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151 ダブル記憶喪失。

「行きますよぉ〜」


 姫華ひめかがビーチボールを空高く放り投げる。ビーチボールに付着した海水が太陽に照らされてキラキラと輝きを放つ。


「えいっ!」


 元気の良い声とは裏腹に、姫華の手はボールに触れることなく空を切った。そしてボールはというと……波間をプカプカと漂っていたのだ。


「ご、ごめんなさぁい。つ、次はちゃんとやりますね!」


 いそいそとボールを取りに行くと、気を取り直して、姫華はもう一度ビーチボールを空高く投げる。

 そして……


「何でこうなるのぉ……」


 結果は察して知るべしだった。


「あはははは」


 久遠くおんは、目の前で行われている微笑ましい光景に、思わず笑みがこぼれてしまっていたのだが、それを許さない存在が居た。久遠のすぐ背後に、契が密着していたのだ。


「ねぇ、アンタ、いま姫が失敗したのを笑ったよね? ねぇ、笑ったよね……」


 感情を押し殺した抑揚のない契の声は、鋭利な刃物のように久遠の身体の芯を刺し貫いた。

 ちぎりはすでに臨戦態勢を終えており、コンマ数秒で久遠を亡き者にする事が可能な状態になっていた。まさにキラーマシーンである。

 吐息が触れるほどの距離まで、身体を密着させられても、久遠は何一つとして女性としての温かみや、色気などを感じることはなかった。ただ感じるのは殺気のみ……。


『殺される……』


 久遠はストレートに己の命の危険を感じていた。

 しかし、そんな二人の関係を別の意味で捉えていた存在一人……。


「ちーちゃん何やってるの! ――そんなに神住さんに近づいたりして……」


 後半の言葉は誰にも聞こえないように、小声で呟いていた。

 姫華は、契にヤキモチのような感情を抱いていた。

 自分は、恥ずかしさのあまり近づくことすら出来ないのに、契は何の遠慮もなく身体を密着させているのだ。何も知らない人が遠目から見れば、仲睦まじい二人だと思われなくもないだろう。

 

「姫、わ、わたしはコイツが姫のことを笑うから……」


 その時である。

 予期せぬ大津波が、唐突に久遠と契を襲ったのだ。


 この大津波、原因は花梨かりんだった。

 少し離れたところで、花梨は、向日斑、セレスを相手に、楽しく大暴れをしていたのだが、その時に放った《ソニック・トルネード・ストライク》が、方向を誤って、久遠たちの元へと飛んできてしまったのだ。

 対人で使う時ならば、威力の加減をして放つ《ソニック・トルネード・ストライク》だったが、今の花梨はビーチの雰囲気で浮かれており、しかも人に向けて撃つつもりもなかったので、力の加減をせずに放ってしまったのだ。その威力は、瞬く間に海水を押し上げて大津波を作り上げた。

 その膨大なエネルギーと海水は、瞬く間に久遠と契を遥か彼方まで吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「ちーちゃん! 神住さん!」


 直撃を逃れた姫華は、波に足を取られていくらか海水を飲んでしまったものの、なんとか流されることもなく大事に至らなかった。

 体勢を直して、久遠と契を探すのだが、すでに視界で見える範囲に二人の姿はなかったのだった。


「は、はぁぁぁぁ! この糞オッパイ小娘! 何をしてくださっているんですのーっ!」


 セレスは起こってしまった惨状に、怒髪天を衝き、金髪ツインテールを垂直に立たせながらけたたましく花梨を怒鳴りつけた。


「え、あれ、あれれ……。そっかー、そんなところに久遠たち居たんだぁ……あ、あはははは」


 花梨は、後ろ頭をさすりながら、笑ってごまかそうとする。


「あははは、っじゃありませんわ!」


「しかし、頑丈さが取り柄の神住だ、なんとか大丈夫だろう」


 向日斑はゴリラの如き胸筋を震わせて、セレスを励ますように肩に手を置く。しかしセレスは、その置かれた手を瞬時に払いのける。


「神住様は、ゴリラじゃなくて人間なんですのよ! そんな人並み外れた耐久力なんて持ち合わせている訳ありませんわあああああ!」


 


 ※※※※


「おげぇ……」


 口から大量の海水を吐き出しながら、久遠が目を覚ました。どうやらセレスの心配の甲斐なく、人並み外れた耐久力を持ち合わせていたようだった。

 ゴツゴツとした岩場に流れ着いた久遠は、自分が生きていることを実感した後、身体を引き起こし岩の上に立ち上がると、まだ虚ろな目で周囲を眺めた。


「ここは……何処だ? そして……俺は誰だ!?」


 なんと、久遠は記憶喪失の状態で、更に記憶喪失になってしまったのだ!

