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154 久遠の力?


 久遠くおんのプランとは、単純極まりないものだった。

 崖ギリギリまでドラゴンモドキを引き付ける。そして、すんでのところでかわす。すると、勢いのついたドラゴンは止まることが出来ずに崖を踏み外す。あのドラゴンの翼は飾りでしかないので、為す術もなく崖の下へと真っ逆さまという寸法だった。

 あの屈強なドラゴンと言えども、生き死にまでもは分からないにしても、この高さから落ちてはすぐさま這い上がってくることは不可能に違いない。つまりは、その間に安全な場所まで逃げ切ることが可能なのだ。


『完璧だな……』


 だが、問題はある。

 誰が、ギリギリまでドラゴンを引き付けるのかということだ。

 正直な所、ドラゴンとはまだ数十メートルは距離が離れているというのに、久遠は既にいつおしっこを漏らしてもおかしくないくらいの状態である。もし、漏らしたとしても海パン姿であるがゆえに、少しくらい目立たないのが唯一の救いといったところだろうか。

 現在も、足は竦み身体は震えが止まらない。

 かと言って、こんな危険な役割を女性にやらせるなど、久遠の中にほんの微かに存在するプライドが許さなかった。

 

「俺がドラゴンをギリギリまで引きつけて、崖の下に突き落とす。だから、アンタは離れててくれ!」


 声はうわずっていたし、震えてもいた。決して格好の良い言い回しでもなかった。しかし、これがごく普通の人間である久遠にとっての、最大限の勇気だったのだ。

 ちぎりは、久遠の言葉に、感動すら覚えていた。

 自分を助けてくれるために、名も知らぬ異性が文字通り命を張ってくれるのだ、これに感動せずして、これに愛を覚えなくてなんとする。

 契に記憶があったならば……


『任せた! 勝手に死んでろ!』


 位の事を言ってのけたかもしれないが、いま眼の前にいる異性を、オッパイ大好き、忍者大好き、中二病全開で、単細胞生物以下の存在である神住久遠かみすみくおんとしてではなく、頼りがいのある男性として捉えてしまっているのだ。


「そんな、あなただけを危険な目に合わせる訳にはいかないわ!」


 契は、自分の身体能力が、普通の人間よりもいくらか高いことを、先程の逃走中に理解していた。ならば、命をかける役目は自分のほうが的確ではないかと判断したのだ。

 契は久遠の前に一歩踏み出すと、自分が囮になることをアピールした。

 

「待つんだ! ここは俺に男らしいところを見せさせてくれよ……」


 そうは言ってみたものの、久遠の瞳には涙が滲んでいた。数分後にはもしかすると、この世にはいないかもしれないのだ、男の子だって泣きたくなってもしょうが無い。

 大粒の涙をいっぱいに溜めながら、虚勢を張る。そんな久遠に契は男の中の男を見た。

 すなわち、吊り橋効果も相なって、確固たる愛を芽生えさせてしまったのだ。


『わたし、この人が好きだ! 好きな人は、何があっても守らなきゃ駄目! わたしの心の中がそう叫んでいる……』


 その思いは、桜木姫華さくらぎひめかに向けられていたものであることを、今の契は覚えてはいない。姫華と久遠を重ねてしまっているのだ。

 愛するものを守るために、自分の存在意義のすべてを掛ける。それが冴草契さえぐさちぎりという人間である。記憶を失っていても、その根幹は揺るぐことはなかった。

 

「ううん、わたしがあなたを守るわ……。だって、わたし……あなたの事を……愛して……」


 そこまで言いかけたところで、今まで空気を読んで待機していてくれたドラゴンが、遂にしびれを切らせて動き出した。

 ドラゴンは何の迷いもなく、一直線に二人に向かって土煙を上げて走ってくる。

 

「ま、待てよ! まだ心の準備ってのがよぉ!」


 世の中というのは、準備を待ってくれるほど甘くはできていない。

 このままでは、二人共ドラゴンに巻き込まれるように崖下に落ちてしまう。

 

 ――ここだ! ここなんだよ! 俺の中に隠された力が眠っているとするならば、目覚めるタイミングはここを置いて他にないんだよ! だからさ、目覚めろよ! 俺の本当の力!!


 両足を大地に根を生やしたかのようにして踏ん張ると、久遠は丹田に力を集中させる。ドラゴンがこちらに来るまでほんの数秒、その間に久遠の中に隠された真の力を開放させるのだ。


「出ろよ! 俺の力!」


 気合一閃、丹田にこめられた力は……


 ぷぅ〜


 ガスとなって肛門から放出された。


「え?」


「は?」


「グルル?」


 久遠、契、ドラゴン、二人と一匹は思わず時間が止まった空間に迷い込んでしまったかのように、動きを止めた。

 これぞ、久遠の隠された力『空気を読まないオナラ』である。

 

「い、いまだ!」


 いち早く停止された空間から舞い戻った久遠は、まだ固まっている契の手を引き、ドラゴンの股をくぐり抜けるようにして、崖とは反対方向に走りだした。

 恐竜ゆえの鈍感さのため、最も遅れて停止状態から回復したドラゴンは、目の前に二人がいないことに気が付かないまま、崖に向かって走りだしてしまった。


「ガル?」


 ドラゴンがまんまと二人の罠にハマったことに気がついたのは、既に自分の足元に地面が無くなった時だった。そう、時既に遅しである。

 重力に逆らうことなく、ドラゴンは崖の下へと落ちていく。その時、重力に逆らおうと背中の羽を力いっぱいに羽ばたかせるのだが、久遠の予想通りに、その巨体を空高く舞い上がらせるには、圧倒的に揚力が足りてはいなかった。


