148 契の決意。
「あ、あうあう……あ……あ……」
契は感情を言葉にすることができないでいた。
いや、言葉で済むならばまだよかった。
自分がどう行動すればいいのか、歩き方はどうなのか? わたしはわたしなのか? 宇宙はどうしてあるのか? そして……
桜木姫華は、今なんて言ったのか……
わからない……何もかもがわからない。
契は首の座らない赤ん坊のように、首をふらつかせたまま、どこか別の時空を見つめていた。
「ちーちゃん、どうしてここに?」
姫華は、ひと目で契の様子がおかしいことに気がついた。
しかし、契をおかしくしてしまったのが、姫華の久遠を好きだという言葉であるとは気が付いてはいなかった。
「ねぇ、ちーちゃん大丈夫?」
姫華は契の元へ駆け寄ると、肩に手を触れようとした。
「え……」
契の意思なのか、それとも反射的な行動にすぎないのか。普段ならば女神と同等であるべき姫華の手を、はたき落としてしまったのだ。
「今の……今の言葉本当なの……。姫が、アイツを……神住久遠を好きだって……」
契は姫華の目を見ることが辛かった。視線から姫華の気持ちを汲みとってしまうのが嫌だった。けれど、視線をそらすことはもっと出来なかった。
「あの、その、き、聞かれちゃった!? でも、この事は親友のちーちゃんにはちゃんと話をしておこうと思ってたんだ……」
姫華は盗み聞きされたことには、それほどまでの動揺を見せはしなかった。それは相手が信頼に値する人物であるからだ。姫華は、ただ少し恥ずかしそうにするだけだった。
「本当なんだ……。姫は、神住の事好きなんだ……」
自ら口にする言葉の一言一句が、契の胸を呪詛のようなに蝕んだ。
「え、えへへっ、改まって聞かれると照れちゃうな……」
姫華はそんな契の胸のうちになど、まるで気が付きもせずに、恋する少女を絵に描いたようなリアクションを返す。
「姫が好きなのは、わたしじゃなかったんだ……」
「何言ってるの? ちーちゃんのことはだ〜いすきに決まってるよ」
姫華は、両手で大きな丸を作って、『これくらいちーちゃんの事が大好きなんだよ』とアピールしてみせる。
「でも、好きなのは神住なんだよね……」
「それは、ちーちゃんの《好き》とはちょっと意味が違うから」
「意味が違うって何……」
契は奥歯を噛みしめる。
「だって、ちーちゃんとわたしは女の子同士だし……」
姫華は知らない。だから、こんなにも契の心をズタズタにしてしまうような言葉をすんなりと言ってのけてしまう。あどけない表情の少女は何も知らないのだ……。
「やっぱり、そうだったんだ……」
強く握りしめた契の拳は、爪が肉に食い込んで、血のしずくを流し始めていた。
契は、姫華に愛の告白してオーケーの返事をもらった時から気がついていた。
けれど、もしかしたら姫華も自分と同じ気持でいてくれるのではないだろうかと、淡い期待を抱いていた。
契の《好き》は、恋人同士として一緒にいたいの《好き》で、姫華の《好き》は友達としてずっと逸しよに居ようねの《好き》なのだ。
同じ《好き》という言葉なのに、どちらも好意を表しているのに、契にとってその言葉の意味は、地球と太陽ほどに大きな隔たりがあった。
死んでしまいたい。この身体をボロボロになるまで引き裂いてしまいたい……。契は生まれて初めて自分自身を傷つけたいと思った。それが何の意味もないことだとしても……。
――違うよわたし……。意味の無いことなんかしても意味なんて無いんだよ。だから、やるなら意味の有ること……。そして、わたしにとって意味の有ることは……姫の力になることだよ!!
消えかかっていた、契の心に炎がメラメラ燃え上がる。
「姫! わたし、姫のために頑張る!」
契は姫華の両肩に手をかけて、燃えるような真っ直ぐな瞳で見つめる。
「ふぇ?」
突然の出来事に、姫華は対応しきれずただオロオロしてしまうだけだった。
「わたしは、姫と神住が、上手くいくように頑張る!」
「ち、ちーちゃん、なにがどうなってそうなったの!? ちょっと、わたし頭がこんがらがってるよ?」
「だって、姫が幸せになることが、わたし、冴草契の幸せなんだから!!」
その言葉に嘘偽りはない。
昔からそうだった。自分が幸せになることよりも、姫華が幸せになる、笑顔になる、それだけを考えて生きてきたのだ。姫華の幸せは、契の幸せ。姫華の笑顔は、契の笑顔。ならば、自分の恋心などそこらに捨ててしまっても構わない! 犬に食わせてしまっても構わない! それが姫華のためになることならば、それこそが、冴草契の生きている存在意義にほかならないのだから!
