142 巨大キャノン砲!
向日斑の威風堂々とした振る舞いは、その格好から溢れ出ていた。
ブランブランブランブランと、大型キャノン砲の如き一物を微塵も隠すことなくさらけ出し、のっしのっしと歩くさまは、まさにジャングルの王者といったところだった。
――何としてでも、この場から逃げ出さなければならない……。
このゴリラの危険度は、久遠の比ではない事を、七桜璃は身に沁みてわかっていた。
つい先日、自分の姉がこのゴリラによって、あられもない姿にされた挙句、完膚なきまでに汚されるてしまっているのを見ているのだから……。
もし、向日斑が七桜璃の裸を目にして、またしてもあの《ハイパー向日斑》状態へと変貌を遂げた場合、七桜璃の貞操はあっという間に花と散ってしまう事だろう。
金剛院家に仕えるものとして常人を超える戦闘能力を誇る七桜璃でも、あの《異能の力》すら遙かに凌駕する《ハイパー向日斑》相手では、どうすることも出来ないのだ。
つまるところ、七桜璃にもはや考える時間は残されてはいなかった。
正面から、最高速度をで走り抜ける!
これは、野生動物を上回る向日斑の動体視力を誤魔化すことは出来ずに、七桜璃はその裸体を晒してしまうことになるだろう。
持ち前の忍者道具で、煙幕を張る。
全裸である七桜璃が、忍者道具を持っているはずもなく……。
湯船の中に潜って身を隠し、向日斑がお風呂から出て行くまでやり過ごす。
『これか、これしかないのか……』
七桜璃の肺活量を持ってすれば、数分間お湯の中に潜っていることは可能だ。しかし、もし向日斑が長風呂をした場合はどうだろうか? 数十分の間、無呼吸で居ることが出来るのか?
――もう悩んでいる時間はない……。
名案が浮かぶことなく、七桜璃はその身体全心を湯船の中に沈めて身を隠すのだった。
「おっ! そこに倒れているのは、神住じゃないか!」
湯けむりの先に、股間部分をおっ立てたまままま、ぐったりと倒れている久遠を発見した向日斑はすぐさま近くへと駆け寄った。
「おいおい、どうした? 寝てるのか? しかし……」
向日斑の視線は、自然とおっ立った部分に引き寄せられてしまっていた。
――何故に、この男はおっ立てたまま気を失っているんだ……。ここは男湯だぞ? そんな男性の欲望を満たすものが、男湯にあるというのか……。それとも、まさか……神住は実は……男が……好き……だというのか!?
とんでもない結論にたどり着いた向日斑は、慌てて久遠から距離をとった。
「待て待て……。まさか、この俺がやってくるのを期待して、股間も期待に盛り上がってしまっていたのか……。確かに、この俺の野性的ボディは、男の視線を集めるものかもしれんが……。神住にはちゃんと、金剛院という彼女が居るわけで……。まさか、金剛院は男色を隠すためのフェイクなの……か!」
向日斑はまたしてもとんでもない結論にたどり着いていた。
「そうか、そういう訳だったのか! だからあそこまで急接近しておきながら、金剛院ときちんと付き合っていないのか。う、うーむ、俺は友達として神住とどう接すればいいのか……」
友人として仲良くすること、それには何の問題もない、しかし、恋愛関係となれば話は別だ。
向日斑に男色の毛はまるで無いのだから!