「アンギャーーーーッ!」


 断末魔のような咆哮が、波間にこだまする。哀れドラゴンは、数十メートル下の海へと叩きつけられてしまったのだ。

 

「これぞ、人類の英知の勝利だな……」


 久遠のお尻からは、今もまだ得も言われぬ臭いが漂っていたが、契は敢えてそのことには触れないようにしてあげた。それが、女の子としての優しさだと思ったからだ。

 

『ペッタンンンンン!!』


 妖怪ペッタン娘だけが、鼻をつまんで苦しそうに顔を歪めていた。


「と、兎に角、今のうちに何とかしてこのジャグルから脱出しよう!」


「うん!」


 二人の手はいまだ繋がれたままだった。

 先程よりも、強く強く握りしめられた手を離すことなく、二人は走りだしたのだ。



 ※※※※


「キイィィィィィィ! な、なんだかわかりませんけれど、嫌な予感しかしませんですわああああ!」


 セレスの金髪ツインテールは、妖怪アンテナのごとく垂直に逆だっては、危険なシグナルを発していた。

 赤炎東子せきえんとうこの忠告を聞きもせずに、セレスたちは久遠捜索の為にジャングルの中へと足を踏み入れていたのだった。


「急いで、神住様を見つけませんと……」


 セレスは焦っていた。その焦りの正体が何であるのかは、わからなかったが、胸の動悸が止まらなかったのだ。


「もぉ、セレセレそんなこと言ってる暇があったら手伝ってよぉ!」


 花梨かりんは、首だけセレスの方を向きながら、前方に向けて強烈無比な回し蹴りを放った。

 蹴りを浴びせた相手は、ファンタジー世界では一般的にリザードマンと呼ばれる存在であった。簡単に用紙を説明すれば、二足歩行をするワニである。ファンタジーのリザードマンであるならば、知能を有していたり道具を使用したりするのだが、このリザードマン、いやさリザードマンもどきは、ただ二足歩行が可能になっただけのワニである。

 とは言え、強固な革に覆われたリザードマンにダメージを与えるのは、普通の人間では不可能。しかし、それを容易く可能にしてしまうのが、この常識はずれな兄妹、向日斑文鷹むこうぶちふみたか&花梨である。


「すまないな、ちょっと退いててくれ!」


 向日斑は二メートルを超えるリザードマンの身体を、いとも簡単に持ち上げてみせる。リザードマンは地に付かない両足をバタつかせて暴れるのだが、それを意にも介さずに自分たちの進行方向の邪魔にならないように放り投げた。

 

「きゃっ」


 投げ飛ばされた音にビクッと身体を震わせたのは桜木姫華だった。

 こんな時、いつも隠れていた契の背中は今ここにはない。

 怖かった、今にも泣いてその場にしゃがみこんでしまいたかった。『姫、大丈夫だよ!』そんな契の幻聴すら姫華の耳には聞こえてきそうなほどだった。

 姫華は、いつも自分が契に守られていたことを実感していた。

 孤独という重圧と、何が襲いかかってくかわからない恐怖心が、姫華の繊細な心を蝕んでいた。

 

 ――駄目だよ! 頑張らないと、わたし頑張らないと! ちーちゃんと、神住さんを助けるんだ! いつも助けられてばかりじゃ駄目なんだ! 


 挫けそうになる心を、必死に鼓舞させるのだが、身体はそれに反応してはくれずに、竦んでいばかりいる。


「桜木さん、あなたはビーチで待っていて宜しいんですのよ?」


「ひゃっ……」


 後ろからセレスに声をかけられて、姫華は思わず悲鳴を上げてしまった。


「そんなに怯えていては、ちょっとしたことで怪我をしてしまいますわよ。悪いことは言いませんから、戻ったほうが宜しいですわ。迎えに赤炎をお呼びいたしましょうか?」


 この言葉には二つの意味があった。

 一つは、姫華を心配しての素直なセレスの優しさ。

 もう一つは、姫華がいては邪魔になるだけだという、非常な現実だった。

 

「ご、ごめんなさい……。でも、でも、わたしも二人を助けたいの……だから……」


 けれど、自分がいたところで、何の手助けにもならないことを、姫華は知っていた。むしろ、邪魔になるであろうことすら、姫華は承知していたのだ。

 それでも、そうだとしても、姫華は戻るわけにはいかなかった。

 二人を助けたい、その気持ちだけは、誰にも負けてはいなかったのだ。

 だから、気の弱い姫華が見せたワガママ、それがこの救出隊に着いて行くことなのだ。

 だから姫華は顔を上げ、前を向いて、歯を食いしばるのだ。


「はぁ……。なんやかんやで、あなたも強情なようですわね……。危なくなったら、ちゃんと逃げるんですわよ?」


 セレスは根負けしたように、姫華の方を優しく叩いた。


「うん、ありがとう。金剛院こんごういんさん……」


「セ、セレスでいいですわ……」


 ソッポを向いたまま、セレスは照れているのを隠して言った。


「ありがとう、セレスさん。じゃあ、わたしも姫華でいいよ?」


「わ、わかりましたわ。それじゃ、行きますわよ、ひ、姫華!」


「うん!」


 共通の目的のために、二人の兄だに友情が芽生えた瞬間だった。


「ぶーぶー! なんだか、あっちは青春しちゃってるよ、お兄ちゃん!」


「こっちは大忙しなんだけどな、ウホウホ……」


 友情を深め合ったセレスと姫華を横目に、向日斑兄妹は新たに襲いかかってきた、身体がライオン、背中に蝙蝠の羽、サソリの尻尾を持つ魔獣、マンティコアとの戦い追われているのだった。



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