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167 恋に清濁無し。


 解説テーブル上に設置されているゴングが、今赤炎東子せきえんとうこによって鳴らされようとした時、天空に光り輝く物体が一つ轟音を鳴り響かせながら降下してくるではないか!

 その物体は次第に大きくなってきて、人間のサイズになると叫び声を上げた。


「バトルと聞いて、わたし抜きじゃ始まらねえだろ!」


 摩擦熱により全身を真っ赤に燃え上がらせながら、遥か上空から降下を試みたのは、メイド三人娘の一人、格闘馬鹿の青江虎道あおえこみちその人だった。

 ビーチの砂浜にクレーターを作り、周囲に砂の破片と爆風を撒き散らすというはた迷惑極まりない方法で、虎道こみちは見事に着地を決めてみせる。


「いやぁ〜、なんとか間に合ったなぁ〜」


 虎道は『わたしより強い奴に会いに行く!』等と意味のわからないことを言って、すこしばかり武者修業のたびに出ていたのだったが、面白そうな話をどうやってか聞きつけて、急遽この神無島までやってきたのだった。

 虎道はこの状況にあわせたのか水着姿での登場だった。

 虎柄模様のビキニの水着は、とある有名な語尾に『だっちゃ』とかつけそうな漫画キャラに酷似していたが敢えてそこはスルーさせてもらう。

 しかし、あの摩擦熱でも水着と髪の毛が燃えていないのが謎である。


「いやいや、髪は乙女の命だろ? 最強の防御力を誇っていてしかるべきじゃね?」


 そう言って虎道はお団子状にまとめた黒髪を撫でてみせる。相も変わらず、この女には常識というものが通じなかった。


「てな訳で、この勝負の実況はこのわたしがやらせてもらうぜぇい!」


 そう言うと解説テーブルに置かれているマイクをガシっと鷲掴みにする。


「あなたが来てくれて良かったわ、わたしはこういうものには疎いから」


 東子は肩の荷が下りたとばかりに、肩を撫で下ろして席に座る。


「おうおう、大船に乗った気持ちで任せてくれよ!」


 一方虎道は、椅子の上に片足を乗せ、もう片方の足をテーブルの上に乗せていた。


「そして、カメラマンはこのわたくし執事長のブラッドが務めさせていただきます」


 突如出現したブラッドは、カメラのファインダーを姫華ひめかとセレスに向けた。

 

「それじゃ、始めさせてもらうぜ!」


 大きく振りかぶった手に握られているのはハンマー! 音速に達しそうな勢い振り下ろされたハンマーは、ゴングを破壊する程の勢いで耳をつんざく音をビーチ中に鳴り響かせた。


「行きますわよ」


 セレスは構えを取ると、ゆっくりと姫華との間合いを詰めていく。

 一方姫華は構えを取りはしない。いや、構えようにも武術の構え方など知りもしないのだ。

 棒立ち状態で、ただセレスの方を見据えている。


 ――どうしたというのかしら、このただの無防備状態の姫華から溢れ出る威圧感は……。


 セレスの間合い詰める足が止まる。

 無策でこのような状況を作るはずがないと、セレスの本能が察知したからだ。

 

「どうやらお嬢様はあまりにも相手が無防備過ぎることに警戒しちまってるわけだな。しかし、それこそが相手の策略だとしたら……」


「なるほど、裏の裏を読んでいるというわけね」


 解説席の二人の思惑は、実はまるで当たってはいなかった。

 姫華にとって、間合いが詰められようがどうしよがどうでも良かったのだ。それ以前に『間合いってなんだろう?』と、攻撃が当たる間合いというものをまるで理解していないのだから仕様がない。

 戦いは膠着状態に陥るかに見えたが、それを打ち破ったのは――セレスだった。


「こんなまだるっこしいのは性に合いませんわ!!」


 元来我慢強い性格ではないセレスは、軸足を強く踏み出すと駆けるように一気に間合いを詰めてみせる。

 しなやかに伸びる手足が、一瞬で姫華の喉元に手がかかるところまで到達する。

 当初の作戦通り、セレスは打撃ではなく関節技での相手のギブアップを狙うべく、相手の腕を決めようとしたその刹那。


「動かないで下さい!!」


 それはただの言葉……では無かった。

 姫華の言葉は、セレスの耳から入るだけでなく、心の中へと侵入してはその行動を制御してみせる。


「どういう事……ですの……」


 セレスの身体はまるでマネキン人形のように固まってしまい、指先ひとつとしてピクリとも動かすことができなくなってしまっていた。


「これが、姫が大丈夫だって言っていた理由なの……」


 契はその光景を目にして、今朝姫華が言っていた言葉を思い返した。

 

「おいおい、どういうことだ? 金剛院のやつ固まっちまったぞ?」


「変だよねお兄ちゃん」

 

 昨日の出来事を知らない向日斑兄妹には今の状況がまるで理解できないでいた。

 

「あーっはっはっは! あれか、金剛院は余裕をかましているか? それともマネキンのマネか? そうなのか?」


 神羅しんらはいつもの腕組仁王立ちポーズで、状況を理解しようとする気すら持ってはいなかった。

 しかし、その横に控える真宙まひろだけは、その異能の力に感づいていた。


「言霊……。面倒な力を使う人がいるものですね」


 真宙がほんの一瞬垣間見せた今までにない表情を観たものは誰もいない。

 

「どうして、動かないんですの……」


「これがわたしの力なんです。わたしの想いは言葉に乗って、ちゃんと相手の心に届いてくれるんですよ」


 後で腕を組んでクルリと一回転。すまし顔で姫華は得意そうに言ってみせる。

 

