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164 電波(テレパシー)発現。

「聞こえた……」


「何を言ってますの?」


 我先にと石段を高速で駆け上がっていた契は、頭の中に響いた声に足を止めた。


ひめの声だ!!」


 姫華ひめかの声ならばどれだけ微かな声であろうとも、契が聞き間違えるはずがない。

 契は周りに姫華が居るのではないかと、即座に周囲を伺ったが姿どころか気配すら感じることは出来なかった。居ない、何処にも居ないのだ。それなのに何故……。


「何を分けのわからないことを言っているんですの? 急ぎますわよ」


「わ、わかってるわよ!」


 二人は再び走りだす。

 



 ※※※※


「桜木さん、今のは一体……」


「コホン、あらためて言い直しますね。わたしは、神住さんのことが……」


 姫華は謎の邪神像に背を向けて、困惑の表情を見せ続けている久遠と正面切って向かい合う。

 

「あの、なんて言うか、そのあの……」


 決意は決まったはずだというのに、いざとなると言葉が途切れてしまう。そんな自分の不甲斐なさが嫌で姫華はパンパンと頬を二度軽く叩く。


 ――足りてないんだ、思いが、気持ちが、心が、精神が足りていないから、神住さんの心に届かないんだ。なら、どうすればいい? そうだよね、私に出来ることはただ一つ……。全身全霊を込めて言葉を紡ぐだけ!!


 もはやこれは愛の告白というレベルを超越していた。その精神性は神秘の領域へと到達しようとしていたのだ。勿論、そのことに姫華は気づいてはいない。さらに姫華は自分のキャラクター性すらも忘れかけていた。こんな熱血キャラではなかったのではないか? 否! 恋は、愛はすべてを変えてしまうほどのパワーを持っているのだ。

 姫華は言葉に力を込めるために心のエネルギーをチャージする。

 姫華の身体の中にある粒子がハートを通じて喉へと集約していく。その有り様は物理的な現象ではなく、肉眼で観測することは不可能だった。オカルティックな現象が今ここに起きようとしていた。

 だが、それを阻もうとするのは一見オカルティックに見えて科学技術の産物である謎の邪神像である。

 この謎の邪神像はメイド三人娘の一人、黄影里里おうえいりりの手によって作られたロボットである。ちなみに異様な造形は赤炎東子せきえんとうこのデザインだ。

 謎の邪神はプログラムのとおりに行動をしている。

 そう、この祭壇に御札を置いた人物のDNAが神住久遠のものであった場合は、それを襲うようにプログラムされていたのだ。

 これは肝試しをドラマチックに演出するためのセレスの企てであり、謎の邪神像はセレスの声紋に反応してその攻撃をやめ、こうして二人は苦難を乗り越えたことにより一層愛を深めるという、子どもじみた台本が作られていたのだ。しかし、ここに居るのは久遠と姫華、この謎の邪神像を止めるすべは今ここにはない。

 謎の邪神像は六本の触手全てを振り乱して、今まさに愛の告白をやり直さんとしている姫華に向ける。

 

「やべぇ!」


 その触手を目にしているのは久遠だけ。姫華は背を向けているのでそれを視認することは出来ていない。

 感情でも愛情でもなく女の子を邪悪な存在から守るという、長年培った中二病の本能で久遠の身体は動いていた。

 姫華に迫り来る触手に対して、両手を広げ己の身体を壁のようにして身を挺して守る。六本の触手が久遠の命中した。したのだが、不思議な事に久遠は身体に何ら痛みを感じなかった。実はこの謎の邪神像は人間に肉体的ダメージを与えないようにと、黄影里里によってプログラミングされていた。

 しかし、衣服は肉体ではない。


「はァァァ!?」


 なんと、久遠は触手に衣服を切り刻まれトランクス一丁の姿へと変貌していたのだ。

 この時、一番のパニックに陥っていたのは、攻撃を喰らいトランクス姿にされた久遠ではなく、姫華の方だった。


「は、はわわぁぁぁ」


 水着姿とそこまで変わらないはずなのに、姫華はトランクス姿の久遠を見て、思わず顔を手で覆ってしまう。今この時姫華の心は、トランクス姿を目にした羞恥心と、助けてもらったことによる感謝の愛情とが混在となりカオス状態へと陥ってしまっていた。


