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17 兄より優れた妹など居ない!!


「いきなり殴りかかってくるとかありえないんだけど!」


 謎の女性は掴んだ冴草契さえぐさちぎりの腕を、流れるような動きでそのまま捻り上げると、見事に関節を決めたのだった。

 柔術というやつなのだろうか?

 俺は関節を決められて身動き一つできないでいる冴草契のことなどそっちのけで、そのあまりにも見事な身のこなしに感嘆の息を漏らした。いや、正直に言えば、俺が感嘆の息を漏らした本当の理由は他にある。その女性があまりにも美しかったからだ……。

 身長は百七十センチ近くあるだろうか、それだけならば冴草契とそう対して変わらないかもしれないが、大きな差は胸にあった。今まで俺の優しさゆえにあえて触れてこなかったが、冴草契は悲しいかな胸が、オッパイが、全くと言っていいほどに無いのだ。まっ平らなのだ。大平原なのだ。

 それに比べて、この女性はモデル体型でありながら、ワガママ豊満バストを誇っているのだ! けしからん!

 さらに、この女性の服装は、肩が片方ずり落ちているニットのセーターで、胸元もこれでもかというほどに無防備。その防御力皆無のところからはオパーイの谷間が垣間見えているではないか! おぉ、なんと深い谷間じゃ……胸の谷間のナウシカか!!

 オパーイに目がいきがちではあるが、この女性はさらにさらに、桃じゃ! なんと見事な桃じゃ! と桃太郎の爺も感動に打ち震えるくらいの見事なお尻様と、思わず擦りたくなるような艶かしい美脚も備えている! それもこれも、デニムのショートパンツがくっきりとヒップのラインを強調してくれているせいであろうか。

 己の身体のパーツの利点を見事に理解した服装だと言えよう。いやいや、男子にとってこんな眼福はそうはない。俺はこの地上に舞い降りた美の女神に見惚れた。見蕩れた。

 それに比べてと言ってしまうと失礼だが――完全に女性の美という観点から冴草契は完敗していた。さらに、今は武道という観点からも敗北している状態である。


「おい、お前なに憐れむような目でこっち見てんの!」


 実際今の俺は哀れみのこもった視線を冴草契に向けていた。頑張れ、お前だって平均的な女子高生から比べれば可愛い方に入るから!

 

「くそっ、舐めるな!」


 俺の憐れみの視線が、冴草契の魂に火をつけたのか、完全に右腕の関節を決められた状態から、冴草契は苦悶の表情を浮かべながらも腕を在り得ない方向に動かした。おいおい、人間の腕はその状態でそんな方向に動かないぞ……ってか、そんな方向に動かしたら腕が折れるだろ!

 だが、腕は折れはしなかった。冴草契は己の力で肩の関節を外したのだ。


「うわぁ〜。この人結構やるじゃん」


 謎の美女は、賞賛の言葉とともに、腕を離して束縛から開放して即座に間合いをとった。

 茶色がかったポニーテールが、まるで心の中を表すように、左右にプランプランと元気よく揺れた。

 

「そっちこそ」


 冴草契は、地面に右拳を打ち付けるようにして、外れた肩をはめ直すことに成功していた。これ、かなり痛いはずなんですけど、大丈夫なのかこの女……。

 俺はまるで格闘漫画の実況担当のように、この戦いを凝視し続けていた。

 が、よく考えてもらいたい。この場にいるのは、俺とこの格闘家の二人だけではない。そう、桜木姫華さくらぎひめかとゴリラこと向日斑文鷹むこうぶちふみたかもいるのだ。

 桜木姫華は完全に現在起こっている状況を把握できないでただ棒立ち状態だった。

 そして、向日斑はといえば……。


「おい、なにやってんだ花梨かりん。人様に迷惑かけちゃ駄目だぞ」


 二人の間に割って入ると、謎の美女の頭をコツンと軽く叩いてたしなめたのだった。

 

「ぶぅー。手を出してきたのはそっちなんだよぉ。花梨なんにも悪くないもん、ぷんぷん」


 謎の美女は、叩かれた頭をさすりながら、容姿にそぐわない子供のような口調と表情を見せた。

 このファーストネームを呼びながらの親しげな口調、軽く頭を叩けるというスキンシップ、まさか、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかぁ、こ、この美女がゴリラの彼女!?

 俺は心臓の脈打つ音が通常状態の数倍早くなるのを感じた。

 いやいやいやいやいやいやいやいや、落ち着け、落ち着くんだ。あんなゴリラがこんな美人と付き合っているはずがない、あってはいけないんだ。どういうことなんだ、あれか、あのたくましいゴリラのような胸板に惹かれたのか? それとも、ゴリラのような野太い声が渋いのか? 前に飼っていたゴリラにソックリだったのか? それならいっそ、本物のゴリラと付き合えばいいじゃないか! 向日斑じゃなくてもいいじゃないか! ワシントン条約なんて無視してゴリラを密輸入すればいいじゃないか!

 俺に彼女が居ないのに、向日斑に彼女が居て良いはずがない!

