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170 マスターニンジャ。

 この時の久遠くおんの思考は、目の前に現れた難敵、花咲里かざりに対することよりも、気を失ってしまったセレスと姫華ひめかに向けられていた。


 ――助けなければ!


 久遠がそう思考して一歩を踏み出す前に、既に行動を終えてしまっている存在が居た。

 冴草契さえぐさちぎりである。


ひめッッ!」


 契は考えなどしない。姫華を助けることに脳みそを使う必要など無いのだ。空気があるから呼吸する、それと同じレベルで極々自然なことを行うように契は駆け出していた。

 そのあまりのスピードは、花咲里ですら視認することが難しいほどのレベルであった。

 契は即座に姫華のもとにたどり着くと、優しく背中を抱きかかえる。

 一瞬このような目に合わせた花咲里に対する憎悪の感情を抱いたが、それよりも姫華を守らなければという思いが圧倒的に優先される。

 遅れること数秒、久遠が姫華とセレスのもとにたどり着くと、もはや選択肢は存在せずセレスを抱きかかえることになる。


「セレス! 大丈夫か?」


 久遠は顔をセレスの口元に近づけると、小さくではあるが呼吸をしているのを感じることが出来た。

 命に別条はないことを確認して、久遠はホッと胸を撫で下ろした。

 

「何がどうなっているんだ……」


 向日斑むこうぶちは目の前で行われている出来事をまるで理解できないでいた。それはその横で向日斑の腕にしがみついている花梨も同様だった。

 

「うーむ、あれに見えるは……おお、我が御庭番衆の花咲里ではないか! しかし浜辺に着物姿とは無粋な奴よ」


 神羅しんらは、花咲里のことをようやく思い出したようだったが、事態には全く対処する気が無いようで、何処からか取り出した扇でパタパタと胸元を扇いでは、我関せずとばかりに傍観を決め込んでいた。

 そして当の花咲里はといえば……。主人であるはずの神羅を視界に入れてすらいなかった。


「あはははは、ゴリラにボク以上の恥辱を味あわせてやる!」


 花咲里の目的は向日斑のみ。それを邪魔するものは排除する。

 この緊急事態に、満面の笑みを浮かべるものがいた。

 青江虎道あおえこみちその人である。


「おっと、ここは動物愛護の精神豊かな、虎道こみちさんに任せてもらおうかなぁ〜」


 肩を軽く回しながら、解説席のテーブルから飛び降りると、両手を天に向けて背伸びをしてみせる。手のひらサイズの程よい大きさの胸がプルッと一回揺れる。


「はぁ、そんなことを言って、本当は戦いたくてウズウズしているだけなんでしょ?」


 東子はまたいつもの虎道の病気が始まったとばかりに、呆れ顔で頬に手をついた。


「バレた?」


 無邪気に笑い返す虎道は、まるでご馳走を前にした小学生のように目を輝かすのだった。


「チッ、この格闘バカが……」


 こうなってしまっては、花咲里も身構えざるを得なかった。七桜璃なおりと共に金剛院家に使えていたことがある花咲里は、この格闘バカ青江虎道がどれほど尋常ならざる戦闘力を秘めているか熟知しているからである。

 花咲里の注意がゴリラから虎道へと移った刹那……。


「え?」


 突如として、花咲里の足元の砂がまるで生命を持ったかのように鳴動しては、瞬時に囚人をつなぐ鎖のように変化をして両手両足をつなぎ留めてしまったのだ。

 一瞬の出来事に、さしもの花咲里も何の対処もすることが出来ず、なすがままに動きを封じられてしまった。


「忍法、砂塵の絡めの術……」


 淡々とした感情のない一本口調。だが、その声には聞き覚えがあった。


「ま、真宙まひろくん……」


 セレスの上半身を抱き支えたままの久遠が思わず言葉を漏らす。

 その場に居た皆が目にしたのは、左手で印を結ぶ禍神真宙かがみまひろの姿だった。

 

