだよ。なので、母親と父親のことを愛しているかと聞かれれば、『別に……』と答える。これは照れているからとかじゃなく、本当にそういうのがわからないからなんだ。同年代の兄妹なんてものがいれば、もう少しはわかったのかもしれないけどな……。
と、俺が少し真面目に兄妹について考察している間も、向日斑兄妹は超ゴリラ人になるために、唸り声をあげていた。
あいつ、ホントになるんじゃねえの……。
と、俺が思った刹那。
「うるさーいっ! チンチラさんたちが怖がるでしょ!」
その言葉に、全ての生き物が行動を止めた。そこには勿論チンチラも入っている。
言葉の主は、桜木姫華だった。
この小さい体のどこから振り絞ったのかわからないくらいの声量で、俺たちの鼓膜とこの空間を揺さぶったのだ。それはもはや兵器と呼んでも差し障りの無い威力を秘めていた。
このボイスバズーカには『おいおい、お前が一番うるさいじゃねえの』とツッコミを入れることすらままならない。
「ね? チンチラさん達は臆病なんだから、静かにしないといけないんですよぉ。わかりましたか?」
まるで幼稚園の保母さんのように切々と喋る桜木姫華に、俺たちは自然とその場に正座をしてごめんなさいをしてしまっていた。せざるを得ないかった。何故かチンチラさんも前足を揃えて上半身を持ち上げた状態のまま固まっていた。可愛かった。
「はぁい、よく出来ました。それじゃ、チンチラさんと触れ合いましょー」
言い終えると、待ってましたとばかりに、桜木姫華は急ぎ足でチンチラの待つサークルの中に入っていく。もしかすると、桜木姫華の今日一番の目的はチンチラとの触れ合いだったのかもしれない。それを邪魔されたもんだから、ブチ切れたってことなのだろうか。
「ひ、姫を怒らせちゃった……」
冴草契は顔を青ざめさせ足をガクガクと震わせた状態でべそをかいていた。オシッコすらちびっていそうに見えた。いや、ちびって無いけどな? そんな感じって比喩表現な? サービスシーンじゃないぞ?
「まぁ、落ち込むなよ?」
俺は慰めるように冴草契の肩をポンと叩いてやった。
すると、冴草契は悪鬼の如き形相へと変化させ、即座に俺の腕をつかみとると、万力のような握力で筋繊維を破裂させようとする。ら、らめぇ、俺の腕がはぜちゃうよぉ!
「誰のせいだと思ってんのよ! バカッ!」
本当なら叫びたかった台詞だろう。が、また桜木姫華に怒られてはいけないと、俺の耳元で囁くように言ったのだった。
耳がくすぐられるようで、思わず感じて声が出そうになったがなんとか堪えた。
しかし、誰のせいだといえば、きっと最初お前がゴリラに殴りかかったのが発端だろう。でも、あえてここは言わないでおいてやる。それが男の優しさってもんだろう。それに、さっきなんか耳が凄く気持ちよかった。あれだ、こんど耳元ささやきボイスとかのCDを買ってみるのもいいかもしれない。新しい趣味に目覚めそうだぜ……。
冴草契は変態的趣味に目覚めた俺を放置するように、桜木姫華の元へと歩いて行った。
『あいつ、チンチラと触れ合えるんだろうか? チンチラはウサギの三分の一くらいの大きさしか無いからなぁ……。握りつぶさないといいけど……』
そんな心配をしながら、俺はその場にしゃがみこんだ。
「ふ〜ん、変な人ばっかりー。チンチラ見るより面白いかもっ」
さり気なく向日斑花梨が俺の横にしゃがみ込んできた。太ももが眩しいっ!
そして、人物観察もどきのことをやっては、ふんふんと頷きながらご満悦のご様子だった。
俺と向日斑花梨との距離は二十センチもないだろう。少し身体を傾ければ、触ってしまうかもしれない距離だ。
俺は興奮を抑えきれないでいた。この距離感だと、この向日斑花梨から溢れ出る完成された美少女オーラが半端なく伝わってくるだ!!
桜木姫華と冴草契も、一般的に見れば可愛いし綺麗な部類に入る。だがそれは、クラスにいるレベルの可愛さと綺麗さである。それに比べてこの向日斑花梨はそんな次元を超越している。大女優レベルなのだ。はっきり言ってオーラが違う。都会の街を歩けば、すぐさま芸能プロダクションがスカウトに来ること間違いないだろう。そんな美少女があのゴリラの妹! 一体全体どうなってるんだ? あれか、血が繋がっていないのか?
「そう言えば、向日斑の妹ってことは、歳下なんだよな?」
おっといけない、俺の心の中の声が口に出てしまっていた。
「あったりまえじゃーん。妹が歳上ってありえないっしょ?」
向日斑花梨は俺の方を見てケタケタと下品気味に笑った。
「いくつなんだ?」
「えっと、十四歳だよっ!」
「じゅ、じゅうよんさい……」
この豊満なバストの持ち主が十四歳だと!?
俺は即座にオッパイスカウターを発動させる。これは俺の目を通して脳内でオッパイのカップ数を計測するというものだ。
ピピピピッ、まだ、まだ上がるだと……こ、こいつはEカップクラスの力を秘めていがる。ば、化物かっ!?
「なにオッパイ見てんのさ?」
俺のオッパイスカウターの視線に気がついた向日斑花梨は、俺のオデコを人差し指で弾いた。俺の額がジンジンとした痛みと熱を持った。
「ねぇ見たいの? 私のオッパイそんなに見たいの?」
向日斑花梨は小悪魔的笑みを浮かべると、俺を挑発するように胸を左右の手で真ん中に寄せてみせる。
うお! お山が二つの大きなお山がぷるるんぷるるんとぉ!
「見たい!」
俺は思わず本音を口にしてしまっていた。
その言葉に、向日斑花梨は一瞬キョトンとした年齢にふさわしい表情を見せた。そして、腹を抱えて笑い出したのだ。
「あははは、正直者だね。そういうのいいと思うよー。なんか、かわいいしー」
「え? あ、どうもどうも」
十四歳に可愛いと呼ばれる十六歳男子はどんな顔をすればいいのかわらかずに、ただ口元をヒクヒクさせるばかりなのだった。




