160 不思議な肝試し。
「この御札を持って石段を登り、その境内の先にある謎の邪神像の前に置いてくればオッケーですわ」
セレスがそう言って石段を指差すと、脇に設置されている灯籠がぼんやりと明かりを灯しだした。
「謎の邪神像ってなんだよ!」
久遠がすかさずツッコミを入れる。
「さぁ、わたくしも存じ上げませんわ、なにせ《謎》の邪神像ですから……」
確かに《謎》と付いてしまっているのだから、それの正体がわかっていては辻褄があわなくなってしまう。謎のお菓子なんて書かれていた場合は、『最初からポテチでいいじゃねえか!』となってしまうからだ。
どうやらセレスもとぼけている訳ではなく、本当に謎の邪神像が何であるのか知らない様子だった。
「それじゃ、一番手行きますかな」
「そうだね、行こうか」
向日斑と真宙のペアが、一番手として懐中電灯を片手にスタートをきる。
「お兄ちゃんに変なことしちゃ駄目だからねーっ!」
ヤキモチから花梨が、ふてくされた表情で口をとがらせる。
「おいおい、男同時でそんなことあるわけ無いだろ、ガッハッハッハ!」
「あ、あははは、そうだよね」
石段を登る二人の姿は、段々と視界から消えていった。
※※※※
「禍神、お前あまり体力がありそうには見えないが、石段を登るのは平気なのか?」
石段を登り始めて、すでに十分あまりが経過していた。が、まだまだ石段の頂上は姿を見せてくれていなかった。
「心配してくれてありがとう。僕こう見えても体力はある方なんだよ」
真宙は腕をまくりあげて、力強さをアピールしてみせる。だが、色白で細くなまっちょろい腕は、懐中電灯の明かりの中で、更に弱々しさを醸し出していた。
「そうは見えないんだがなぁ……」
向日斑は自分の腕と真宙の腕を見比べてみるが、ゴリラとか弱い女性ほどの歴然とした差があった。
ただでさえ、この暗闇の中ならば女の子と間違えてもおかしくないくらいの容姿に、これまた声変わりをしたのかどうかすら謎な可愛らしい声。
出会った場所が男子校ではなく、他の場所だったならば、確実に初対面で女の子だと間違えた日がにないだろう。下手をすると、惚れていた可能性すらあるほどの可愛らしさである。
――まぁ、俺には七桜璃さんが、居るわけだけどな!
真宙がひ弱可愛いのは良しとして、向日斑には先取から合点がいかないことが一つあった。
肝試しと銘打っているものの、何時まで経ってもお化けや幽霊が脅かしに来る様子がないからだ!
肝試しといえばお化けに幽霊、これは鉄板であり約束事であるはずなのに、ただただ石段を登るだけ、これでは肝試しではなく、ただの筋トレになってしまう。
「そう言えば……。肝試しといえば脅かす役が必要だろうに、一体誰が脅かす役なんだ?」
そんな折、空気を読んだかのように、石段の横の茂みからカサカサと何かが動いているような音が聞こえてきた。
やっとのお出ましかと、向日斑は軽く身構えた。
ガシュッ
茂みの中から射出音と共に出てきたのは一本の槍だった。しかもその槍は見事に向日斑の心臓を狙って飛んできたのだ。向日斑は持ち前の野生児の反応速度で、シャツにかするギリギリの所で回避することに成功する。
槍の射出音を耳にしたのは二つ。となると、残りのもう一本は……
「禍神!」
慌てて真宙の方を振り返ると――そこには槍を手に持って、平然としている真宙の姿があった。
「ビックリしたね、向日斑君」
「お、おう……」
向日斑は同時に二つのビックリをしていた。
一つは予想外の禍神真宙の運動能力。
そしてもう一つは、まさか『肝試し』が直接肝(心臓)を狙って試してきていることに驚かされていた。
「いやまぁ、言葉の意味ではあってるかもしれんが、違うだろ! なんで直接心臓を狙って攻撃してくるんだ! 主催者は頭がどうかしている!」
「まぁまぁ、向日斑君。でもほら、これ見てよ?」
そう言って真宙は、手に持っている槍の先端部分を指先で突き刺してみせる。そんなことをすれば、普通ならば指が切れて出血をしてしまうはずなのだが、そうはなりはせずに槍の先端部分はグニュッと折れ曲がってしまった。
「こ、これは……」
素人目には普通の金属に見るものの、槍の先端部分は柔らかいゴムで出来ていたのだ。
「ね? 大丈夫でしょ?」
プニプニと槍先をつつきながら、真宙は余裕のある笑みを浮かべてる。
「か、禍神、お前……凄いな」
あの一瞬で、槍を掴みとるだけでなく、その材質がなんであるかも冷静に判断した真宙の能力に、向日斑は感服した。そして、この禍神真宙と言う人物が、一介の高校生ではないと知るのだった。
「さ、先に進もうよ。またなにか出てくるかもしれないよ? 楽しみだね」
「お、おう」
向日斑の野生の本能が、真宙の中に秘めれた何かを感じ取っては、武者震いをさせるのだった。
※※※※
「さぁ、そろそろ二番手が出発する時間ですわ」
一番手が出発してから約十五分後、肝試しの二番手が出発スタートの合図がかかる。
