157 馬鹿が海からやってきた。
久遠、契の、行方不明事件もなんとか解決して、一行は館への帰路へとついた。帰りの道中にも、何度かモンスターとの遭遇はあったのだが、そこは向日斑兄妹の活躍もあって無事に館へと到着に成功したのだった。
こうして、海でのセクシー水着シーンを堪能することなく、別荘での二日目を終割を告げた。
※※※※
そして三日目。
昨日の水着成分を補充するべく、いきなり久遠たちはビーチへと繰り出したのだ。
「さぁ、神住様、今日こそはわたくしの水着姿を存分に堪能してくださいまし!」
先日の過ちを繰り返さないように、セレスは小細工を施さない普通の水着で久遠の前に対峙した。とは言え、実はこっそりと少しだけ胸にパッドを入れているのだが、それくらいは乙女の嗜みとして許してあげるのが男の心意気といえよう。
「どうですか? 似合っていますか?」
照りつける夏の日差しが、セレスの肌に汗のしずくを浮かび上がらせて、それがなんとも艶かしく見えていた。
「あ、ああ、似合ってるよ」
ぶっきらぼうかつ、素っ気なく答えてみせる久遠だったが、内心はそうではなかった。
『うっひょー……。かわいい! かわいいじゃないか! しかも、これが俺の彼女! 最高だ……最高じゃないかあああああ!』
と、勢い余って成層圏を突破して、人工衛星になるくらいまで飛び上がって喜んでしまいたいほどだったが、そこは中二病の久遠である。あきらかにバレバレではあるが、クールな風に取り繕うように頑張ってみるのだが、実のところセレスの水着姿にいささか興奮して、鼻血が出そうなレベルに到達していた。
ハーフの美少女の水着姿。
確かに、オッパイは小さい、オッパイは小さい、オッパイは小さいけれど(大事なことなので三回言いました)、それを差し置いたとしても、あのいつも自信に満ち溢れて高飛車なお嬢様が、ドギマギしながら自分に『似合っていますか?』などと感想を求めてくる。そのシチュエーションだけでも、もうお腹いっぱい、鼻血ブーなのだ。
目をそらせて直視しないようにしているのも、見つめ続けていると、久遠の身体の一部分に変化を起こしてしまうかもしれないからに他ならない。
「あら、あらあらあらあら、神住様、もしかして……。お照れになっているんですの? ねぇねぇ、そうですの?」
「そ、そんなこと無いってばよ!」
あまりの図星っぷりに、久遠は慌ててどこぞの忍者のような語尾を使ってしまう。
つまるところ、別荘三日目は、とても平和かつ、ラブリーなスタートを迎えていた。
「お兄ちゃん見て見て! わっかりやすいラブコメしてるよ―」
砂浜で戯れ合う久遠たちを横目に、向日斑兄妹は、少し沖の方まで出て泳ぎを堪能している真っ最中だった。
「うむ、羨ましいな……」
と、素直な感想を述べてしまってから、向日斑は、慌てて口をふさいだ。
向日斑の愛する七桜璃も、この島に来ては居るのだが、その事を向日斑は知りはしない。
「こんな可愛い妹が一緒なんだよ? 羨ましがるんじゃないっ!」
花梨は、バタフライで水面からトビウオのようにピョン飛び出して向日斑の背中にしがみつくと、わざとらしく豊満な胸の膨らみをこれでもかとばかりに背中に押し付けた。
「はいはい、花梨はかわいいな」
「えへへっ、そうだぞっ! 花梨はかわいいんだからねっ」
これもまた平和な光景だった。
そして、残りの二人はというと……
「ほらほら、ちーちゃん、綺麗な貝殻だよ〜」
姫華は波打ち際に落ちている貝殻を見つけては、まるで宝石を見るかのように目を輝かせていた。
それとは相反するように、契の目は腐った魚のように輝きを失っていた……。
