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16 動物はある意味家族よりも家族。


 駅を降りてから、徒歩数分にあるビルのワンフロアに、小動物ふれあいランドはあった。


「こっちです、こっちですよー。早くー、早くー!」


 桜木姫華さくらぎひめかは、俺たちを手招きしながら、小走りで小動物ふれあいランドの入場券販売所へと向かう。俺と冴草契さえぐさちぎりは些か桜木姫華の勢いに気圧されるようにして後を付いて行く。

 ゴールデンウィークだというのに、この小動物ふれあいランドは人気ひとけもなく閑散としており、この施設の不人気ぶりが伺えられた。

 まぁそうだ、せっかくの長期連休なのだから、こう言っては何だが、もっとちゃんとした所に遊びに行っているに違いない。動物が好きならば、動物園に行けばいいのだ。

 俺は入り口に付近に置かれていた、この小動物ふれあいランドのパンフレットに手に取り目を通した。


「ふむふむ、ウサギ、フェレット、モルモット、ハムスター、チンチラなどと触れ合えることが出来ますか……」


 名前の通りに、ここは小動物専門のようで、犬や猫すら居ないようだった。

 完全に小動物だけが好きな人専門という、ニッチなニーズに答えた施設のようだ。実際敷地面積も、ビルの大きさから察するに、ごく普通のゲームセンターほどしかなかった。


「何してるんですかー。早く入場券買わないとですよ~」


 桜木姫華は、ご馳走を前にして我慢できない子供みたいにそわそわしている。それほどまでに、小動物を愛しているのか、それともFNPの活動がしたいのか、はたまたその両方なのか。それを知るすべはない。

 チケット売り場には大人六百円、子供三百円と書かれている。結構リーズナブルなお値段のようだ。


『うーむ、ここは男が払うのが良いのか?』

 

 俺が財布の中身とにらめっこをしていると、それを完全に無視するかのように、桜木姫華と冴草契は各々チケットを購入していく。

 そうですよねー。秘密結社FNPの活動であって、デートでもなんでもないんですから、そんな気の回し方は不要ですよねー。わかってましたよー。へへへ。

 

 小動物ふれあいランドの中に入ると、すぐ目に入ったのが、ウサギが十匹ほど入ったケージだった。

 その横にある十メートル四方ほどのサークルでは、さらに十匹ほどのウサギが縦横無尽に走り回っていた。

 なるほど、このサークルに入って、ウサギと触れ合えばいいのか。

 ふと気がつけば、さっきまで横に居たはずの桜木姫華の姿が消えていた。それもそのはず、疾風の如き速さでサークルの中に駆け込んでいたのだ。忍者か貴様!

 桜木姫華はサークル内に膝をついて座ると、目の前にいた真っ白なウサギをいくらか強引に抱きかかえた。そして顔を近づけると、ウサギに向かって言葉をつぶやきはじめた。

 まさか、ウサギと意思の疎通が取れるのか?


「ぴょんぴょん。ぴょぴょぴょん?」


 いや、いくら相手がウサギだとはいえ『ぴょんぴょん』言うのはどうなのだろうか……。でも、可愛いからオーケー!


「ぴゃっ」


 ウサギは身体をよじりながら後ろ足を執拗にばたつかせて、桜木姫華の胸の中からのエスケープに成功した。それに驚いた桜木姫華はその場に尻餅をついてしまった。

 ウサギってのは基本的に抱かれたりするのを嫌がる動物なのだ。慣れた飼い主であるならばまだしも、唐突に現れた来園者にやすやすと抱きしめられるほど、小動物の肝は座ってはいない。

 そりゃそうだわな、捕食される立場の生き物なんだから、身体の動きを封じられたら命の危険を感じて逃げるのが正しいわ。


「むー。意思の疎通に失敗しましたぁ……」


 桜木姫華はお尻の部分をパンパンと払いながら、残念そうに溜息を一つついて立ち上がった。

 もしかすると、これが桜木姫華の言っていた『異種族との電波テレパシー実験なのだろうか?

 そんなことを思っていると、俺の目の前に一匹の垂れ耳ウサギがやってきた。

 うむ、あらためて見てもウサギってのは可愛いもんだな。俺は抱きしめてスリスリしたい欲求を抑えながら、恐る恐る頭を撫でてみた。

 俺の予想に反して、垂れ耳ウサギはおとなしく俺に頭を撫でられては、嬉しそうに目を細めた。

 なるほど、愛おしいという感情は、こういう時に発生するものなんだろうな。俺は今までに動物を飼ったことがないので、そういうものとは無縁だったが、今ならばペットを家族と呼んで溺愛する人の気持ちが少しはわかったような気がした。

 

