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147 夜の展望室。


「眠れない……」


 部屋に戻った冴草契さえぐさちぎりは、一旦ベッドに潜り込んだものの寝付けないでいた。

 あれだけ温泉の中で大暴れをしたのだから、へとへとになってドロのように眠っても良いはずなのだが、そうならないのには理由がある。

 その理由とは――壁一枚隔てた隣の部屋に桜木姫華さくらぎひめかが居るせいなのだ!

 今も眠れないなどと、いかにも寝ようとしているような言葉をつぶやいているが、実のところ壁に耳を押し当てて、隣の部屋の音に聞き耳を立てている状態だった。

 上手く行けば、姫華の寝息を聞くことが出来るのではないか……。姫華の寝息でご飯三杯は余裕で行ける!! 

 契の目は眠りに向かうどころか、冴えに冴え渡るのだった……。

 その時だ。


 ガタッ


 ピッタリと壁に押し付けられた契の耳に、なにかの物音が聞こえた。

 部屋の壁はそんな物音が容易く期消えるほどに薄くはない。むしろ、防音対策すらきっちり行われているレベルである。それなのに音が聞こえる。それはとても大きな音だったからなのか? いいや、違う。契の聴力は姫華の寝息を聞くためだけに、人間を超えるレベルにまで到達していたのだ!

 今の契ならば、数キロ先の針は落ちた音すら聞き取れるかもしれなかった。

 愛の力恐るべしといったところだ。


「今の音は……姫がベッドから立ち上がった音だ……」


 契には目に見えるはずのない、姫華の部屋の状況が物音一つで理解できてしまっていた。


「そして、ドアの方に歩いて行っている……」


 今度は、聞き耳をたてていなくても聞くことの出来る音がした。

 姫華の部屋のドアが開いたのだ。

 そして、契の部屋の前を、カツカツという足音だけが通り過ぎていった。


「行かなきゃ……」


 契の使命は、いついかなる時も姫華を守りぬくことである。

 ならば、今部屋を出て行った姫華をコッソリ尾行するのに、何ら後ろめたい気持ちを抱く必要などありはしない! むしろ胸を張って誇るべき行動だといえよう。張る胸はないけれどもっ!

 契は姫華が部屋から一定の距離を離れたのを確認すると、足音と気配を完全に殺し、まるで暗殺者アサシンのように尾行を開始したのだった。



 ※※※※


「こっち……だったかなぁ」


 姫華は、最初に渡されたこの建物の見取り図を見ながら、おぼつかない足取りで進んでいた。

 静まり返った古めかしい作りの夜の洋館というものは、幽霊でもでそうな雰囲気を兼ね備えていた。長く長く続くこの廊下は、何処までも果てがなく、気が付くと死の世界にでも連れて行かれてしまうのではないか……。ふと姫華の頭にそんな思いがよぎった。

 もし、姫華のその妄想が現実のものになったとしても、少し後ろで壁に隠れて尾行している契が、死神を後ろ回し蹴りで打倒してくれることだろう。

 そんな頼もしいボディーガードが居ることなど知りもしない姫華は、おっかなびっくり進みながら大きな扉の前で足を止めた。


「んと、この扉の先だよね……」


 姫華が美しい装飾の施された大きな扉を、ゆっくりと開くと……。


「わぁ……」


 そこからは、ジャングルと島を一望することの出来る出来る展望室へと繋がっていた。

 数十メートル四方はある展望室は、美しい花々の花壇で装飾され、地面には土が敷き詰められており、ここが洋館の中であることを忘れさせてくれるほどだった。

 展望室の天井と壁はジャングル風呂と同じように強化ガラスで覆われており、無数の星が煌く夜空と、今にも潮騒の音が聞こえてきそうな海を眺めることが出来た。


「綺麗だなぁ……」


 姫華はまるで絵画の中にでも迷い込んでしまったような風景に、時間を忘れてウットリと見惚れてしまっていた。

 

「かわいいなぁ……」


 ここにもう一人見惚れてしまっている人物が一人。

 契は、その風景に見とれるのではなく、その風景の中に溶け込んでいる姫華の姿に見惚れてしまっていた。

 

 ――まさに、天から舞い降りてきた天使! 異世界から迷い込んだ妖精フェアリー! 今すぐ駆け寄って、抱きしめてしまいたいよぉぉォォォォ!!


 今の契であれば、音速突撃ソニック・アサルトで周囲の者をなぎ倒して、姫華の元へと一秒とかからずに駆け寄ることがが出来ただろう。しかし、それをしなかったのは、かろうじて理性が残っていたからだといえる。

 ただ、契が掴んでいたはずの壁はすでに粉々に砕け散っていた……。

 姫華は足元の土の感触を確かめるように、ゆっくりと歩きながら、部屋の外壁の強化ガラスの前で足を止めては空を見上げる。

 

「お星様……。わたしの胸の中の気持ち……届けてください」


 姫華は、胸の前で指を絡ませるようにして手を握る。

 

「……ううん。駄目だよ。お星様だってきっと迷惑だよ。自分の気持は、自分の声で相手にちゃんと伝えないと……。今度は言葉だけじゃなくて、態度も身体で示さないと……。神住さんのことが……」


 姫華はそこまで言いかけて、大きく息を吸い込む。

 そして意を決したかのように言葉を吐き出す。


「好きだって……」


 その時、周囲の壁が爆音を立てて吹き飛んだ。


「ふわわわ!? 何々、今の音!?」


 何かが砕け散る音を聞いて、姫華は驚いてその場にしゃがみこんでしまう。

 そして、恐る恐る振り返るとそこには……。


「ち、ちーちゃん……」


 姫華が目にしたのは、絶望のドス黒いオーラを全身にまとい、半分白目をむきながらゆらゆらと身体を前後に揺らす冴草契の姿だった。


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