元気よく波打ち際を陽気なスキップで進む姫華の後ろを、契はゾンビのようにズルズルと重い足を引きずりながら進むのだった。
「うーん、ちーちゃん元気ないなぁ……」
昨日の事で、疲れているのかな? と、姫華は少し心配をしたが、契の疲労は体力的なものではなく、精神的なものから来ていた。
記憶を失ったていたとはいえ、あの神住久遠と恋に落ちてしまったのだ。昨日の夜も、それは悪夢となって契に襲いかかってきた。
夢のなかで抱きしめあう契と久遠、ほてるような表情で見つめ合うと、熱いキスをかわして……さらに次の段階に……。と、なりかけた瞬間に『うわああああああ』と、大絶叫をあげて目を覚ましたのだった。
――どうして、アイツはあんな事があったのに、平気にしていられるのよ……。
契は、セレスとイチャついてる久遠の方を見ては、奥歯を強く噛みしめると共に、近くにあった貝殻を一つ握りしめては、気が付かれないように久遠の後頭部めがけて投げるつけたた。
「イてぇっ!」
数十メートル先の久遠の後頭部に、その貝殻は見事に命中した。久遠は大きく頭を揺らして、その衝撃にバランスを崩しては、目の前にいたセレスに覆いかぶさるようにして倒れこんでしまう。
「あら、あらあらあら……神住様、大胆すぎますわ……」
いわゆる一つのラッキースケベ状態。それが契の投げた貝殻によって引き起こされてしまった。
そう、二本の腕でなんとか上半身を支えたとはいえ、足と足は絡み合い、久遠の顔とセレスの顔は十数センチの距離にあった。このまま腕の力を緩めて重力に従えば二人の唇は重なりあう。
セレスの唇が、こっちにおいで、こっちにおいでと甘い果実のように誘惑する。少し腕を曲げて、距離を縮めて、その感触を、味覚を味わいたい。その欲求に惑わされるのは、男子として普通なことに違いない。
今まさに、成るように成れと、久遠の顔がセレスに近づきかけた刹那。
「えいっ!」
「ぐはっ!?」
突如、久遠の後頭部に手裏剣のような鋭利な物体が突き刺さった。
えいっ! と言う勇ましくも可愛らしい声の主は、なんと桜木姫華だったのだ!
桜木姫華は先程まで宝石のように大事に手に持っていた貝殻を、野球ボール宜しく全力で振りかぶって投げつけたのだ。その速度たるや、先ほどの契のものにも負けないほどだった。
「か、神住様ぁ!?」
打ちどころが悪かったのか、久遠はそのまま身体をセレスに重ねるように倒れこむと、意識を失ってしまう。
「ひ、姫……」
その一挙手一投足を完全に目撃してしまった契は、開いた口がふさがらないほど驚きの色を隠せないでいた。
あの消極的が服を着たような姫華が、こんなアグレッシブな行動に出るなど、小さい頃から知ってる契ですら予想がつかなかったのだ。
「あれ? あれれ、わたし今何しちゃったんだろ……?」
どうやら、当の本人も自分のやった行動が信じられないようで、貝殻を投げた右腕を不思議そうに見つめていた。
それと時を同じくして……。
「あれ、お兄ちゃん、何か変なのがこっちに向かってくるんだけど……」
向日斑と遠泳に出ていた花梨が、遠く離れた地平線に人影のようなものを発見して指を刺した。
「ん? ここは無人島だぞ。そんな非常識なことが……」
いつも非常識なことを軽々とこなす人物の台詞とは思えなかったが、普通に考えればこんな場所に偶然人が流れ着くなんてことは、あり得はしないことだった。
が、それはあり得たのだ。
「ついに俺はこの島に上陸を果たしたぞ!」
「はい、蛇紋様」
