159 クジ引きバトル!
「肝試しのメンバーは、この公明正大なクジ引きで決めさせていただきますわ!」
そう言ってセレスは、人数分の棒が入っている筒状のものを取り出した。
「この棒を順番に引いていただいて、それに書かれている番号が同じ人が、ペアになって肝試しに出発ですのよ!」
「怪しいわね……」
契は、セレスの手に在るクジを露骨に訝しげに見つめた。
「な、何なんですの! まさか、このわたくしがイカサマをしているとでも言うんですの!」
勿論、セレスはイカサマをしていた。
この一見レトロな作りのクジ引きは、メイド三人娘の一人、黄影里里によって作られたイカサママシーンなのだ。棒に触れた瞬間、その人物のDNAを判定し、久遠とセレスのDNAにだけ反応して、棒に同じ番号を浮き上がらせるというシステムが組み込まれていたのだった。
「ちーちゃん、イカサマとかそんなのセレスさんに失礼だよぉ」
「そうだね、ちょっとわたしも言い過ぎちゃったかも」
姫華にたしなめられた契は、
「あ、あらあら、わかっていただければそれでいいですのよ、おほほほほ」
セレスは、珍しく素直に引き上げる契に拍子抜けしながらも、心の中でホッと安堵の息をついた。
だが、契がそんな事で
「おっとぉ、足が滑ったァァァっ!」
言葉とは裏腹に、契の軸足は何ら滑ることはなく、綺麗な弧を描く回し蹴りを放っては、セレスの手の持たれていたクジ引きマシーンを完膚なきまでに破壊したのだった。
「な、何をどうすれば、そう言う器用な脚の滑り方が出来るんですの!」
「ふふん、顔に命中させられなかっただけ、良かったと思いなよ!」
「ぐぬぬぬぬ……。そう来ましたわね……。ならば、あらあらあらら、わたくしは手刀が滑りましたわァァァッ!」
セレスの手刀は狙いすましたかのように、契の肩口に打ち込まれた。が、契はそれを既の所で、半歩下がって回避することに成功した。
「アンタの行動は読めてんのよ!」
「ならば、今度は全身が滑りましたわァァァァ!」
「こっちは、全力全開でバランスを崩したァァァァッ!」
これはもはや、身体が滑ったとかバランスを崩したとかではなく、ただの喧嘩以外の何者でもなかった。
高速の拳と拳、蹴り足と蹴り足が、火花をちらしてぶつかり合う。
「ほぉ、肝試しというのは、ああいうものをいうのか……。庶民のやることはわからないものだなぁ、あーっはっはっは!」
神羅は、隅っこで体育座りをしながら、真宙を相手に、五目並べをしていたのだが、自分の前まで吹き荒れる二人の拳の風圧に、その手を止めて物珍しげに二人の戦いに目を向けた。
「おいおい、神住、お前の彼女が戦っているわけだが、止めないのか?」
「止めないのかぁ〜!」
向日斑兄妹は、二人して久遠に、この戦いを諌めるように言うのだが……
「ん? 向日斑、俺に死ねというのか?」
ただでさえ、既にここ数日で何度も死線を彷徨ってきているというのに、いま喧嘩を止めようと、二人の拳圧の間に入れば、どうなるのかは容易く想像がついていた。
――これ以上記憶喪失になるのは懲り懲りだ!
「でも、こういう時は彼氏の出番だよ? だから、お兄ちゃんやっちゃってー!」
「ウッホ!」
「え?」
向日斑は、久遠の身体をまるで槍投げの槍のように肩に担ぐと。ミサイル宜しくバトルの最中の二人に向かって投げつけたのだった!
