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144 第一次貧乳大戦。

「ふぅ〜楽しかった〜」


 ジャングル風呂の端から端まで、数十往復を息一つ切れること無くこなした花梨かりんは、ようやく満足したのか、はたまた飽きたのか、泳ぐのをやめて三人の方に向かってきた。

 湯船の中にタオルをつけるのはマナー違反だと言われるが、同じ女子とはいえ身体を魅せつけ合うのが恥ずかしい、セレス、契、姫華の三人はタオルで身体を隠していた。それに対して、花梨は完全無防備のすっぽんぽん状態で、大きな大きなオッパイを効果音を鳴らして揺らしながら、これ見よがしに三人に魅せつけるようにしていた。

 その刹那、セレスのこめかみに血管が浮かび上がった。


「知ってます? お風呂というものは日頃の疲れと汗を流す場所であって、アスレチックやスポーツジムではありませんのよ?」


 苛立ちと嫌味を言葉の中に内包して、セレスは睨みつけるようにして言い放った。


「うん。知ってるけど?」


 花梨はキョトンとした顔で、あっけらかんと答えてみせる。セレスの言葉に込められたものなど、微塵も感じ取っていないようだった。


「し、知っているなら、どうして泳ぎまわったりしたんですの!」


「えっとぉ……泳ぎたかったからかなぁ?」


 その返しを聞いて、セレスの奥歯がギリギリと軋むよな音を立てる。


「ああ、そうでしたわね……。あなた達一族はそういうアバウトな感性のもとでノビノビと生きていらしたんですわよね……」


 この花梨と言うオッパイ娘には、嫌味や皮肉といった類のものがまるで通用しない。すべて、言葉をストレートにとってしまうからだ。故に、花梨に舌戦を仕掛けることはまるで無意味であることを、この時セレスは理解したのだった。


「まぁまぁ、セレスさん。花梨ちゃんはまだ中学生なわけだしね? ね、ちーちゃんもうそう思うよね?」


「あ、うん」


 こんな乳のデカイ中学生がいてたまるか! と、ちぎりは水面に半分位顔出している花梨の乳房を見て心の中で吐き捨てるのだが、姫華ひめかの手前それは言葉に出さないようにした。


「ひめっちは、優しなぁ〜」


「え? そ、そうかなぁ? ふ、普通だよ?」


 唐突に褒められた姫華は、ドギマギしてしまい年下である花梨の顔すらも、恥ずかしくて見ることが出来なくなっていた。


ひめは優しくて可愛いに決まっているだろ! それに、な、なんだ! その『ひめっち』って!」


 さりげに『可愛い』を付け足す辺り、姫華ラブの契らしいと言える。


「え? ニックネームだけど? ねぇ駄目なの?」


 花梨は姫華に尋ねる。


「わ、わたしは別にいいけど……」


「ほらほら、ひめっちが良いって言ってくれてるんだよー」


「くっ……。姫が良いっていうのなら……」


「もぉー、ちぎりんは本当にひめっちの言うことなら何でも聞くんだなぁ〜」


「だ、誰がちぎりんだ! アンタの身体を引きちぎってあげようか!」


「うわぁ、怖い怖い〜。ひめっち助けてー」


 花梨はわざとらしい声を上げると、姫華の背中に回りこんで隠れた。

 

「ちーちゃん、ニックネーム位いいでしょ? お姉さんなのに、年下をいじめるのはカッコ悪いよ?」


「ひ、姫がそう言うのなら……」


 姫華の背中に隠れながらやり取りを見ていた花梨は、この二人の人間関係が少し変わったものである事に気がついていた。契は姫華に、完全服従を誓った騎士のようであり。もしその命令が悪であるとしても、何の疑いも躊躇もなく遂行する。花梨の野生の感性は二人をそんな風にとらえたのだった。

 花梨は兄である向日斑のことが大好きだったが、兄の言うことを全部素直に聞くなんてのはあり得ないと思っている。自分がやりたいことはちゃんと口に出して決行する! それは花梨だけでなく兄である向日斑もそうだ。だから、こうやって他人に依存をしている関係が少し珍しく、それでいて歪に見えてしまったのだ……。

 そんな関係を少しの茶目っ気でかき回してみたい。そう思ってしまった花梨は、心の中で舌を出すと即座に行動にはいるのだった。


「ひめっちの背中、すごいきれ~だよぉ〜。ペタペタペタペタ」


「ひゃっ!?」


 花梨は、姫華の肩口から背中にかけてを、容赦なく撫で回した。


「ちょ、ちょっと花梨ちゃん……」


 花梨の予想した通り、姫華は大した反撃もせずにその行為をすんなりと受け入れてしまっている。姫華は自分を守ることに慣れていない。花梨はそう予想していた。何故ならば、姫華を守るのはいつだって契であるがゆえに、自分自身を自分で守るということに慣れていないのだ。それは、生きていくという中で致命的な欠点であるのだが、契が絶えず寄り添うということで大きな問題を起こすこと無く今まで過ごしてこれていた。

 

「おっ! ひめっちは……華奢な身体なのに、結構オッパイが……」


 花梨は、背中から手を前に回そうとしたところで、自分の背後にただならぬ殺気が迫っていることに気がついた。振り返る必要もなく、それが誰から発せられているものかわかっていたし、そうなることも知っていた。