 ――な、何がなんだかわからないよぉ……。


 ただ一つわかっていることは、もしまたあの触手が襲ってきたならば、神住久遠はトランクスも失い全裸になってしまうことだけだった。

 全裸の相手に愛の告白。それはあまりにもハードルが高すぎる。

 ならば、全裸になる前に、今のうちに……。

 遂に意を決して、姫華は再度告白へと踏み切る。


「神住さん、わたしは神住さんのことが――」


 後一秒で告白が完了する、まるでそのタイミングを狙ったかのように、謎の邪神像は触手を姫華に向けて振り下ろした。

 一陣の突風のように触手が姫華の身体をすり抜ける。

 

「ぐはっ!?」


 久遠は思わず鼻血を吹き出してしまう。

 どうしてそうなったのか?

 謎の邪神像の触手が姫華の衣服を無残にも切り裂き、上下ともに白く清楚でありながら、可愛いフリルをあしらった下着姿を曝け出させていたからだった!


「え?」


 姫華はこの時まだ自分がどのような姿になっているのか気がついていなかった。ただ、やけに身体が涼しいという事と、久遠のリアクションがおかしい事には不自然さを感じていた。

 そして数秒の間を置いて、自分が下着姿であることに気がついた姫華は、目を数度パチクリとさせたた後……。


「キャァァァァァーーーーッ!」


 と、甲高い声で悲鳴を上げた。

 それまで恥ずかしげもなく姫華の下着姿をマジマジと直視し続けていた久遠も、慌てて視線を逸らす。何故か、謎の邪神像も慌てて視線をそらして口笛を吹くような素振りをしてみせる。意味不明な所でよく出来ているロボットだった。

 姫華は自分の身体の大事な部分を手で隠してみせるのだが、逆にそれがいやらしさを倍増させてしまっていることに気がついてはいなかった。


 ――うーむ、水着姿と下着姿、露出している面積は殆ど変わらないはずなのに、どうしてこうエロい気持ちになってしまうのだろうか……。


 先日姫華の水着姿を目にしている久遠だったが、下着姿から受けた衝撃は水着の比ではない。どうやら下着姿というものは、水着姿とは別ベクトルのポテンシャルを秘めている、そんな事をいま実感する久遠だった。

 

「どうして……どうしてなの……」


「いや、どうしてと言われても、これは不可抗力というか、事故というか……」


 慌てて取り繕う久遠の言葉など、今の姫華の耳にはこれっぽっちも入っていなかった。

 貯めこんだ心の力は、遂に吐き出すところを見つけることが出来ずに、パンパンに膨れ上がった風船から空気が漏れだすように、言葉となって溢れ出し始めた、


「どうして、私は自分の気持を相手にちゃんと伝えられないんだろ……。思っていることを言葉に出来ないんだろ……。わたしが馬鹿だから? 私に勇気がないから? 小さい頃からずっとそうだ。伝えたい時はいつもタイミングが悪くて言い出せなくて、今度こそは、次こそはって、後回しにしてそれっきり……。やっぱり私が悪いんだよね? 新しいお母さんに気持ちを伝えられないもの、きっと全部わたしが悪んだよね。わたしは良い子の振りをしている悪い子だよ。心の中をいつも隠して偽って、それで笑ってごまかしてる。笑っていれば、周りのみんなは良い子だって思ってくれる。でも、それじゃ駄目なんだ……」