「想い……。想いが力になるというのならば、このわたくしの神住様に向ける想いがあなたなんかに負けるはずがありませんわ!!」


 動くはずのない指先がピクピクと痙攣するように震えだす。

 そして、呪縛を破るようにセレスの腕は姫華に向けて振り下ろされた。


「駄目です!」


 姫華の言葉に、その手は身体に触れることなく宙空で静止してしまう。

 

「凄いです……。動けるなんて……」


 姫華は一歩後に下がって、拳の範囲内から身体を退避させる。


「だから言いましたでしょ。わたくしの神住様への想いは、あなたなんかの比じゃないって!!」


 不自然な姿勢で固まったまま、セレスは口を尖らせて虚勢を吐く。


「そんなことありません! わたしは、わたしは、今までずっと胸のうちに秘めた想いを隠してきました。ずっとずっと貯めこんできたんです。そのギュって詰め込まれた想いは、あなたになんて負けません!」


 姫華は胸の前で両手を合わせる。そう初めて久遠くおんと出会った時のように……。


「そうですの? もしそうだと言うのならば、この動けないわたくしをボコボコにでもして見せれば宜しいじゃありませんの」


「え……。わたしは暴力は……」


 誰かに暴力を振るう。そんな事を姫華は今まで考えたことすらなかった。暴力などというものとは一生縁のないものだと思って生きてきていた。


「そうでしょうねぇ。あなたはこのままわたくしを動けなくして、降参するのを待っているのでしょ? それがあなたの想いが弱いというのです!!」


「え……」


 このまま降参を狙っていたのはまさに図星だった。

 指先ひとつ動けなくなれば、勝算無しとみなして、相手が自ら敗北を認めるだろうと思い込んでいたのだ。

 だが、セレスはそんな女ではなかった。

 神住久遠と時間をともにするにつれて、逆境に強い女へと変貌を遂げていたのだ。


「本当に想いがあるのならば、どんなに汚いマネをしようとも、どんな不正をしようとも、欲しいものは手に入れるべきなのです! 清廉潔白なんてクソ食らえですわ!」


 セレスはわざと、クソ食らえ等という汚い言葉を混ぜて相手を威圧してみせる。


「そ、そんな事までして手に入れて嬉しいんですか?」


 愛情とは美しいもの、清らかなもの、姫華はそう思っていたし、今もそう思ってしまっている。

 それを、セレスは真っ向から否定してみせたのだ。


「ええ! 嬉しいですわ! どんなことをしてでも、手に入らないよりは絶対に嬉しいですわ! 手を汚さないで手に入れたものなどより、土やまみれ、汗を流し、ドロを喰らい、そうまでしてでも手に入れたいもの……それが愛だと、それが恋だと、わたくしは知ったんですのよ! だから……もしあなたがわたくしのライバルだと言いはるのならば、同じ土俵に立って戦いなさい!!」


 セレスの言葉が姫華の心に響き渡る。

 すでにこんな力を使って相手に勝とうとすること自体が卑怯ではないかと、思ってしまっている姫華がそこに居た。それなのに、さらに相手に暴力を振るってまでして、罪悪感に苛まれまでして、手に入れるものこそが愛であると、今目の前で語られてしまったのだ。

 姫華の言霊の力は、強い信念に基づいてのみ力を発揮する。

 揺らいでしまった言葉は力を失い、何の変哲もないただの言葉へと変化してしまう。

 姫華とセレスの言葉のやり取りは、周囲の人間に耳に入るようなボリュームではなかった。が、解説席の虎道だけは、その常軌を逸した聴力で一言一句聞き逃すことなく耳にしていたのだった。


「こいつは、武術の戦いじゃない。心と心、想いと想い、恋心と恋心の戦いだ……」


 眉間にしわを寄せて、虎道は険しい表情をしてみせる。


「つまり、あなたの解説が意味を持たないバトルというわけね?」


「残念ながらな、わたしは恋ってのには無頓着でね」


「わざわざ成層圏から落下してきたのがまるで無意味ね」


 東子はドS心満点で、嘲るように言って見せる。


「いや……。でもこれはこれで見応えのあるバトルだぜ!」


 虎道のマイクを握る手に力が込められる。マイクはその握力に粘土細工のように形が変形してしまっていた。


「どしたのかしら姫華さん? わたくしを縛る言葉の力が弱まってきているようですけれど?」


 とは言うものの、セレスの身体は満足に動きはしない。これは相手の心を揺さぶるための駆け引きの言葉でもあった。

 身動きがとれない状態でもセレスが決して負けを認めることが無いのは、先ほどの言葉で痛いほど痛感させられてしまっていた。このままでは姫華に勝機は存在しない。

 あれだけ勇気を振り絞って告白をして、戦いなんて大嫌いなのに、愛を勝ち取るために勝負を挑んだ。それが全て無駄になってしまう。

 なのに今は……。


 ――わたしは本当に神住さんのことを好きなのだろうか……。そこまでして付き合いたいと思っているんだろうか……。こんなに強く想っているセレスさんに勝てるわけなんて無いんじゃないんだろうか……。


 そんな想いが心の中を占めつつあった。

 その時だ!

 

「姫ーっ! 負けるなっ! 勝つんでしょ! もう自分の気持に嘘はつかないんでしょ! わたしは何時も応援しているよ! だから……がんばれッッ!!」


 それは契の声だった。喉から血が出るほどの叫び声は、ただ姫華の鼓膜を震わせるだけでなく、心を震わせた。


「ちーちゃんの電波テレパシー、ちゃんと受け取ったよ。うん、わたしはもう迷わない。わたしは自分の想いに正直になるって決めたんだ。だから……」


 姫華はこの時初めて拳を握りしめた。

 そして……


「えいっ!」


 セレスの胸元に拳をぶつけたのだ。

 

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