「死にたくなければ、そこら辺にしておくんだな……」


 このただならぬ殺気を、花梨相手ではなく、久遠くおんに発していたならば、久遠は確実に湯船の中で失禁していたことだろう。


「へへ〜ん、花梨はわかってるんだぞぉ! ちぎりんも、本当はひめっちのオッパイを触りたいんでしょー?」


「な、な、な、な、何を言ってんの!」


 触りたかった。

 契は、姫華のオッパイが触りたくて触りたくて仕方がなかった。

 もし悪魔との契約で、自分の寿命の半分と引き換えに姫華のオッパイを揉むことが出来るとしたならば、契約してしまうかもしれないくらいに、触りたくて仕方がなかった。

 いまほんの少し手を伸ばせば、そこには夢でも幻でもなく姫華のオッパイがそこに存在してる。

 意識しないようにしようとしても、自然と契の視線は、タオルに隠された姫華の胸の膨らみにたどり着いてしまう。


「ほれほれ〜」


 花梨は姫華の胸の下に手を入れると、タオル越しのオッパイを湯船の上に浮かび上がらせた。

 姫華がほんの少しでも抵抗をすれば、すぐさま花梨はいたずらをやめようと思っていた。けれど、姫華はなすがままでこれといった抵抗をしようとはしない。


「……」

 

 この花梨の茶目っ気に乗っかって、冗談を装って姫華のオッパイを触ることが出来れば、どれだけ嬉しい事だろうか。それを励みに十年は強く生きていけることだろう。

 けれど、それは出来ない。やってはいけない。

 間違っていることなのだ。

 契は、姫華の求める契でなければいけない。

 姫華の望む存在でなければいけない。そうでなければ姫華のそばに居てはいけない。

 その為には、自分の中にある欲望を、心の奥底に鍵をかけて厳重に仕舞って置かなければならない。

 

「だ、誰がそんなオッパイなんて揉んだりするのかー! すぐ姫から離れろ!」


「ありゃ、ここらが潮時かなぁ〜。退散たいさーん!」


 花梨は湯船の底を蹴ると、その反動を利用して姫華から距離をとった。


「ちーちゃん……。確かに、わたしのオッパイは魅力的じゃないかもしれないけれど……『そんなオッパイ』呼ばわりは酷いと思うんだよぉ……」


「え? そんなことわたし言った?」


「言いましたよ~だ!」


「それは、そんな意味じゃ無いっていうか、言葉の綾というか……。うわぁ、私のバカァァァァ!!」


 悲痛な契の叫びが、ジャングルの夜の闇に吸い込まれていった。


 そんなことが行われている時、セレスは騒がしいのが居なくなったのをいいことに、のんびりと温泉を満喫していた。


「はぁ……。お風呂くらいは静かにゆっくりと浸かりたいものですわね」

 

 空には綺麗なお月様とお星様。耳には虫の鳴き声と、鳥の声。目を閉じれば、大自然の中にプカリと浮かんでいる自分だけを感じ取ることが出来る。

 

 ――情緒と風情いうものはこういう事を言うんですわ……。


「どっかーん!」


 その情緒と風情を一瞬で破壊してみせたのは、花梨だった……。

 姫華と契の所から退避してきた花梨は、水中魚雷宜しく、猛スピードで真正面からセレスに体当たりを敢行したのだった。

 

「な、何事ですの!」


 これが抜群のバランス感覚と運動神経を誇るセレスでなければ、衝突時の衝撃で溺れていたかもしれない。


「てへっ、一人寂しそうにしてるから、花梨ちゃんがからかい……遊びに来てやったぜい!」


「ありがた迷惑とはこのことですわ!」


 セレスはお下品にも、中指をおっ立てて『ファックユー』と返すのだった。


「しかし、今体当りしてわかったけどさー。セレセレって、前も後ろも変わらないスタイルしてるよねー」


「誰がセレセレですの! ……それ以前に、なんですのその前と後ろが変わらないって!」


「え? 説明必要? オッパイが無いから背中みたいに見えちゃうってことだよっ。てへっ」


「何を言ってるんですの! 背中と同じというのは、アレのことを言うんですのよ!」


 セレスがビシっと指差したのは、やっと口喧嘩が終焉を迎えたところの契だった。


「誰が……背中と同じくらいまっ平らだって……」


 幽鬼のごとく表情で、ぬらりと契がセレスに忍び寄る。

 

「ヤブを突付いて蛇が出ましたわ……」


 とは言え、セレスは契にだけはオッパイの大きさで負けていないという自負があった。さらに、美乳という意味では最高クラスであるという、何の根拠もない自身を持っていた。

 一方、契はと言うと……。

 もしかしたら、わたしは本当は男なんじゃないんだろか……。という疑念すら持っているほどだった。

 

 オッパイにコンプレックスを持つ二人が鉢合わせ……これはもう戦いに発展するしか他になく……。

 今まさに、第一次貧乳大戦が幕を切って落とされようとしていた……。

 

「そ、そんなことよりー。折角女の子だけで居るんだから、何かお話でもしようよー」


 その戦いを止めたのは、姫華の一言だった。

 しかし、その一言を聞いて、花梨はピコーンと頭の上にエクスクラメーションマークを浮かび上がらせた。


「そうだ! そうだ! お話をしよう! みんなで恋話をしようよー!!」


 こうして、第一次貧乳大戦は開戦されること無く、かわりに、第一次恋話大戦が幕を切ったのだった。


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