150 ゴリラバリアー。
失意にくれたセレスは、砂浜の砂をかき集めてお城を作り始めてしまう。
そのお城にキラキラと光る涙がこぼれて落ちた。
「うーむ、流石にこれは可哀想だな……」
「そうだよ、お兄ちゃん……。オッパイが小さいからって、こんなことを言われたら本当に可哀想だよ〜」
「そうだな、オッパイが小さいことは罪ではないのだからな……」
「うんうん。オッパイが小さい人にも一応人権はあるんだよ!」
「……」
ピキッ
セレスの血圧が一瞬にして上昇して、こめかみに血管を浮かび上がらせる。
「黙って聞いていればああああ! なんなんですの、あなた達は、わたくしを慰めるどころか、傷口に塩を塗るような言葉をォォォォ! もう、堪忍袋の緒が切れましたわああ!」
セレスは作っていた城を拳で粉砕すると、手の中に握りしめた砂を、向日斑兄妹に向けておもいっきり投げつけた。砂はまるで弾丸のように、二人の身体を直撃する。
「や、やったなぁ! こうなったら、勝負だよ、お兄ちゃん!」
「は? おい、花梨なんでそうなるんだ?」
「何言ってるの! それでもお兄ちゃんはゴリラなの!」
「いや、今それ関係あるのか?」
「かかってきなさい! そこのゴリラ!」
気が付くと、久遠一人残して三人は海に突入。海の中での大乱闘がスタートしていた。
とは言え、本気で乱闘をしているのはセレスだけで、花梨はこの状況を楽しんで遊んでいるだけ、向日斑に関しては、わけもわからずに巻き込まれてしまっているだけである。
花梨の《ソニック・トルネード・ストライク》が高波を巻き起こす。
「ゴリラバリアー!」
向日斑がその高波を、強靭なゴリラボディによって堤防のように防いで見せる。
「えぇい、赤炎! ウォーターシューターを!」
「はい、お嬢様」
何処からともなく現れた、赤炎東子、胸元が激しくあらわになったセクシー水着ヴァージョンは、黄影里里が開発した、超強力水鉄砲をセレスに手渡す。
「喰らいなさい!」
高圧縮された海水は、まるでビームのように高速で放たれた。
「ゴリラバリアー!」
しかし、そのビームすらゴリラバリアーのもとでは無力でしかなかった。ゴリラバリアー恐るべしである。
「なんなんだこれ……」
完全に蚊帳の外へと置いて行かれた久遠は、この光景を呆然として見つめるだけしか出来なかった。
――この中に混じったら、五体満足で要られる保証がねぇ……。
そんな時である。
「か、神住さん、お待たせしちゃいましたぁ……」
その声に久遠が振り返ると、そこには桜色のフリルの付いたワンピーを着た桜木姫華の姿があった。
そして、いつもとは正反対に、コソコソとその背中に隠れるようにしているのは、冴草契だった。
「え、えへへへっ」
姫華は照れ隠しのように笑ってみせたあと、言葉もなく何かを待つようにその場に立ちすくんでいた。
「……」
「……」
二人の間に、数十秒巻の無言の時間が流れた。
無言の空間に耐え切れずに、動きを見せたのは、背中に隠れたままの契だった。
「この馬鹿っ! 姫は、リアクションを待ってるんでしょ! 『その水着、凄くかわいいね』とか『とっても素敵だよ』とか、言えないのアンタ! 本当にこの糞ゴミ屑朴念仁!!」
けたたましく捲し上げる契は、いつの間にか姫華の背中から飛び出てしまっており、その水着姿を久遠の前にさらしてしまっていた。
「なるほど……。結構セクシーじゃないか……」
「なっ?!」
久遠の前に水着姿を晒した契。その水着はあのデパートでの買い物で引っ込みがつかなくなって購入してしまった、ハイレッグのセクシー水着だった。
――だって、だって、姫と一緒に買ったのに、着てこなかったら、姫が悲しむだろうから……。歩、本当はこんな水着着たくなかったんだからね!
「わ、わたしの水着の感想なんてどうでもいいのよー! っていうか、見るなァァァ!」
スラリと伸びた足が、砂をしっかりとつかみとり、神速の目つきを久遠に向けて打ち込む。
「目、目がァァァァァ!」
どこぞの天空の城ラピュ◯に出てくるキャラクターのように、久遠は両目を抑えて、砂浜の上をのたうち回るのだった。
「ふぅ、これでスッキリした。さぁ、ちゃんと姫の水着を褒めるのよ?」
「目、目を突かれて、水着姿なんて見えるわけ無いだろうがぁ!」
「なるほど、口答えをするのね……」
契は、次なる一撃を久遠に向け放つべく、腰を落として構えを取る。
目の見えていない久遠ではあったが、その殺気を感じる取ることは出来た。
「……か、可愛いなぁ! 桜木さんの水着姿は天下一品だぁぁ! 最高だー! バンザーイ! バンザーイ! 桜木さんの水着姿バンザーイ!」
久遠は半ばヤケクソ気味になりながら、痛む目を抑えて絶叫するのだった。
「だって? 良かったね、姫」
契は姫華の方を振り向いて満面を見せる。
「ち、ちーちゃん……これは絶対なんかちがうよぉ……」
※※※※
「兎に角、これはチャンス、チャンスなんだよ!」
「そ、そうなのかなぁ?」
「だって、今あの糞お嬢様は、なんだかわからないけれどゴリラ兄妹とやりあってるし、今なら神住と二人きりになれるチャンスだって!」
「うぅ……」
二人がそんな相談をしている頃、久遠はようやく視力を取り戻す事ができており、体育座りで空を見上げては『ああ、空が青いってわかるって素敵なことなんだなぁ……』と、眼が見えることに感謝の気持ちを感じていた。
「か、神住さん!」
なけなしの勇気を振り絞り、姫華は久遠の前にやってきた。手にはビーチボールを持って、そのボールに隠れるようにしていた。
「あ、はい! 桜木さんどうしたの?」
「もし良かったら……。一緒にビーチボールを……やりませんか?」
そう言って、姫華は手に持っていたビーチボールを、久遠の前に出した。
「う、うん、いいよ」
久遠はあっさりと、差し出されたビーチボールを手に取ると、体育座りをやめて立ち上がった。
「ちーちゃん! 一緒にビーチボールするってー!」
姫華は喜びを隠すことなく、ぴょんぴょんその場で跳ねながら、少し離れたところで様子をうかがっていた契に向けて手を振る。そしてそのまま、久遠を放置して契の元まで駆け寄ってきた。
それを見た契は、頭を抱えるのだった。
「だから、どうしてわたしも入れようとするのよ! 二人でやってくればいいでしょ!」
「ふ、二人っきりはやっぱり恥ずかしいよぉ……」
「はぁ……。仕方ないなぁ……」
渋々オッケーをしたような態度をとってみせた契だったが、内心は大喜びだった。かわいい水着姿の姫華を一緒に遊ぶことが出来るのだ。むしろ『ひゃっほー』と叫んで喜びたいくらいだった。
「んじゃ、三人で遊ぶとしますか……」
「うん!」
こうして、久遠、姫華、契の三人はビーチボールを始めるのだった。