 いや、居てもいい、居てもいいけれど、あんな美人は許さない! ああ、ちょっと不細工な彼女だけど、悪くないんじゃない、お似合いだよ。なんて感じなら許す!

 確かにキングコングは美女を捕まえていた気がするけれど、それに習わなくてもいいじゃないか!

 俺は下を向いてブツブツと呪詛の言葉を声に出してつぶやきはじめていた……。


「お、そこで謎の呪文を呟いているのは神住じゃねえか。なにしてんだこんな所で? って、小動物に触れ合いに来てるんだろうけどな」


 向日斑はようやく俺のことに気がついたようで、気さくに声をかけてくる。


「お、おう。まぁな。俺は小動物が三度の飯より好きだからな」


「その言い方だと小動物を食べてるように聞こえるからやめておけ……」


「食べねえよ! と、と、と、ところで、お前はなにしにきてんだよ……」


 その言葉に反応するかのように、謎の美女はテクテクと向日斑の隣に駆け寄って腕を取ると、関節技をかける……わけではなく、なんと胸を押し当てつつ腕を組んだではないか!


「あたしたち、デートでぇっす、ねっ?」


 向日斑の顔を見てニッコリ、向日斑も少し照れながらもまんざらでもないように笑い返す。この様は、まるで恋人同士のようではないか。

 俺の心拍数が遂に限界を超えてビートをかき鳴らす。


「は、は、はぁぁ!? デートってあれか、もしかすると仲睦まじい男女が、和気あいあいとお出かけして神木を深め合うっていうあのデートか! そうなのか!!」


「デートって他に意味があるのか?」


 向日斑はあっけらかんとした顔で答えた。


「もし、そのデートだとするならば……向日斑、俺はお前を倒さねばならない……」


「なんでだよ!」


 俺は今血涙けつるいを流しているかもしれない。

 こちとら、謎の美女とデートどころか、謎の秘密組織の謎活動中だってのに、このゴリラときたら……。許せねえ、勝てる勝てないは関係ねえ……。男には戦わなければいけない時がある、そうそれが今!!

 俺は両手をカマキリの鎌のように構える。これは俺が中二の時に蟷螂拳を改良して作り上げた、超時空暗殺拳法の型である。

 今まさに、時空を超えた一撃が、向日斑の首筋に向けて振り下ろそうとしたその刹那。


「お兄ちゃんになにすんの!」


 謎の美女からのこの一言が、俺の動きを止めたのだ。


「いま! 今なんて言った!」


「へ? お兄ちゃんになにをするの……だけど?」


「お兄ちゃん、そう言いましたね。ということは、この横にいるのはあなたのお兄さんで間違いありませんね!」


 どうやら、血の涙を流しながらの問い詰めをかわすような技は柔術の中にも無いようで、どう対処していいのかわからずに逃げ場を探すのみだった。

 しかし、後ろは壁。逃げ場のない謎の美女あらため花梨は、もう答えざるをえないのだ!


「う、うん。花梨のお兄ちゃんだけど……」


「リピートアフターミー!」


「か、花梨のお兄ちゃんだけど!!」


「いぇす! いぇす、いぇすあいどうー!」


 俺は天高く飛び上がって、錐揉み回転をしながら昇竜拳の如く拳を天上界に向けて突き上げた。

 そうだ、向日斑に美人の彼女なんて居なかったんだ。居たのは、似ても似つかない顔をした美人の妹だったのだー。ならば許そう。許してしんぜよう。この裁判は無罪で終わらせてあげよう。無罪釈放だー。何故ならば、俺は今とても幸せな気持ちでいっぱいだからだー。友達に美人の彼女が居ないということが、こんなに気持ちを幸せにしてくれるなんて知らななかった。だって彼女どころか、友達すら今まで居なかったのだからー。あっはっはっはー。

 

「そうかー。君は向日斑の妹さんかー。なんて可愛い妹さんなんだー。花梨って名前も素敵だねぇー」


「え、えへへへ。花梨褒められちゃった? よ、喜んでいいのかな、イマイチ状況がわかんなくなってるんだけどぉ……」


「安心しろ、花梨。お兄ちゃんもわけがわからん……」


「あ、わたしもわけがわからないでーす」


 今まで事の成り行きをただ見守っていた桜木姫華が便乗するように手を上げた。


「私は一つわかっていることがあるぞ……」


 どうやら、冴草契だけは一つわかっているようだ。賢いなこいつ。


「お前が馬鹿だということだぁ!!」

「なるほど」


 俺が納得した時には、既に俺の腹には冴草契の正拳突きが叩き込まれていた。

 通常ならば、痛みにもだえ苦しむところなのだが、今は脳内麻薬が大量に分泌されているので、唸り声をあげるくらいで済んだのだった。うぎゃっ。


「お兄ちゃんこの人達、何ものなの……」


「一人は知り合いだったはずなんだが、いま自信が持てなくなってきたよ……」


 向日斑は眉間を二本の指で抑えて顔をしかめた。

 こうして、事態はこの俺のお陰でさらに混迷を深めていったのだった。


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