「こ、こんなものボクの異能の力で……」


 花咲里は異能の力で、砂で作られた鎖を吹き飛ばしてみせるだが、吹き飛ばされた鎖はすぐさま再生をして、またも花咲里の四肢をはりつけ状態にとどめてしまう。

 この時、ようやく花咲里は神羅とその横に居る人物に目を向けたのだった。

 そして……。


「あ、アンタはまさか……」


「はい、そのまさかですよ」


 真宙は優しく微笑みを返す。


「御庭番衆筆頭……。マスターニンジャ、禍神真宙!!」


 見る見るうちに、花咲里の顔から血の気が引いていくのがわかった。それと引き換えに、大量の冷や汗が頬を伝う。

 この嫌な汗は、向日斑に襲われた時に感じたものとはまるで別種のものだった。

 あの時の汗は生理的嫌悪感によるものだったが、今のこれは捕食される立場の生物が感じる生命の危機というものに他ならない。

 全ての忍術と体術を極めしものにだけ与えられる称号、それが《マスターニンジャ》。御庭番衆になって日の浅い花咲里でも、マスターニンジャ禍神の名前だけは聞かされていた。そして、それは称賛よりも恐怖を与える名称である事も……。

 

「え? ああ、そういえばそうだっけか?」


 主人であるはずの神羅は、真宙が御庭番衆筆頭であることを、本気でド忘れしていたようである……。

 

「同じ御庭番衆の不始末は、このボクがとらせていただきます」


 真宙の手から一本のクナイが放たれる。クナイはまるでレーザービームのように一直線に花咲里の頭部に向かっていく。


「やめろ禍神!」


 向日斑は四本足で砂浜を駆けると、花咲里の前に壁のように立ちはだかる。

 しかしいくらビーストモードの向日斑とは言え、閃光の如き速度のクナイを受け止めることは出来ない。万事休すかと思われた時、クナイは突如失速しては、真宙の手の中へと戻っていった。

 真宙のクナイには目に見えないほどの極細のワイヤーが仕込まれており、向日斑に命中する寸前にそれを引き戻したのだった。

 

「まさか……復讐される相手に助けられるなんて……ね」


 死を覚悟していた花咲里は、精神的な疲労から一気にガクッと足元から力が抜けていく。それと同時に、四肢を封じていた砂の鎖が崩れ落ちていき花咲里の身体が開放される。小さく華奢な花咲里の身体が、ゆらゆらと揺れてはそのまま地面へと倒れこんでいく。


「危ないっ!」


 それをすんでの所で支えたのは向日斑だった。


「よくわからんが、七桜璃にそっくりな人を傷つけさせる訳にはいかないからな……」


 向日斑は花咲里を抱きかかえながら、顔を覗き込む。


「ふふふ……。ほんとにゴリラそっくり……」


 向日斑の胸に抱かれながら、花咲里は安心したような穏やかな笑みを浮かべつつ、意識を失っていくのだった。


「本当に当てるつもりはなかったんですけどね。少し脅かすだけのつもりでした」


 真宙の御庭番衆筆頭としての顔は消え、いつもの蛇紋神羅の執事、久遠達のクラスメイトの顔へと戻っていた。


「真宙! それでも、女の子にこんなことをするのは男として許せないことだぞ!!」


 男子たるもの、女子に危害を与えるなどもってのほか! これが向日斑のモットーだった。が、ハイパー向日斑化している時に、花咲里に対してとんでもない危害を加えているわけなのだが、意識がなかったので仕方がない。

 ともかく、これにて一件落着か……と思われたが、この中で一番フラストレーションを貯めこんでしまっているものがいた。


「ぬわぁぁぁ! 何? 何なのこれ! ねぇねぇ、わたしは誰と戦えばいいのさっ!」


 青江虎道である。

 振り下ろす先のない拳に苛立ちを覚えつつ、やりきれない気持ちが全身を駆け巡っていた。

 苛立ちからか踏みつけられた砂浜は、すでにクレーターのように数十センチ沈み込んでしまっている有様だった。


「そうだ……」


 虎道はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりと手を上げて指を指す。


「わたしの相手はアンタだ! マスターニンジャ!」


 虎道が指差したのは、禍神真宙。


「火が付いた虎道は誰も止められませんからね……。はぁ……」


 東子はヤレヤレといった感じで、自分のオデコをポンポンと右掌で二度叩いた。


「ちょっと待ってください。戦う理由なんて何処にもないじゃないですか?」


 真宙は予想外の展開に、胸の前で両手を振り乱して、この戦いを拒否してみせる。


「ある! アンタは強い! それが理由だ!」


 格闘バカに道理も常識も通用しない。ただ、戦いたいから戦うだけなのである。


「そんな無茶苦茶なぁ……」


 真宙は頭を抱えるのだった……。

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