「よぉし、そうと決まれば作戦会議だよ、姫!」
「え、えっとぉ、なんでそうなっちゃったのかなぁ……」
「さぁ、今までの神住との経緯を洗いざらい吐いてもらうよ! 情報無くして勝利無しだからね!」
契の心には迷いはなかった。いや、それは嘘だ。迷いも苦悩も全部心の奥底に、後ろ回し蹴りを決めて押し込んでしまっただけだ。それでも、契は迷わない。それが冴草契だから、それが桜木姫華を小さい頃から愛し続けている冴草契だから!!
「うぅぅ……。ちーちゃんが凄い乗り気になっちゃってるよぉ……」
こうして、満天の星空の下、二人は展望室に設置されているカフェテラスに腰を下ろして、恋の作戦会議を始めるのだった。
……
…………
……………………
「えええええええ! 神住のやつ電波が届いてないって認めちゃったの!?」
「うん……」
姫華は、久遠との経緯を話す流れで、『電波が届いてるなんて嘘ですよね?』となった件の話をしていたのだった。
「アイツ今すぐ殺さないと……」
契は立ち上がると、即座に久遠の寝室へと向かおうとした。
「だめぇ! ちーちゃん、殺しちゃだめだよぉぉ!」
「そうか、殺しちゃったら、姫の恋もヘッタクレも無くなっちゃうか……」
「そ、それ以前の問題だと思うんだけどなぁ……」
契は、殺人罪というものがこの世界にあることを知らないようだった。
「し、しかも……ちーちゃん、すでにアイツに告白してたなんて……」
「う、うん。告白しちゃってました……えへへへっ」
姫華は、瞬時にその時のことが脳裏に浮かんでは、顔から火が出そうほどの熱を帯びてしまい、思わず手で顔を冷ますように扇いだのだった。
「なんなのアイツ! 姫が告白したんだったら、あんな金髪ツンテールなんてすぐさま振って付き合うべきでしょ! むしろ、付き合わさせてくださいお願いします、って土下座するべきだよ!!」
「ちーちゃん、それはあまりにもあまりにもだよ……。一体、ちーちゃんは神住さんをなんだとおもっているの……」
「え? アイツ? ゴミ屑だと思ってるけど?」
何当たり前のことを聞いているんだろう、そんな感じで契はサラリと返すのだった。
「ちーちゃん……」
「ああ、ごめんごめん。あんな何の役に立たない粗大ごみでも、姫の好きな人なんだもんね!」
「フォローになってないよぉ……」
そんなこんなで、契に翻弄されっぱなしの姫華だったが、そんなやりとりが実のところかなり嬉しかった。姫華は今まで知らなかった。恋愛の話を一緒にする相手が居てくれることがこれほどまでに心強い事を……。
「兎に角、明日からが勝負だね!」
「そ、そうなるのかなぁ……」
「わたしが付いているんだから、任せてよね!」
「でも、でも、金剛院さんが……」
「恋はね、障害があるほど燃えるもんなんだよ?」
その言葉はブーメランのように、契の心にグサリと突き刺さっていた。
姫華の恋の応援を全力でしようと思う心の中で、契はこうも考えていたのだ……。
――姫がアイツうまくいくように、全力でバックアップをする! でも、それでも上手くいかなかった場合は……わたしが優しく慰めて、それで……。
『やっぱり、男の子なんて好きになるんじゃなかったよぉ……』
『姫、何てことをいうの! でも、そういうのもありかもしれないよね……』
『え? そういうのって……』
『女同士の愛情もあるってこと』
『ちーちゃん、わたしちーちゃんのことが……』
『わたしも姫のことが……』
そして二人は熱いキスを……。
そんなあまりにも都合の良い妄想を、頭の中でしてしまっているのだった。
「そうだね、わたし……が、頑張ってみ……よう……かなぁ……」
自身のない弱々しい声だった。
それでも、心の中の声ではなく、ちゃんと口に出して相手に伝えることが出来た、初めての恋に対して前向きな言葉だ。
その時、明日から起こるであろう波乱を告げるように、夜の空から多数の星が流れて落ちた……。




