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162 離さない手。


 謎の邪神像を前にして、姫華ひめかは勇気を振り絞ろうと、何度となく深呼吸を繰り返してた。

 そしてその動作を久遠くおんは、『かなり限界まで貯水域が来ているに違いない……』と、おしっこが出そうなのを紛らわそうとしているのだと、完全に勘違いしていた。

 片や、恋に戸惑う少女。

 片や、オシッコを我慢していると思い込んでいる男。

 この二人の間に、電波テレパシーというものがあったならば、こんな悲しいことにはなりはしなかっただろう。

 そんな二人が導き出した答えは、まるで逆ベクトルなものだった。

 桜木姫華さくらぎひめかは、心を落ち着け、気持ちを整理出来るまでの時間が欲しかった。

 それに引き換え神住久遠かみすみくおんは、姫華のため(オシッコ)に出来る限り速攻でお札を置いて帰ってやろうと考えていたのだ。

 

「何かまた変なことが起こるとアレだしさ、さっさとお札を置いて戻ろうよ」


 乙女心など完全に無視で、久遠はさっさと御札を取り出すと、謎の邪神像にある祭壇? のようなものを見つけた。

 そこにはすでに御札が二枚置かれており、それが向日斑むこうぶちチームと、花梨かりんチームの置いたものであることはすぐに解った。


「なるほど、ここに置けばいいんだな」


 久遠はその二つの御札の横に自分の分のお札を置いた。

 これでこの理由の分からない肝試しも終わりか……そう思った時だった。


「ん?」


 久遠の頭の上に、何か粉のようなものが降りかかってくるのを感じた。

 何なのだろうと、久遠が上を見上げると……。


「何、なんじゃこりゃあああああああ!」


 ギギギギギと歯車の回るような音を鳴らしながら、謎の邪神像が動き出し始めているではないか!

 頭に降り注がれていた粉は、謎の邪神像をコーティングしていた素材が剥がれ落ちてきていたものだった。


「おいおい、冗談だよな……」


 冗談であって欲しかった。

 が、現実というものは実際に目の前で最悪の方向に向かって全速力で走りだそうとしている真っ最中であった。

 謎の小さな呻き声を発しながら、謎の邪神像は、タコのような八本足をクネクネとうねらせながら、ついに立ち上がったのだ。

 

「か、神住さん……。これって、夢ですよね?」


 謎の邪神像を指差しながら、姫華は卒倒しそうになるのを必至でこらえていた。


 夢であって欲しいと思っているのは久遠も同じで、今すぐ姫華のほっぺをつねってもらいたかった。そして、『ほら、痛くない! やっぱり夢だよ!』『ですよねー。あははっ』と、笑って済ませたかった。

 だが、それを許してくれるほど現実さんは甘口ではなく、むしろ激辛だったのだ。


 謎の邪神像はまるで命を得たかのように、身体を大きく仰け反らせて背中の翼を数度羽ばたかせると、まるで生け贄を見るような目でこちらを一瞥してニヤリと笑ってみせる。そして、挑発するかのように三本の尻尾を蛇のようにクネクネとうねらせる。

 立ち上がった謎の邪神像は全長約五メートル。

 ただのブロンズそうだった時には、不気味ではあるが笑い飛ばせるような姿形だったが、動き出してしまえば話は別である。

 全長約五メートルと言うだけで、人に絶望を与えるに足るほどの存在だというのに、動き出したソレはまさに謎の邪神と形容するにふさわしい禍々しさと畏怖の念が溢れ出ていた。そのオーラが、久遠と姫華、二人を恐怖という名の底なし沼へと引きずり込んで動きを止めさせてしまう。


「か、神住さん……」


 姫華は恐怖のあまり、足に力が入らなくなりその場に尻餅をつきかけたが、咄嗟に目の前に居る久遠の腰に手を回して捕まることで難を逃れた。

 偶然とはいえ大好きな人を後ろから抱きしめる形になった姫華だったが、今はその間隔に酔いしれている余裕などなかった。

 

「さてと、どうすりゃいいんだ……」


 目の前にあらわれたるは謎の邪神。

 異世界で勇者として転生することを夢見ていた中二病全開の久遠ならば、『へっ、遂にこの時がきたか……。俺の真の力を見せる時がな!』等と宣った後に『ウォォォォォ!』と雄叫びを上げて突撃! そして『久遠の戦いは始まったばかりだ!』の煽り文句の一つもつけて、打ち切り漫画のような行動に出そうなものなのだが、そうしないのには理由がある。それは、すでにドラゴン騒動の時で懲りているからである。

 人とは経験によって成長する生き物なのだ。

 ならば、取りうる行動はたったの一つ。

 三十六計逃げるに如かず! それしかなかった。

 しかし、ドラゴン事件を経験し異常事態に少しばかり耐性のついた久遠はまだマシだとはいえ、か弱い女の子である姫華は完全に萎縮してしまっていて逃げるどころか、歩くことすらままならない状態。

 

「はぁ〜……。しょうがねぇなぁ……」


 久遠は肩をすくめてため息を吐ききると、姫華の方を振り返って今までに見せたことのないような真剣な面持ちで口を開いた。


「桜木さん、アレは俺が囮になって引き付けるから、その間にゆっくりでも良いからこの場から離れるんだ。わかった?」


 情けない中二病の久遠でも、やらなければいけない時くらいはわかっている。


「でもでも、それじゃ神住さんが……」


「大丈夫! 俺は人より丈夫らしいから! それにきっとこれはセレスのやつが仕掛けた冗談か何かに決まってるから、そこまで危険じゃないさ……多分」

 

 セレスはアホだ。アホってやつは得てして加減ってものがわかっていない……。それ故に万が一なんてことが起こりうる可能性が……。久遠の額から冷や汗が流れ落ちる。

 

「さてと、あんだけのデカブツだ、小回りはきかないに違いないからチョロチョロ動き回れば……」


 久遠は軽く屈伸運動を行う。その間、謎の邪視像が何をしていたかというと、空気を呼んで待っていてくれたわけではなかった。なんと、八本の足の内、二本が絡まっておりそれを必死に解きほぐしていたのだ!

 その間に逃げていれば全ては万事解決したわけなのだが、それは結果論でしかない。久遠はそんな逃走の絶好のチャンスを見逃して、姫華相手にカッコイイ台詞を喋っている真っ最中だったのだ。

 そして久遠の屈伸運動が終わり顔を上げたと同時に、謎の邪神は絡まった足を解きほぐすことに成功していた。


「行くぜ!」


 久遠は軸足を蹴りこんで駆け出そうとして、強烈な負荷に前のめりにつんのめる。

 

「嫌です! わたしだけ逃げたりなんて出来ません! 絶対に絶対に嫌ですっ!」


 姫華が腰に手を回したまま離してくれていなかったのだ。


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