 漏れ出た姫華の言葉は止まることがなかった。

 これはもはや誰かに聴かせるための言葉ではない、ただ自分の心の中を吐露し続けるだけだった。

 もう自分が下着姿だとかどうとか、そんなことはお構いなしで言葉は続いていく……。

 久遠はただそれを聞くことしか出来なかった。


「このままじゃきっと私は大人になっても駄目なままだよ……。だから、今ここでわたしは自分の思いを告げなきゃいけないんだ! だから――神住さん!」


「は、はい!」


 久遠は背筋をピンと伸ばして気をつけの姿勢を取る。


「わたしは神住さんが好き! セレスさんから奪い取ってもでも、神住さんと付き合いたい! これが私の本心なんです!」


 言った、言い切ってしまった。

 今さら『なぁ〜んて、冗談ですよぉ』なんて言い訳はもうできない。したくない。

 彼女がいる相手にこんな暴言、嫌な子だと思われるに違いない。それでも、それだとしても、伝えたかったのだ。そう《ワガママ》を通したかった。

 顔はずっと久遠を見つめている。目をそらすことすら怖くて、身動きすることも出来なくて、コールタールに浸かっているように重力も重く感じられる。

 久遠に真っ直ぐに投げかけられた言葉は、きっちりと胸の奥底に届いた。――届いてはいたが、理解が追いついてはいなかった。

 どうして自分が桜木姫華という女性にここまで好かれてしまったのか、まるで検討がつかないからだ。

 答えるべき言葉が何処からも出てこなかった。

 静かに姫華は一歩前に進むと、そのまま自分の身体を前のめりに倒れこませるようにして、久遠の胸の中に自分の顔を埋める。

 避けること無く、久遠はそれを受けいれる。抱きしめる。

 月明かりが、下着姿で抱きしめ合う二人を照らしだした。

 久遠の身体に、柔らかい感触が伝わってくる。女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 据え膳食わぬは男の恥、そんな言葉が久遠の頭の中をよぎる。

 このまま欲望に任せて、姫華の唇をうばい、そのまま身体を弄ってしまいたかった。

 唇の感触を思い浮かべて、久遠はセレスのとのディープキスを思い返す。と同時に、セレスの頬を膨らませて怒っている顔が脳裏に浮かび上がる。


「やっぱりダメだ!」


 久遠は姫華の身体を突き放す。


「俺は一応セレスと付き合っているってことになっているわけで、だから桜木さんとは……」


 こんな答えが帰ってくることは予想はできていた。

 それでも、姫華は甘い夢を見ないではいられなかったのだ。

 もしかしたら、そんな可能性にかけてみたかった。気持ちを伝えなければその可能性すら発生しないのだから……。

 久遠からの返答を得て、姫華の恋心は沈静化してしまったのか? 否! むしろ今まで以上に熱く燃え上がってしまったのだ!

 姫華自身、自分がこんなに逆境に燃える人間だとは予想もしていなかった。しかし、火がついてしまったのだから、燃え出してしまったのだから仕方ない!

 姫華の燃え上がる恋心の炎は、太陽のプロミネンスのように数十万kmにも立ち昇った。


「わかりました。わたし、セレスさんと勝負します! そして、勝って神住さんを手に入れます!!」


「は、はぁぁぁ?」


 自分が景品のような扱いになっていること、姫華がセレスと勝負をしようとすること、どちらも久遠には驚きでしかなかった。

 開き直った女の恋心の恐ろしさというものを、この時の久遠は知るすべもなかった……。

 そして、そろそろ良いのかな? と、タイミングを見計らって謎の邪神像が性懲りもなく触手を振るう。


「邪魔です! 静かにしていてください!!」


 姫華の声が燃え上がる炎をまとった言霊として触手に触れると、触手は減速してその場にしなだれ落ちた。


「さっきから邪魔ばっかりして! そんな悪い子は隅っこで正座して反省していてください!!」


「!!」


 謎の邪神像は言われたとおりに、隅っこで正座をして反省を始める。

 

「どういう事なんだ……」


 姫華の言葉通りに大人しく正座をしたまま動かない謎の邪神像を見て、久遠は首をひねった。


「そして、神住さんは私のことを好きになって下さい!!」

 

 その言葉は耳からではなく、直接脳に、物理的に何処にあるのかわからない心に響いては、絶対服従の力となって久遠を屈服させる。


「は、はい!」


 『はい』以外の言葉を口にすることはできなかった。

 姫華の言葉を否定することが出来ないのだ。

 奇跡が起き始めていることに、今ここにいる二人は気がついていなかった。

 今までに溜まりに溜まった感情、開き直った恋心が一度に爆発することによって、姫華の中に宇宙開闢にも匹敵するようなエネルギーが今誕生しようとしている。

 言霊ことだまと呼ばれる霊的エネルギーが、この世の理りを改変しだし始めたのだ。

 女の子の恋心は、電波テレパシーに乗って文字通り世界を変える!

 気が弱く自分の気持ちを前に出すことが出来なかった少女は、吹っ切れることによって異能力者としての覚醒を経たのである。

 

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