「俺が愛するのは七桜璃さん一人だけなんじゃァァァァ!!」
向日斑は知らない。
その愛する七桜璃が実は男であることを……。
向日斑は知らない。
その愛の咆哮を、今当の本人が湯船の中で聞いてしまっていることを……。
「ふがっふがががっ……」
湯船の中の七桜璃は、唐突に叫ばれた自分に向けた愛の言葉に、ゆっくりと消費するはずだった基調な酸素を無駄に消費してしまった。
このままでは呼吸は後数秒しかもたせられない。
――い、息継ぎをしなければ……。
しかし、どのタイミングで湯船から顔を出せば、向日斑に気づかれずに済むのか……。
「許せ神住よ……。俺はお前の愛に答えてやることが出来ん……。しかし、友達として熱い抱擁をかわしてや位の事ならば……」
向日斑はおもむろに久遠を抱え上げると、モジャモジャとした胸毛に顔を押し付けさせるように力強く抱きしめるのだった。
――何だ……。なんだこのジャングの中に顔を埋めているような感覚は……。一体俺は……。
久遠が死の淵から生還し、ぼやける目で始めてみたものは……。
ボーボーと生い茂る向日斑の胸毛だった……。
それが何であるのか、今自分がどこでどうしているのか、それに気がつくのにしばしの時間を要した。
「うわァァァァァっ!」
そして、自分の置かれている状況を性格に把握した時、久遠はありったけの力で叫び藻掻くのだった。
「おっ! 気がついたようだな?」
向日斑は自分の胸に押し付けていた状態から久遠を開放する。
自然と、向日斑と久遠は視線を合わせる。
向日斑が微笑み、久遠もそれに合わせるように引きつった笑みを浮かべる。
そして、一瞬の間があいた後……。
「うぎゃぁぁぁァァっ! ゴリラだァァァァッッ!」
久遠は向日斑の腕を払いのけると、近くにあった木の棒を手に取り威嚇の体制に入った。
いまだ記憶が戻らない久遠には、突然目に入った向日斑の姿が野生のゴリラそのものにしか認識できなかったのだ!
夕飯時は、服という文明的なものを身に着けていたために、かろうじて人間だと判断することができていたが、ここお風呂場で全裸である向日斑をゴリラと思ってしまうのは仕方ないことだといえよう。
「おいおいおい、誰がゴリラだウホウホ!」
向日斑はこの久遠の行動を、いつもの冗談だと判断して茶化すようにゴリラのマネをしてみせるのだった。
――いまだ! 今しかない!
二人が何やらやっているこのチャンスを七桜璃は逃さなかった。
空気を吸うために最低限だけ顔を湯船の上に出すと、『すぅ〜』と肺いっぱいに空気を吸い込み、すぐさままた湯船の中に潜っていった。
「あれ、あれれ? こ、ここは……」
やっと正気を取り戻した久遠は、目の前に居るのが向日斑と呼ばれているゴリラそっくりの男であることを思い出すことが出来た。
「俺は一体ここで何を……。確か、ここで美少女に出会って……オッパイを……」
「おいおい、神住。何を意味不明なことを言ってるんだ? ここは男湯だぞ? 男湯に美少女がいるはずがないだろ?」
「そ、そうだよな……。居るはずが……。でも確かに、ここで俺は運命的な美少女と出会って、オッパイを……」
「ガッハッハッハ! きっとお湯にのぼせて夢でも見たんじゃないのか? さっきまでお前はここで寝転がってたわけだし」
「そうか……。そう、だよな。うんうん、そんな漫画みたいなことあるわけないよな!」
しかし、久遠の手の中には青くて硬い果実をもみほぐした感触がしっかりと残っていた。
――そうかそうか、美少女と破廉恥なことをする夢を観たから、下半身があんなことになっていたわけだな……。良かった! 神住が男色家だったらどうしようかと……。
やっと疑念を解くことが出来た向日斑だったが、まだ久遠を見る目には怪しむ輝きが少し残っており、慌てて下半身部分をタオルで隠すのだった。
「せっかくの温泉だ! しっかり浸かってリフレッシュしようじゃないか!」
「あ、ああそうだな……」
二人は連れ立って湯船の中に浸かると、『はぁ〜』とおっさんのような声を上げた。
久遠の身体の中を温泉の効能が駆け巡って、今までの疲労を和らげていく。まるで身体がお湯の中にスライムのようにとろけていってしまう感覚を久遠は感じていた。
こうして二人はゆっくりと湯船の中でくつろぐのだった。
が、おかげで大問題が発生してしまっているのは……七桜璃だった。
二人が、湯船でくつろいでいる場所は、偶然にも七桜璃が潜っている場所の直ぐ側なのである。見たくもないのに、七桜璃の視界には二人の男のケツが見えてしまっていた。
――うぇぇ……。目が、目が腐る……。このままじゃ……。
このままではいずれ見つかってしまう。いやその前に、七桜璃の目が腐り落ちてしまう。そうなる前に、七桜璃は潜水の要領でこの場から移動することにした。
静かに、静かに、波一つ立てないようにして、七桜璃は二人側を通過しようとした。
久遠の横を通過し終え、あとは向日斑の後ろをクリアすれば、脱出成功というところで、事件は起こった。
ブボボボボボボボボオッボオッボ
湯船の中で、ジェットバスの様な水流が突如として発生したのだ。
これは、この温泉に備わっている機能などではなく……向日斑のオナラだった!!
