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161 セレスの過ち。


「何だよこの肝試しは……」


 ようやく石段を登り終えることの出来た久遠くおんは、疲労の絶頂に達していた。いくら体力の乏しい久遠といえども、ただ石段を登るだけでこれほどまでの疲労をするわけはなく。これまでの道のりに仕掛けられた悪逆非道なギミックが、このような状況を引き起こしていたのだ。


 時間は少し前に遡る


 二人が最初に遭遇したのは、向日斑むこうぶち真宙まひろを襲った突然飛び出してくる謎の槍!


「なんとっ!?」


 茂みから飛び出して槍を、人並み以下の運動神経しか持たない久遠が回避することが出来るはずもなく、見事に胸に喰らっては片膝をつかされる。


「し、死んでない……生きてる? 俺ってスゲェ!」


 と、思ったのもつかの間、間髪入れずに二発目が容赦なく久遠のオデコに命中した。


「ギャンッ!」


 どこぞのモビルスーツのような声を発しながら、強烈に脳天を揺らされた衝撃で、久遠が背中から倒れ込もうとしたところを、姫華の小さな手が背中を支えた。


「だ、大丈夫ですか?」

 

 姫華は自分の身体をつっかえ棒のようにして、必至になって踏ん張ってみせる。久遠の体重がズッシリと細い両腕に伸し掛かかって、そのまま二人共後ろに倒れそうになるが、姫華は唇を噛み締め足の先に力を込める。既の所で、久遠もバランスを取り戻し、二人は転倒を免れたのだった。

 

「あ、ありがとう……」


 久遠は自分の背中を支えてくれている姫華に感謝の言葉を。


「神住さんが無事でよかったです」

 

 姫華はホッと口元を緩ませて笑顔を見せる。

 どうやら槍はフェミニストにで出来ているのか、久遠しか狙ってこなかったようだった。

 不公平さを感じながらも、姫華が無事であったことに久遠は安心した。


 ――桜木さんに何かあった日にゃ、俺は冴草契さえぐさちぎりに殺されるからな……。

 

 気を取り直して石段を登ること数分、そこに待ち構えていたのは……。


「なんじゃこりゃァァァッ!」


 それは冒険映画などでお馴染みの、転がり落ちてくる大岩だった。イン○ィー・ジョー○ズなどで目にしたことがあるだろう。

 直径二メートルはあろうと言う大岩は、ゴロンゴロンとゆっくりとした速度から段々と加速を付けてこちらに向けて転がり落ちてくる。

 

「確かに、肝は試されるかもしれないが……これは何か違うだろぉ!」


 そんな久遠のツッコミを聞く耳など持たずに、大岩は容赦なく二人の眼前に迫ろうとしていた。

 この時、久遠はようやく理解したのだ。


 ――この肝試しを主催した奴はアホだ……。セレスのやつは大アホだ!


 と、心の中でセレスを罵倒したところでどうなるわけでもなく。いま久遠がやらなければならないことは決まりきっていた。

 

「逃げるぞ!」


「は、はい!」


 久遠は姫華の手を掴むと、一目散に石段を駆け下りていく。

 足元なんて見る余裕はなく、石段を踏み外したら即転倒することは免れない。けれど足を止めるわけにはいかない。無我夢中になって、ただただ足を回転させるように出していく。

 だが、ふたりの駆け下りる速度よりも、迫り来る大岩の速度は早く、このままでは後数秒で二人はのしイカのようにペッタンコに……。

 

「あ、もしかして……」


 そんな時、姫華が何かに気がつて足を止めた。

 繋いでいた手に引っ張られて、久遠の足も止まる。


神住かみすみさん、こっちですよ!」


 今度は、姫華のほうが手を引いて久遠を導く。

 それは……。

 横にジャンプして、茂みへと入るだった!

 岩は一直線にしか転がってこないのだから、横に移動すればいいだけだったのだ。

 

「わたし、昔映画を見ている時に、どうして真正面に走るんだろうって思ったことがあって……」


 完全に封鎖された洞窟でもない限り、この手のトラップは左右に回避すれば難なく突破することが出来たのだ。


「なるほど……」


 久遠は転げ落ちていく大岩を見て首を縦に振った。

 大岩は久遠達の遙か下まで落ちていったところで、唐突にその姿を消した。もしかすると、あれはセレスのオッパイの時のように、超精密に作られたホログラフィックだったのかもしれない。

 その後にも、謎のサングラスをつけた全裸のマッチョが、ダンダンダンダン! 都のテーマソングをバックにアイルビーバック叫びながらあらわれたり。


 ――何で出てきてすぐにアイルビーバックなんだよ!


 石段の上を謎の外車が百四十キロで駆け下りてきては、何故か突然雷がその車に落雷した後、炎を上げながら時空間に消えていったり。

 黒い仮面をつけた男が、ライトセーバーで斬りかかってきたあげく、『私はお前の父だ!!』等と、意味不明なことを言いながら石段から落ちていったりと、意味不明な肝試しが続いていた。

 どうやらこの肝試しを発案した人間の中に、映画好きが奴が混ざっていることは明白だったし、更に言うならば肝試しがどんなものか知らない奴が作ったことも明白だった。


 こんなアホな肝試しに付き合わされた久遠が、ようやく石段を登り終えて境内に到着した時には、満身創痍、疲労困憊、青色吐息、と言った状態に陥っていたのだ。

 一方、姫華はというと……。

 何故か、全てのギミックは久遠一人を狙ってきており、『うわぁ……』と、呆気にとられるリアクションをするだけで済んでいたのだ。

 

「格差だ……格差社会だ……」


 世の中を言うものは、平等にはできていないことを、この肝試しの中で知る久遠だった……。

 

「兎に角、さっさと御札とやらを謎の邪神像のところに置いてきて、終わらせちまおう」


「そ、そうですね……」


 そう答えた姫華だったが、本当のところはこの肝試しがもっと続いてくれることを望んでいた。

 姫華はこの肝試しの間に、前のように周りに気を使い言葉を選んだ告白ではなく、素直な思いを真正面からぶつけたいと思っていた。

 それなのに二人っきりでいられる時間は刻一刻と無くなりつつあった。


 ――が、頑張らなきゃ! 応援してくれたちーちゃんのためにも……。ううん、違う! 違うよ! 自分のために頑張るんだよっ!!