「ヒェェェェェッ!」
悲鳴を上げる久遠は、まさしくミサイルのように一直線に、セレスと契の戦いの中へ……。
その久遠ミサイルを迎撃するのは、反射的に出た二人の蹴り足だった。
二人の蹴り足は見事に、久遠の土手っ腹を貫いた。
「ゲフッ……」
久遠の口からキラキラと星明かりに照らされて吐瀉物が撒き散らされる。
「バッチィですわ!」
「えんがちょ!」
二人は持ち前の運動神経で、その吐瀉物を回避することに成功する。そして、その時やっとこの謎の飛行物体が、神住久遠という人間であることに気がつくのだ。
まぁ気がついた時には、久遠は既に飛行物体でも何でもなく、地面の上でピクピクと身体を痙攣させる、陸に上げられた魚のような状態になっていたのだが……。
「だ、誰が神住様にこんな酷いことを!」
セレスは、久遠を上半身を抱きかかえて、力なくダラーンと垂れている手をとった。
「アンタでしょ……」
契はまるで自分は関係ないとばかりに言って捨てる。
「待て……。こうしてまた争いを起こしては……俺の犠牲が無意味になるじゃないか……」
「か、神住様、お目を覚ましていらしたのですね!」
「何か最近……こういうことに耐性が付いてきた気がする……」
気がするではなく、実際久遠の打撃に対する耐性能力は格段にアップしていた。これは、赤炎東子が、久遠が怪我をする度に実験材料として怪しげな薬を使用し続けてきた賜であった。
痛みは残るものの、身体の細胞は、驚くべき速度で回復を果たしているのだ。
「なわけだからさ、仲良く肝試しやろうぜ?」
「わ、わかりましたわ!」
こうしてインチキクジを破壊されたセレスは、渋々イカサマ無しのクジで肝試しの順番を決めることにするのだった。
そして、くじ引きの結果……。
「どうして、わたくしが……あなたとなんですの……」
「それはこっちの台詞なんだからね!」
三番と書かれたクジを持っているのは、苦虫を噛み潰したような顔したセレスと契だった。
「あーっはっはっは! なんと、俺様もクジを引いていいとはな! うっかりされていたとばかり思っていたぞ! 二番だ!」
「ちぇっ……。何でお兄ちゃんと一緒じゃないんだよ―!」
二番のクジを引き当てたのは、お情けで肝試しに参加を許された蛇紋神羅と、花梨だった。
「お! 俺は一番か」
「向日斑くん、よろしくお願いします」
真宙は、ペコリと丁寧に頭を下げる。
「なんだかわからないが、禍神って誰かに似てる気がするんだよな?」
向日斑は真宙を、しげしげと眺め回すだけでなく、クンクンと匂いをかぎだした。
「そ、そうかな?」
「まぁ、細かいことはいいか。楽しもうな!」
そして、最後に残ったのは……。
「桜木さん、よろしくね」
「あ、はい! こ、こちらこそよろしくです!」
四番と書かれたクジを引き当てたのは、久遠と姫華だった。
姫華は、四番と書かれたクジを両手でしっかり握りしめて、目の高さまで持ち上げて食い入るように見つめていた。
心の中では『やったぁ!』と大喜びなのだが、それは胸のうちに秘めておいた、小さくバレないように深呼吸をして呼吸を整えた。
「姫華! もしよろしければ、変わってあげてもいいんですのよ!」
姫華のクジを狙って、セレスが獲物を狙う狼のような視線を投げかける。今にも隙あらば、そのクジを強奪せんばかりの勢いだった。
「え、あの……でも……」
姫華の心は揺れていた。
彼女である、セレスにクジを渡す事のほうが正しいのではないかと思ってしまっている心が胸のうちにあったからだ。
けれど、そうすることで、自分に言い訳を作ろうとしていることも、同時に理解していた。
「姫!」
契が今までに見せた事のないキツイ視線を姫華に向ける。
契は姫華の心の中を見透かしていたのだ。
だから……『頑張れ! 負けるな!』と、活を入れようとしてくれている。
親友の想いに応えなければ……。
「ご、ごめんなさい! やっぱり公平にクジをしたんだから、ちゃんとしなきゃいけないと思うの……」
四番のクジを両手で胸の中にうずめながら、震える声で姫華は言った。
「う……。そ、それはそうですけれど……」
「まぁセレス、そんな気にすることでもないだろ?」
「神住様がそうおっしゃるのなら……」
久遠本人に言われてしまっては、セレスはすごすごと退散するしかなかった。
こうして、波乱の肝試しは幕を開けるのだった……。