向日斑のオナラは湯船の中に水流を生み出しただけではなく、魚ならばその場で浮いてきてしまうような、強烈極まりない臭いを発していたのだ!
「うっ……」
目の前で、ジェットオナラの直撃を食らった七桜璃は……。
オナラの毒素で一瞬にして気を失いかけた……。
しかし、ここで気を失ってしまって、魚のようにプカプカと浮かび上がって可愛いおしりを晒すことになってしまえば……待っているのは惨劇である。
七桜璃は最後の気力を振り絞って、近くにある物に捕まった。
その近くにあるものは、大きて太くて長い……。
「うおっ!」
七桜璃が捕まったもの、それは向日斑の下半身に装備された大型キャノン砲だったのだ!
意識を失いかけている七桜璃はそんなことを知るはずもなく、力いっぱいにそれを引っ張った。
「うおおおおおおおっ! 神住……お、お前!」
「?」
向日斑が勘違いしてしまうのも無理は無い。まさか、湯船の中に七桜璃が潜んでいるなど知るはずもないのだ。だから、今すぐ横にいて、ちょうど湯船の中に両手を突っ込んでいる(しかも男色の疑いがある)久遠がその犯人だと思われるのは、仕方のないことだった。
向日斑は、流石にたまらんとばかりに、勢い良く湯船の中から立ち上がる。その時、握っていた七桜璃の手はするりと抜けていった。そして、哀れ七桜璃はその姿を二人の前に晒す事に……。
しかし、向日斑の視線は久遠にだけ向けられていた。
――今、隙を見せたらやられる……。
向日斑の本能がそう告げていたのだ。
向日斑は久遠を指差しながら後ろに下がると。
「お、俺にはそういう趣味はないからな! 無いからな! 七桜璃さん一筋なんだから! なんだからァァァァァ!」
と叫びながら、脱兎のごとく温泉を後にしたのだった。
「どういうことだ?」
久遠には向日斑の言っている言葉の意味がまるで理解できずに首をひねった。
そのひねった首の視線の先に、真っ白でかわいらしいお尻がプカプカと浮いているのが目に入った。
「どういうことだ?」
久遠は更に混乱した。
だが、このお尻が愛すべきものであるということだけは、瞬時に理解した。
だから、久遠は何一つ迷うこと無くそのお尻に手を伸ばしたのだ。
真っ白な桃に久遠の手が触れる。
「な、なんちゅう感触じゃ! こ、これはまさに至宝の感触! この大宇宙にこれ以上素晴らしい物があるだろうか? いや無い! オッパイ星人であったこの俺が、まさかここまでお尻に惹かれるとは……」
この感触を更に味わおうと、もう片方の手を伸ばした刹那……。
「……死ね」
意識を取り戻した七桜璃によって、久遠は本日四度目の半殺しにされるのだった。




