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172 バトルマニア。

 虎道こみちの身体の中から溢れ出る蒼き炎は、そのまま自身の身体を焼きつくしてしまいそうなほどに猛り狂っていた。

 実際に、この力は己の身体を燃やすことによって発生させることが出来る。すなわち、長時間の戦闘は自殺に他ならない。

 そして、その尋常ならざる力を目にしたマスターニンジャ真宙まひろは、この時初めて顔色を変えた。

それと呼応するように、周囲の波の打ち寄せる音が消えていく。虎道から発せられる蒼き炎が、打ち寄せる波を押し返して、目に見える範囲の海を干潮の状態にしてしまったのだ。

 

「何でこうなった……」


 久遠くおんは海底が剥き出しになった海を見て唖然とした。しかし、唖然としてばかりもいられない、セレスを抱きかかえると急いでこの場からの離脱を試みた。ちぎりは既に姫華ひめかを連れて遥か彼方まで走り去った後だった。


「ウホッ! いい匂いがする……」


 向日斑むこうぶちは、花咲里かざりを抱きかかえたまま、ほのかに漂う甘い花の香に目元を緩ませていた。そして遂に誘惑に負けて、乱れた着物の胸元に鼻の頭を近づけてクンクンと……。


「お兄ちゃん! さっさとここから離れるよっ! ばーかっ!」


 花梨が向日斑のホッペタをつねりあげて花咲里の胸元から引っぺがすと、そのままホッペタを引っ張り引きずりながらこの場から退散する。

 こうして、虎道と真宙の二人と、それを見守る東子とうこだけがその場に残された。


「化物……ですね」


 真宙は正中線をガードするようにして防御主体の構えを取る。


「おいおい、それを言うならお前もだろ?」


 対照的に、虎道は拳に力を集中させ、攻撃のみに特化させる。

 二人の周りから音が消える。二人の視界から二人以外の姿が消える。

 

 ――気持ちいい……。何もかもが消えていくこの感覚、いつ味わっても最高だぜぇ……。


 格闘バカの虎道は、すべての神経が戦うことだけに浸されていく感覚が何者にも代えがたいほどに好きだった。そして、それは真宙とて例外ではなかった。

 戦いの始まりは何の前触れもなく始まった。

 虎道が砂浜にクレーターを作るほど強烈に軸足を蹴りこむ。ソニックブームを身にまといながら、虎道はやすやすと音の壁を突き破り、歓喜の笑みとともに真宙の正面に立つ。

 ただの正拳突き。

 特別な技術を持った技でも、異能の力がこめられたものでもなく、それはただの正拳付きでしか無かった。

 その何の変哲もない正拳突きが、真宙に向けて叩き込まれる。

 ただひとつ普通と違っているのは、速度と威力だけだった。

 この時、真宙は初めて攻撃を見切るのではなく、渾身の力で上空へと飛翔することでこの攻撃を回避した。

 そしてその選択は正解だったといえる。

 虎道の放ったただの正拳突きは、半径十数メートルの砂浜をひっくり返したどころか、百メートル先にあるジャングルの樹々すらもなぎ倒してしまったのだから……。

そこには、大砲から巨大な砲弾を撃ち込まれたかのような爪痕が残されていた。

 

「なんて非常識な破壊力なんだ……」


 直下で起こっている盛大な自然破壊を目の当たりにして、空高く舞い上がった真宙は武者震いを覚えた。


「ばーか! 空中じゃ逃げ場もないだろ?」


「え?」


 その刹那、虎道の笑みが真宙の目の前にあらわれる。

 蒼き炎によって極限までに高められた身体能力は、マスターニンジャのそれを凌駕していた。

 

「喰らいなッ!」


 回避不可能な空中で、尋常ならざる正拳突きが真宙の土手っ腹へと命中した。

 その衝撃波は身体を貫通して、空高く舞い上がり雲に穴を開けた。


「やべぇ、やり過ぎたか?」


 しかし虎道のそれは杞憂に終わる。

 無残にも腹を貫かれた真宙はその場には存在せず、そこには小さな人間と同じ大きさの流木の破片があるのみだった。


「変わり身の術ってやつかよ……」


 流木を変わり身にすることによって回避に成功した真宙は、その間隙をついて攻撃に転じる……事はせずに、ひたすら虎道との距離を取るべくジャングルの中へと駈け出していた。

 いま真宙の頭の中にあるのは、この戦いに勝つことではない、出来るだけ穏便にこの戦いを終わらせることだ。

 もし、真宙に今の虎道を圧倒するだけの力があるのならば、攻勢に転じて動きを封じるという手もあったのだが、そんな手心を加える余裕があるとは到底思えなかった。


「兎に角、この場からの離脱を……」


 いざとなれば海を泳いででも……。しかし、そうは問屋が、いや虎道が卸してはくれなかった。

 虎道はらんらんとした表情で、猛烈な勢いで一直線に真宙に向かってくる。

 勿論、周囲の樹々は見るも無残に全てなぎ倒されてしまっている。

 

「オラオラオラ、お姉さんが捕まえて喰っちまうぞぉ〜!」


 舌舐めずりをしながらの猛追に、真宙は身震いを覚えた。

 このままでは、追いつめられるのは必至。そこで真宙がとった手は……。


「飛影分身の術!」


 真宙が印を組むと、見る見るうちに真宙の姿がコピー&ペーストでもしたかのように増えていくではないか。その数なんと十六体!

 七桜璃なおりの最大の分身の数が五体だということを考えれば、真宙はなんとその三倍もの分身を作り出しているのだ!

 

「あれだろ、十六人いるってことは、パンチを十六発打てばいいってことじゃない?」


 虎道に本体を探るなどという思考はもとより無かった。十六人に分身したのならば、十六回も倒せてお得! そんな考えでしか無かったのだ。

 四方八方に分身している真宙に向かい、虎道はマシンガンのようにパンチを叩き込んでいく。速度はマシンガンであっても、その一発一発の威力は巨大な大砲の砲弾並である。見る見るうちに真宙の分身は消滅していく。その周囲の地形も破壊されていく。一番たまったものではないのは、そこらに生息している東子の作り出したキメラたちである。縄張りを粉砕され、逃げ惑う姿はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図さながらだった……。

 普段ならば動物を愛してやまない虎道であったが、《蒼き虎》モードに突入している時は戦いに喜びを感じるバーサーカーと化してしまっているために、動物のことなど目に入ってしないのだ。

 虎道が空中へと回避している最後の分身を破壊したその直後、自分の拳のどれにも感触がないことに気がついた。

 

「本物はこっちです」


 それは虎道の直下にいた。いや、直下の土の中に潜り込んでいた。

 土遁の術とでも言うべきだろうか、真宙は完全に土に溶け込んでしまっていたのだ。


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