「おまえ、そうやってウサギと戯れていると、良い人のように見えるな」


 頭を撫でるのに夢中になっているうちに、いつの間にか俺の背後に冴草契が立っていた。

 冴草契は中腰に屈んで膝に手をついて、ウサギの表情を伺っているだけで、触ろうとはしなかった。


「なんだ、せっかくのふれあいランドなんだから、触らないのか?」


「ん、なんかさ、私が触ったら壊れちゃいそうでさ……」


 冴草契は寂しそうに遠くに目をやった。

 確かに、冴草契は普通の女子に比べれば怪力の部類に入るだろう。だからといって、触っただけでウサギを粉砕するなんてことは常識的に考えてあるわけがない。なんだろう、こいつ何かを恐れているんだろうか……。なにか深い意味がその言葉の裏に込められていそうだったが、そんな事は俺が詮索する必要はないだろう。


「そんな簡単に壊れないって。そんなに弱かったら生きていけないからな」


「そう? でもいいや。私こうやって遠くから見てるだけでも楽しいし」


 その視線の先には、ウサギだけでなく桜木姫華の姿も入っている様に見えた。

 もしかすると、壊してしまうというのは、ウサギだけでなく、桜木姫華の事も含まれているのだろうか……。って、いかんいかん、詮索しないと決めたからには、全力で詮索なんてするもんか。ってかな、この垂れ耳ウサギ可愛すぎるんじゃ!

 

 俺たちは三者三様に、ウサギさんコーナーを満喫した。

 そして、次に待つのは、ハムスターとモルモットコーナー。

 うん、ハムスターってのは、とっと◯ハム太郎のおかげで、一般的に馴染みのある動物だ。

 ここでも、桜木姫華はウサギの時と同じように、何かしら話しかけていたようだが、結果は察して知るべし。

 『はむはむー』とか『もるもるー』とか言ってるだけで意思が疎通できるなら、動物学者は全員お払い箱になっていることだろうさ。

 

「えっと、次はチンチラコーナーか……」


 チンチラといえば、普通猫のことを思い浮かべるだろう。だが、ここでいうチンチラはげっ歯類ネズミ目のチンチラさんだ。

 なになに、このパンフによると、チンチラさんはアンデス高原に生息するらしい。えらく高いところに住んでいやがるんだな、いいのか日本のこんな所で生活なんかして。

 と、パンフに俺がツッコミを入れていると、視界の中に何処かで見たことのあるようなゴリラが飛び込んできた。


「あれ、ここは小動物ふれあいランドだよな? ゴリラは……小動物じゃないよな……」


 首をひねってとぼけたことを言ってみたが、俺はとっくに本当のことに気がついている。

 あんな人間にそっくりなゴリラを見間違えるはずがない、そう向日斑むこうぶちだ。

 俺は思わず来たコースを引き返してしまいそうになった。


「おい、何してんの? 戻ってどうすんのよ」


 冴草契は俺の不審な行動に眉をひそめた。


「いや、この先にゴリラがいるから……」


「あははは、ゴリラがいるわけ……い、いる!」


 冴草契は驚愕した。視線の先にゴリラを視認したからだ。

 冴草契は大きく生きを吸い込むと、こぉぉぉという音と共にゆっくりと吐き出す、空手で言うところの息吹というやつだ。そして、すかさずスタンスを大きくとって腰を落とし臨戦態勢へと移行する。


「まさか、こんな所に野生のゴリラがいるとは……。通じるのか、野生のゴリラに私の空手は……」


 冴草契は奥歯を強く噛み締め、渾身の力を全身に充実させているようだった。

 しかしまぁ、ここまで完全にゴリラと間違えられるとは……。

 あ、あいつちゃんと服は着ていますよ? ショートパンツにTシャツという、まだ春だっていうのに完全に夏のような服装ですけれども。

 さて、そろそろあいつが人間であることを教えてやろうとしたその刹那。


「わぁ、凄いよ、ちーちゃん! ゴリラさんがいるよー!」


 なんと、桜木姫華は向日斑に向かって、両手を上げて大喜びで駆けていくではないか!

 

ひめ! 危ない!」


 冴草契は疾風迅雷となって桜木姫華を追い越すと、何の躊躇もなく向日斑に向けて正拳突きを放った。

 ああ、哀れ何の罪もない向日渕は空手女の正拳の餌食に……。恨むならばお前がゴリラにソックリだったこと恨むんだぞ……。まぁアイツの事だから、殴られても大したダメージはないと思うけど……。

 俺の脳裏には、みぞおちに正拳を叩きこまれた向日斑の姿が想像された。

 だがしかし、現実は違っていた。

 その冴草契から放たれた拳は、受け止められていたのだ。

 それも向日斑ではなく、その隣に居た謎の女性の手によって……。

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