 身体の数カ所が痛みはするけれど、怪我と呼べるほどのものはなく、取り敢えず海から上がる場所を探そうと、久遠は岩場から上陸できるルートを探そうとした。

 すると、少し離れた場所になだらかな斜面の岩場を見つけた。


「あそこからなら、陸に上がることができるな……」



 ※※※※


「ふぅ……」


 海から上がると、そこはすぐさまジャングルだった。

 右に進めばいいのか、左に進めばいいのか、それ以前にここは一体全体何処なのか?

 わかっていることといえば、自分は男で、海パン一丁であるということくらい。

 遂に久遠は、自分が高校生であるという認識すら忘れてしまっていた。

 宛もなく、ジャングルの中を彷徨うのは得策ではないと判断した久遠だったが、それでも進む以外に選択肢はなかった。

 歩き出して一分もしないうちに、前方からガサガサという物音が聞こえてくるのを耳にした。

 その瞬間、久遠の中のトラウマが蘇る。

 記憶としては完全に忘れてしまっているはずのサーベルタイガー襲来を、トラウマは覚えていたのだ。

 自然と久遠の足が止まる。その代わりに、ジットリとした汗がにじみ出てくる。

 

 ――嫌な予感はする、けれど、これが人間だったとしたならば、俺の仲間だとしたならば……。


 結果、心の奥底から呼びかけるトラウマよりも、楽観的な希望が勝利した。

 久遠はジャングルを掻き分け、急いでその音の元へと進んだ。

 そこで久遠が見たものは……。

 セクシー水着姿で、半べそをかく冴草契さえぐさちぎりの姿だった。

 契は、ぺったんと女の子座りで猫背になりながら、めそめそと涙を流していた。

 そして、少しして久遠の姿に気がつくと……。


「に、人間!? 助けに来てくれたのね! 良かったぁ……。良かったよぉ……」


 久遠の首元に手を回して、飛びつくように抱きついたのだった。

 

「え、あの、その……」


 久遠は戸惑った。初対面の人間に、しかも水着姿の女の子に抱きつかれたのだ、戸惑わないわけがない。

 

「どなたか知りませんが、助けに来てくれたんですよね!」


「え?」


 そう、契も久遠と同様に、花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》を喰らった衝撃で、記憶を失ってしまっていたのだ。



 ※※※※※


「そう……だったんですか……」


 久遠は正直に、自分が記憶を失っていること、ここが何処かさっぱりわからないことを契に告げた。

 契も、自分が記憶喪失であること、同じようにここが何処かさっぱりわからないことを久遠に告げた。


「何にもわからないけど、それでも一人よりは心強いよね? お、男の人が居てくれているし……」


 契は、海パン一丁の久遠を見て恥ずかしそうにして言った。

 

「いや、俺こそ、こんなかわいい女の子と二人だなんて、嬉しいよ……」


 ホッペタをポリポリと人差し指でかきながら、久遠は水着姿の契を直視できずに言った。

 ここで一つおかしいことに気がつく。

 そう、前回の記憶喪失では、記憶を失ってはいても、でっかいオッパイが大好きであることは忘れては居なかったのだが、度重なる記憶喪失により、オッパイ星人としてのアイデンティティを喪失していたのだ。

 つまり! まな板娘である契を、かわいい、素敵な女の子だ、などと思うようになってしまっていたのである!

 普段ならば、殺気が飛びかうシーンであるというのに、今この二人は、ラブラブムードを振りまいてしまっているのだ。

 

「わ、わたしどうしてこんな恥ずかしい水着着てるんだろうね……」

 

 契は慌てて胸元を隠す。正直、隠しても隠さなくてもわからないような平坦な胸元なので、無意味な行動なのだが、なんと久遠はその所作を見て、『貞淑な女の人だなぁ……』などと、感心したりしていた。

 

「しかし、これからどうしたものか……」


 共に記憶がなくては、これからの算段など何一つたちようもなく、しゃがみ込んだまま二人は途方に暮れてしまう。

 その時である。


『ペッタンコ、ペッタンコー!』


「あれ、あれは何かしら……」


 契が指差したのは、契が心の中で創りだした貧乳の妖怪『ペッタン娘』である。

 

「あれ? あれって言われても何も見えないんだけど……」


 久遠は必死に契の指差した方向に目をやるのだが、そこは周りと同じく木々が生い茂るだけで、何も見えはしなかった。それもそのはず、契の妄想が久遠に見えるはずもないのだ。


『ペッタン! ペペッタタン!!』


「こっちについて来いって言ってるみたい……」


「え?」


 契は妖怪ペッタン娘に導かれるようにして歩き出した。


「しょうが無いなぁ……」


 これといったプランもないもない久遠は、仕方なくその後に着いて行くのだった。


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