158 肝試しですわ!
「う、うーん……」
唸り声をあげるのは、医務室のベッドに寝かされている神住久遠
そして……。
「あーっはっはっはっは……」
器用にも眠りながら、高笑いをしているのは、蛇紋神羅だった。
二人は、隣り合わせのベッドに寝かしつけられていた。
その二人の治療を施しているのが……。
「うふふ……。新しい実験材料がまた一人……」
注射器を片手に舌舐めずりをし、二人をモルモットを見るような目で見つめる赤炎東子なのだった。
「赤炎! 神住様は実験材料なんかじゃありませんわよ! 実験をしたいなら、そっちの馬鹿で存分におやりなさい!」
そんな事をさせてなるものかと、セレスは寝ている久遠の前に、両手を広げて通せんぼする。そして、馬鹿と呼んだ蛇紋を指差した。
「待ってください! 蛇紋様は、たしかに馬鹿ですけれども、悪いバカではありませんよ!」
どうやら禍神真宙は、言葉に絹を着せることが出来ない性格のようで、己の主が馬鹿であることを否定しなかった。まぁ、潜水艦で乗り付けようという馬鹿なのだから、こればかりは否定しようがない。
「まぁまぁ、わたしもそんなマッドサイエンティストなわけではありませんし。普通に治療を施すだけですので、ご安心くださいませ」
「ほ、本当ですの……」
セレスは疑いの眼差しで東子を見やった。
疑うのも無理は無い、この別荘に遺伝子操作したモンスターを大量にはなっている人物が、マッドサイエンティスト以外の何者であるのだろうか。
「そう言ってくださるのなら安心です」
そんなことを露ほども知らない真宙は、素直に言葉を受け取ると、ホッとして胸をなでおろした。
「わ、わたしが悪いんです……。わ、わたしが貝殻なんか投げつけちゃったから……。わ、わたしが悪いんですぅ……」
姫華はベッドに顔を押し付けて泣き出してしまう。
契はそんな姫華の背中にそっと手を置くと、子供をあやすように優しく撫でてやるのだった。
「ま、まぁ、どうしてそんな事をしたのかはわかりませんけれども、悪気はなかったんでしょ?」
「……」
姫華はセレスの問いに答えることが出来なかった。
久遠とセレスに嫉妬をしての行動だったなどと、面と向かって言えるはずがないのだ。もし、そのことを正直に説明しようものならば、人間関係が一気に複雑化をしてしまうのは必至だった。
「あ、あれだ! 姫はちょっと手を滑らせただけなんだよね? そうだよね?」
「……」
姫華は契のフォローの言葉にも返答することができないでいた。
「コホン、兎に角、神住様は大丈夫ですわよね?」
「ええ、お嬢様。この程度の傷でどうにかなるようでしたら、今までに二桁は天国に行っていますよ」
東子は、久遠のベッドシーツになぞるように指を這わすと、いたずらっ子でも見るように、微かに口元をほころばせた。
「その言葉を聞いてどうリアクションしていいのか、わたくしわからないんですけれども……」
その回数のうちの半数近くは、契とセレスによるものであるのは明白であり、それに比べれば、姫華のしたことなどかわいらしいことでしかなかった。
「あら、そんなことを言っている間にも……」
東子は久遠のオデコを軽く指先で弾いてみせる。それに反応するように、久遠はガバッと上半身を起こしたのだった。
「うわっ! なんだなんだ! ここはどこだっ! 俺は……誰!? って、もう記憶喪失は懲り懲りだ!」
「ん? 呼んだか?」
今まで部屋の隅でバナナを食べることに勤しんでいた向日斑が、にゅっと顔を出した。
「懲り懲りだ! であって、ゴリラだ! じゃねえよ!」
「うむ、そのツッコミ、大丈夫そうだな」
「大丈夫って何がだよ! たしか俺は海にいて……後頭部に痛みを感じてだなぁ……」
「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!」
「へ?」
姫華は、久遠のベッドの前でいきなり土下座をすると、ごめんなさいの言葉を連呼し続けた。
突然の行動にあっけにとられたのは久遠だけではなく、その場に居た全員が姫華の行動に驚きを隠せなかった。
「えぇい! 五月蝿い! 俺様は蛇紋神羅であるぞ!」
「蛇紋様!」
蛇紋は、姫華のごめんなさいコールの声に目を覚ましたのだが、真宙以外の誰ひとりとして、注目することはなかった……。
※※※※
「という訳で、気がつけばもう夜なのですわ―!」
医務室での騒動を終えて、夕食を済まました一行は、夜のジャングルに何故か存在する石段の前に集まっていた。
みなは思い思いの動きやすい服装でいる中、セレスだけはいつも通りにごてごてしたドレスを着用していた。
「石段……嫌な予感しかしない……」
首が痛くなるくらいに見上げなければならない石段を目にして、久遠はこめかみの辺りがズキズキするを感じた。石段といえば、久遠は何度となく契に呼び出された神社の境内で死地を彷徨っているのだから、嫌な予感がするのは当然といえば当然だった。
「ねぇねぇ、セレセレ、夜中にこんなところに集まって何するの―?」
花梨が、ワクワクと期待に大きな胸を膨らませながら尋ねた。
「ふふふ、夏の夜とくれば決まっていますわ……。肝試しですわ―!!」
セレスは何故か華麗にくるりとターンを決めて、満天の星空を指差しながら宣言した。
「そう肝試し……。暗い夜道を二人で歩いている間に、『キャッ』『大丈夫かい?』『大丈夫ですわ……、でも足をくじいてしまったみたいですわ……』『じゃぁ、僕が抱きかかえてあげるよ』『は、恥ずかしいですわ……』『ほら、恥ずかしがらずに!』『はいですわ……』こうして、二人は愛の絆を深め合うのですわ……」
自己陶酔しながら、芝居ががったセレスの言葉は、星空の中へと消えていくのだった……。
「肝試し……。あーっはっはっは! この蛇紋神羅様の、肝を試そうなどと、なんと恐れ多い奴らめ! しかし、あえてこの庶民のイベントに参加してやろうではないか!」
着替えの服すらなかった神羅は、何処から手に入れたのかわからない褌一丁でここに来ていた。
そして、医務室と同じく、召使である真宙を除いて、誰一人としてその言葉を聞こうとするものはいなかった。
「あ、あの……蛇紋様、わたしたちは元から参加メンバーに入っていないようなんですけれども……」
真宙は、着替え用の服をセレスから借りており、パーカーにショートパンツというラフな姿になっていた。
性別を知らない人が目にしたならば、中学生くらいの女の子と間違えてもおかしくない風貌だった。
「なに? まさか……またあれなのか! またしても、こいつらは《うっかり》してしまっているのか?」
真宙は神羅が馬鹿であってくれて本当に良かったと思った。
「えぇ……きっとそうに違いありません……。だから、端っこのほうで静かにしていましょう」
神羅の手を引くと、邪魔にならない場所へと誘導する。
「そうか、うっかりなら仕方がないな。端っこのほうで静かにしていようではないか! あーっはっはっは!」
「はぁ……」
真宙のため息は、地面を抉り取るほどに深くて重いものだった……。