「いーやーだーなぁー!」
花梨はその場にしゃがみこんで、地面に棒きれで落書きの真っ最中だった。描かれていたのはディフォルメされた可愛いゴリラの絵だった。きっと、兄をかわいく描いていたに違いない。
「あーはっはっはっは! 肝試しが何なのか知らんないが! この蛇紋神羅様にかかれば、そんなもの一網打尽だ!」
ふんどし一丁姿の神羅は、確実に一網打尽の意味を理解してしなかった。
高笑いを浮かべる神羅を見て、花梨はゲッソリとした顔で地面にバッテンマークを書いた。
「もぉ、しゃ〜ないなぁ。行くぞ! フンドシ仮面!」
花梨は棒きれを投げ捨てて重い腰を上げる。立ち上がる時にオッパイがぷるるんと揺れた。
「フンドシ仮面? ふふん、それはこの俺様を褒め称えた言葉に違いあるまい。あれだろ、仮面ライダー的なヒーローという訳だな」
神羅はあやふやな記憶の中で、仮面ライダーの変身ポーズを思い出しては、これまたあやふやなポーズを決めてみせた。もはやそれは、変身ポーズというよりも、怪しい踊りといった感じでしかなかった。
「久遠ー! この人の頭の中、虫が湧いてるみたいなんだけどぉー!」
殺虫スプレーでも持っているならば、花梨はこの時躊躇わずに神羅に噴きかけたに違いない。
「それはもう病気だから、あきらめろ」
「わかった! 花梨もう開き直った! さぁ行くぞ! 急いで行って急いで帰ってくるからね!」
花梨は覚悟を決めて、ノッシノッシと大股で神羅の方に歩いて行く。
「な、なんだなんだ!? オッパイなど揺らして、俺様をどうしようとう言うのだ!!」
迫り来るオッパイ、ならぬ花梨にただならぬ威圧感を感じては、神羅は後ずさった。
花梨はそんな神羅の腕を強引に握り締めると、強引に自分の側へと引きずり寄せる。そして、
二人三脚でもするかのように、猛ダッシュで石段を駆け上がりだした。
「なんと、積極的な乙女か!」
「うっさい、バーカ!」
石段を三段飛ばしにして進んでいく花梨のペースに、神羅はついていけずに何度となくバランスを崩して転倒しそうになる。それを花梨が絶妙なバランス感覚で腕を引き上げて凌いでいた。
「し、知らなかった……。肝試しとは陸上競技の一つだったのか……」
神羅は間違った知識を一つ手に入れるのだった。
※※※※
「さてと、三番手ですけれども……。コホン、宜しいんですのよ? 急に順番を変えたくなったとしても、それは人として正しい判断なのですわ。だから、今すぐわたくしと順番を交換しても宜しいんですわよ?」
セレスは三番と書かれた棒を手に持ったまま、これ見よがしに姫華の周りをウロウロとし続けていた。萎縮してしまっている姫華は、
「何ぐだぐだ言ってるの! 時間でしょ? さぁお嬢様、わたしと一緒に楽しい肝試しに行こうじゃないのよ」
「嫌ですわ! 神住様と二人っきりになるために仕組んだこの肝試しだというのに、それでは意味がありませんわ!」
「こ、この女、仕組んだとか言い切っちゃったわね……」
「ええ、そうですわ! こうなったらわたくしも開き直りですわ! 恋人同士が二人きりになって何が悪いんですの! これは正しい行為なのですわ!」
セレスはもはや取り繕う必要などあるものかとばかりに、大見得を切って自分の正しさを主張した。
「どんだけワガママになれば気が済むのよ……。こうなったら、アンタに世の中が甘くないってことを、この拳で教えるしかないみたいね……」
契は腰を落として、いつでも蹴りと突きを放てるように構えを取る。
「あらあらあらあら、望むところですわ!」
受けて立つとばかりに、セレスは契の真正面に対峙して、動きやすいようにスカートを破いてスリットを入れた。
「そんなわけだから、わたしたちが戦っている間に、二人は肝試しに行ってきてよ?」
二人とは、久遠と姫華のことである。
「どうしてそうなるんですの!」
「何、それともアンタは私との決闘に逃げるっていうのかな?」
「そ、そんなことありませんわ!」
「そういう訳だから、姫、肝試しに行っておいでよ」
契はセレスに対して構えを解くことなく、姫華に軽くウィンクをしてみせた。
これが契が姫華の為のささやかな恋の手助けであることは、姫華に瞬時に伝わっていた。
だから、いつもならこんな時は『ちーちゃん、喧嘩はダメだよ?』と仲裁をするところなのを、グッと堪えて、姫華は自分の横でこの状況に唖然としている久遠に視線を向けると、小さくガッツポーズを取る。
そして……
「神住さん! 肝試し行きましょう!」
「……え?」
久遠の返事が来る前に、姫華は強引に久遠の手をつかむとそのまま石段に向かって歩いて行く。
自分の手を握る姫華の手の力が、予想以上に強い事に久遠は驚いた。
桜木姫華とは、こんな女の子だっただろか? もう少し、のんびりした感じの、ホワワンとした感じの女の子だったのではなかろうか?
そんな事を考えている間にも、姫華の手に導かれるように、久遠は石段を登って行くのだった。