 

 ファイトー!オー! と、姫華は小さく右手を挙げた。

 

「謎の邪神像ってのは何処に在るんだろうな……」


 なにせ《謎》の邪神像である。謎なのだから、どんな形をしているかすらわかりゃしない。

 どうやって見つければいいんだと、頭をひねりながら境内の中をうろついているうちに……。


「……これしかねえんじゃねえの……」

 

 と、思うにふさわしい、あからさまに怪しい三メートルほどのブロンズ像を発見したのだ。

 その謎の邪神像は、身体つきは一応人間のようなのだが、背中には大きな翼が四枚、足が八本に、腕が二本と触手が六本、頭には角が三本生えており、目玉は三つあった。そして、お尻から生えている三本の尻尾の先には蛇の頭が付いていた。


「確かに謎だわ……」


「謎ですねぇ……。それに邪悪そうです……」


 デザイナーに『適当に謎っぽい邪神像を作ってよ!』と発注して、なんのチェックも手直しもせずにそのデザインで作っちゃいましたてへっ。そんな感じが溢れ出ている像だった。

 

「兎に角、ここに御札を置けばこれでこの意味不明な肝試しともオサラバできるわけだ」


 ようやく肩の荷が下りたとばかりに、久遠が大きく背伸びをしてみせる。

 リラックスを見せる久遠とは正反対に、姫華の焦りは最高潮に達しようとしていた、今ここで言わなければ、言わなければ……そう思えば思うほどに、言葉は喉の奥に引っ込んでしまって、出てこようとはしてくれない。

 両手を胸の前で汲んでモジモジしたまま、姫華は目を閉じて電波テレパシーを送っていた時のように、心を集中させようとしていた。

 鈍感な久遠といえども、流石に真横で不審な行動をとっている女性に気がつかない程ではなかった。

 そして、久遠はその姫華の行動をアレだと勝手に思い込んでしまった。


 ――おしっこか! 桜木さんおしっこを我慢しているんだな……。


 鈍感かどうかを通り越して、女心理解する以前に久遠は馬鹿なのだった……。


 おしっこを漏らしたことの在る久遠にとって、この年令でするお漏らしがどれだけ精神をむしばむかよく理解していた。だからこそ、このようなアホ極まりない勘違いをしてしまったのだ。

 それと時を同じくして……。

 戦いを続けている、セレスと契は……。



 ※※※※


「はぁはぁ……どうして、こうなったんですの……。わたくしたちは、どうしてこんなことをしているんですの!」


 セレスは軸足を回転させて、右の足刀から左回し蹴りの連続技を契に叩きこむ。

 契はその蹴りを、軽いステップでギリギリの所で見切ってみせる。

 そして、カウンターで正拳突きを放つのだが、これもセレスのツインテールをかすめるだけで、かわされてしまう。


「どうしてって……。アンタがワガママばっかり言ってるせいでしょ!」


「ワガママ……? 意味がわかりませんわ! 彼女と彼氏が連れ添ってイベントを楽しむ、そのどこがワガママだというのかしら! もし、それをワガママだというのならば、わたしくが世界中の国語辞典を書き換えて差し上げましてよ!」


 自らのワガママを通すためならば、世の中の言葉の意味を捻じ曲げることすら厭わない、それがこのお嬢様、金剛院こんごういんセレスなのだ。


「アンタのそういうところ、嫌いじゃないけど。それとこれとは話が別なんだからね!」


 愛する姫華を応援するためならば、世界の全てを敵にしてでも闘いぬく、それがこの百合娘冴草契なのである。

 二人は言葉を交わしながらも、戦いの手を緩めようとはしなかった。

 宙空でぶつかり合う、蹴り足と蹴り足。拳は幾度と無く二人の鼻先をかすめてはいたが、どちらにもクリーンヒットした攻撃はなかった。

 実力は拮抗しており、千日手のような戦いが続いていた。


「わたくしと、神住様は、なんとしてもあの邪神像の前で結ばれるんですのよ! それに、あの邪神像には、わたくしと神住様が揃って行かないと、とんでもないことになるんですのよ!」


「待った!」


 契の馬鹿でかい声に、セレスは蹴りを繰りだそうとした足を止めた。


「なんですの! 待ったはずるいですわよ!」


「そんな事より、今の話しをちゃんと聞かせなさいよ!」


「だから、あの謎の邪神像には仕掛けがしてあって、わたくしと神住様が――」


 セレスの話を聞いて、契の顔が一気に青ざめていく。


「ねぇ、それって二人が危ないってことじゃないの……」


「あ……」


 セレスは口に手を当てて、しまった! と言う表情をした。

 

「こんなことしてる場合じゃない! 急いで、二人を助けに行かないと……」


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