漂流する板切れの上に仁王立ちをしているのは、ボロボロになったスーツ姿の蛇紋神羅と、その横で倒れないように必死に蛇紋の身体を支えているのは、シミ一つ付いていない執事服姿の禍神真宙だった。
※※※※
時間軸は、久遠たちがこの島に到着した日に戻る。
「おかしい……どう考えてもおかしい……」
蛇紋神羅は、苛立ちを隠せないまま、自宅の自室でマホガニー製の机をトントンと人差し指で叩き続けていた。
「どうなさったんですか、蛇紋様?」
当たり前のように、お側で膝をつくのは、禍神だった。
「うむ。俺は確か、みんなで金剛院家の別荘に行く話の中にいたはずだな?」
「はい」
「それなのに、どうして誘われないのだ!」
「そ、それは……」
禍神は返答に迷った。『それは蛇紋様がいらない子だからです』等とは口が裂けても言うことが出来ない。
「き、きっと、うっかりしてしまったのです! つい、うっかりして蛇紋様を誘い忘れたんですよ!」
苦しい言い訳だった。けれど、禍神には勝算があった。
「そうか……うっかりか! ならば仕方がないな!」
禍神は自分の主が、基本的に事をネガティブに考えない人物だということを熟知していたのだ。
得心がいった蛇紋は、それで話を終わらせればよかったのだが、そうはいかなかった。
「よし、ならば俺たちもその金剛院の別荘とやらに向かうぞ!」
「え、ええぇぇ……」
こうして、蛇紋神羅と禍神真宙は、何処に在るのかもしれない金剛院家の別荘を、有り余る財力を投入して探査を始めたのだ。
※※※※
「はーっはっはっはっは! 流石我が蛇紋財閥の誇る情報網よ! アッという間に金剛院家の別荘を探し当てることが出来たわ!」
無数の計器類に囲まれた密室の中で、蛇紋は高らかに笑いあげた。その声は耳障りなほどに、周囲の金属に反響した。
「こ、ここまでやらなくても……」
禍神は自分が置かれている場所を見やっては、深い溜息をついた。
ここは、蛇紋家の自家用潜水艦の中である。
どうしてわざわざ潜水艦を用意したのか?
答えはいたって明白で……ただ目立ちたいだけだった!
潜水艦での突然の登場。
『はーっはっはっはっは! 蛇紋神羅様の登場だァァ!』
ただ、それを演出するためだけの潜水艦。アホなお金の使い方としては上位にランクすることだろう。
蛇紋たちを乗せた潜水艦が、神無島に近づいた時に異変は起こった。
ガスッ、と何かに衝突したような音が艦内に響き、いつもの様に仁王立ちをしていた蛇紋の足元をふらつかせた。
「何が起こったのだ! 説明しろ!」
蛇紋が即座に潜水艦のクルーに尋ねる。
「わ、わかりません……。何が強い力でこの潜水艦を掴んでいるような……」
「馬鹿を言うな! この潜水艦を掴むなど、海の悪魔クラーケンでもいなければ不可能だろうが!」
この時の蛇紋の感は、冴えに冴えまくっていた。
そう、この潜水艦を掴んでいたのは、クラーケンの触手だったのだ。
赤炎東子の作り出したモンスターは、何も島の中だけに居るわけではなかった。海中にも潜んでいたのだ。
金剛院家の許可無くこの海域に近づくものを、襲うように教育されているクラーケンは、その使命に従って蛇紋家の潜水艦に襲いかかったのだった。
「ふ、船が圧壊します……」
「は?」
こうして蛇紋家の潜水艦は海の藻屑と消えた。
そして、海を漂流すること二日……。
命からがら、蛇紋と禍神は島へと辿り着くことが出来たのだ。
※※※※
「あーはっはっはっはっは! 蛇紋神羅様だあああ!」
自力で砂浜までたどり着いた神羅は、高らかに笑ったまま仰向けに倒れ、何かをやりきったという満足気な笑みを浮かべてそのまま意識を失うのだった。




