171 蒼き虎。
虎道と真宙までの間合いは役二十メートル余り。それを虎道たったの一歩で詰めてみせる。強靭、そんな言葉で表現しきれるものではない足腰を虎道持ち合わせている。引き締められた太腿は、まるで幾重にも連なる鋼の如きでもあり、圧縮されたバネのようでもあった。
だが、マスターニンジャと呼ばれる真宙も、虎道と同様に人の域はとうの昔に超越していた。
通常ならば、闘気をまとった虎道が間近に迫っただけで、膝をついて許しを乞うか、失禁してしまうレベルである。が、真宙は眼前に迫る虎道から放たれる正拳突きを、首を軽く曲げるだけでいなすと、続いて矢継ぎ早に迫り来る右の前蹴りの足を掴みとり、柔術の要領で相手の力を利用して虎道の身体を一回転させて砂浜へと叩きつけたのだ。
「ペッ……」
虎道は口の中に入った砂をツバと一緒に吐き出した。
まさか、一連の攻防でこうも軽くあしらわれようとは思いもよらない虎道であったが、逆にそれが武闘家としての心に更なる燃料を投下させることになった。
「もうやめましょうよ……」
息一つ切らすこと無く、真宙は倒れている虎道見下ろして言葉をかける。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、相手を見下ろしてのその言葉、そいつは弱者に掛ける言葉にほかならねぇんじゃねえの? なぁ、わたしは弱いか? そんなに弱いか? 違うだろ? そうだろ? なァァァァッッ!」
虎道が砂浜に拳を打ち込んで、その衝撃を利用して立ち上がる。直後、こめかみに浮かび上がった血管がぶちきれて血しぶきを周囲にぶち撒けた。虎道の顔が鮮血に染まり真っ赤になっていく。
「あの格闘バカ、完全にスイッチが入ったみたいね」
東子は周囲にいるみんなに向かって退避するように指示を出す。
しかし、東子本人はその場から動こうとはしなかった。
「さぁさぁさぁさぁさぁぁぁっ! 行くぜッッッ!」
戦略、駆け引き、そんなものはそこら辺に捨ててしまっての、猪突猛進の全力全開一直線な攻撃の連打。虎道の左右の連打は無数の残像となって、真宙に向かってマシンガンのように叩き込まれる。その一撃一撃の重さは、ゆうにコンクリートの壁を破壊するほどに達している。
真宙は、臆すること無くその全てを左手一本で悠然と柳に風と受け流してみせる。
受け流された拳が、真宙周りの砂浜を抉り取っていき、周囲はショベルカーで掘り返したかのような状態へと変わっていった。
「忍法、砂塵の絡めの術」
このままでは埒が明かないと思った真宙は、虎道の動きを封じ込めるべく、花咲里に使ったのと同じ術を使用した。真宙のチャクラが送り込まれた砂は、まるで生き物のように蠢き出し、四本の鎖となって虎徹の四肢を封じ込め、マシンガンラッシュの拳の動きを止める。
これにて勝負ありか? そう思われたが、虎徹はむしろニヤリと笑みを浮かべる。
「こんな軽いもんで、わたしの動きを止められるとでも思ってんのかよ!」
虎道の腕の筋肉が肥大化する。
砂の鎖で繋がれたまま、虎徹はまるで何もないかのように連打を再開したのだ。
「非常識ですよ!」
連打をかわし続けながら、真宙は叫んだ。この非常識という言葉に自分自身は当てはめてはいない。
「根性だよ! 大体の事は根性出せばどうにかなるんだよ!」
連打を続けながら、虎道は唸り声のように言葉を発する。
「もうどれだけしつこいんですか、あなたは……」
この戦いを終わらせるには、この猛獣虎道を気絶させるかどうかしなければいけない……。そう悟った真宙は、パーカーの中から十本あまりのクナイ取り出し、一度に投げつけて虎道の動きを牽制すると、後に大きく飛び退いて間合いを広げた。それと同時に、虎道を繋ぎ止めていた砂の鎖が消え去っていく。
「やりたくはありませんけど……」
真宙の手が大気を撫でるように左右に舞い踊る。するとどうだろうか、真宙の胸の前には目に見える空気の球が形成されているではないか!
周囲の空気を圧縮することによってつくられる真空の球体。それはプラズマを発生させる。
「空遁、真空閃光弾!」
プラズマをまとった真空の球は、真宙の手を離れ虎道に向かい直進する。
「そんなものが当たってたまるかよっ!」
虎道はいつもの様に、それを寸前まで引きつけてギリギリで見切ってみせる。だが、それが失敗だった。
「弾けろ!」
避けきったその球体は、突如として虎道の間近で爆裂したのだ。
虎道を中心として半径十メートル余りの空間をプラズマが覆い尽くす。
巻き上げられた砂塵が落ち着くと、いまだバチバチと放電現象が続く中に、片膝を付き脇腹を抑えた虎道がそこに居た……。
「へへへっ、ギリギリで見切る癖が仇になっちまったようだね……」
達人であればあるほど、攻撃を最小の動きで避けようとしてしまう、その習性を読んでの真宙の攻撃は見事に成功を収めた。
「さぁ、これでもうあなたは戦えないでしょ。こんな無益なことはもうやめましょうよ」
確かに、虎道の肋骨は折れていたし、身体の至るところは裂傷を受けていた。水着も剥がれ落ちていないのが不思議なくらいに、ボロボロになってしまっていた。
「向日斑君じゃありませんけれど、ボクだって女の人にこんな事はしたくはないんですよ」
その言葉に虎道の中の何かが弾けた。
「……東子! アレをよこせ!」
虎道はズタボロになった身体を引きずるようにして、東子の元へと向かう。
「はぁ〜……。全くあなたと来たら……」
血まみれ傷だらけの虎道を一瞥すると、東子は深いため息を一つ付いた。
「御託はイイからさっさとよこせよ!」
「はいはい、わかりました」
東子は水着の胸の谷間から、一錠のカプセルを取り出すと、虎道へと手渡す。
それを手にした虎道は、迷うこと無くそれを一息で飲み干してしまう。
「まさかなぁ、これを使うことになるとは……。こんなのブラッド様とやりやった時以来だぜ!」
カプセルを飲み込んでから、数秒後……。
虎道の身体からは、蒼い炎のようなものが溢れ出してきているではないか!
「レベルワン、開放……」
この蒼い炎こそが、虎道にとっての力の源。《蒼き虎》それこそが青江虎道の二つ名。
「普段はいろいろ生活に支障があるから、封じ込めてるんだけどね。これほど戦いがいがある相手なら、使ってもいいかなぁ〜ってね」
恐るべきことに、蒼い炎が見る見るうちに先ほど受けたダメージすらも回復していっているのがわかった。
マスターニンジャVS蒼き虎
戦いの第二ラウンドのゴングが今鳴り響こうとしていた。




